ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

2024年の回顧

2025-01-27 23:26:40 | 回顧
今日は、昨年見た芝居の回顧をしようと思います。
2024年に見た芝居は40コ。いつになく多いようですが、連作の「デカローグ」10篇を10コと数えてですので。
それにしても収穫の多い年でした。
その中から特に印象深かったものを10点、例年通り、見た順に挙げていきます。
カッコ内は、特に光っていた役者さんです。




兵卒タナカ   作:ゲオルク・カイザー     演出:五戸真理枝    吉祥寺シアター (土屋佑壱、平埜生成)
   *ドイツ人作家が日本を舞台にこんな戯曲を書いていたことに驚いた。戯曲としてもよくできているし、役者もみな滑舌よく、好演。

夜は昼の母   作:ラーシュ・ノレーン     演出:上村聡史     風姿花伝    (岡本健一、山崎一)
   *4人の役者の火花散る演技がすごい。特に山崎一の声の微妙なニュアンスの変化!   

アンドーラ   作:マックス・フリッシュ    演出:西本由香   文学座公演  文学座アトリエ (小石川桃子、渡邊真砂珠)
   *主演の二人がとにかく素晴らしい。ところで先日調べたら、アンドラ公国という小さな国が実在するとわかった。
    この戯曲は寓意劇として欧州各国の教科書に載っているらしいが、作者は意図的にこの名前をつけたのだろうか?

デカローグA~E(10篇)  作:キェシロフスキ 上演台本:須貝英  演出:小川絵梨子・上村聡史    新国立劇場
   *ポーランドの映画監督キェシロフスキの代表作を完全舞台化。旧約聖書の十戒(ポーランド語でデカローグ)をモチーフに、
    人間の脆さと普遍的な愛を描く。胸締めつけられる話が多いが、ユーモラスな場面もあり、異国の風習も興味深い。
    4月から6月まで3か月かけて10篇見終え、全貌が見えてきた。人間に向ける作者の眼差しが温かい。この年の特筆すべきイベントとなった。
    阿部海太郎の音楽も、その場面場面に見事にぴったりで素晴らしい。

母       作:フロリアン・ゼレール    演出:ラディスラス・ショラー  東京芸術劇場シアターイースト (若村麻由美) 
   *同じ作者の「父」と同様、一つの場面が少しずつ変えて演じられるので慣れるまでは面食らう。どれが現実でどれが主人公の妄想なのか、観客は翻弄される。
    主役の若村麻由美の演技がすごい。その狂気のさまは他の人には真似できまい。他の3人も好演。    

帰れない男   作:倉持裕           演出:倉持裕       本多劇場   (山崎一) 
    *内田百閒の作品から着想を得たというが、実に独創的で面白い。作者についてはまったく知らなかったが、どんな人なのだろう。
     山崎一が、こんな役にぴったり。他の役者陣もみなうまくて芝居を見る喜びを堪能した。  
   
ハムレット Q 1 作:シェイクスピア       演出:森新太郎              (吉田羊、飯豊まりえ)
     *吉田羊がハムレットをやる!当然満席。この年のメインイベントかも。彼女の王子は期待通り素晴らしかった。ただ他のキャスティングに難あり。
      よく知られた版と違う箇所が多い。例えば、王クローディアスが祈りの中で「不義密通」と口にしたり、王妃ガートルードがホレイショーに頼まれて
      復讐の仲間に加わったり!Q1を初めて見て、大いに参考になった。  

オーランド   作:ヴァージニア・ウルフ、翻案:岩切正一郎   演出:栗山民也  パルコ劇場(宮沢りえ)
     *原作を読んでなかったのが悔やまれる。宮沢りえが圧巻。その美貌と美声にうっとり。山崎一などキャスティングもよかった。

セチュアンの善人  作:ブレヒト        脚色・上演台本・演出:田中壮太郎    俳優座劇場 (森山智寛、渡邊咲和)
     *同じ作品を1ヶ月後に別の演出でも見たが、上演台本が違うので、印象がかなり違う。田中壮太郎の演出は、胸に迫って来るものがあった。
      音楽もよかったし、役者陣も好演。 もう一度見たい。

ドクターズジレンマ  作:バーナード・ショー  演出:小笠原響     調布市せんがわ劇場      (石川湖太朗)
     *作者の「隠れた名作」という演出家の言葉通り、素晴らしい戯曲。キャスティングも最高。実に楽しいひと時だった。

最優秀女優賞・・・吉田羊(「ハムレットQ1」での題名役)、宮沢りえ(「オーランド」での題名役)
最優秀男優賞・・・山崎一(「夜は昼の母」での父親役、「帰れない男」での夫役、「オーランド」での詩人役他)

この他、印象的だった役者さんたちは次の通りです。

玉置玲央・・・3月に東京芸術劇場で「リア王」のエドマンド役
高橋ひろし・・・7月に紀伊國屋サザンシアターで「オセロー」のブラバンショー役
増岡裕子・・・同上の「オセロー」でエミリア役

やれやれ、やっと昨年のまとめが終わりました。
いつも拙文を読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお付き合いくださいませ。

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「見知らぬ女の手紙」

2025-01-14 17:36:47 | 芝居
12月25日、紀伊國屋ホールで、シュテファン・ツヴァイク作「見知らぬ女の手紙」を見た(翻案・演出:行定勲)。



抑圧された心に潜む想いは狂気か、それとも純粋な愛なのか?
「恋」という熱病に侵された女の究極のラブストーリーを描くモノローグドラマ

世界的なピアニスト”R”は、演奏旅行で一年の大半は自宅を留守にする。
そんなある日、演奏旅行から戻ると郵便物の束の中に妙に分厚い、
見覚えすらない文字で綴られた手紙が届いていた。
その手紙の差出人はまったく知らない女。
28歳だという女は手紙を書く前日に子供を亡くしたという。
男は脈絡も分からぬまま、その”見知らぬ女”の
12歳からの自分語りを読みはじめる・・・(チラシより)。

