お待たせしました。3月30日に埼玉で観た「ヘンリー六世」ですが、途中で息切れしちゃってしばらくお休みしてました。
後編は、薔薇戦争のさなかに、ヨーク公の末息子である幼いラットランドが殺されるシーンから。
彼の父ヨーク公がクリフォード卿を殺したというので、息子のクリフォード(名前が同じなのでややこしい)が仕返しに彼を殺そうとする。彼は幼いながらも殺されまいとして言葉を尽くして哀願するが、相手は聞く耳持たず、とうとう殺される。その時彼は言う、「これがおまえの運命の絶頂であるように!」と。そう、丸腰の子供を卑怯にも殺そうとする敵に対して、子供はただその男を呪うことしかできない。だが、呪うことだけはできるのだ。それがこの子にできる唯一の仕返しだが、子供だからと馬鹿にしてはいけない、その呪いはまもなく成就するのだ。子殺しのクリフォードには全く同情の余地はなく、こいつが殺される時はむしろほっとするくらいだ。これぞまさしく「天網恢恢疎にして漏らさず」ではないか。というわけで、ここのラットランドの最後のセリフは省略しないでほしい。
それから、子役が慣れないらしく早口になってしまっていた。これは演出家が直してやるべきだ。ここだって大事な見せ場なのだから、雑に扱わないでほしい。
ヘンリー六世は清純でいつも穏やかで争いを好まぬ人格者だが、こうした美点もあの時代にあってはすべて裏目に出る。戦闘で優位に立った白バラのヨーク側に退位を迫られると、「私が生きている間は王にしておいてくれ」と信じられないような情けない申し出をして、王を守ろうと周囲を取り囲んでいた忠臣たちを唖然とさせる。彼らはその場で弱気な王を見限り、口々に捨てゼリフを吐いて、もっと頼もしい王妃のもとへと去ってゆく。
第3部第2幕第2場で、赤バラ白バラ双方が対立して激しく言い合った後、ヨーク側が怒って立ち去ろうとすると、マーガレットが「お待ち、エドワード!」と言うはずだが、このセリフがなかった。ここは大事なポイントなのだが・・・。つまり、この女の言葉が過ぎて両者の歩み寄りが不可能になったということの、このセリフは象徴なのだ。この時彼女がもう少し思慮深く話をしていたら、あるいは息子を殺されはしなかったかも知れず、彼女の運命も変わっていたかも知れないのだから。
キングメーカー、ウォリック役の横田栄司は声がいい。
暴徒の首領ジャック・ケード役の山本龍二はどこかで見たと思ったら、井上ひさし作「組曲虐殺」で警官をやった人だった。一度見たら忘れられないアクの強い顔でもあり、はったりの利いた演技も的確でケードは適役だった。
二組の息子と父のシーンで、それぞれの最後のセリフ、「おふくろが聞いたら・・」「女房が聞いたら・・」が省略されたが、これもほしい。
大竹しのぶは最近、単語のつど息を吸ってアクセントをつけて発声する癖がついたようだ。そこがちょっと気になるが、声はよく通るし、演技力はもちろん申し分ない。乙女ジャンヌが悪霊たちと会うシーンでは、悪霊たちが省略されたので舞台にたった一人で、ただ照明が少し変化するだけという中で悪霊たちとの交信を表現する。演出家は言わば彼女に丸投げしたわけだが、彼女はその信頼によく応えて場を一人で持ちこたえる。他の女優だったらこんな風に丸投げできるかどうか。また、淫乱な魔女ジャンヌとして火刑に処された直後マーガレットとして登場し、サフォーク伯爵(池内博之)に一目惚れされるが、ここでは可憐で初々しい。こんな芸当が他の誰にできるだろうか。
第5幕の大詰めで、一人息子を殺されたマーガレットが「私も殺して!」と叫び、リチャード(高岡蒼甫)が「ああ、いいとも」と近づいて刀を構えたその時、長兄エドワード(長谷川博己)が「待て」と止める、その息詰まるシーンの間合いがうまく行かなかった!まずマーガレットのセリフが少し聞こえにくく、リチャードのセリフも歯切れが悪くタイミングが合わなかった。こんなことがあるのか。
この後マーガレットが息子エドワードの仇であるヨークの兄弟たちをののしり嘆くと、ヨーク側のエドワード(ああ、ややこしい!)は壁にもたれて腰を抜かしてしまう。なぜ?彼女の迫力に気おされたか。
最後はまた肉片が落ちてくるに違いないと思っていたら、案の定・・・。
6時間に短縮したといっても上手にカットされているので不自然な所がないのはさすが(構成:河合祥一郎)。ただ、これまで述べてきたように小さな箇所でいくつか不満はある。
半年のうちに2種類の「ヘンリー六世」を観ることができ、ついあれこれ比較してしまった。それにしてもこれほど面白い芝居があるだろうか。しかも大筋は実際に起こったことなのだから、驚く他ない。おなか一杯、ご馳走様。
