今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

ストッキングの日

2006-05-15 | 記念日
今日(5月15日)は「ストッキングの日」
1940(昭和15)年5月15日、アメリカのデュポン社がナイロン・ストッキングを全米で発売した。それまでストッキングは絹製が主力で、アメリカのストッキング市場は、日本の絹製のもので独占されていた。
米国の化学会社デュポンはハーバード大学のウォーレス・カロザースをスカウトして来て新繊維の研究を進め、1935年、石炭、水、空気から世界で最初の合成繊維「ナイロン」の開発に成功した。商品化のメドが立った1938年に発表した時のキャッチフレーズは「石炭と水と空気から出来ていて、鉄のように強くクモの糸のように細い」であった。「ナイロン」の語源は「ノーラン(伝線しない)」からだそうだ。当初は歯ブラシなどを商品化していたが、1940年5月15日、後にN-DAYと記録されるこの日、全米でナイロンストッキングが発売されセンセーションを巻き起こした。しかし、1941年には日本との戦争に突入したため、このナイロンストッキングは贅沢品とされ、生産は半減する。ナイロンが軍事目的、パラシュート素材として使われたためであった。そして、1945年、戦争の終結とともに、この女性の夢ともいえる素肌に近く、美しく、しかも絹に比べて格段に強いストッキングが絹の靴下に取って代わることとなる。以降、ストッキングは、ナイロン製のものに王座を明け渡し今日に至っている。
ストッキングとは、つま先から太ももまでぴったりとおおう長い靴下のことをいう。特に、女性用の肌の色が透けるくらい薄手のナイロンなどの長靴下のことをいう場合が多い。靴下のルーツを辿ると、原始人たちは、捕獲した動物の毛皮を衣服にしていたが、その毛皮を細く切り足に巻いて保護するようになったのが始まりのようである。靴下(爪先から脚部を覆う編み物)の技術がいつごろ、どこで発祥したもかなどその歴史はよくわからないが、1本の糸と1本のかぎ針があれば編目が作れることから、その起源は相当古いようであり、紀元前に作られたと思われる編物の一部が発見されているそうだ。以下参考の「Socks$PSBrands/NAIGAI」によると、エジプトのアンチーノの町から多くの織物や衣類と一緒に見つかった靴下や、墳墓から発見された靴下は、編目を増やしたり減らしたりした、完全な編物で作られた指付きの子供用の靴下で、4世紀から5世紀の物とみられ、これらの靴下は、レスター美術博物館、ロンドンのビクトリア・アルバート博物館に所蔵されているという。 又、靴下の発展は防寒衣料としての必要性のほか、聖職につく人が足を不浄な大地に付けないために着用し、布教とともに広がっていったとも伝えられていたそうだ。そして、手編みが広く普及していたことは、1395年頃の宗教画の中に、4本の木の針で聖なる子供の上着を編んでいる聖母マリヤが描かれいることからも明らかであるという。すでに、16世紀頃からアングロサクソン語のstock(木の枝)を語源とし、木の編み棒で編んだ靴下をストッキングと呼んでいたようで、その頃は男性用のものだった。それが、17世紀になって英国女王エリザベスⅠ世が絹のストッキングをはいてから女性がはくようになったそうだ。
編機は手編みメリヤスが栄えていたエリザベス女王時代の1589年、イギリスの牧師、ウイリアム・リー(Willam Lee.1563~1610)によって発明された。
ウイリアム・リーは、エリザベス女王に特許を申請したが許可されず、パリに渡りさらに研究を続けたが、イギリス、フランスからはともに賛意を得られず、1610年失意の内に生涯を終えたが、編機と技術は、弟ジェームスと徒弟らに継がれ、イギリスで製造が始められ、順次ヨーロッパ各国に普及していった。 その後、アーサー・パケット(英)、リューク・バートン(英)等によって、手動横編機の機械化がなされた後、1863年 、アイザック・ウィリアム・ラム(米)によって、今までのものの改良がなされたニット産業の新しい時代を切り開く画期的な横編機が開発される。そして、1864年、 ウィリアム・コットン(英)によって、編成作動中に生地を成型するための、「目減らし」と「目増やし」の出来るフルファッション編機を発明。彼の編機は「コットン機」の呼び名で現在まで伝えられている。
1900年代初頭まで、当時の洋服の流行は重たく高価なヴィクトリア朝風ベルベットあるいは錦であった。ところが、第1次世界大戦(1914年~1918年)後、フランスのデザイナー、ココ=シャネルが洋服デザインに革命を起こした。その結果、細身で可愛らしい姿が流行したことから、1920年代にはアメリカでも上質の軽い絹製ドレスや下着が流行した。それまで、西洋ファッションは、胸腰尻を強調したが、脚線美だけは追及することがなかった。これは、当時まだ、野暮ったいストッキングしか手にはいらなかったからだそうである。この状況は編機の発達により、脚にスムーズにフィットする絹製ストッキングの生産が開始され、アメリカ人女性は当時1足2ドルのストッキング(現在の40ドル相当)を購入するようになった。その後、1930年の大恐慌等により、絹製のストッキングの需要は落ち込んだが、ハリウッドが映画のなかで絹製ストッキングにロマンチックな役割を与えるようになると、絹製ストッキング人気は又回復。これが、1940代に入って、ナイロンストッキングがアメリカで発売され、この女性の夢ともいえる素肌に近く、美しく、しかも絹に比べて格段に強いストッキングが絹の靴下に取って代わることとなる。そのため、アメリカでの絹靴下製造のための絹の輸出大国でもあった日本が受けた衝撃は大きかった。ナイロンの特許が公示されるやいなや、商社はその写しや見本の糸を日本に送った。そして、大学や紡績会社の研究室で、小数点以下何㍉グラムという糸くずの分析が行われた。