篠原涼子の、ほぼ一人芝居。満席。
舞台は狭い。
小さなピアノが一台。中央に小テーブルと椅子一つ。小さな寝椅子。
男の声が響く。
「〇〇〇はピアニスト。外国から帰国し、部屋に戻ると、召使いが留守中に届いた手紙を盆に載せて来る。
一つずつ見てゆくと、その中に、差出人の住所も名前も書いていないものがあった」
男(首藤康之)が登場。すると頭上から便箋がたくさん、フワフワと舞い降りて来る。
また声がする。「それは何十枚もあり、手紙と言うよりは原稿のようだった」
紗幕の向こうから女(篠原涼子)が現れる。
「私の子供は死にました」といきなり語り出す。
「13歳の時、隣に引っ越して来たあなたを見て、すぐに恋に落ちた。
若くて優雅な物腰に。・・・
母が再婚することになり、引っ越すと聞いて私は気絶」・・・
こうして彼女はウイーンからインスブルックに引っ越すが、15歳の時、ウイーンの学校に入る。
毎年、彼の誕生日に白いバラを贈り続けた。
18歳の時、ついに再会。
その後、深い仲になり、3回泊まった。
最後の日、男は北アフリカに行く、と言い出す。
私「残念ね」
その3回のどこかで妊娠し、男児を産む。
その子が3歳の時病死。
「私の子供は死にました」
それからしばらくして、また出会い、夜を共にする。
その時、女は娼婦になっている。
女は、男が自分に気がつくだろうか、あの時の女だと気づいて欲しいと熱望するが、男は気づかない。
男は彼女のマフの中に紙幣を何枚かねじ込む。
女はそれを鏡越しに見て、衝撃を受ける。
急いで部屋を出る時、彼女は召使いのヨハネスとぶつかりそうになる。
「彼はよけながら私の顔を見て、私に気がついた!」

