今日(5月6日)は「ゴムの日」。「ゴ(5)ム(6)」の語呂合せ。
「今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日は「ゴムの日」となっており、ゴム製品のPRの為に制定したというのだが・・どこが制定したのかは分らない。今の若い人達には「ゴム」で思い出されるものはと言えば「コンドーム」・・・?と答える人が多いかも知れないくらい、コンドームの別称となっている。コンドームがゴム製だった頃の名残で、今現在新しく開発されたラテックス製やポリウレタン製のものもこう呼ばれる。
そのように、現在の私たちの暮らしのなかでは、余り、注目されているわけではないが、周囲を見渡してみると以外に色んな用途に使われているゴム。思い起こせば、戦後の時代には、日本のゴム工業は日本の代表的産業であり、私の住んでいる神戸の中心産業でもあった。
ゴムとは、伸縮性に優れた高分子材料であり、ゴムノキの樹液によって作られる天然ゴムと、人工的に合成される合成ゴムがある。
人類のゴム利用の歴史は古く、6世紀のアステカ文明に、ゴム製の道具を神に捧げる壁画が遺されており、11世紀の南米マヤ文明の遺跡にも、ゴムの使用が推測される遺物が発見されているという。なんでも、マヤ遺跡の球戯場ではサッカーのようなスポーツが流行っていて、この時ゴムで作ったボールが使われていたそうである。あのアメリカ大陸を発見したといわれているクリストファー・コロンブスが、1439年に第2回目の航海へ出発し、その航海途中でプエルトリコとジャマイカに上陸、その時に、ゴムボールと出会ったそうだ。そこでは、現地の住民たちが黒くて重いボールを地面に当て、大きく弾ませて遊んでいた。その黒いボールが「天然ゴム」だった。そして、コロンブスによって天然ゴムがスペインに持ち 帰えられた。しかし、その後の200年余りの間は、希少品として珍重される他にはあまり利用価値はなかったようだ。なお、ゴムを意味する英単語Rubberは、rub out(擦り消す)から派生したもの。また、弾性ゴムのことを仏語でcaoutchouc(カオチュー)、独語でKautchuk(カオチューク)と発音するが、これはインディオの言葉で「涙を流す木」という意味で、ゴムの木が白い樹液を出すことに由来しているとされているそうだ。1770年代に入って、ゴムはレインコートや消しゴムなどの用途に使われだしたが、まだ、ゴムの最大の特長である弾性体としての利用はできていなかったが、1839年、米国人チャールズ・グッドイヤーが偶然によって画期的ともいえる加硫法の発明により、弾性、不浸透性、電気絶縁性、強じん性、耐久性をもった加硫ゴムが発 明された。
また、当時、ゴムの樹はアマゾン流域のジャングルにしか点在しなかったため、非常に高価なものであったが、1876年に英国人ウィッカムがゴムの種子をアマゾン流域からイギリスに持帰り、ロンドンの植物園で発芽に成功させたことから、生産と需要が 一気に拡大した。
以下参考の日本ゴム工業会HPのゴム製品の生産統計資料の「2005年のゴム製品出荷金額統計」を見ても、自動車タイヤがゴム製品合計の49,34%を占めており、ゴム工業の発展の歴史は自動車産業とともにあるようだ。1880年代に入って、ダイムラーとベンツによってガソリン自動車が発明され、1887年 にジョン・ボイド・ダンロップが空気入りのタイヤを考案し、3輪車用に初めて使用して以来、ゴムは自動車タイヤとして急速にその需要を拡大した。また、20世紀初 頭において人工ゴムの研究開発が盛んになり、汎用合成ゴム、特殊合成ゴム、革新的合成ゴムへと進化し、大量生産が可能になるにおよんで、各種ゴム製品が私たちの暮らしのあらゆる分野で利用されるようになった。
ゴムの木には、多くの種類があるが、ブラジル原産のパラゴムは、高さ30mにもなる大木だが、現在では東南アジアに主産地が移り、世界の天然ゴム生産のほとんどを占めるに至っているそうで、日本では天然ゴムはマレーシアなどから輸入している。
神戸が日本におけるゴム工業の中心となった契機は、1909(明治42)年の英国・ダンロップ社の進出である。世界最大のタイヤ製造会社だったダンロップは極東進出に神戸の地を選び、脇浜町にタイヤ工場を建設したのが1913(大正2)年であった。これに伴ってゴム配合などの製造技術が日本人にも伝わり、明治末から大正初期にかけて自転車タイヤの「内外ゴム」(菅原通)などゴム製造企業が次々に発足した。また、需要の伸びる自動車用タイヤでは、ダンロップが昭和初年まで国内生産をほとんど独占する状態にあった。
タイヤと並んで製造が盛んになったゴム製品は「阪東式調帯」が発祥の動力伝導用ゴムベルトである。木綿製調帯を研究した阪東直三郎の流れを汲む同社は、1913(大正2)年に日本ではじめてゴムベルト生産を行った。間もなく第一次世界大戦が起こるとゴムベルト需要は急速に増え、大正後期にはコンベヤーベルトも登場することとなる。