後編は、薔薇戦争のさなかに、ヨーク公の末息子である幼いラットランドが殺されるシーンから。
彼の父ヨーク公がクリフォード卿を殺したというので、息子のクリフォード(名前が同じなのでややこしい)が仕返しに彼を殺そうとする。彼は幼いながらも殺されまいとして言葉を尽くして哀願するが、相手は聞く耳持たず、とうとう殺される。その時彼は言う、「これがおまえの運命の絶頂であるように!」と。そう、丸腰の子供を卑怯にも殺そうとする敵に対して、子供はただその男を呪うことしかできない。だが、呪うことだけはできるのだ。それがこの子にできる唯一の仕返しだが、子供だからと馬鹿にしてはいけない、その呪いはまもなく成就するのだ。子殺しのクリフォードには全く同情の余地はなく、こいつが殺される時はむしろほっとするくらいだ。これぞまさしく「天網恢恢疎にして漏らさず」ではないか。というわけで、ここのラットランドの最後のセリフは省略しないでほしい。
それから、子役が慣れないらしく早口になってしまっていた。これは演出家が直してやるべきだ。ここだって大事な見せ場なのだから、雑に扱わないでほしい。
ヘンリー六世は清純でいつも穏やかで争いを好まぬ人格者だが、こうした美点もあの時代にあってはすべて裏目に出る。戦闘で優位に立った白バラのヨーク側に退位を迫られると、「私が生きている間は王にしておいてくれ」と信じられないような情けない申し出をして、王を守ろうと周囲を取り囲んでいた忠臣たちを唖然とさせる。彼らはその場で弱気な王を見限り、口々に捨てゼリフを吐いて、もっと頼もしい王妃のもとへと去ってゆく。
第3部第2幕第2場で、赤バラ白バラ双方が対立して激しく言い合った後、ヨーク側が怒って立ち去ろうとすると、マーガレットが「お待ち、エドワード!」と言うはずだが、このセリフがなかった。ここは大事なポイントなのだが・・・。つまり、この女の言葉が過ぎて両者の歩み寄りが不可能になったということの、このセリフは象徴なのだ。この時彼女がもう少し思慮深く話をしていたら、あるいは息子を殺されはしなかったかも知れず、彼女の運命も変わっていたかも知れないのだから。
キングメーカー、ウォリック役の横田栄司は声がいい。
暴徒の首領ジャック・ケード役の山本龍二はどこかで見たと思ったら、井上ひさし作「組曲虐殺」で警官をやった人だった。一度見たら忘れられないアクの強い顔でもあり、はったりの利いた演技も的確でケードは適役だった。
二組の息子と父のシーンで、それぞれの最後のセリフ、「おふくろが聞いたら・・」「女房が聞いたら・・」が省略されたが、これもほしい。
大竹しのぶは最近、単語のつど息を吸ってアクセントをつけて発声する癖がついたようだ。そこがちょっと気になるが、声はよく通るし、演技力はもちろん申し分ない。乙女ジャンヌが悪霊たちと会うシーンでは、悪霊たちが省略されたので舞台にたった一人で、ただ照明が少し変化するだけという中で悪霊たちとの交信を表現する。演出家は言わば彼女に丸投げしたわけだが、彼女はその信頼によく応えて場を一人で持ちこたえる。他の女優だったらこんな風に丸投げできるかどうか。また、淫乱な魔女ジャンヌとして火刑に処された直後マーガレットとして登場し、サフォーク伯爵(池内博之)に一目惚れされるが、ここでは可憐で初々しい。こんな芸当が他の誰にできるだろうか。
第5幕の大詰めで、一人息子を殺されたマーガレットが「私も殺して!」と叫び、リチャード(高岡蒼甫)が「ああ、いいとも」と近づいて刀を構えたその時、長兄エドワード(長谷川博己)が「待て」と止める、その息詰まるシーンの間合いがうまく行かなかった!まずマーガレットのセリフが少し聞こえにくく、リチャードのセリフも歯切れが悪くタイミングが合わなかった。こんなことがあるのか。
この後マーガレットが息子エドワードの仇であるヨークの兄弟たちをののしり嘆くと、ヨーク側のエドワード(ああ、ややこしい!)は壁にもたれて腰を抜かしてしまう。なぜ?彼女の迫力に気おされたか。
最後はまた肉片が落ちてくるに違いないと思っていたら、案の定・・・。
6時間に短縮したといっても上手にカットされているので不自然な所がないのはさすが(構成:河合祥一郎)。ただ、これまで述べてきたように小さな箇所でいくつか不満はある。
半年のうちに2種類の「ヘンリー六世」を観ることができ、ついあれこれ比較してしまった。それにしてもこれほど面白い芝居があるだろうか。しかも大筋は実際に起こったことなのだから、驚く他ない。おなか一杯、ご馳走様。