「私は一生あなただけを愛して生きた。でも後悔していない。
今でもあなたを愛しています。
なぜ子供があなたの子供だと言わなかったか。
それは、自分から唯々諾々と体を委ねた私が、あなたをだましていると疑われるのを恐れてのこと。
あなたはきっと私のことをお疑いになるでしょう・・・」
「私の子供は死にました」
~~~~~~~ ~~~~~~~ ~~~~~~~

ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」が何度も何度も流れてうんざり!
名曲は、ここぞという時に使ってこそ胸に沁みるのに、使い方がもったいない。
途中、雷が鳴ったりするが、特にストーリーとは関係なかった(笑)。
男は最初の一言以外、口を開かず、じっと立ってたり座ってたり、女の体にまとわりついたり、くねくねと踊ったり・・。
つまりこれはほぼ篠原涼子の一人芝居だった。

はっきり言って、この女は常軌を逸している。
まさに不毛の愛だ。
彼女が敢えて名前を名乗らなかったのは奥ゆかしいとも言えるが、ちょっと不自然でもある。
名乗らないから、男が自分を金で買える娼婦として扱うのは当然なのに、それにショックを受けるのは愚かしい。
恋したことのない人から見たら信じられない話だろう。
時代が古いこともあるが、これほど男にとって都合のいい女もいない。
男が書いた話だから仕方ないのだろうか。
ツヴァイクと言えば、私など、昔「マリー・アントワネット」を読んだことを懐かしく思い出す。
あの人がこんな芝居を書いていたのか。
こんな妄想を抱いていたのか・・。

篠原涼子は何十枚もある手紙を、読みながら歩き回り、読み終えると床に落として、次の手紙を読む。
つまり、これは朗読劇だった。
なるほど!これなら役者は楽だろう。セリフを暗記しなくてもいいのだから。
この戯曲は全部女の手紙という設定なのだから、問題ないし。

彼女をナマで見たのは初めてだが、特に演技がうまいわけではなかった。
ただ、顔立ちも声も個性的で独特の魅力がある。
大きな息子たちがいるとはとても思えないほど可愛らしい。
だから満席なのだろう。

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岡本健一版「ロミオとジュリエット」

2025-01-07 15:21:35 | 芝居
12月9日新国立劇場小劇場で、シェイクスピア作「ロミオとジュリエット」を見た(翻訳:河合祥一郎、上演台本・音楽・演出:岡本健一)。



新国立劇場演劇研修所第18期生公演。
敵同士の家に生まれた若い二人の悲恋物語。

開演前、役者たちが冒頭のセリフを口々に朗読しながら会場中を歩き回る。
実にやかましくて本も読めない。とんだ迷惑だ。やめて欲しい。
劇団「地点」を思い出した。

冒頭、役者たちは口々に数字を羅列する。これが何のことか意味不明。
若い役者たちは狭い舞台を走り回る。
まるで初期の野田秀樹の芝居だ。

キャピュレット家のパーティ。
これがまたうるさい。
舞台上で人々が踊っている時、その外の反対側にいるロミオとジュリエットは相手に向かってセリフを叫ぶ!
実に不自然だ。
このシーンは、二人がすぐそばに、二人きりでいてささやき合うのでないとおかしいでしょう?
実に醜悪。
いいセリフをいっぱいカットしていて、もったいない。
これでは何のために来たのかわからない。
ティボルトが、敵であるロミオを見つけていきり立つと、キャピュレットは、ロミオが「評判のいい青年だ」と言って止める。
そこも大事なとこなのにカット。

ロレンス神父の庵には、天井からいろいろぶら下がっている。
神父役の石井暸一がうまい。

剣はバトンのようなもので、打ち合うと金属音がする。
けんかのシーンが長過ぎる。
乳母は俗物で軽薄な女性のはずが、しっかり者になっていて、原作と全然違う。
彼女の言葉を聞いてジュリエットは、地獄に落ちても仕方ない人だ、と軽蔑し、真に精神的に自立するきっかけとなるのだが。
追放の宣告を受けて絶望するロミオを神父が諌めるセリフが素晴らしいのだが、それもカット。
ジュリエットが例の薬を飲む前のセリフもカット。
キャピュレット(ジュリエットの父親)役の中西良介がうまい。
ジュリエットの死(仮死)を知った両親の嘆きに、なぜか他の人々も加わる。
これが大袈裟。

ロミオの召使いは馬を飛ばして、主人にジュリエットの死を伝える。
この男がロミオに対して友人のような言葉遣いをするのが、聞いていて実に居心地が悪い。
この男は友人ではない!
(ちなみに、彼があまりに主人に忠実だったために二人の悲劇が起こったと言えなくもない)
(それと、神父がロミオ宛てに書いた手紙を持たせた使いの修道士が、ペストの濃厚接触者とされて隔離されるという不運もある)
キャピュレット家の墓所でロミオは毒を飲み、ジュリエットの体の上に倒れて絶命。
こんなの初めて見た。重いだろうに。
だからジュリエットは目覚めるとすぐ、自分の体の上に夫を発見する。

ラスト、二人の遺体を囲んで両家の両親と他の人々が大声で二人の名前を呼んで嘆き悲しむ。
大公は来ない。
この時、モンタギュー夫人は既に死んでいるはずなのに変だ。
キャピュレット夫妻は、葬儀も済ませた娘が血を流して死んでいるのを見て、驚くだろうが、果たして泣くだろうか。
もう十分涙を流しただろうに。
むしろ、娘が自分たちをだましたのか、と、そっちの方がショックだろうに。

これは、今まで見た中で最悪のロミジュリだった。
岡本健一は第一級のうまい役者だと思うが、演出家には向いてないとわかった。
名優必ずしも名演出家ならず。
その意味では吉田鋼太郎と同じだ。
いや、この人もシェイクスピア以外ならいいのかも知れない。
シェイクスピアの芝居は、ほぼ韻文で書かれていて、セリフを耳で聴いて楽しむものなので、他の芝居とは勝手が違うのだ。

演出家はウクライナだ何だと書いているが、結局、シェイクスピアを使って自分の思いついたことを描いただけ。
つまり、シェイクスピアのストーリー(枠組み)を利用しているだけだった。


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「白衛軍」

2024-12-28 22:12:24 | 芝居
12月5日新国立劇場中劇場で、ブルガーコフ作「白衛軍」を見た(演出:上村聡史)。




1918年、ウクライナの首都キーウ。前年、ロシア帝政が崩壊。ソヴィエト政権が誕生するが、
キーウではウクライナ人民共和国の樹立を宣言。ロシア帝国軍(白衛軍)を中心とした新政府軍が
誕生する。しかし内乱が続き、キーウの街には緊張が走っていた。やがて、白衛軍側のトゥルビン家の
人々の運命は歴史の大きなうねりにのみ込まれてゆくのだった・・・(チラシより)。

舞台奥に上流階級らしい家庭の居間。暖かい色調の照明とゆったりしたソファやテーブルなどの家具。
一人の兵隊が中央から奥に歩くに従って、一段高くなった奥にあった家庭がせり出して来る。
これがトゥルビン家。
次男ニコライ(村井良大)がギターを弾きながら歌い出す。
テーブルについていた兄アレクセイ大佐(大場泰正)が「うるさいよ」。
ニコライ「えーっ?」と驚き、隣の部屋(たぶんキッチン)に向かって「姉さん!・・どう?」
姉エレーナ(前田亜希)「下手!」
ニコライ「昨日はいいって言ってくれたのに」
エレーナは夫タリベルク大佐(小林大介)の帰りを待っている。
仲間のヴィクトル大尉(石橋徹郎)がこの家にたどり着く。何時間も雪の中を歩いて来たので足が凍傷にかかっている。
皆、急いで彼の体を温め、足の傷を手当てする。
そこに兄弟のいとこラリオン(池岡亮介)がやって来て、明るく親しげに挨拶するが、皆、きょとんとしている。
行き違いがあったらしく、彼の母親が出した電報が、まだ届いていなかった。
彼が母親の手紙を読んで聞かせたので、やっと事情がわかり、皆、彼を歓迎する。

客のレオニード(上山竜治)がエレーナに迫る。
彼はゲトマン軍に属しており、以前彼が歌っている時に、エレーナの方から彼の口にキスしたことがあるという。
この日も、彼女は拒絶し続けるが、結局はキスに応える。
男たちの乾杯につき合わされて酔っぱらっていたラリオンが、それを見て驚く。

ゲトマン軍の部屋。レオニードが入ると、従僕フョードル(大鷹明良)が一人いる。
そこにゲトマン(采澤靖起)が来て「これからウクライナ語で話せ」とレオニードに命じる。
レオニードが困っていると、仕方なく「ロシア語でいい」。
部屋には電話と野戦電話があり、しきりにあちこちにかける。
ドイツ軍の将軍と中尉が来てドイツ語で挨拶する。
レオニード「何語で話しましょうか」
ロシア語で話すことになる。
ドイツ軍の将軍が「ドイツ軍はウクライナから全軍撤退した」と衝撃の発言をする。
昨夜は共にパーティを楽しんだのに、とゲトマンたちは愕然となる。
民衆がペトリューラ軍に加わり、20万を超える軍勢となったために、撤退することになったという。
ここも陥落は時間の問題だから、とドイツ人たちはゲトマンに、一緒にドイツに来るように言う。
周到に計画していたらしく、ゲトマンが承諾するや、即ピストルを撃ち、部屋の外にいる兵士に向かって「ドイツ軍の将軍が、誤って頭を負傷した。担架を運べ」。
さらにゲトマンをドイツ軍の制服に素早く着替えさせ、彼の頭を包帯でぐるぐる巻きにする。
かくしてゲトマンは、まんまとドイツ軍の将軍に化けて担架に乗せられ、ドイツ軍に守られて一人逃れる。
置いて行かれたレオニードは呆然とするが、ゲトマンが脱ぎ捨てた服から金目のものを頂戴する。
次にトゥルビン家に電話して状況を話し、フェードルと別れの握手をし、自分も部屋を出る。

ペトリューラ軍の陣地。
足が凍傷にかかった男が捕らえられて来る。逃亡?コサック兵。軍医が死んだのでどうしたらいいかわからず、病院を出て隠れていた、と言う。
大隊長(小林大介)は、本当に凍傷かどうか確かめさせ、「では病院に連れて行け」と命じた後、後ろから銃殺する。
「あんな奴が行っても面倒だ」と。
次に、ユダヤ人か共産党員だと疑われた男が連れて来られる。
彼はただの靴屋だった。
商売道具の靴を一杯入れたカバンを持っているので、皆、爆弾でも入っているのかとおびえる。
ただの靴屋だとわかると「そのカバンを置いて行け」と言われ、「困ります」と泣きつくが、追い出される。
そこに、ゲトマン軍が撤退したという知らせが入る。
勝利だ!よし、もっと広い家に移るぞ!と皆、勇んで出て行く。

<休憩>

学校。跳び箱やロッカーが並んでいる。
アレクセイ大佐に手紙が届く。
彼はそれを読むなり、隠せる場所を学監(大鷹明良)に尋ね、ロッカーに入れて彼に鍵をかけさせる。
そして部下たちを呼び、「白衛軍は解散」と告げる。
突然のことに、皆、信じられない。
大佐がおかしくなったと思い、命令に背き、逆に彼を捕えようとする者たちさえいる。
大佐はそんな彼らを辛抱強く説得しようとする。
その間も、時折激しい爆撃が続くので、ようやく部下たちも差し迫った危険を感じて立ち退く。
大佐はさっきの手紙や書類を燃やすため、今度はロッカーを開けようとするが、当然開かない(客席から笑い)。
鍵を預けた学監は、どこかへ行ってしまった。
彼は力任せにロッカーの扉をこじ開け、中の手紙と書類を取り出して、火にくべる。
だが彼は、なぜか一枚一枚確認しながら火に投じていく。
一度に全部燃やして早く逃げればいいのに、と見ている方は、ヤキモキしてしまう。
弟ニコライ(士官候補生)が来る。その時また激しい爆撃が・・・。

トゥルビン家。エレーナとラリオンがクリスマスツリーを片づけている。
ラリオンがエレーナに告白すると、エレーナ「付き合ってる人がいるの」。
がっくり来たラリオンは、彼女に頼まれて酒を買いに行く。
当の男・レオニードがやって来る。
エレーナ「あなたは嘘が多い」。それに・・・と不安を述べ、「変わって欲しい」と言う。
レオニード「オーディションに受かったんだ」。
ヴィクトルとアレクサンドルも来る。
ヴィクトルはゲトマンが逃げたことを聞いていて、その時の状況をレオニードに尋ねる。
レオニードは、ゲトマンと感動的な別れをしたと、ウソを並べ立てる。
純金の煙草入れを放り投げ、別れる時にゲトマンがくれたんだと自慢する。
実はそれは、ゲトマンが脱ぎ捨てた服のポケットからちゃっかり取ったものだった。
皆、アレクセイとニコライ兄弟の安否を心配する。
そこにニコライが帰って来る。
頭に大怪我をしている。皆、彼を床に寝かせて介抱し、アレクセイの安否を尋ねる。
だがニコライは苦しそうにするのみ。・・・
エレーナ「死んだんでしょ。わかってた。ニコライの顔を見てわかった」
ニコライは苦しげに声を振り絞って言う、「兄アレクセイは、死にました!」

学校。床に沢山の遺体が並べられている。ろうそくも沢山。
学監が遺体の上に百合の花を一本ずつのせてゆく。

トゥルビン家。
エレーナは兄の死を嘆き悲しむ。「どうして兄だけが死んだの?!」
アレクサンドルがピストルを頭に当てて「私のせいだ」
皆、止めようとする。
エレーナもさすがに「もう誰にも死んで欲しくない」と言う。
結局ヴィクトルがピストルを奪い取る。(このシーンが長い)

エレーナの夫タリベルク大佐の足音がする。
皆、ピストルを出して構える。
タリベルクは相変わらず堂々としている。
「仕事の途中だが、エレーナに会うために密かに戻った」と偉そうに言う。
皆、「送って行く」と言い、(この時、タリベルクは少しビビる)タリベルクの後に続いて男全員が外に出るや銃声が!
そして皆、さっぱりした顔で戻って来て、口々にエレーナにプロポーズ!!
今まで静かだったアレクサンドルまで男たち3人全員が。
だがエレーナは「私、レオニードと結婚します」
3人はがっくりするが、すぐに気を取り直して歌い出し、酒を酌み交わす。
その時また外で爆撃のような音がする。
「あれは祝砲だ。ペトリューラ軍の勝利を祝ってるんだ」とヴィクトル。
ニコライが頭に包帯を巻いた姿でよろよろと入って来る。
祝砲が聞こえるたびにおびえる。暗転。

