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管理人のヨッシーです。
2019年九州ツーリング"最終章"の
はじまり♬
10月24日(木)-am9:00ー
部屋のカーテンを開けずとも
雨ダとわかる...。
この日は阿蘇から博多へと向かう行程。
何も急ぐことはない♬
朝風呂(温泉)につかり...
朝食を遅めにいただき出発ダ。
雨天時には、
屋根付きの駐車場で出発準備を
整えられることがありがたい。
...お宿の配慮に感謝♬
数日前には、
"阿蘇カルデラ"の景観広がる
国道212号線もこの日は霧の中...。
濡れた山坂道を睨み付け、
ゆく手を被う霧を切り裂きながら加速スル♪
...是もまた楽シ♪♪
愛車Kawasaki/ZRX1100-C2は
悪天候とはウラハラに快調ダ♬
小国町交差点で
国道212号線から国道387号線へと
スイッチし目的地へと向かう。
【豊礼の湯】-am10:00着ー
豊礼の宿(湯)は、
熊本県阿蘇郡小国町
わいた温泉にある"天然自噴温泉"。
雄大な"わいた山"の裾野に広がる
大自然を臨む温泉宿泊施設となる♬
リーズナブルに入浴できる
温泉施設が多い阿蘇界隈の中で、
敢えてここ
"豊礼の湯"を選んだ理由(わけ)は、
100%自噴温泉の"ホワイトブルー"に輝く湯を
心ゆくまで満喫したいが為ダ♬
受付で露天風呂のタイプ(桧風呂か岩風呂)を選び
鍵を受取り"温泉棟(個室温泉)"へと向かう♬
受付棟に隣接した温泉棟の
選んだ部屋の横にある
"料金入れ(ボックス)"に
利用料金を投入するのが、
この辺りの温泉施設のスタイル♪
...この形式のコイン温泉が
多数点在するのも阿蘇の特長でもアル♬
脱衣所と浴室しかない
一見すると簡素な空間である...。
しかし、
"桧の寝湯付き"の湯殿に
真新しい自分専用の
"天然温泉(湯)"が満たされてゆく様の
贅沢さたるや他に類をみない♬
...最上級に嬉しい♬
秋の衣裳に粧(よそお)いはじめた
"わいた山"の景観を愛しみながら、
雨天走行で冷えた身体を
"寝湯"に沈めながら芯まで温まる...♬
ここまで雨天走行であったからこそ
更に感動深まる♪
合羽を着込んで走る苦労さえも、
この感動とのトレードであるならば
"好し"としたものダ(笑)
...あぁ、温泉最高♬
"豊礼の宿(湯)"では、
温泉だけではなく"地獄蒸し"も楽しめる♬
嬉しいことにRiderには
生卵(1個)が無料(サービス)でいただける。
...ありがとう♬
生卵と笊(ざる)を持ち蒸し場へと向かう。
蓋を開け
笊にいれた卵を蒸し器に入れ、
蒸し器の前に取付けられた
"赤色のバルブ"を目一杯マデ
開く方向へ回すと...♬
"プッシュー♬"と
けたたましい音をあげ
凄まじい勢いで蒸気が噴き上がる。
熱うぅ...(汗)
7分後...。
"茹で玉子"完成♬
※7分で普通茹でとなる。
しかし、
茹で玉子を食べる為には、
蒸気をとめる必要に迫られる。
...濛々(もうもう)と
凄まじい勢いで噴き上がる蒸気。
バルブを閉める為に
蒸気中に突入するには勇気が必要ダ(笑)
苦労の甲斐あり、
温泉成分が染み込んだ
"茹で玉子"ミゴトに完成ス♪
...味わい深く美味シ♬
"豊礼の宿(湯)"の
マスコットキャット♬
...愛嬌あり人気者(ネコ)♪♪
"豊礼の宿(湯)"を後にし、
大分自動車道で福岡方面へと向かう♬
出発時に雲の切れ間もあり
合羽を着ずに走りだしたものの、
高速道路上で"土砂降りの雨"に遭遇...。
慌ててSAへ飛込ム。
合羽を着込みながら
愛車Kawasaki/ZRX1100-C2を見ると
...酷いありさまダ。
"火山灰"で車体はコッテコテ!
