滝番小屋

新城市出沢と鮎滝の近況を紹介、その他雑感を少々。

鮎の登れぬ滝

2008年01月27日 | 寒狭峡郷土研究会

■ 鮎の登れぬ滝 ■==⇒三州横山話より

  前を流れる寒狭川に二ノ滝という滝があって、川の中央にある二つの岩の間から水が溢れ落ちていて、絶えず物凄い響きをたてていましたが、ここから二町ほど下がったところに、鵜の頸と言う淵があって、大淵とも呼んでいますが、ここは竜宮へ通じているなどと言いました。

 この淵と二ノ滝との間には、奇岩が重畳して、物凄いところでした。 夏、 

 『鮎が川下から登ってきて、この滝を上ることが出来ないため、これより上流には鮎はいませんが』、

 昔上流の段嶺に城のあったとき、城主が滝を破壊して鮎を誘おうと計ると、夢に竜神が現れて、段嶺に城のある限り、鮎を登らせる約束をして、滝の破壊を思い留まらせたと言って、段嶺に城のあった間は、上流にも鮎がいたなどと言いました。 

 明治の初め頃、付近の村の材木商が申し合わせてこの滝の破壊を計画すると、間もなくその人たちが病気になったり、死んだりしたので、竜神の祟りだと怖れて、滝の傍に、南無阿弥陀仏の文字を刻んで中止したと言いましたが、明治四十三年に、水力電気の工事のために破壊されて、昔の形はなくなりました。

  ※この文は早川孝太郎(民俗学者、明治22年-昭和31年、新城市横川生れ)によって書かれ、著書「三州横山話」(大正10年発行)に収録されている。

  昔(堰堤ができる前)から、必死になって鮎滝を上ってきた来た鮎も、二の滝(長篠堰堤のある場所)は登れなかったようです。因みに現在の鮎滝は三の滝で、一の滝は二の滝(長篠堰堤)より一丁(約百メートル)上流の大荷場川の出口附近にあったと言われています。

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長篠堰堤(花の木ダム)に魚道

2008年01月23日 | 出沢

  1月23日の東愛知新聞に、長篠堰堤(花の木ダム)に魚道を設置しようと研究している検討会の3回目の会合が豊橋商工会議所で開催されるとの記事。

 「地元・漁業関係者から魚道の設置要望が出たため」

 と書いてありましたが、私の知る限り出沢区として魚道設置の要望をしたことはないと思います。もちろん、調査をしていたのは知っていましたが、設楽ダムの環境アセスのために調査しているのだと思っていました。

 堰堤はほとんどが対岸の横山側にあるので、出沢は地元ではないとの考え方によるのでしょうか。 

  出沢区(鮎滝保存会)としては、設楽ダムについても公式に意見を言ったことないはずです。2月3日は区の総会(役員改選・懸案事項を検討)が予定されています。議題として、魚道の件とともに提案して、区民の総意を諮り、今後の方針を決めたいと思っています。

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出来るときに、できることを。

2008年01月18日 | 瑠璃光浄土

 最近、鮎滝のホームページが更新されないとお叱りを受けています・・・・。 昨年の8月にめでたく?還暦となりまして、年のせいにしたくはないのですが、少し体力が落ちてきました。

 今まで「出来るときに、出来ることを、出来るだけ」する、をモットーにやってきました。ペースは落ちるかと思いますが、これからも何とか続けて行きたいと思っています。

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滝番小屋のブログ開設

2008年01月09日 | 瑠璃光浄土

 出沢と鮎滝を紹介したくてブログを開設しました。

 よろしくお願いします。

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