~~~~~~~ ~~~~~~~ 

この作品は1925年に小説として発表され、翌年、作家自身が戯曲化して上演した由。
1918年、革命直後のウクライナで起きた内乱と、ロシア、ドイツとの関わりが非常に興味深い。
だが芝居としては、いささか長過ぎるし、場面によっては冗長なところもあるのが残念だ。
紅一点のエレーナをめぐって男たちが争うのはいいとして、皆で彼女の夫を殺して、直後にプロポーズ合戦というのがびっくり。
まるで漫画だ。
役者では、皆に慕われるアレクセイ大佐役の大場泰正が、こんな役にぴったり。
ラリオン役の池岡亮介も好演。
総じてキャスティングがよかった。






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オペラ「皇帝ティートの慈悲」

2024-12-20 22:14:09 | オペラ
11月29日北とぴあ さくらホールで、モーツァルト作曲のオペラ「皇帝ティートの慈悲」を見た(演出:大山大輔、指揮:寺神戸亮、オケ:レ・ボレアード)。




舞台は紀元1世紀のローマ。先々代ローマ皇帝の娘ヴィテッリアは、現皇帝ティートを憎みつつも妃の座を狙っています。しかしティートが
ユダヤの王女を妃に迎えると知り、自分のことを愛しているセスト(皇帝の忠臣)をそそのかし、ティートの暗殺を企てます。
この結婚は結局中止となるも、ティートがセストの妹セルヴィリアとの結婚を発表したため、ティート暗殺計画が再燃します。
ところが、兄の友人アンニオを愛していることをセルヴィリアが伝えると、ティートは快くこの結婚を取りやめにし、今度は
ヴィテッリアを妃とすると発表。しかし、その事情を知らないヴィテッリアはセストに暗殺を決行させてしまいます。
はたして皇帝ティートは無事なのか?悪女ヴィテッリアはどうなってしまうのか?(チラシより)

モーツアルト最晩年の傑作。
「魔笛」の作曲を中断して約18日間で一気に書き上げたという。
セミ・ステージ形式。イタリア語上演・日本語字幕付き。

いつものようにオケピットがなく、舞台中央にオケがいて、その前の横長の空間で歌手たちが歌い、演技する。
オケの奥にも細長い空間があり、階段と小高い台があって、時にはそこへも人々が移動して歌う。
今回の演出の大山大輔は、近衛隊長ブブリオ役も兼ねる。
主役セストと友人アンニオは、同じような黒服に白いマントをひるがえすが、セストが愛するヴィテッリアにそそのかされて
皇帝ティート殺害を決意するあたりから、その白いマントを取って黒服姿になる。わかり易い。
セストが宮殿に火をつけたらしく、舞台奥が赤くなり、炎がメラメラと上がる映像が広がり、ついには舞台全体が赤一色に染まる。
<休憩>
皇帝ティート暗殺は、幸い、失敗したらしい。
ティートが親友セストの裏切りを信じられず、人払いをして「二人きりだから本心を打ち明けてくれ、秘密があるのなら教えてくれ」
とまでセストに語りかけるのが感動的。
だがセストはヴィテッリアにそそのかされたことは決して言わない。
それ以外、彼に秘密はないのだから、皇帝に言えることは何もない。
ティートの優しさに応えられず苦しむ彼は、「早く殺してください」としか言えない。
そんな彼に、さすがのティートも心を固くし、諦めて去らせる。
だが「運命の神は私の心を(今までの寛大さを)変えさせようとするのか。いや、私は変わらないぞ」と
運命に逆らおうとし、一旦サインした処刑の命令書を破り捨てる。
セストの恋人と友人が、ティートに、セストの減刑を願い出るが、ティートは土壇場まで死刑と皆に思わせておく。
すると友人が「そんなすがすがしいお顔でセストを処刑なさるのですか」と言うのが可笑しい。そりゃそうだ。

ヴィテッリアが初めて白いドレス姿で現れる。
彼女はセストが自分のことを告白したかどうか心配している。
プブリオに尋ねると、「ティートと二人きりで話していたので、私も知りません」と答えてすぐに去る。
そのため彼女は思う、「私のことも自白したのね。プブリオも知っている。私から逃げるように去って行った様子から分かる」
彼女はやましいからそう思ったのだ。この辺り、現代的。
セストの恋人と友人が来て「皇妃様、セストの減刑をお願いして下さい」と頼むので、「私はまだ皇妃ではありません」と答える。
すると二人は「ティートが今日のうちに妃にするので準備するように、と命じられた。あなたの願いは聞かれるでしょう」と言う。
ヴィテッリアはハッとなる。
「セストは私のことを言ってないのね。何という愛・・・」
ここから彼女のまったく新しい苦しみが始まる。
「彼は一人で罪を抱えて死んでゆく。私の方が罪は重いのに・・」
「行って罪を告白しよう。・・みんな私をどう思うでしょう・・」
長い長いアリア。