これもまた
九州ツーリングならではと
もう笑うしかナイ。
...お宿で簡単に
拭き掃除をしていてもこの有様ダ。
"火山灰まぶしのディスクローター"
"車体下回りは汚れ放題"
"チェーンオイルも
タール状になり吹き溜る"
帰宅後の洗車を楽しみにしながら
目的地へとひた走ル♬
【太宰府天満宮】-pm1:30着ー
太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)は
福岡県太宰府市にある、
天神さま(菅原道真)をお祀りする神社で、
道真公の御墓所の上に御社殿を造営し、
その御御霊を永久にお祀りする。
「学問・至誠しせい・厄除けの神様」として、
日本全国はもとより広く世のご崇敬を集め、
年間に約1000万人の参拝者が訪れる。
鳥居をくぐると
牛の銅像が現れる。
知恵が付くようにと
頭や胴体を撫でておく♬
【御神牛】
道真公が承知12(845)年乙丑年の
お生まれであることや、
御本殿創建の聖地が牛とのご縁により
定められたことなどに由来し、
境内には銅牛・石牛などの像が
多くご奉納されている。
「御神牛」の頭を撫でると
知恵が授かるという信仰がある。
太宰府天満宮"御本殿"に向かい
御神橋を渡る♬
【太鼓橋と心字池】
心という漢字に形造られた「心字池」に
朱塗りの"御神橋"が架かる。
御神橋は、
太鼓橋=平橋=太鼓橋の三橋からなり、
過去=現在=未来をあらわしています。
この橋を渡り、
心字池の水上を歩くことで心身ともに
清められご神前に進むことができる。
ー太宰府天満宮HPよりー
手水舎には、
巨大な亀泳ぐ♬
【手水舎】
ご参拝の前に手と口を清める場所。
霊峰宝満山より切り出された
巨大な一枚岩でつくられる。
昭和9(1934)年奉納。
手水舎で手や口を清めた後は、
楼門をくぐる♬
【楼門】
御本殿側と太鼓橋側で
形状が異なる珍しい楼門。
現在の門は大正3(1914)年に
再建されたものである。
"太鼓橋側よりの楼門を見る"
"御本殿側より楼門をみる"
楼門をくぐり
見上げると...♬
楼門をくぐり御本殿へ♬
【御本殿】
ー重要文化財指定ー
道真公の御墓所に
延喜5(905)年8月9日、
門弟の味酒安行(うまさけ やすゆき)が
祠廟(しびょう)を建て、
同19(919)年、
左大臣"藤原仲平"が醍醐天皇の勅使を受けて
御社殿を造営した。
その後、
兵火などにより数度焼失しましたが、
筑前国主"小早川隆景"が五ヶ年かけて造営。
大正19(1591)年に竣工したものが
現在の御本殿。
五間社流造(ごけんしゃながれづくり)で
檜皮葺の屋根を備え、
築400年以上を経過した現在でも
桃山時代の豪壮華麗な様式を見事に伝える。
ー太宰府天満宮HPよりー
"菅原道真公と飛梅"
ー菅原道真が「東風ふかば」と詠えば、
梅は空を飛ぶー
道真の詠んだ歌で一番印象的なのは、
平安京より太宰府へと
左遷されることとなった道真が、
庭の梅の木との別れを惜しんで詠んだ
「東風吹かば」でしょう。
"東風(こち)吹かば
にほひをこせよ梅花(うめのはな)
主なしとて春を忘するな"
意味としては、
"東風が吹く春になったら
香しい花を咲かせておくれよ梅の木よ。
太宰府へいってしまう主人(私)が
もう都にいないからといって、
春の到来を忘れてはならないよ"
道真が都を去ったあと、
庭木の桜は悲しみのあまり枯れ...。
道真への思いが強かった松と梅は
道真を追って空に舞います...。
松は途中で力尽きるのですが、
梅は太宰府まで無事に飛びきり
太宰府天満宮のご神木となり、
今も御本殿の横に立ち続けるのです。
これが「飛梅」の伝説になります。
この飛梅は、
梅の木の多い太宰府天満宮の中にあって、
毎年境内で一番早く白い梅の花を咲かせます。
品種は「色玉垣」という早咲きの八重の梅で
樹齢は1000年以上となる。
太宰府天満宮といえば...
