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レーサーズ外伝 2022 Vol05
テキサスの韋駄天
世界GP10年の疾走
特集:ケビン・シュワンツ
Kevin Schwantz
"Kevin Schwantz"
...日本GPでは
特に強かったというイメージ。
1988年の日本GPのこと
PEPSI(ペプシコーラ)の
スポンサーカラーを身にまとった、
SUZUKIの
若きアメリカンライダーが勝利した。
ウイニングランでのド派手なパフォーマンスは、
鈴鹿サーキットに観戦に来ていた者達を
少なからず魅了したに違いない。
翌89年は...。
後に語りぐさとなる戦いとなった。
YAMAHAーTECH21の平忠彦選手がポール。
スタートは、
MarlboroーYAMAHAの
フレディ・スペンサーが飛び出し、
1コーナーの飛び込みは
LUCKYSTRIKEーYAMAHAの
ウェイン・レーニーが制し
日本GPは幕を開けた♬
1周目からラストラップまで...。
鈴鹿サーキットは興奮の坩堝(るつぼ)とかした。
※坩堝(るつぼ)
情熱的、刺激的な雰囲気が漂っていることのたとえ。
実況を担当していた
"みし奈昌俊"氏も
いつになく興奮していた様に思うし、
"ドッ!"っという歓声がトップ争いと共に
サーキットを巡る...。
それほどシュワンツとレイニーは
いたるところでバトルを繰り返したのだ。
Kevinはその後2度(1991・1994年)に
鈴鹿(日本GP)で勝利するが、
1994年に至っては、
ミスター飲茶ーHONDAの阿部典史選手が
主役といっても良いレースであったと私は感ズ。
どのレースが良かったかは
個人的な感覚であるので優劣は付けぬが、
ケビン・シュワンツが勝利した日本GPの
全てを観戦できたことは、
とても幸せに感じている。
Kevin Schwantzは
記録にも記憶にも残る名選手であった♬
ケビンと言えばやはり
このパフォーマンスだろう。
RACERS外伝の裏表紙には、
スタンディング
"ガッツポーズ"が描かれている♬
Kevin Schwantz ファンのみならず
80年代後半のレースファンは
間違いなく必読の1冊であろう♬
では
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