集落では、「道ぶしん」という集落の道路をキレイにするためのお仕事が1年に4回あります。
その日は、家のモンが借り出され、ほぼ1日「仕事」をします。
夏は草刈り、冬は落ち葉かき、時に道にはみでている枝をチェーンソーで切ったりもします。
まあ言ってみれば、
「皆が使う道路は、皆でキレイにしましょうね」…なんて言うと
道徳チックですが、そんな論理の、田舎ならではのお仕事です。
集団で生きねば生きられなかった「集落」の息吹が残っている仕事だと思います。
さて、その道ぶしんの時に、神社のそばの枯れかけていた杉の巨木を、
山の手入れの名人が、どすーん!と見事に切ってくれました。
(30年前の火事の跡も残っている集落の歴史を知る杉の木でした)
こんな巨木を生木のままで大量にもらうのは、はじめてのことです。
(いつも材のあまり木などをチマチマともらって薪にしていました)
その後の処理は、大きな労力、そして計画的な動きが必要になってきます。
この杉の木を
1.チェーンソーで適当な大きさに切り、
2.軽トラに積んで、
3.家に持って帰り、
4.おろして、
5.薪割り機で薪の形にして、
6.半年以上ねかして
それからようやく薪として使えます。
いや~、大変そうでしたね~、ダンナ。(私は傍観者)
1.~2.の作業だけで1日がかり。
あんまりにも大変すぎて、
ダンナったら、チェーンソーのオイルを入れる場所にガソリン入れて、
変な音させてしまっていました。
その頃、ダンナは風邪をひいていて、風邪薬を飲んでこの仕事をしていました。
体の不調が判断能力をにぶらせていたのですね。
場合によっては命にかかわるかもしれないと思うと、
ダンナが私にチェーンソーを絶対に触らせてくれない理由がわかるような気がします。
いつも風邪ひいているみたいに気が散りまくっていますからね、私は。
さて、1.の「チェーンソーでの玉切り」作業を終えたダンナが、空の軽トラで帰ってきました。
「あれ?杉は?」と問う私に、ダンナが言いました。
「妻、一人じゃ運べない。悪いけど、一緒に来てくれ」と。
重労働の助手を頼むなんて、これまでに一度もなかったことだけに
相当重いのだと判断。
即、息子を連れて、現場へGO。
そこにはすでに玉切りにしてくれた巨大な杉の木がゴロゴロとしていました。
確かにこの大きさの杉の木を一人で軽トラに運ぶのは無理だ。
いや、(私と)2人でもできるかなあ…?
ちょっと及び腰の私に「やっぱり集落の誰かに頼もうか?」不安気なダンナ。
「い、いや何を言うんだ、夫。できる!できるともさ!」
2人で掛け声をあげながら、杉の木を持ち上げましたよ。
1時間かけて(笑)
重機を使えば一瞬で終わる作業も、人間の手だけでやろうとすると
こんなに大変で、こんなに力がいる仕事なのですね~。
無事に怪我なく、杉を運び終え、家族皆で神社に手をあわせた後、ダンナが一言。
「こんなに力んだのは、出産の時以来じゃない?」
確かにね。13キロの息子は毎日持っているけれども、
この重さの巨体はなかなか持つ機会はないよね。
おかげで素晴らしい量の薪が確保ができました。
来年の分の。
素晴らしい貯金ができました。
まだまだこの後の作業は大変ですが、ひとまず原料だけは確保できましたよ!
