今日(5月7日)は、「博士の日」
1888(明治21)年、植物学者の伊藤圭介・数学者の菊池大麓・物理学者の山川健次郎ら25人に日本初の博士号が授与された。
ただし、論文の提出による博士号ではなく教育への貢献を評価されたもので、名誉博士的なものだった。論文による本格的な博士が生まれたのは、それから3年後のことである。
また、当時は博士の上に大博士の学位があったが、該当者がなく1898(明治31)年に廃止された。
俗に「博士」と言っても、ノーベル賞クラスの世界的な博士から、小学生クラスの物知り○○博士まで色々な博士がいる。辞書で「博士」を調べても、「はかせ 1 (博士)」 :(1)その方面のことに詳しい人。ものしり。という項目があるのだから、別に博士号を持っていなくても自分で名乗る分にはなんら差し障りはないだろう。
そのような意味では、世の中には様々な博士がおり、近年TV番組でも、魚や動物などの物知り博士が活躍している。方向性はどうあれ、普通の人がたどり着けないような境地に達している人達をうらやましく思うし、今のような時代には、そのような得意な分野での物知り博士は、マスコミで引っ張りだこになる。
同辞書には、(2)「はくし(博士)」に同じ。・・・とあるように、漢字「博士」には{はかせ}と「はくし」の二通りの読み方があるが、言葉の意味も、二通りある。先ず「はかせ」であるが、645年の大化の改新にて中大兄皇子は孝徳天皇のもとで、政治の改革に取り組み、、大臣(おおおみ)・大連(おおむらじ)の制度を廃止し、自分に味方した有力豪族を、新たに阿倍内麻呂を左大臣(さだいじん)・蘇我石川麻呂を右大臣(うだいじん)に任命した。その時同時に、中臣鎌足を内臣(うちつおみ)に任命し、遣唐使からもどってきた僧の旻(みん)や高向玄理(たかむこのくろまろ)らを国博士(くにつはかせ)とした。国博士とは、政治顧問(せいじこもん)を勤める役職で、彼らは中大兄皇子を助けて、政策の立案にあたった。当時は、「大学寮」「典薬寮」「陰陽寮」と言うところに、色々な博士が置かれていた。「大学寮」は現在の大学に類似し、大学頭(「だいがくのかみ」がトップで、博士が教鞭をとっていた。また、大学院生に相当する学生(得業生)もいた。学科は経(儒教)・算及び付属教科の書・音(中国語の発音)の四教科だったが、後に紀伝(中国史・文学)・明経(儒教)・明法(法律)・算道の学科構成となった。 他に大学寮に相当する組織としては、技官養成機関である陰陽寮・典薬寮・雅楽寮が存在し、それぞれに専門の博士が置かれていた。今日使われている学士という呼称も皇太子の教育官であった東宮学士に由来するそうだ。
一方、「はくし」は、1886(明治19)年に帝国大学令(明治19年勅令第3号)が発布され、翌1887(明治20)年に学位令(明治20年勅令第13号)が発布され、このときに定められた学位の1つ(いわゆる「博士号(はくしごう)」である。この時の学位令では、日本で教育を受けた者や一定の研究を行った者に、大博士または博士の学位を授与することになった。
学位令は1898(明治31)年に改正され(明治31年勅令第344号)、学位は法学博士、医学博士、薬学博士、工学博士、文学博士、理学博士、農学博士、林学博士および獣医学博士の9種とされ、1886(明治19)年の学位令が定めていた大博士の学位を授与された者は1人もなく、大博士の学位は、このときに博士の学位に統合されている。
「はくし」は、大学院の博士課程を卒業して、自分の書いた論文が審査に通り、かつ試験に合格した人に与えられる学位であるが、博士課程を卒業せずとも、相当の功績(例えば、素晴らしい論文を書いた、など)を残した人にも、「はくし」の学位が与えられる。 前者を「過程博士」、後者を「論文博士」と言う。博士の学位の周辺事情としては、理系の研究領域において、博士号の授与例が多い一方、文系においては、授与例が少ないという傾向にある。1911(明治44)年に、 夏目漱石が文学博士号授与を辞退したという話もあるが、今、学位の数はいくつくらいあるのかな~?