照明が舞台を黄金色に染め、ティートによる裁きの場。
「楽しい催しの前に、罪人を連れて来い」
と、その時突然、ヴィテッリアが「首謀者を連れて参ります」と言い出す。
ティート「誰だ?!」
ヴィテッリア「私です」
驚いたティートが「誰を信じたらいいのか」「なぜそんなことを?」
ヴィテッリア「私は妃になれるかと思っていたのに、陛下が何度も私の気持ちをないがしろにされたからです」
ティート「セストを解放せよ」・・・
こうしてセストの冤罪も晴れ、セストの真心がヴィテッリアに伝わり、彼女は彼の愛に応えることになる。めでたしめでたし。

結局この皇帝は、3人の女性(ユダヤの王女、セルヴィリア、ヴィテッリア)と次々と結婚しようとしては断念することになる。
ラストも一人のままで、何とも気の毒な人だ。
歌手は皆うまい。特に、複雑なヒロインを演じたロベルタ・マメリが素晴らしい。
セストと男の友人をメゾソプラノの女性たちが歌い、演じるのが不思議だったが、当時はカストラート全盛期で、美声と言えば高い声とされていたからだそうだ。
ラストの皆の合唱も素晴らしい。
現代人には少々長過ぎるのが難点だが、美しい音楽を堪能できたし、意外とドラマチックな内容で、充実した作品だった。
プログラムに掲載の、寺神戸亮の「指揮ノート」と大山大輔の「演出ノート」が非常にわかり易く、また文章もうまくて大いに役立った。

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オペラ「ウイリアム・テル」

2024-12-13 00:30:11 | オペラ
11月28日新国立劇場オペラパレスで、ロッシーニ作曲のオペラ「ウィリアム・テル」を見た(演出・美術・衣裳:ヤニス・コッコス、指揮:大野和士、オケ:東フィル)。



フランス語上演、日本語及び英語字幕付き。
原語での舞台上演は本邦初の由。

オーストリア公国の圧政を嘆くスイスの山村。長老メルクタールの息子アルノルドはハプスブルク家の皇女マティルドへの恋に
悩んでいた。村一番の弓の名手ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)はアルノルドに圧政に抵抗するよう諭す。
総督ジェスレルに反抗した村人を匿ったメルクタールは殺され、マティルドはアルノルドと永遠の別れを交わす。
自分に従おうとしないテルと息子ジェミを捕らえたジェスレルは、息子の頭に載せたりんごを射ることができれば命を助けると告げる。
テルとジェミたちの運命、そしてアルノルドとマティルドの愛の行方は(チラシより)。

序曲冒頭のチェロのソロが甘美で期待が高まる。
このオペラは序曲が長く、途中、運動会でお馴染みの、あの軽快な曲も流れて楽しい。思わず走り出したくなる(笑)
序曲が終わり、拍手とブラボーが起こると、指揮者はオケの団員たちを立たせた。初めて見る光景。
聴きごたえのある序曲の場合、こういうことをするそうだ。