タイヤやベルトからはやや遅れて、「神港ゴム」(筒井町)が加硫ゴム靴製作に成功すると、1920(大正9)年ごろから当時の林田区(現・長田区と兵庫区の一部)を中心に、ゴム靴製造が一気に盛んになった。1921(大正10)年の新聞記事には、「二百余箇所」の業者が一日約十万足のゴム靴を生産していると書かれている。国内需要のほか、中国等への輸出も大きな割合を占めていた。 ゴム靴製造はそれほどの資本・設備を必要とせず小規模工場も多かったようだが、折しもマッチの輸出需要が需要減少期にさしかかり、マッチ工業の経営者・労働者が一気に流れ込んだのが短期間に興隆をとげた一因といわれている。 戦後ゴム靴を基礎にケミカルシューズ産業が勃興し、今日まで長田区の重要な地場産業になっているのは周知の通りである(神戸大学附属図書館 /展示会資料・ゴム(護謨工業)より)。1995(平成7)年2月17日 の阪神・淡路大震災により、ゴム、プラスチック、ケミカルシューズなどの業界及びそれら関連業界は大きな被害を受けた。特にケミカルシューズ業界は約90%が何らかの被害を受け、業界として大きな打撃であった。しかし、現在では被害を受けた企業の約90%が再建され、生産活動を行っているようだ。また、ゴム業界も大きな被害を受けたが、神戸のゴム業界は、歴史的に古く、技術力もあり、個性化製品(ベルト、ゴルフボール、自動車関連部品など)を製造していたため、県外のゴム工業では製造できず、自動車工業では人材を派遣して再開に向けた協力体制もあり、比較的早く再建されたようであった。神戸のゴム業界は、今なお建材である。
(画像は、タイヤ)
参考:
ゴム - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%A0
ゴム報知新聞
http://www.posty.co.jp/
ゴムの歴史
http://www.c-rubber.co.jp/txt/gomurekisi.html
ゴムタイムス
http://www.gomutimes.co.jp/
グッドイヤー - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC
ダンロップ- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%97神戸大学附属図書館
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/
被災業界の復興を支援する工業技術センターの研究紹介
http://www.hyogo-kg.go.jp/hinttohint/pdf/no1/fukkou.htm
社団法人 日本ゴム協会
http://www.srij.or.jp/
日本ゴム工業会ホームページ
http://www.jrma.gr.jp/
タイヤ関連
http://www.rubberstation.com/tirelink.htm
「今日は何の日~毎日が記念日~」によると、今日は「ゴムの日」となっており、ゴム製品のPRの為に制定したというのだが・・どこが制定したのかは分らない。今の若い人達には「ゴム」で思い出されるものはと言えば「コンドーム」・・・?と答える人が多いかも知れないくらい、コンドームの別称となっている。コンドームがゴム製だった頃の名残で、今現在新しく開発されたラテックス製やポリウレタン製のものもこう呼ばれる。
そのように、現在の私たちの暮らしのなかでは、余り、注目されているわけではないが、周囲を見渡してみると以外に色んな用途に使われているゴム。思い起こせば、戦後の時代には、日本のゴム工業は日本の代表的産業であり、私の住んでいる神戸の中心産業でもあった。
ゴムとは、伸縮性に優れた高分子材料であり、ゴムノキの樹液によって作られる天然ゴムと、人工的に合成される合成ゴムがある。
人類のゴム利用の歴史は古く、6世紀のアステカ文明に、ゴム製の道具を神に捧げる壁画が遺されており、11世紀の南米マヤ文明の遺跡にも、ゴムの使用が推測される遺物が発見されているという。なんでも、マヤ遺跡の球戯場ではサッカーのようなスポーツが流行っていて、この時ゴムで作ったボールが使われていたそうである。あのアメリカ大陸を発見したといわれているクリストファー・コロンブスが、1439年に第2回目の航海へ出発し、その航海途中でプエルトリコとジャマイカに上陸、その時に、ゴムボールと出会ったそうだ。そこでは、現地の住民たちが黒くて重いボールを地面に当て、大きく弾ませて遊んでいた。その黒いボールが「天然ゴム」だった。そして、コロンブスによって天然ゴムがスペインに持ち 帰えられた。しかし、その後の200年余りの間は、希少品として珍重される他にはあまり利用価値はなかったようだ。なお、ゴムを意味する英単語Rubberは、rub out(擦り消す)から派生したもの。また、弾性ゴムのことを仏語でcaoutchouc(カオチュー)、独語でKautchuk(カオチューク)と発音するが、これはインディオの言葉で「涙を流す木」という意味で、ゴムの木が白い樹液を出すことに由来しているとされているそうだ。1770年代に入って、ゴムはレインコートや消しゴムなどの用途に使われだしたが、まだ、ゴムの最大の特長である弾性体としての利用はできていなかったが、1839年、米国人チャールズ・グッドイヤーが偶然によって画期的ともいえる加硫法の発明により、弾性、不浸透性、電気絶縁性、強じん性、耐久性をもった加硫ゴムが発 明された。