"梅ヶ枝餅"が
最もポピュラーなお菓子ですが、
少し趣向を凝らし
梅ヶ枝餅善哉をいただくことに♪
梅ヶ枝餅もまた参拝の楽しみダ♬
太宰府天満宮で時間(とき)を過し
博多のHOTELへと向かうことにした♬
博多マデの道中...
すっかり田舎走りに馴れてしまったせいか...
土砂降りの雨のせいなのか...
渋滞の車列を縫って走行するのが
...怖い(汗)
HOTELに無事到着スルと
対応とても良シ♬
オートバイの屋根下駐車を
事前にお願いしておいたので、
土砂降りの中の荷下ろしも
雨に濡れることもなく完了。
...助かった♬
HOTELの部屋でしばし寛ぎ、
九州最後の夜を満喫しに街へ出る♬
【博多とりかわ 隅】-pm5:30着ー
博多グルメといえば...
もつ鍋あたりがメジャーであるが、
今回は"鶏皮ぐるぐる巻き"を
いただくことに決めていた♬
鶏皮焼きの名店数あるなかで、
私が選んだのは
天神より少し離れた今泉薬師通りにある
"博多とりかわ焼 隅"さん♬
人気店なので
もちろん事前に予約済み♪
ビールを飲みながら
"鶏皮ぐるぐる巻き"を待つ♬
博多名物"鶏皮ぐるぐる巻き"は、
他の地域でいうところの
"鳥皮串焼き"とは一線を画す。
厳選した鳥皮を"串にぐるぐる巻き"にし、
"タレに漬け焼く⇔寝かす"という作業を
数日間繰り返すことで出来あがるノダ♪
サクッ...フワッ♬
とした独特の食感と、
タレが隅々まで
染渡っているからこその深い味わいは、
一度味わってしまうと
"ヤミツキ"となること請け合い♪
...是鶏皮串最高峰ノ旨味也♬
鶏皮ぐるぐる巻き以外にも...
鶏のシギ焼きを注文してみる♪
ここで云う"シギ焼き"は、
新鮮な鶏肉ささみ(シギ)を使用した
串焼なのだそうナ...。
外側にサッと軽く火を通すことにより、
パサパサとした食感の鶏のささみを
"しっとり"とした食感に仕上げてある。
肉のうま味と弾力感が
咀嚼(そしゃく)する度に口の中に広がる。
...こりゃ絶品♬
"焼き椎茸串"や、
"レンコン串""豚ねぎま"...等々を数本いただく。
塩焼きは素材の味がダイレクトなだけに
食材の鮮度の良さ際立つ♬
オープンキッチンに目をやると...
