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100のエッセイ・第10期・50 「レジェンド」は驚くことばかり

2015-08-24 14:01:56 | 100のエッセイ・第10期

50 「レジェンド」は驚くことばかり

2015.8.24


 

 別役実フェスティバルも、「第1幕」を終え、そのまとめのような感じで『別役実フェスティバル交流プロジェクトNo.1 別役実を読む、聞く、語る』という会が、青年座劇場で行われたので行ってきた。8月20日午後2時からだった。

 3月から始まったこのフェスティバルには10公演があり、ぼくはそのうち7公演を見たわけだが、この「交流プロジェクト」で、「男と女のリーディング」で二人芝居の『受付』が上演されるというのが楽しみだった。この『受付』という芝居は、栄光の演劇部で部員が少なくなるとやってきたもので、2回上演している。プロがそれをやるとどうなるのだろう。あくまで「リーディング」だけど、それでも、どんなセリフまわしで、どんな声で、どんな間で、とワクワクしていた。

 自由席ということなので、早めに着いたぼくは、一番前の上手寄りの端の席に座った。一番前というのは、舞台に近すぎるからたいていの人は敬遠するが、足を伸ばせるし、万一途中でトイレに行きたくなった場合も迷惑をかけないので、結構好きな席なのである。

 開演近くになると、満席状態となり、ぼくの左側にも帽子をかぶった男性が座った。座るとすぐに、ハラリと床にチケットが落ちた。その男性のものだ。ぼくは拾って、落ちましたよ、と言って男性に渡した。男性は、それを受け取りながら、「どうも」とも言わずに、ぼくの顔を見ている。どうしたんだろうと思っていると、「あの、ヤマモトさんですよね。」と言うではないか。びっくりして、その男性の顔を見ると、キンダースペースで『赤い鳥の居る風景』に客演した俳優の白州本樹さんだった。

 白州さんは、以前からキンダーには客演していて、顔も名前もよく知っていたのだが、親しく話したのは、この前の『赤い鳥の居る風景』の打ち上げの時だった。だから、彼も、ぼくの顔と名前を覚えていたのだ。光栄なことである。ぼくの方は、「ヤマモトさんですよね。」と言われて、あ、っと思ったけれど、「白州さん」という名前が即座には出てこなかったのだから。話しているうちに「そうだ、白州さんだ。間違いない。」って思ったけれど、「ヤマモトさんですよね。」と言われて「あ、シラスさんですね。」と返せなかったのが情けない。

 で、開演前の数分に、彼と話したのだが、今日これからやる『受付』を楽しみにしているんですよ、何しろこれ、ぼくは2回も演出してきているんですからなんて自慢したのだが、何か白州さんの反応がおかしい。どうしたんだろうと思って、手元のパンフレットをよく見ると、『受付』ではなくて『部屋』となっている。びっくりして、あれ? 演目が変わったのかなあ、なんて言いながら、なんどもパンフレットを見るのだが、『受付』なんてどこにも書かれていない。そのうち、リーディングが始まった。やっぱり『部屋』であった。

 後で家に帰って、前から家にあるパンフレットをためつすがめつして見てみたが、やっぱり『受付』なんてどこにも書いてなかった。つまり、前売りを申し込んだ5月以来、ぼくは『部屋』と書いてあるのに、それをずっと『受付』と読んでいたことになる。漢字二文字だから勘違いしたのだろう、では、言い訳にもならない。まったくどうしてそんな勘違いをするのか自分でも訳が分からない。

 『部屋』もおもしろかったが、その後に行われた『円熟俳優(レジェンド)たちによるリーディング 「淋しいおさかな」』が、もうほんとうによかった。「レジェンド」が5名。全員80歳以上だということだった。戦後の新劇を背負ってきた錚々たる面々だ。金内喜久夫、久松夕子、鈴木瑞穂、川口敦子、三谷昇。この5名が、別役実の童話を朗読する。一つの話を一人でというのではなく、全員で役柄を決めて朗読するのである。