また、当時、ゴムの樹はアマゾン流域のジャングルにしか点在しなかったため、非常に高価なものであったが、1876年に英国人ウィッカムがゴムの種子をアマゾン流域からイギリスに持帰り、ロンドンの植物園で発芽に成功させたことから、生産と需要が 一気に拡大した。
以下参考の日本ゴム工業会HPのゴム製品の生産統計資料の「2005年のゴム製品出荷金額統計」を見ても、自動車タイヤがゴム製品合計の49,34%を占めており、ゴム工業の発展の歴史は自動車産業とともにあるようだ。1880年代に入って、ダイムラーとベンツによってガソリン自動車が発明され、1887年 にジョン・ボイド・ダンロップが空気入りのタイヤを考案し、3輪車用に初めて使用して以来、ゴムは自動車タイヤとして急速にその需要を拡大した。また、20世紀初 頭において人工ゴムの研究開発が盛んになり、汎用合成ゴム、特殊合成ゴム、革新的合成ゴムへと進化し、大量生産が可能になるにおよんで、各種ゴム製品が私たちの暮らしのあらゆる分野で利用されるようになった。
ゴムの木には、多くの種類があるが、ブラジル原産のパラゴムは、高さ30mにもなる大木だが、現在では東南アジアに主産地が移り、世界の天然ゴム生産のほとんどを占めるに至っているそうで、日本では天然ゴムはマレーシアなどから輸入している。
神戸が日本におけるゴム工業の中心となった契機は、1909(明治42)年の英国・ダンロップ社の進出である。世界最大のタイヤ製造会社だったダンロップは極東進出に神戸の地を選び、脇浜町にタイヤ工場を建設したのが1913(大正2)年であった。これに伴ってゴム配合などの製造技術が日本人にも伝わり、明治末から大正初期にかけて自転車タイヤの「内外ゴム」(菅原通)などゴム製造企業が次々に発足した。また、需要の伸びる自動車用タイヤでは、ダンロップが昭和初年まで国内生産をほとんど独占する状態にあった。
タイヤと並んで製造が盛んになったゴム製品は「阪東式調帯」が発祥の動力伝導用ゴムベルトである。木綿製調帯を研究した阪東直三郎の流れを汲む同社は、1913(大正2)年に日本ではじめてゴムベルト生産を行った。間もなく第一次世界大戦が起こるとゴムベルト需要は急速に増え、大正後期にはコンベヤーベルトも登場することとなる。
タイヤやベルトからはやや遅れて、「神港ゴム」(筒井町)が加硫ゴム靴製作に成功すると、1920(大正9)年ごろから当時の林田区(現・長田区と兵庫区の一部)を中心に、ゴム靴製造が一気に盛んになった。1921(大正10)年の新聞記事には、「二百余箇所」の業者が一日約十万足のゴム靴を生産していると書かれている。国内需要のほか、中国等への輸出も大きな割合を占めていた。 ゴム靴製造はそれほどの資本・設備を必要とせず小規模工場も多かったようだが、折しもマッチの輸出需要が需要減少期にさしかかり、マッチ工業の経営者・労働者が一気に流れ込んだのが短期間に興隆をとげた一因といわれている。 戦後ゴム靴を基礎にケミカルシューズ産業が勃興し、今日まで長田区の重要な地場産業になっているのは周知の通りである(神戸大学附属図書館 /展示会資料・ゴム(護謨工業)より)。1995(平成7)年2月17日 の阪神・淡路大震災により、ゴム、プラスチック、ケミカルシューズなどの業界及びそれら関連業界は大きな被害を受けた。特にケミカルシューズ業界は約90%が何らかの被害を受け、業界として大きな打撃であった。しかし、現在では被害を受けた企業の約90%が再建され、生産活動を行っているようだ。また、ゴム業界も大きな被害を受けたが、神戸のゴム業界は、歴史的に古く、技術力もあり、個性化製品(ベルト、ゴルフボール、自動車関連部品など)を製造していたため、県外のゴム工業では製造できず、自動車工業では人材を派遣して再開に向けた協力体制もあり、比較的早く再建されたようであった。神戸のゴム業界は、今なお建材である。
(画像は、タイヤ)
参考:
ゴム - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%A0
ゴム報知新聞
http://www.posty.co.jp/
ゴムの歴史
http://www.c-rubber.co.jp/txt/gomurekisi.html
ゴムタイムス
http://www.gomutimes.co.jp/
グッドイヤー - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC
ダンロップ- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%97神戸大学附属図書館
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/
被災業界の復興を支援する工業技術センターの研究紹介
http://www.hyogo-kg.go.jp/hinttohint/pdf/no1/fukkou.htm
社団法人 日本ゴム協会
http://www.srij.or.jp/
日本ゴム工業会ホームページ
http://www.jrma.gr.jp/
タイヤ関連
http://www.rubberstation.com/tirelink.htm