博士の学位は、日本はもとより、海外でも権威がある。日本では、「末は博士か大臣(大将)か」という言葉もあったくらいに信頼の高い学位であるが、その割りに今、余り、博士号へのこだわりがないのではないか?研究者の間では、博士号は「足の裏の飯粒」みたいなものと言われているらしい。「取らないと気持ち悪いが取っても食えない」。 誰が言い出したのかは知らないが、現状はそんなものかもしれない。日本では、博士の学位を有する者の専門性・能力を活かす場が、欧米の国に比べて遅れているという指摘がある。特に、一般の企業では、博士号などなくても重要な開発にかかわっている人は沢山いる。また、私の知っている限り、今までの一般の企業では、「博士号などをとった人は使いにくくって仕方がないし、どうせ大学での研究は役に立たないし、修士の人で十分」という状況があったように思われる。だからといって、これからもこのような状況でよいとは言えないだろう。世界の中で、特にアメリカなどでは、研究や開発において、完全な資格社会である。博士号をもっていないと、専門家とは見られない。日本でも、数十年くらい前までは「大学くらいは出ておかないと・・」と言っていたのが、今では、研究・開発部門の社会では、「修士号くらいもっておかないと・・・」に変わってきている。いずれは、アメリカと同じように専門家ととしては、「博士号くらいはもっておかないと・・・」に変わってくるのではないだろうか。
ところで、今、「博士の愛した数式」という、映画が話題になっているね。 第1回本屋大賞を受賞し、50万部のベストセラーに輝いたといわれる、小川洋子原作の同名小説を映画化したものだが、80分しか記憶の続かない障害を抱えた数学博士と、その家で家政婦として働くシングルマザーの姿を描いた作品。テレビなどでも紹介されており、又、映画のパンフレットなどによると、当の博士は記憶を補うために着ている背広にいくつものメモを貼り付けていて、何を喋っていいか混乱した時には言葉に代わり数字を持ち出し、その博士の語る数や数式に秘められた神秘的な美しさに魅了されていくという映画らしい。私は、どちらかと言うと文系ではなく数学系の方だとは思うのだが、どうも、娯楽として見る映画としては難しそうで馴染めなく、まだ見ていない。家政婦の誕生日2月20日(220)と博士の腕時計の文字盤の裏に書かれた数字284を結びつけ。博士が2つの数字が友愛数という絆で結ばれていると教える場面があるようだ。これは、お互いの約数の和が他方と一致するという組み合わせのこと。しかし、組み合わせがとても珍しいものである約数を足すことになんの意味があるのか良く分らない。又、博士の愛した数式として登場する、オイラーの等式「eπi + 1 = 0」なんてのが出てくるらしいが、こんなの数学の勉強をしていない人がみて理解できるのだろうか?・・・私には、難しそうなので、又、テレビででも放送した時に見ることにしよう。私には、博士なら、格式の高い数学博士(はくし)などよりも、昆虫博士(はかせ)や魚博士(はかせ)などといった雑学博士(はかせ)の方に、よほど興味がある。
(画像は、映画「博士の愛した数式」のチラシ。)
参考:
博士 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E5%8F%B7
学位 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E4%BD%8D
修士 (学位) - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E5%A3%AB_(%E5%AD%A6%E4%BD%8D)
大学寮 (律令) - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AF%AE
歴史の扉:第11章(大化の改新)
http://www2.odn.ne.jp/~rekisinotobira/contents011.html
映画「博士の愛した数式」公式サイト
http://hakase-movie.com/
博士の愛した数式 - goo 映画
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8076/index.html?flash=1
オイラーの公式- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%85%AC%E5%BC%8F
