「移民と土着民」
体調の悪化から総理大臣を辞任する決断をした安倍総理に対して、
アメリカのトランプ大統領は「とても辛いことだと思う」と述べ、そ
の中で彼が、安倍総理が「日本のことをとても愛している」と言った
ことにすこし違和感を覚えた。そもそも土着民である日本人は敢えて
「日本を愛している」とも、また「日本が嫌いだ」とも、日本を祖国
として生まれ育ち、よその国で暮したことなどないほとんどの者は、
そのような客観的な感想を口にすることはまずない。それどころか、
われわれ土着の日本人は改まって「愛国心」について考えただけでも、
何かよそよそしさを禁じ得ない。たとえば、親子の関係でいえば、ど
ちらも愛を感じないわけがないが、われわれ日本人は決して「愛して
る」などと改まって言ったりはしない。「愛している」と言わなくて
も愛してるからで、言葉にするよりも事実が優先される。日本人は客
観的な愛国心などという言葉によって「この国を愛している」わけで
はない。つまり、愛を実感している者は敢えてその感情を口にしたり
はしない。
ところが、トランプ大統領を始めほとんどのアメリカ国民は、それ
ぞれの祖国を離れて新天地アメリカへ移住してきた人々によって建国
された。そして、彼らは、敢えて「私はアメリカを愛している」と口
にしなければ国家アイデンティティーを失うのかもしれない、敢えて
声高に愛国心を叫ばなければ、血縁のない継子の不安に似た感情に襲
われるのかもしれない。だから事実はどうあれ言葉が優先される。つ
まり、彼の言葉には図らずもアメリカ移民の子孫としての「愛国心」
が窺えたのではないだろうか。
ところで、今では移民の排斥政策を進めるトランプ大統領もそうだ
し、また、彼の支持者たちももちろん先祖代々からのアメリカの土着
民ではなく、排斥される前に移住した先住移民である。私には、移民
に反対する彼らが芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」の主人公 犍陀多(かん
だた)の姿に重なって見えてならない。
(おわり)