「雨を告げる漂流団地」を9月24日(土)ユナイテッドシネマ豊洲で見てきた!結構いっぱい人、入ってた!
感想は・・・
この漂流団地がどこを漂流していて、どこに向かっているのか
が、どこで気づくかがポイント。
これを気づかないと、この映画の感想をネットで書いている人たちのように、「なにがなんだかわからない」なんでこういう展開になるのかもわからないし、どこに向かっているのか、何が言いたいのか、さっぱり・・・となってしまいます。(その人は、種明かしするから、写真の下まで見てね!)
これに気付くと、展開が「バチン・バチン」とあって、読めていくので(こんなに細かいところまで、作りこんでいるんだ~と気づく)、たのしいです。その点で、評価が真っ二つに分かれる作品だと思います。
で写真は、パンフレット。右側のフィルムは、下にある銀の袋の中に入って、入り口でもらえる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/09/da9432647f2543fc8465f4fa886e3bcc.jpg)
以下、ネタバレするので、知りたくない人は見ないでください。
逆に、映画見て、「何が何だかわかんなかった、映画代金かえせ~!!」
という人は、読んでみてください。
<種明かし(たぶん、この映画、こういう意味
:個人的見解、間違ってたらゴメン)>
・この団地は、どこで漂流しているか
→ 三途の川(海みたいに広く見えるけど)
・どこに向かっているか
→ 彼岸。だからこの子たちは、向こう岸について、降りたら
死んでしまう(なので、のっぽ君だけ岸に降りた)
・のっぽ君とは
この取り壊される団地についている地縛霊
団地に執着があるため、成仏できない
・夏芽はなぜ、とりこわされる団地にいた?
のっぽ君となぜ知り合った?
→夏芽は、家族の思いは、安次(やすじい)とのとき、
つまり、取り壊される団地にある。その思い、執着から
団地にいき、同じ執着の周波数を持っているのっぽ君を
ひきよせた
・なぜ、三途の川を漂流することになった?
雨が急に降ってきて、海になる「直前の」映像に注意。
壁にひびが入っている。
あの瞬間、団地が壊れ、子供たち全員が、
死ぬ寸前までいっている。ただ、それが瞬間のことなので、
自分たちは、死んでいるかどうか、わからない。
つまり、この漂流は死にそうになった「こうすけ」や夏芽の
臨死体験。自分が死んでいる自覚がないので、その場に執着している
点で地縛霊と同じ。ただ、漂流していることからわかるように、
そのままだと、彼岸について、向こう岸に降りたら、死ぬ
・夏芽は、なぜ、以前にもこういう体験をしていて、寝ると
元に戻っているのか?
→幽体離脱しているということ。
幽体離脱したときに、三途の川にいき、そこから戻ってきている
戻ってこなかったら死んでいる。
・なぜ、漂流中、近づいてくるのは、昔の取り壊した建物?
→その取り壊した建物に地縛霊がいるから。
地縛霊は成仏できないから、三途の川をさまようしかない。
そのさまよっている地縛霊のいる建物が漂流している
(そして、その建物に出会っているというわけ)
・のっぽ君はなぜ、手が木?そのあと木の部分が増えて、
向こう岸にいる人も木が一部ある?
(ついでにいうと、遊園地の観覧車のお姫様も土が見えている?)
→成仏すると土にかえるという発想だと思う。
完全に成仏していないので、一致部だけ土。土のところには、
草が生える
・丸印のなかに中と書いているデパートのおもちゃ売り場の中に
いた光の女の子はなに?
地縛霊とも考えられるけど、たぶん、夏芽の生霊。
小さい頃のおもちゃ売り場の誕生日の思いが執着となり、
生霊を生んだと思われる。
いうれにせよ、夏芽がその自分をみつめたことにより鎮魂され、
さらにこうへいと一緒にいくことによって、執着が消え、
生霊か地縛霊かわからないけど、消えた(成仏した)
・珠理は、頭から血をだしていたのに、なぜ復活した?
→臨死体験の映像の中の話であり
肉体的に、ダメージウケたわけではないから
・海の中の黒いものは何。
その場に地縛しようとする、黒い思い。
あの思いに取りつかれると、地縛し、成仏できない
(が、生きることもできない)
夏芽を助けるときに、のっぽさんが足を黒いものにもぎ取られるけど、
助かるのは、地縛からのがれ、成仏できることを暗示している
・団地が目的地(海岸。実際には彼岸)についたとき、
なぜ、のっぽさんだけが岸に降りた
→のっぽさんは、地縛からのがれ、成仏することを望んだから。
ほかの子供たちが、なぜ下りなかったかは・・・後の質問
・これが臨死体験だとすると、なぜこの子たちは、
死なないで、もどってこれたのか?
のっぽ君と、観覧車のお姫様、デパートの生霊?地縛霊?
を成仏させてあげた功徳があったから。
・なぜ、この団地は飛んだ?
功徳によって、次元上昇したから。
ここまでくる道のりは、船でいくという2次元だったけど、
功徳があったため、個人の次元が上がり、3次元の空を使える
ようになった
・安次(やすじい)は、命をかけてまで、こうへいに謝ってこいって
言ったのはなぜ?
やすじいが伝えたかった・守りたかったのは、家族の愛であった。
それを伝えていくこと、つながっていくことが、やすじいの使命
であり、生きている価値だった。
なので命を賭してでも、こうへいにあやまらせて、つながりをつなげて
行くことが必要だった。
・この映画は・・・
のっぽ君という地縛霊が成仏する過程を通じて、死ぬということはどういうことか、なぜ死ぬのか、ということを、子供たちを通じて学んでいく、三途の川を舞台にした物語
・・・って見ると、言い通じます
(淡い恋愛物語、少年冒険物語としてみると、たぶん意味通じない)