幕が上がると、舞台上空からでかい矢の形をしたものがいくつもゆっくり降りて来て、人々が逃げ惑う。圧制の象徴。
村では3組の結婚式が挙げられようとしている。
弓の競技とか、逃げて来た老羊飼いをテルが「小舟に乗せて助ける」とかのシーンは、舞台の端の方で起こるのではっきりわからない。
<休憩1>
真紅のコート姿のマティルド(オルガ・ペレチャッコ)が現れ、アルノルドを思って歌う。
これが超絶技巧で、しかもこの人がうまい。
聞き取れたフランス語:la nuit (夜)、ton pere (お前の父)
日本語字幕が間違っていた。
敵のことを呪っていて「大地が彼らの墓となるように」とすべきところを「墓を拒むように」となっていた。
<休憩2>
3幕冒頭の音楽は、明るく軽快に始まるが、すぐに重く暗い曲調に変わり、マティルドとアルノルド登場。
二人は所詮結ばれない運命なのか。
聞き取れたフランス語:l'espoir (希望)
ダンサーたちが現れ、長いダンスシーンが続く。
彼らは結婚する3組のカップルだが、新郎たちは拉致され、新婦たちは男たちによって引き戻され、もてあそばれる。
明らかに圧制者側の、スイスの村の女たちに対する凌辱を表すもので、見ていて辛く苦しかった。
男性はこういうシーンを見ても平気なのだろうか。
言いたいことは分かるが、こういうシーンはほんのちょっとにしてほしい。
圧制者側の衣装はナチスを思わせる黒と赤の色。
総督ジェスレル(妻屋秀和)は皇帝の権力を象徴するトロフィーに頭を下げるよう民衆に命ずるが、一人テル(ゲジム・ミシュケタ)だけが無視する。
彼が弓の名手と知ったジェスレルは、息子の頭にりんごを載せて、それを射るよう命じる。
テルは、そんなことできるものか、と断ろうとするが、息子ジェミ(安井陽子)は父親の腕前を信じており、父を励ます。
そこでテルは神に祈り、「動いてはいけない」と歌って矢を放ち、見事りんごを射抜く。
(どうやるのかと思ったら、さすがに矢は刺さらず、りんごがうまい具合に砕け散る。)
二人は抱き合うが、テルが2本目の矢を隠し持っていたことが見つかり、二人は逮捕される。
そこにマティルドが割って入り、ジェミだけを何とか救い出す。
<暗転>
テルの妻エドヴィージュは、テルと息子ジェミが捕らえられたと聞いて嘆き悲しむ。
女たちが彼女を慰めていると、そこにマティルドがジェミを連れて来る。
母は喜びの声を上げる。
C'est lui.(あの子だわ!)
背後のスクリーンに海の波が現れ、舞台全体が海のようになる。面白い。
船で護送されてきたテルは、船が岸に近づくと岩場に飛び移る。
ジェスレルの姿が見えると、言う。
C'est lui. (あいつだ!)・・・さっきと同じ文章でも日本語にすると全然違うニュアンスが表現できる。実に面白い。
テルはジェミが手渡した弓矢を取り、ジェスレルに矢を放つ。
ジェスレルの胸に矢が刺さり、彼は地下に吞み込まれる。ドン・ジョバンニのようだ。
ラスト、敵を倒し、歓喜の歌声を高らかに響かせる人々の後方に、皇女マティルドが一人、佇み、ゆっくり歩いて行く。
この人はこの後どうなるのだろう・・。
~~~~~~~ ~~~~~~~
音楽は素敵だが長い。長過ぎる。休憩含めて5時間!だから滅多に上演されないのだろう。
繰り返しをあちこちカットしたらいいと思う。
歌手では、メルクタール役の田中大揮と、ジェミ役の安井陽子、そしてマティルド役のオルガ・ペレチャッコがいずれも素晴らしかった。
昔、初級だけ習ったフランス語を、この日ちょっぴり聞き取ることができたのも嬉しかった。


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オペラ「影のない女」

2024-12-03 17:47:46 | オペラ
10月24日東京文化会館大ホールで、リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「影のない女」を見た(ペーター・コンヴィチュニー演出、アレホ・ペレス指揮、
オケ:東響)。



 東南の島々に棲む皇帝は、影を持たぬ霊界の王カイコバートの娘と恋に落ち、皇后とした。
皇帝は3日間、狩りに出かけると宮殿を発つ。皇后のもとへ一羽の鷹が舞い降り、「影を宿さぬ皇后のため/皇帝は石と化すさだめ」と
告げる。期限まであと3日。乳母は、人間をだまして影を買い取ることができると皇后に教え、二人は人間の世界へと降りていく。
染物屋バラクとその妻も子供に恵まれていない。乳母は、自分たちが3日間召使いとして仕え、妻の影を買い取る契約を交わすが、
妻の耳には生まれざる子供たちの恨みの声が聞こえ、夫を拒否してひとり眠りにつく。
 妻は若い男との不貞をでっち上げ、乳母と皇后の二人に影を売り払い、母親になることを諦めたと告げる。
温厚なバラクも激怒し、妻を殺すと宣言すると、天から裁きの刀が降り、地が裂け、バラクと妻を飲み込み、家は崩れ去る。
 染物屋夫妻を救うため、裁きの場へと出ることを決意する皇后。そこに石となった皇帝の姿が浮かぶ。
湧き出る「生命の水」を飲めば、影を得られるという試練に、「飲まぬ」と宣言する皇后。
すると皇后の体に影が宿り、皇帝はもとの姿へ。染物屋夫婦は互いの無事を喜び合う(チラシより)。

さて、今回の上演は、上記のあらすじとはほとんど違う!
「問題児」コンヴィチュニーが、またしても波乱を巻き起こした。
この人は2011年に「サロメ」を演出した人で、当時のブログにも書いたように、もう二度とこの人とは関わるまいと思っていたのだが、
めったにやらないオペラなので、やはり見たくなって、おっかなびっくり出かけたのだった。
結果は・・やはり恐れていた通りだった。

舞台は照明で真っ赤。車が一台止まっている。
サングラスの男たちが4~5人いて、一人が銃で撃つと、みんな倒れる。
乳母に男(父王の使者)が話しかける。これが前後関係の説明となる。
若い女が3人、意味ありげに立っている。その内の一人が鷹らしい。
太った男が「皇帝と呼ばれるボス」。そして乳母。
皇后に影ができないと(妊娠しないと)皇帝は石になってしまう。
期限は12か月で、あと3日でその期限が来る。
日本語字幕で皇后のことを「お嬢」というのが面白い。

バラクは妻を金で買ったことになっている!
二人はまったくうまくいっていない。
妻はずっと、お腹に枕を入れている。
バラクがベッドに横になってデッキで音楽(このオペラの音楽)を聴いていると、妻が来て、うるさくて眠れやしない、と言って
ストップボタンを押して去る。
妻が去ると、バラクはまた音楽を聴く。するとまた妻が来て・・
3度めに妻が来ると、今度はデッキごと持ち去ろうとするので、バラク「ちょっと!」
妻「何よ」
ドイツ語で歌っていたのが、突然日本語の会話が始まったのでびっくり。
会場も衝撃を受けて、固唾を飲んで舞台を見守る。
・・・
バラク「自分で洗濯する方がきれいになるからいいよ」
妻「洗濯ってのはね、洗って干して取り込んで、畳んでタンスにしまうまでを言うのよ。
  あなたにそんなことができるかしら」
原作とはすっかりかけ離れているが、この時の二人の会話が可笑しい。

ダブル不倫!
昼間、皇帝がなぜかバラクの家にやって来て妻をレイプ。しかも同じベッドにバラクが寝ている隣で!
妻は叫び声を上げてバラクに助けを求めるが、バラクは寝たまま。
妻「仕事の時間に寝てて・・そんなら私は・・・」
妻は緑の服を羽織り、カバンを持って皇帝と共に出て行く。
皇后がそれを見送り、バラクを起こし、抱きしめて、二人は関係する。
が、皇后は「皇帝は石になる。私の罪のせいで」と言い出し、頭を抱えて苦しむ。
歌いつつ、自ら幕を引く。
~休憩~
乳母はセラピストになっている。
バラクが妻を探しに来ると、「彼女はあなたの死を願いながらあちらに行った」と下手を指す。
バラクはそちらに向かう。
次にバラクの妻が来ると、「バラクはあなたを殺そうとあちらに行った」と上手を指して、そちらに行かせる。
その後、男女が来て・・
皇帝と皇后が来る。・・・乳母は追い出される。
皇后は一人になると、携帯電話で父王カイコバートと話す。
突然、皇后は赤ん坊を出産!二人の女性がそばに来てケアし、赤子を取り上げる。
バラクと車椅子に乗った皇帝(赤薔薇の花束を抱えている)が入って来て、喜ぶ。
だがその時、子供の声が日本語で響き渡る。
 「ぼくはあなたの子供だよ。ぼくを殺して。もういやだ!」
ちなみに字幕の英語は "I am your child. Kill me ・・"なので、性別は不明。
こうはっきりした声で言うので、皇后はその子を皇帝だかバラクだかの膝の上に置く。

バラクは皇帝と二人でテーブルにつき、こちらを向いて酒を飲み、しゃべる。
その間、妻はずっとバラクへの思いを歌い、バラクを褒め続け、バラクへの愛を歌い、「聴いて」と言うが、
バラクはまったく無視して、皇帝とおしゃべり。
ついに妻が「私を早く殺して」と言うと、バラクは彼女をピストルで撃ち殺す。

最後のシーンはレストラン。・・・
不条理性を強調しているようだが、意味不明。
~~~~~~~ ~~~~~~~
暗転して音楽が終わった途端にブーイングの嵐が起こって実に愉快だった。
ブラボーと言ってる人もいたけど。
いつかまた、別の演出のを見たくなった。
やっぱりこの人の演出は嫌だ。
どんなに音楽がよくたって。
この演出家についてはいろいろ言われているが、私に言わせれば、ただ単に、F〇〇〇が好きで聴衆の度肝を抜くのが趣味なんじゃなかろうか。
もちろん原作は男性優位の思想で、その点腹立たしくはあるが、だからってこんな風にしてしまう必要があるだろうか。
シュトラウスの音楽に浸るのに、そのことがそれほど邪魔になるだろうか。
少なくとも私は、2010年に同じ会場でこれを見た時、ラストで気持ち良く涙を流せた。
単純?
別にそう言われてもいい。
あらすじをここまで変えなくても十分楽しめるのは、私のような人間の特権なのかも知れない。






