簑田浩二の鮮烈デビューから40年

 今から40年前の昨日77年10月26日に後楽園球場で行われた
日本シリーズのジャイアンツ-ブレーブス戦のG4で、1-2とリ
ードされた9回2アウトから四球で出塁した藤井栄治のPRとし
て登場した簑田浩二が盗塁した後にPH高井保弘のレフト前ヒット
でホームに突入しキャッチャー吉田孝司のタッチをかいくぐって
生還し同点に追い付いた。

 これで息を吹き返したブレーブスは直後にピッチャー山田久志の
タイムリーなどで結果的に5-2と逆転勝ちし3勝1敗とシリーズ
制覇に王手をかけ、翌日行なわれたG5でも6-3と勝って4勝1敗
で3年連続日本一に輝いたのだからG4の簑田の2盗とホーム突入は
この年のシリーズの流れをブレーブスに決めたプレーとなった。

 前年の日本シリーズで長嶋茂雄監督率いるジャイアンツはブレー
ブス相手に3連敗した後3連勝し特にG6では0-7からの逆転劇を
演じるなどファンを沸かせたが、雪辱を期する77年は独走でリーグ
優勝を決めオリオンズとの前後期プレーオフで1勝2敗から逆転で
優勝を決めたブレーブスとの再戦はシーズン中の内容から今年はジャ
イアンツ有利という予想だった。

 ところが西宮での2試合はG1で山田久志、G2で足立光宏に抑え
込まれて連敗しG1の王貞治と張本勲のソロによる2点しか取れな
かった。

 それでも後楽園に戻ったG3では王の2ランで逆転し土壇場で加藤
秀司のHRで追い付かれたものの延長10回に河埜和正のサヨナラ3
ランで5-2で勝ち、G4も1-1の同点から張本のHRで勝ち越して
勝利寸前まで来ていたので逃げ切れた場合ジャイアンツに勢いが付き
G5も勝って王手をかけて西宮に行く可能性が出ていたのだ。

 その流れを変えたのが簑田の盗塁だったのだが実はこの年のジャイ
アンツは4月19日に、甲子園で2-3とリードされて迎えた9回2ア
ウトから内野安打で出塁した土井正三のPR松本匡史が盗塁を決めた直
後PH山本功児のタイムリーで生還し延長で2点を勝ち越し5-3
の逆転勝ちで勢いに乗ってタイガースに3連勝し独走のきっかけを
作ったので皮肉にも自分達がやったプレーをブレーブスの簑田から
やられたわけである。

 長嶋ジャイアンツは裏と表があるチームで就任1年目の75年は
カープ相手に後楽園で胴上げをされたのだが翌76年は広島での胴
上げだったし、76年は末次利光が6月のタイガース戦で逆転サヨナ
ラ満塁HRを打ったかと思うと9月に甲子園で8-6とリードして
迎えた8回裏2アウト満塁でライトフライを落球し逆転負けを喫し
た事もあった。

 また78年には甲子園でピンチを迎えた小林繁が藤田平&掛布雅之
の所でライトに回りルーキー左腕の角三男を登板させて2人を討ち
取ったものの、6月の横浜でのホエールズ戦ではワンポイントで登
板した小俣進が押し出しをした後にライトからマウンドに戻った小
林がミヤーンに逆転満塁HRを打たれて敗れたケースもある。

 ちなみに77年にジャイアンツを敗退に追い込んだ簑田はその後
レギュラーに定着し大活躍すると、晩年の88年にジャイアンツに
移籍し89年のバファローズとの日本シリーズでは3連敗で迎えた
G4で1番ライトで先発し先頭打者として2ベースで出塁。

 1アウト3塁から岡崎郁の浅めのフライで12年前を髣髴させる
スライディングでタッチをかいくぐって先制のホームを踏み、結果
的に3連敗から4連勝での優勝に貢献したのだった。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 孤門一輝と立... 燃えよドラゴ... »
 
コメント
 
 
 
走攻守が揃った選手だったね。 (テコンドーを五輪から除外しろ!!)
2017-10-29 17:27:43
簑田というと、1983年に中西太以来30年ぶりに「トリプルスリー」を達成したことを覚えている。
 
 
 
そうですよね (こーじ)
2017-10-29 23:11:16
>テコンドーを五輪から除外しろ!!様/plane_wel/}
 まさか77年の殊勲者が後にトリプルスリーを達成する事になるとは思いませんでしたよ。

 まさしく職人でしたね。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。