ネイピア数 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%94%E3%82%A2%E6%95%B0
メルセンヌ数 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%8C%E6%95%B0
超越数 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E8%B6%8A%E6%95%B0
1888(明治21)年、植物学者の伊藤圭介・数学者の菊池大麓・物理学者の山川健次郎ら25人に日本初の博士号が授与された。
ただし、論文の提出による博士号ではなく教育への貢献を評価されたもので、名誉博士的なものだった。論文による本格的な博士が生まれたのは、それから3年後のことである。
また、当時は博士の上に大博士の学位があったが、該当者がなく1898(明治31)年に廃止された。
俗に「博士」と言っても、ノーベル賞クラスの世界的な博士から、小学生クラスの物知り○○博士まで色々な博士がいる。辞書で「博士」を調べても、「はかせ 1 (博士)」 :(1)その方面のことに詳しい人。ものしり。という項目があるのだから、別に博士号を持っていなくても自分で名乗る分にはなんら差し障りはないだろう。
そのような意味では、世の中には様々な博士がおり、近年TV番組でも、魚や動物などの物知り博士が活躍している。方向性はどうあれ、普通の人がたどり着けないような境地に達している人達をうらやましく思うし、今のような時代には、そのような得意な分野での物知り博士は、マスコミで引っ張りだこになる。
同辞書には、(2)「はくし(博士)」に同じ。・・・とあるように、漢字「博士」には{はかせ}と「はくし」の二通りの読み方があるが、言葉の意味も、二通りある。先ず「はかせ」であるが、645年の大化の改新にて中大兄皇子は孝徳天皇のもとで、政治の改革に取り組み、、大臣(おおおみ)・大連(おおむらじ)の制度を廃止し、自分に味方した有力豪族を、新たに阿倍内麻呂を左大臣(さだいじん)・蘇我石川麻呂を右大臣(うだいじん)に任命した。その時同時に、中臣鎌足を内臣(うちつおみ)に任命し、遣唐使からもどってきた僧の旻(みん)や高向玄理(たかむこのくろまろ)らを国博士(くにつはかせ)とした。国博士とは、政治顧問(せいじこもん)を勤める役職で、彼らは中大兄皇子を助けて、政策の立案にあたった。当時は、「大学寮」「典薬寮」「陰陽寮」と言うところに、色々な博士が置かれていた。「大学寮」は現在の大学に類似し、大学頭(「だいがくのかみ」がトップで、博士が教鞭をとっていた。また、大学院生に相当する学生(得業生)もいた。学科は経(儒教)・算及び付属教科の書・音(中国語の発音)の四教科だったが、後に紀伝(中国史・文学)・明経(儒教)・明法(法律)・算道の学科構成となった。 他に大学寮に相当する組織としては、技官養成機関である陰陽寮・典薬寮・雅楽寮が存在し、それぞれに専門の博士が置かれていた。今日使われている学士という呼称も皇太子の教育官であった東宮学士に由来するそうだ。
一方、「はくし」は、1886(明治19)年に帝国大学令(明治19年勅令第3号)が発布され、翌1887(明治20)年に学位令(明治20年勅令第13号)が発布され、このときに定められた学位の1つ(いわゆる「博士号(はくしごう)」である。この時の学位令では、日本で教育を受けた者や一定の研究を行った者に、大博士または博士の学位を授与することになった。
学位令は1898(明治31)年に改正され(明治31年勅令第344号)、学位は法学博士、医学博士、薬学博士、工学博士、文学博士、理学博士、農学博士、林学博士および獣医学博士の9種とされ、1886(明治19)年の学位令が定めていた大博士の学位を授与された者は1人もなく、大博士の学位は、このときに博士の学位に統合されている。
「はくし」は、大学院の博士課程を卒業して、自分の書いた論文が審査に通り、かつ試験に合格した人に与えられる学位であるが、博士課程を卒業せずとも、相当の功績(例えば、素晴らしい論文を書いた、など)を残した人にも、「はくし」の学位が与えられる。 前者を「過程博士」、後者を「論文博士」と言う。博士の学位の周辺事情としては、理系の研究領域において、博士号の授与例が多い一方、文系においては、授与例が少ないという傾向にある。1911(明治44)年に、 夏目漱石が文学博士号授与を辞退したという話もあるが、今、学位の数はいくつくらいあるのかな~?