冬を自力で乗り越えるっていうのは、本当に力がいることですね。
体力的な力もそうですが、
おそらく精神面とか、技術的なこととか、時間をもっと長く大きくとらえるとか
・・・なんというか総合的な「力」がいることだと思います。
なんといいましょうか、くさい意味でなく本当に、「生きる力」が必要なのだと感じます。
私がこういう生活を選び、この生活に本格的に足を踏み入れた時は
こんなにも、この種の力が必要だとは思いもしませんでした。
薪をくださった方に心からお礼申し上げます。
是非また、こんな未熟な田舎暮らし夫婦に、お声がけください。
そして父ちゃん、ご苦労様。
作業後は散らばった杉の粉を杉っぱでお掃除。そういう所エライと思いますよ、ホントに…。
雪がついに!今日!積もりました。
ホントの冬がやってきたんだな~、と早々に薪の残高を計算してしまう貧乏性な私に1クリックを↓
その日は、家のモンが借り出され、ほぼ1日「仕事」をします。
夏は草刈り、冬は落ち葉かき、時に道にはみでている枝をチェーンソーで切ったりもします。
まあ言ってみれば、
「皆が使う道路は、皆でキレイにしましょうね」…なんて言うと
道徳チックですが、そんな論理の、田舎ならではのお仕事です。
集団で生きねば生きられなかった「集落」の息吹が残っている仕事だと思います。
さて、その道ぶしんの時に、神社のそばの枯れかけていた杉の巨木を、
山の手入れの名人が、どすーん!と見事に切ってくれました。
(30年前の火事の跡も残っている集落の歴史を知る杉の木でした)
こんな巨木を生木のままで大量にもらうのは、はじめてのことです。
(いつも材のあまり木などをチマチマともらって薪にしていました)
その後の処理は、大きな労力、そして計画的な動きが必要になってきます。
この杉の木を
1.チェーンソーで適当な大きさに切り、
2.軽トラに積んで、
3.家に持って帰り、
4.おろして、
5.薪割り機で薪の形にして、
6.半年以上ねかして
それからようやく薪として使えます。
いや~、大変そうでしたね~、ダンナ。(私は傍観者)
1.~2.の作業だけで1日がかり。
あんまりにも大変すぎて、
ダンナったら、チェーンソーのオイルを入れる場所にガソリン入れて、
変な音させてしまっていました。
その頃、ダンナは風邪をひいていて、風邪薬を飲んでこの仕事をしていました。
体の不調が判断能力をにぶらせていたのですね。
場合によっては命にかかわるかもしれないと思うと、
ダンナが私にチェーンソーを絶対に触らせてくれない理由がわかるような気がします。
いつも風邪ひいているみたいに気が散りまくっていますからね、私は。
さて、1.の「チェーンソーでの玉切り」作業を終えたダンナが、空の軽トラで帰ってきました。
「あれ?杉は?」と問う私に、ダンナが言いました。
「妻、一人じゃ運べない。悪いけど、一緒に来てくれ」と。
重労働の助手を頼むなんて、これまでに一度もなかったことだけに
相当重いのだと判断。
即、息子を連れて、現場へGO。
そこにはすでに玉切りにしてくれた巨大な杉の木がゴロゴロとしていました。
確かにこの大きさの杉の木を一人で軽トラに運ぶのは無理だ。
いや、(私と)2人でもできるかなあ…?
ちょっと及び腰の私に「やっぱり集落の誰かに頼もうか?」不安気なダンナ。
「い、いや何を言うんだ、夫。できる!できるともさ!」
2人で掛け声をあげながら、杉の木を持ち上げましたよ。
1時間かけて(笑)
重機を使えば一瞬で終わる作業も、人間の手だけでやろうとすると
こんなに大変で、こんなに力がいる仕事なのですね~。
無事に怪我なく、杉を運び終え、家族皆で神社に手をあわせた後、ダンナが一言。
「こんなに力んだのは、出産の時以来じゃない?」
確かにね。13キロの息子は毎日持っているけれども、
この重さの巨体はなかなか持つ機会はないよね。
おかげで素晴らしい量の薪が確保ができました。
来年の分の。
素晴らしい貯金ができました。
まだまだこの後の作業は大変ですが、ひとまず原料だけは確保できましたよ!
冬を自力で乗り越えるっていうのは、本当に力がいることですね。
体力的な力もそうですが、
おそらく精神面とか、技術的なこととか、時間をもっと長く大きくとらえるとか
・・・なんというか総合的な「力」がいることだと思います。
なんといいましょうか、くさい意味でなく本当に、「生きる力」が必要なのだと感じます。
私がこういう生活を選び、この生活に本格的に足を踏み入れた時は
こんなにも、この種の力が必要だとは思いもしませんでした。
薪をくださった方に心からお礼申し上げます。
是非また、こんな未熟な田舎暮らし夫婦に、お声がけください。
そして父ちゃん、ご苦労様。
作業後は散らばった杉の粉を杉っぱでお掃除。そういう所エライと思いますよ、ホントに…。
雪がついに!今日!積もりました。
ホントの冬がやってきたんだな~、と早々に薪の残高を計算してしまう貧乏性な私に1クリックを↓
本格的な冬に突入。お住まいの所は、
こちらより雪が多いのでしょうね。
薪ストーブ、お風呂、体の芯から温まるのですが、燃料の確保は大変でしょうね。
本当にお疲れ様です。
『生きていく力』・・・確かにそう思います。
家を新築したり、リフォームしたりする時に
出る廃材ですが、有料でゴミ処理をするのですが、薪として十分使えるものもあるので、
何とかリサイクルできるといいなと思います。
こんなコメントこそ「薪ストーブ」効果なコメントです。芯からあったまります。
ありがとうございます。
ダンナにこの記事は少々大げさよ、と言われ、ダンナチェックを入れてもらいながら、少しだけ書き直しをしております。
あ、でも大変だったというのは本当なんです。
表現って難しいですね~。
有料なので我が家に声がかかることがあるので、それもありがたいです。せっせと動けたらと思います。