焼場で大将が塩を振る姿がとてもリズミカルで
...ミゴトであった♬
好みの串焼きを肴に
更にお酒も進み、
...至福の時流れる♬
シメの"梅茶漬け"も
是また美味し♬
博多には、
"鶏皮ぐるぐる巻き"を提供するお店は多い♬
鶏皮ぐるぐる巻きを提供される
お店はどこも連日満員・満席と聞きいていたが
...それも確かに頷ける。
きっと各店舗ともに
何かしらの特徴があるのであろうと思うと
とても興味がわく♬
されど、
博多区内にオートバイを駐車することの可能な
宿泊施設は少ない...。
今回お伺いした
"博多とりかわ 隅"さんは、
提供される料理の味もさることながら
HOTELからの立地も最良であった。
お会計の前にサービスで出される
"鶏ガラスープ"に心も身体も満たされ
...博多の夜は更けゆくのであった♬
宿泊した"KKRホテル博多"さんのHPに
"博多とりかわ 隅"さんが紹介されていましたので
リンクを貼っておきますのでご覧下さい♬
天神の名店が多数紹介されていますので
楽しいですよ♬
ー福岡天神のツウになれる上人橋通りー
10月25日(金)ーam8:30-
【味の明太子 ふくや】
九州最終日は、
博多中州"味の明太子 ふくや"さんから
スタート♬
博多土産といば
"辛子明太子"であろう♬
【博多明太子】
-最小の味付け、最大の美味しさ-
昭和23年、
博多・中洲で小さな食品店を営んでいた
ふくや創業者"川原俊夫"は
「お客様に喜んでもらえるものを売りたい」と、
自身の幼少期に韓国・釜山で食べていた
“韓国風に味つけされたたらこ”を
日本人の口にあうように工夫する事を思いついた。
自身の記憶と舌を頼りに生まれた味は、
たらこの親魚スケトウダラの朝鮮語
「ミョンテ(明太)」とその卵(子)という意味から
「明太子」と名付けられ、
昭和24年1月10日に
日本で初めて店頭に並べられた。
-味の明太子 ふくやHPよりー
"長い年月かけて改良した味は全国へ"
発売当初の明太子の売れ行きは
芳しくありませんでした。
しかし俊夫は諦める事なく
味の改良を重ねます。
唐辛子の焙煎やブレンド、調味液の配合、
原料であるたらこの仕入に至るまで
何度も試行錯誤を繰り返した後、
納得できる味を完成させました。
新しい惣菜として
クチコミで広まっていった明太子は
次第に関東や関西でも知られ始めます。
そして昭和50年の
九州新幹線博多駅開通を機に
全国に広まっていったのです。
試行錯誤の末に生みだした明太子を、
俊夫は特許を取る事なく
その製法を知りたい人に
惜しみなく教えました。
「いろんな味があっていい」
という俊夫の考えにより、
様々な作り手によって幅広い味が生まれ、
明太子は博多を代表する
名産となっていったのです。
-味の明太子 ふくやHPよりー
映画「めんたいぴりり」予告編♬
土産を買込み♬
後はフェリーに乗り込めば
ツーリングは終わる...。
されど
これで終わっている様では
私らしくもナイ(笑)
出航までの時間を使い
福岡屈指のツーリングスポット
"志賀島(しかのしま)"へと向かう♬
【志賀島】
福岡市内から走ること約30分。
海を割る様に続く道(海の中道)の
向こうに現れるのが"志賀島"ダ♪
玄界灘に囲まれた小さな島は、
歴史的にも重要な拠点になる。
島の名を知らずとも、
誰でも知っている"金印"が
発見された島でもあるのだ♬
【海の中道】
島へと渡る海の中道は、
志賀島と九州とを結んでいる
砂州と言われる地形のこと。
全長約8km、最大幅約2.5kmと広大で、
この砂州の北が玄界灘、南が博多湾となる。
この砂洲を抜け
志賀島へと向かうと...。
玄界灘と博多湾を貫く様に走る
絶景と出逢うこと叶う♬
橋などではなく、
砂地を貫く様に通された道路の両サイドが
"海♬"なのである。
...最高に気分の良い道ダ♬
【金印公園】
"漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)"
と刻まれたの金印が発見されたことを記念し
作られた公園が"金印公園"となる。
展望台には、
金印をかたどった石のモニュメントと
実物大の金印のレプリカが展示される。
また、
能古島や博多湾が一望できるほか、
海に沈む夕日の美しい場所でもある。
【金印】
-蛇の鈕(つまみ)ー
金印は江戸時代、
博多湾に浮かぶ志賀島で
農作業中に偶然発見された。
その後、
筑前藩主である黒田家に代々伝わり、
1978年に福岡市に寄贈された。
金印に刻まれた「漢委奴国王」の文字から、