博士の学位は、日本はもとより、海外でも権威がある。日本では、「末は博士か大臣(大将)か」という言葉もあったくらいに信頼の高い学位であるが、その割りに今、余り、博士号へのこだわりがないのではないか?研究者の間では、博士号は「足の裏の飯粒」みたいなものと言われているらしい。「取らないと気持ち悪いが取っても食えない」。 誰が言い出したのかは知らないが、現状はそんなものかもしれない。日本では、博士の学位を有する者の専門性・能力を活かす場が、欧米の国に比べて遅れているという指摘がある。特に、一般の企業では、博士号などなくても重要な開発にかかわっている人は沢山いる。また、私の知っている限り、今までの一般の企業では、「博士号などをとった人は使いにくくって仕方がないし、どうせ大学での研究は役に立たないし、修士の人で十分」という状況があったように思われる。だからといって、これからもこのような状況でよいとは言えないだろう。世界の中で、特にアメリカなどでは、研究や開発において、完全な資格社会である。博士号をもっていないと、専門家とは見られない。日本でも、数十年くらい前までは「大学くらいは出ておかないと・・」と言っていたのが、今では、研究・開発部門の社会では、「修士号くらいもっておかないと・・・」に変わってきている。いずれは、アメリカと同じように専門家ととしては、「博士号くらいはもっておかないと・・・」に変わってくるのではないだろうか。
ところで、今、「博士の愛した数式」という、映画が話題になっているね。 第1回本屋大賞を受賞し、50万部のベストセラーに輝いたといわれる、小川洋子原作の同名小説を映画化したものだが、80分しか記憶の続かない障害を抱えた数学博士と、その家で家政婦として働くシングルマザーの姿を描いた作品。テレビなどでも紹介されており、又、映画のパンフレットなどによると、当の博士は記憶を補うために着ている背広にいくつものメモを貼り付けていて、何を喋っていいか混乱した時には言葉に代わり数字を持ち出し、その博士の語る数や数式に秘められた神秘的な美しさに魅了されていくという映画らしい。私は、どちらかと言うと文系ではなく数学系の方だとは思うのだが、どうも、娯楽として見る映画としては難しそうで馴染めなく、まだ見ていない。家政婦の誕生日2月20日(220)と博士の腕時計の文字盤の裏に書かれた数字284を結びつけ。博士が2つの数字が友愛数という絆で結ばれていると教える場面があるようだ。これは、お互いの約数の和が他方と一致するという組み合わせのこと。しかし、組み合わせがとても珍しいものである約数を足すことになんの意味があるのか良く分らない。又、博士の愛した数式として登場する、オイラーの等式「eπi + 1 = 0」なんてのが出てくるらしいが、こんなの数学の勉強をしていない人がみて理解できるのだろうか?・・・私には、難しそうなので、又、テレビででも放送した時に見ることにしよう。私には、博士なら、格式の高い数学博士(はくし)などよりも、昆虫博士(はかせ)や魚博士(はかせ)などといった雑学博士(はかせ)の方に、よほど興味がある。
(画像は、映画「博士の愛した数式」のチラシ。)
参考:
博士 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E5%8F%B7
学位 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E4%BD%8D
修士 (学位) - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E5%A3%AB_(%E5%AD%A6%E4%BD%8D)
大学寮 (律令) - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%AF%AE
歴史の扉:第11章(大化の改新)
http://www2.odn.ne.jp/~rekisinotobira/contents011.html
映画「博士の愛した数式」公式サイト
http://hakase-movie.com/
博士の愛した数式 - goo 映画
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8076/index.html?flash=1
オイラーの公式- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%85%AC%E5%BC%8F
ネイピア数 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%94%E3%82%A2%E6%95%B0
メルセンヌ数 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%8C%E6%95%B0
超越数 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E8%B6%8A%E6%95%B0