ナイロンは本来、デュポン社の商品名だが、現在ではポリアミド系繊維の総称として定着している。種類としては、ナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン46、ナイロンMXD6(数字は、合成原料の炭素原子の数にちなむ)などがある。デュポン社のカロザースが合成したナイロンの種類は、6,6である。それに対して、日本では、デュポン社からの技術導入により東洋レーヨン(現在の東レ)が1941年(昭和16)にナイロン6の紡糸に成功。そして戦後の1951(昭和26)年には、ナイロンの生産を始め、翌1952(昭和27)年には郡是製糸(現グンゼ)がナイロン製ストッキングを発売した。当時絹のストッキングの生産も再開されていたが、ナイロンを使用したフルファッションストッキング(Full-Fashioned Stockings)の生産が主流となる。フルファッションストッキングとは、「体の形にぴったりあうように編まれたストッキング」。普通は、ナイロン100%の編み地を脚に後ろで縫い合わせたストッキングのことを言い、特徴は後ろに一直線に伸びた縫い目、シームがあることである。これがあることで脚を細く見せるという視覚的な効果もあったようだ。この当時は、ナイロンストッキングは輸入されてもいたが、1足1,000円という庶民にとっては高嶺の花。しかも、うたい文句では絹より細く強いはずが、よく伝線してしまうため、街には多くの伝線直し屋が生まれた。料金は1本につき5円だった。また、トリコット編地を縫製して作ったナイロンストッキングも商品化された。フルファッションに比べて、生地はやや厚いが伝線しないという特徴があり、さらに丈夫で安いこともあって、全盛期にはフルファッションの何倍も出回った。しかし、この当時の後ろに線のある靴下の常識に挑戦したのが厚木編織(現アツギ)であった。流行ってみるとシームレスの方が、シームをまっすぐに履く面倒がなくて楽なので、それ以後ストッキングは縫目が無いのが当たり前になり、トリコット編地のものやフルファッションは、1963(昭和38)年頃から姿を消した。
その後、マリークァントが1959(昭和34)年に発表し、アンドレ・クレージュが1965(昭和40)年のコレクションで採用したミニスカートは、イギリスのモデル、ツイッギーがはいて一世を風靡した。このころから、従来のストッキングの需要が減少し始め、1965(昭和40)年アツギの販売したパンティーストッキングにその座をゆずることとなる。このヒザ上20センチ、30センチというミニスカートでは、従来のガードルとストッキングの組み合わせによってできる隙間(スキンギャップ)を覆うことができない。そこでストッキングの延長上にパンティーを付けた形のパンティーストッキングが考案されたのである。下半身の露出感を弱め、「何か」はいているという安定感を与えるこの新発明は、女性たちに、スカートの丈を短くしても決して肌が見えないという保険として急速に受け入れられ、パンストの普及がミニスカートの流行に拍車をかけるという、なんだかとても矛盾した関係式ができあがった。
しかし、ストッキングと言うものは、モンローの作品「バス停留所」(1956)や「ナイアガラ」((1953)にも、モンローのコケティッシュな魅力を引き出すアイテムとして登場しているように、映画などだけではなく、実際に、女性の魅力と深いかかわりがあるようだね~。ストッキングの魅力は女性の脚を非常に美しく見せる。それは、ナイロンの透明感だろう。ストッキングの厚さは普通「デニール」という単位で表されるが、デニールが大きくなると糸は太くなる。、ナイロンの場合、1グラムのナイロンを均一に9000 メートルの長さに引き伸ばしたときの太さが1デニールである。ちなみに平均的な日本人の髪の毛の太さは50~60 デニールほど。今のストッキングは、超薄手タイプの7デニールから厚地の70デニール 以上のものまであるらしいが、通常のものは、15デニールから20デニールくらいのものである。だから、このクラスでも、ナイロンの糸の太さは、髪の毛の1/3から1/4の太さである。私は、昭和30年代後半から40年代前半、仕事で女性のストッキングにも関係していたが、当時国内のシームレスストッキングでは、断トツにアツギのシェアーが高った。知名度もさることながら、色がきれいであった。アツギのメーカーに聞いたが、当時非常に多くのカラーストッキングを生産していたが、他のメーカーとの特色は、そのどの色にも肌色が入っているのだといっていた。そのため、ピンクでもブルーでもどんな色の靴下でも、女性の肌に合い、違和感がないよう工夫されているのだといっていた。実際に、ストキングは、女性の足を美しく見せるが、パンストは、撚糸を使っているためやはり、普通のプレーンなストッキングよりも美しさには劣る。また、男性から見ると、どうも、パンスト、にはいいイメージが湧かない。やはり、昔ながらのガーターで留めるプレーンなストッキングが美しいし、セクシーである・・・・なんて、思うのだが・・・・。
(画像は、アツギのストッキング。)
参考:
ナイロン - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%B3
Socks$PSBrands/NAIGAI
http://www.naigai.co.jp/03brands/03/index.shtml
ストッキングの歴史 (NAIGAI website)
http://www.naigai.co.jp/05mos/items/07/index.shtml
ストッキング辞典:ストッキングFAQ
http://www.atsugi.co.jp/styleupcafe/dictionary/faq.html
【アツギ】HP
http://www.atsugi.co.jp/
ATSUGI:ストッキング便利帳
http://210.189.83.134/benri.htm
デュポン株式会社
http://www2.dupont.com/ja_JP/index.html
日米経済摩擦の歴史的考察(1881年ー1941年)/エドワード S. ミラー(歴史家)
http://www.okazaki-inst.jp/alliance-pro-jap/miller.jap.html