漢の国王が
委奴国王に与えた印であることがわかる。
中国の歴史書「後漢書」に、
建武中元2(57)年に"光武帝"が
委奴国王に「印綬(いんじゅ)」を与えたとあることから、
志賀島でみつかった
「金印」であると考えられている。
何故志賀島で見付かったのかは諸説ある。
さらに
「翰苑(かんえん)」には「紫綬(しじゅ)」とあり、
※翰苑:唐の時代に張楚金によって書かれた類書。
光武帝が与えた印の鈕(つまみ)には
紫色の綬(じゅ)が結わえられていたことがわかる。
漢では官位につくと、
文章を送る際に使用する印が与えられた。
この印章制度を外交政策にも適応し、
異民族の王にも官位と印綬を与えることによって
皇帝を頂点とする秩序に組み入れようとした。
鈕の形は与えられた民俗の領土によって異なり、
漢帝国内の皇太子や高官などには
「亀の鈕の印」が与えられ、
匈奴(きょうど)などの北方諸民族の王には
「駱駝(らくだ)」や「羊」の鈕を与えた。
「蛇の鈕」は南方の民族に与えられたもので、
これにより日本列島は
南方の国と考えられていたことがわかる。
ー福岡市博物館HPよりー
【金印の使われ方】
金印は、
公文書や荷物の封印に使われていた。
荷物や文章を入れた箱を紐で縛り、
その結び目に付けた粘土に
金印を押して封をすることで、
文書の秘密を守る鍵の役目を果した。
1世紀という遠い昔に、
中国と日本が国として交流をしていたことを
証明する貴重な文化財である。
ー案内看板よりー
金印を展示してるケース下部が
屈折鏡となっているため、
印面に刻まれた文字を容易く
見ることができる♬
【金印の読み方】
印面に刻まれた文字は
"漢"の文字ではじまる。
異民族であっても直轄領内の内臣には
「滇(てん)王之印」のように王朝名は付かない。
この金印の文字が漢ではじまるのは
倭(わ)が外臣として服属しているが、
※倭:中国側から日本を呼んだ称。
直轄領となっていなかったためである。
次の"委奴"の文字は
「後漢書」の記述と一致することから
「倭奴(わど)」の略字と理解できるが、
その解釈は分かれている。
※倭奴:中国人が日本人を呼んだ称。
外臣に下賜(かし)する印には、
王朝名の次に民族名、
そして部族名がくるものなので、
「倭(わ)族」の「奴(な)部族」と考え
「漢委奴国王」を
「漢ノ委ノ奴ノ国王(かんのわのなのこくおう)」
とする読み方が今日の代表的な解釈。
ー福岡市博物館HPよりー
志賀島を一周をと考えていたが、
突如雨雲が湧きあがり豪雨が襲う...。
雨雲の流れ悪シ。
島一周を諦め勇気ある撤退を決めタ。
何十年か振りに
軒先を借りての雨宿り。
...これもツーリング情緒ではアル♪
次回は
福岡市博物館(金印見学)も含め
ジックリと志賀島を巡ろうと思う。
目的を変更し、
九周自動車道から北九州都市高速4号線を使い
小倉へと向かう♪
古賀SA(上線)の
"那の福屋"さんで博多ラーメンを食ス。
...とんこつラーメン美味し♬
都市高速を下り、
2018年8月から閉館し改装工事を行い
2019年3月30日に
"リニューアルオープン"したばかりの
「小倉城(小倉城天守)」へと鼻先を向けた♬
目的は、
改装された小倉城天守閣と
天守閣前広場に新設された小倉ゆかりの剣豪、
宮本武蔵と佐々木小次郎のモニュメントだ♬
オートバイは"西の口門"
勝山公園駐車場にとめる良いダロウ♬
【小倉城】-pm2:00着ー
小倉城天守閣は、
江戸時代末期の1837年に失火により焼失。
1959年に現在の天守閣が再建され、
北九州市のシンボル、
また観光の拠点として、
多くの市民や観光客に親しまれている。
再建60周年を迎えた2019年、
展示内容と内装を約30年振りに一新された。
ー小倉城HPよりー
"武蔵と小次郎の像"
巌流島でみたものとは
また違った趣きがある♬
【天守閣内散策】
"天守1階"
大迫力のシアターでは、
北九州アンバサダーの俳優
"草刈正雄"さんのナレーションで
小倉城の歴史を学ぶことができる。
"天守2階"
細川藩・小笠原藩の歴史や
創建当時の天守閣を再現した模型などの
展示がされる。
"天守閣3階"
宮本武蔵と佐々木小次郎の
ミステリアスな生涯が紹介され、
佐々木小次郎の愛刀を再現した真剣と
宮本武蔵の木刀も再現され展示される。
また、
巌流島の決闘の名場面が再現され、
衣裳を着て佐々木小次郎になりきり
頭上から斬りかかってくる
宮本武蔵と対決することができる♪
...この手のものに私は弱い♬
...♬
宮本武蔵。
走り込みながら一閃!