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「ドクターズジレンマ」

2024-11-14 16:35:30 | 芝居
10月22日調布市せんがわ劇場で、バーナード・ショウ作「ドクターズジレンマ」を見た(演出:小笠原響)。



結核パンデミックに見舞われた20世紀初頭のロンドン。
新たな治療法を発見した天才医師リジョンの診療所には、限りあるワクチンを求めて患者がひしめき合う。
病魔に侵された同僚医師の治療を優先しようと決めたリジョンであったが、突然現れた女性ジェニファーの魅力に
打ちのめされてしまう。彼女の夫ルイスは無名の天才画家だが金銭問題あり女性問題ありの食わせ者で、
病魔に侵されていた・・・。
美貌と才能に翻弄されズブズブとジレンマの渦に吞み込まれていく医者たちが見たものは・・・(チラシより)。

日本初演。

舞台は非常に狭い。ほぼ三方を客席が囲み、出入り口が四方にある。
リジョン(佐藤誓)の助手(星善之)のところに女中エミー(なかじま愛子)がやって来て、リジョンがついに「サー」の称号を授与されたと知らせる。
リジョンにお祝いを述べようと、お客が次々と現れるが、これがみな医者仲間。
かくて医者5人が病気とその治療法についてしゃべりまくる。
一人は「かくのう」とかいうものが、すべての病気の原因だと言う。
一人は外科医で、何でもかんでも手術さえすれば治ると言う。
一人は食細胞(白血球)とか敗血症とかの名称を繰り返す。
素人にはよくわからないが、皆、自説をただ主張するばかりで、今風に言えばエビデンスがまるでない(笑)。

そんな彼らが去ると、ジェニファー(大井川皐月)登場。
リジョンは誰であれお客は通すな、とエミーに言ってあるが、エミーはジェニファーからお金をもらっているので
しつこく口をきいてやり、しまいに「それに・・先生のタイプです」と告げる(笑)。
それでも彼は頑として、帰ってもらえ、と言い張るが、ジェニファーは入って来てしまい、夫ルイスは天才画家で、
彼を救えるのは先生だけです、と切々と訴える。
リジョンの手元にあるワクチンは、予約した患者の分の他に一人分しか残っていない。
彼はそれを貧しい同僚医師ブレンキンソップ(佐藤滋)のために使おうとしていたが、ジェニファーの訴えに心動かされ、とりあえず一度、ルイスに会うことにする。
近々ホテルのレストランで叙勲のお祝いの食事会を開くので、そこにジェニファーとルイスを招待することになった。

次の場面は食事会が終わったところ。
画家夫妻は席をはずし、医者5人がテーブルに残り、夫妻について語り合う。
皆、二人について大いに感銘を受けた様子。
夫妻は若くて美しく、魅力的だし、おまけにルイスがサラサラと描いてくれた絵が実に素晴らしく、やはり天才画家らしい。
彼の病気を治してやることに皆の意見は一致する。
ルイスが戻って来て、また絵を描き、更に人々の心をつかむが、一方で、誰彼構わず借金を申し込む。
それも相手の懐具合を考えて、その都度細かく金額を変えるというやり口で。

夫妻が帰ると、突然メイドのミニー(なかじま愛子の二役)が飛び込んで来る。
「今帰られたお客様の住所を教えてください!」「あの女といた男の人・・」
男たちが驚いて問いただすと、彼女は「私はあの人の妻です!」と爆弾発言。
ちゃんと結婚して式も挙げ、しばらく一緒に暮らしたが、ある時、急にいなくなった、彼には貯金を全部あげたのに・・
連絡したくても住所もわからない、と言う。
男たちは困惑する。
そういう奴だったのか・・。

次の場面はルイスのアトリエ。
ジェニファーがルイスに言う。
「もう誰からも借金しないで。借金する時は、まず私に言って。いいわね?」
ルイスは「わかったよ。君は立派だ」とか何とか答える。
ルイスは絵を描いている。
ジェニファーが「まず〇〇さんと約束した絵を仕上げたら?」と言うと、「え~、だってあの人からはもうお金ももらってるし。いいよ」
何て奴!だが、要するにこんな奴なのだ。
ここに医者たちが来る。
するとルイスは、たった今妻と約束したばかりなのに、会う人ごとに借金を申し出て・・・。

ここから彼と医者たちとの議論が始まる。
医者たちは、彼がミニーにしたことを責めるが、ルイスは口がうまく、本当なのか嘘なのかわからないが、簡単に皆を説得してしまう。
男たちは、さらに人間として当然振る舞うべき倫理を説いて聞かせるが、それに対してルイスは、まるで悪びれることなく、しれっと芸術論をぶつ。
彼の言い分は、なかなかどうして筋が通っている。
聴いている方が、むしろ感心するくらいだ。

リジョンはジェニファーに、ルイスの人格的な問題について話す。
彼女は夫の金銭関係だけでなく、女性関係のことも知っており、認めるが、それでもなお彼を治して欲しい、と懇願する。
リジョンは悩み迷うが、結局、自分のワクチンは誠実で貧乏なブレンキンソップに使うことにし、
ルイスの治療は友人のサー・ボニントン(清水明彦)が担当することになる。
治療はうまく行かず、ルイスは助からない。
死を待つばかりの彼はベッドに横たわり、長々と語り出す・・・。

