私の友人・あるさんのブログに元日本バンタム級王者:ハリケーン
・テルこと照喜納俊三氏が1月17日に自宅で死去していたらしい。
70年にプロデビューしたものの27戦して21勝4敗2分から腰痛が
原因で一旦引退し所属ジムでトレーナーをしていたものの、ケガが
癒えた事からカムバックし快進撃が始まる。
後に世界挑戦した村田英次郎や磯上修一に判定負けしたが8勝
(4KO)1分2敗の成績で当時のホープ阿南弘生をKOして日本王者に
なると、一旦モントリオール五輪代表の石垣仁から判定負けした
ものの再戦でKO勝ちして返り咲くと防衛戦では高田次郎(丘勇治)
や以前敗れた事がある磯上にもKO勝ちして通算5度の防衛に成功。
特に磯上戦は福岡でもOAされタフな磯上を見事に1Rで倒したのを
見ると‘これは世界を取れる’と思ったものだ。
そして6連勝の勢いでWBCバンタム級王者のルペ・ピントールへの
挑戦が決まり、最初の計量で王者が僅かにオーバーしたため王座
獲得への期待が一気に高まる。
試合は前半テルが押し気味に進めたが中盤から王者の重い左が
ビシビシ決まってテルの力を削ぎとって行き、13Rにダウンすると
立ち上がって反撃したものの15Rに力尽きてKO負けとなった。
引退した後にNumberの記事によると世界戦の頃には左肘を
痛めており最大の武器である磯上を倒した左フックに力が入らな
かったとの事だし、一方で‘自分なんかが世界王者になれるわけが
ない’と考えていたなど謙虚過ぎる性格が災いしたのかもしれない。
また世界戦が決まって「ハリケーン・テル」では外人みたいと
いう事から「ハリケーン照」に改名させられて、ツキが落ちたの
ではと考えてしまった。
実際に再起戦で約1年前に1RでKO勝ちした磯上が持つ日本タイ
トルに挑戦したが判定負けし、ロス遠征で3位のキコ・ベヒネス
に4RKO負けすると磯上との4度目の対戦も判定で敗れて4連敗と
なり引退していた。
一旦引退したもののカムバックし、そこから急成長して日本
タイトルを奪取して世界挑戦までこぎつけたという日本では珍
しい晩成型で引退後も運送業の傍ら後進の指導にあたっていた
ので幸せな余生を送っていると思っていたのに孤独死していた
とは何ともやりきれない話だ。
テルだけでなく村田英次郎らが挑戦して跳ね返されていた
WBCバンタム級タイトルを91年に辰吉丈一郎が奪取した時には
感無量だったし、以後も薬師寺保栄や長谷川穂積に山中慎介ら
が引き継いでいるのを見ると日本バンタム級の地力アップを思
わずにいられない。
照喜納氏のご冥福をお祈りします。