「小次郎敗れたり!」
私(佐々木小次郎役)。
半歩間合いを詰め抜刀!
「戯け武蔵!脇が甘いわ!」
この勝負の行方は...。
ご想像にお任せする。
...私の小芝居に
居合わせた外国人観光客喜ぶ♪
剣術は"日本の魂"也り
これもまた
Welcome to Japan...
"OMOTENASHI"の心♬
"天守閣4階"
展示スペース♬
"天守閣5階"
展望スペースで小倉の街を一望♬
5層天守満喫♬
...いよいよ、
九州を後にする時間(トキ)迫る。
【新門司港】-pm3:30着ー
最近はWeb予約のQRコード受付けなので
乗船までの時間がとてもスムーズで快適♪
乗船時間も以前よりも早く
pm4:00ー乗船開始♬
車輌鋼板へと続くスロープを
慎重に駆け上がり
...九州に別れを告げる。
定刻pm5:00ー
エンジン音デッキに響く。
煙突よりの黒煙激シ。
名門大洋フェリー"大阪南港ゆき"第1便
...新門司港を出港♬
名門大洋フェリーの
職員さん達に見送られ、
フェリーは
ゆっくりと離岸してゆく...。
このツーリングは、
総じて天候不順ではあったが
...満足感強シ♬
今回の九州ツーリングは、
効率を度外視(どがいし)し、
過去のツーリングの際に
訪れること叶わなかった場所に
焦点をあて旅をしたのだが、
そのどれもが過去の余りものなどではなく
最上級の"輝き"を感じさせてくれた。
観光もグルメも...
山坂道までもが新鮮で斬新♪
そして...刺激的♬
...まだまだ九州奥深シ♬
瞬く間に過ぎ去りゆく人生の
一瞬...一瞬を無駄にせぬ様に、
限られた時間(とき)の中を
これからも
愛車Kawasaki/ZRX1100-C2と
走り続けてゆく♬
最後にこんな曲を
ブログ記事に添えて♬
Alexandoros/ワタリドリ(MV)
---
ツーリングの形は千差万別、
人それぞれの形があって然るべきものである。
されど...
このツーリング記に
何かを感じ取って下さっている
のだとしたらば幸い。
理想とする旅(ロングツーリング)を
皆さんが叶えられること心より願う♬
では
Thanks for coming!
Web-yoshy'sGarageは
ライダーの皆さんのお越しを
お待ちしております♪
【関連記事】
【TOURING - 2019年九州ツーリング序章の巻 -】<2019年11月3日更新>
【TOURING - 2019年九州ツーリング"Day2"の巻 -】<2019年11月8日更新>
【TOURING - 2019年九州ツーリング"Day3"の巻 -】<2919年11月14日更新>
【TOURING - 2019年九州ツーリング"Day4"の巻 -】<2019年11月23日更新>
【TOURING - 2019年九州ツーリング"Day5"の巻 -】<2019年11月30日更新>
【TOURING - 2019年九州ツーリング"Day6"の巻 - 】<2019年12月4日更新>
以前の九州ツーリングの記事はコチラ♬
【走るノダ!2016年秋ツーリング-前編-】<2016年11月15日更新>
【走るノダ!2016年秋ツーリング-中編-】<2016年11月23日更新>
【走るノダ!2016年秋ツーリング-後編-】<2016年n11月27日更新>
【関連資料】
【豊礼の宿(湯)】-公式HPー
【太宰府天満宮】-公式HPー
【博多とりかわ 隅】ー公式HPー
【味の明太子 ふくや】ー公式HPー
【福岡市博物館】-公式HPー
【古賀サービスエリア】ーNEXCO西日本HPー
【小倉城】ー公式HPー
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