ラストシーンはルイスの個展の会場。
その後、ちょっとびっくりな展開が待っている・・。
~~~~~~~ ~~~~~~~ ~~~~~~~ 
「バーナード・ショーの隠れた名作」という演出家の言葉通り、素晴らしい戯曲だった。
ルイスと医者たちとの議論が興味深い。
ただ、ルイスが死ぬまでがちょっと長過ぎる。
その他は実に面白い戯曲なのに、惜しい。

役者陣はみなうまいし、滑舌がよくて心地良い。
特にルイス役の石川湖太郎には驚かされた。この男、一体何者?
この役のために生まれてきたような・・。
エミー役兼ミニー役のなかじま愛子にはすっかり騙されたし。
ジェニファー役の大井川皐月は美しく、演技も的確。
実に楽しいひと時だった。



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「セツアンの善人」

2024-11-06 23:07:37 | 芝居
10月21日世田谷パブリックシアターで、ベルトルト・ブレヒト作「セツアンの善人」を見た(上演台本・演出:白井晃、音楽・パウル・デッサウ)。





9月に俳優座劇場で見たばかりの芝居を、世田谷パブリックシアターでもやるというので急きょ見ることにした。
前回は田中壮太郎の脚色・上演台本・演出で、今回は白井晃の上演台本・演出。
これが、同じ原作の戯曲とは思えないほど違う。

善人を探し出すという目的でアジアの都市とおぼしきセツアンの貧民窟に降り立った3人の神様(ラサール石井、小宮孝泰、、松澤一之)たちは
水売りのワン(渡部豪太)に一夜の宿を貸して欲しいと頼む。ワンは街中を走り回って神様を泊めてくれる家を探したが、その日暮らしの街の人々は、
そんな余裕は無いと断る。ようやく部屋を提供したのは、貧しい娼婦シェン・テ(葵わかな)だった。
その心根に感動した神様たちは彼女を善人と認め、大金を与えて去っていった。
それを元手にシェン・テはタバコ屋を開いたのだが、店には知人たちが居座り始め、元来お人好しの彼女は彼らの世話までやくことになってしまう。
ある日、シェン・テは、首を括ろうとしていたヤン・スン(木村達成)という失業中の元パイロットの青年に出会い、
一目惚れしてしまう。その日からシェン・テはヤンが復職できるように奔走し、金銭的援助もしはじめるのだが、
その一方で、人助けを続けることに疲れはじめていた彼女は、冷酷にビジネスに徹する架空の従兄、シュイ・タ(葵わかなの二役)を
作り出し、自らその従兄に変装して、邪魔者を一掃するという計画を思いつく・・(チラシより)。

まず、音楽が大音量で、耳が痛くて困った。
水売りワンの売っている水のボトルを持ち上げて、「上げ底だ」と神様の一人。だから彼は善人とは言えない、と。
それでもシェン・テは神様たちから千元もらい、それでたばこ屋を開く。

床屋のシュー・フーがシェン・テにプロポーズするが、シェン・テは彼ではなくヤン・スンを選び、二人で手に手を取って出て行くところで1幕終わり。
<休憩>
ヤンのズボンがシェン・テの家にあるのをシン(あめくみちこ)が見つけて不審に思うが、シェン・テはちゃんと説明できない。
それでシンはシェン・テの秘密に気づく。
シェン・テは時々めまいがする。シンは彼女が妊娠していることにも気がつく。

じゅうたん屋の夫婦に借りた200元を返し、たばこ屋を売るのをやめて一緒にたばこ屋をやる、とシェン・テは主張するが、
ヤンは断る。「この俺がたばこ屋を?」
結婚式には黄土色の衣を着た坊さんがいる。
ヤンは、シュイ・タが300元持って現れるのを待つと言う。
シェン・テはようやく気がつく。
「この人は悪人です。私にも悪人になれと言います」

シュイ・タはタバコ工場を始め、ヤンも雇う。
シュイ・タはまためまいがする。
ヤン「この頃よく目まいを起こすし、なかなか決められない・・」
シンはシュイ・タと二人だけになると、「もう7ヶ月だもんねぇ」といたわり、上着を脱がせ、ネクタイをゆるめてやる。
ある時、シュイ・タは部屋の奥ですすり泣く。
そこにやって来たヤンは、女の泣き声が聞こえるので驚いて奥を探す。
彼は、シュイ・タがシェン・テを監禁しているんじゃないかと疑い、警察に通報する。

裁判。裁判官3人は神様たち。黒い衣をつけている。
人々はシュイ・タの悪い点を口々に挙げる。
シュイ・タは追い詰められ、「お人払いを」。
みな去り、裁判官たちだけになると、彼女は上着を脱ぎ、顔につけた面を剝がす。
3人は驚くが、シェン・テが「私は善人ではありません」と言うと、「お前は善人だ」と言う。
人々はそろそろと出て来て、彼女を見て驚く。
神様たちは黒い衣を脱ぐと、薄青いスーツ姿!
また旅に出ると言う。
みな固まり、一人が口上を述べる。
「これで終わりかと思われるでしょうが・・・何の解決もない・・・」
暗転。終わり。
~~~~~~~ ~~~~~~~ ~~~~~~~
歌が多いが、それが残念ながら退屈。
主役の葵わかなは好演。
ヤンの母親役の七瀬なつみも期待通り。

今回、ヤンは死なない(一体原作はどうなっているのか?)。
ラストの口上が興醒め。
ところで妊娠したら目まいがするのだろうか?そんなの聞いたことないけど。

同じ原作から、こうも違うものができるのが不思議。
いつか疑問を解くために原作の戯曲を読んでみたい。

面白い芝居を二種類の上演台本と演出で見比べることができて、楽しかった。
主人公の変装(変身)の仕方が違うのも面白い。
総じて、田中壮太郎版の方が胸に迫るものがあり、感銘深かった。
今回は有名な俳優が多く、前回は俳優座の重鎮が何人かいたとは言え桐朋学園短大の学生たちもたくさんいて、
いずれにせよ無名な人たちだったが、みな驚くほどうまかったし、音楽も素晴らしかった。




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「芭蕉通夜舟」

2024-10-29 22:56:20 | 芝居
10月15日紀伊國屋サザンシアターで、井上ひさし作「芭蕉通夜舟」を見た(演出:鵜山仁)。



内野聖陽の、ほぼ一人芝居。
彼の他に男女4人が、他の役を適宜演じつつ進行する。
芭蕉19歳からの一代記。
彼は弟子たちに囲まれていたが、実は一人でいるのが好きだったとか、知らなかったこともあり興味深い。
便秘に悩み、「人生50年のうち、25年は雪隠にいる」と弟子たちに嘆いたとか。
雪隠をくるっとひっくり返すと文机(文箱)になるのがおかしい。
旅に出る時も、それを背中にしょって出かける。

内野は声を変えて何人もを演じ分ける。相変わらず達者なもの。
ただ、まったく面白くない場面もいくつもあって残念。
これは役者や演出家のせいではなく、原作のせい。
観客はみな、笑ったり泣いたりしたくて待ち構えているが、いくら演出家が頑張っても台本自体に問題があるから
うまくいかない。
それに加えて、この日、内野は時々危なかった。
この人は本来うまいはずだが、最近忙し過ぎるのか。しっかりしてほしい。
興が醒めてしまう。

自然の中に潜む「宇宙意志」を感じる芭蕉。
19歳の時は料理人で、俳句もやる、というただの若者だったが、主君が亡くなり・・・。
最初は駄洒落が好きで他の俳諧師たちに馬鹿にされていたが、談林が流行り出すと、にわかに流行の先端を行くようになった・・。

評伝劇だから仕方ないのかも知れないが、ヤマなしオチなしだった(イミなしとは申しません)。

脇を固める女性2人がうまいと思ったら、1人はあの小石川桃子だった。
今年3月、「アンドーラ」で主役の青年アンドリを演じた人。
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