 声の力をいやというほど感じた。打ちのめされたといってもいい。特に三谷昇の独特の声とセリフ回しは驚異的で、何度も笑ってしまった。声だけで、これだけの表現ができるものなのかと感嘆また感嘆。何十時間でもそこに座って、彼らの朗読を聞いていたかった。このまま終わらなければいいのにと思った。まさに一度きりの至福の時間だった。

 最後に、パネルディスカッションがあった。『部屋』を演じた新澤泉、岩崎正寛、演出家の山下悟、そして鈴木瑞穂。司会はPカンパニーの林次樹。(この人がここ10年程お付き合いのある人の弟さんであることをつい最近知った。これも不思議な縁である。)林さんが、鈴木瑞穂に聞いた。「鈴木さんは、別役の作品は今回初めてだということですが、どうですか、今後別役作品をやってみたいと思われますか?」

 87歳の鈴木瑞穂の言葉に驚愕した。「私は、別役さんの作品に出たことはありませんが、すべての戯曲は読んでおりますし、舞台もほとんど拝見しております。そうですね、やってみたいと思いました。」と言ったのだ。「やってみたい」というのにも驚いたのだが、それ以上に139編もある別役戯曲を「すべて読んだ」ということに驚いた。ぼくなどは、三一書房から出ている別役実の戯曲集を「すべて持っている」ことを自慢の種にしているが、レベルが違う。その道一筋の人ってすごいなあと思った。そして、心からの敬意を抱いた。そして、この「レジェンド」の方々のように歳をとりたいものだとしみじみ思ったのだった。

 さて、お話変わって、それから2日後の22日。今度は、表参道の「ギャラリーコンセプト21」で開催されているCACA現代アート書作家協会の「印展」を見にでかけた。CACAというグループは、書の革新を目指す岡本光平先生が率いる団体で、この7月には赤レンガ倉庫での展覧会に行ったばかりである。今回は、「印」に絞った展覧会であり即売会でもあるので、いくつかの印を買おうとおもって出かけたわけである。

 表参道の駅から歩いて5分ほど行くと、お洒落なギャラリーがあった。さっそくガラスの扉を開けると、ぼくの方を向いて、目を丸くしてびっくりしているきれいな女性がいる。明らかによく知っている顔である。彼女は、「わあ、驚いた。どうして、ここに?」と言う。そう言われても、誰なのか思い出せない。「このギャラリーで、ぼくを知っているきれいな女性」というジャンル(?)で、思い当たる人をぼくの壊れかけた頭で高速スキャンした。3秒後ぐらいに出てきた答えが、「あ、あの赤レンガ倉庫でお会いした、撫子(ナデシコ)さんですよね。」だった。つまり、7月に赤レンガ倉庫で行われたCACAの展覧会に行った折、出品者の一人である撫子さんというきれいな女性の書家からその出品作について詳しくお話を聞いたのだ。こんどまた表参道でも展覧会がありますからと言われて、うかがいます、と答えたような気がするのだ。だから、とっさにした高速スキャンは、そういう「結論」を導き出したというわけだ。

 ところが、そのぼくの言葉を聞いた彼女は、もう、飛び上がらんばかりに驚いて、「何言っているんですか、先生! ○○ですよ。同窓会でも会っているじゃないですか!」と叫んだ。

 その瞬間、一切をぼくは理解した。彼女は、青山高校時代の教え子で、しかも、彼女の高1、高2と2年間も担任したのはほかでもないこのぼくだ。しかも、彼女は、律儀にも毎年今でも年賀状を、それもしばしば家族の写真入りの年賀状をくれているのだ。何が「高速スキャン」だ。まったく「ばっかじゃなかろか」と、彼女は一瞬思ったに違いない。そして「この人、とうとうボケたのか?」って。

 しかし、偶然にもほどがある。こんな小さなギャラリー、しかも「印」の展覧会という極めて特殊な世界。そこで、どうしてバッタリなの? って彼女も驚いただろうし、ぼくも「理解」したあと、ジワジワ驚いた。よく聞いてみると、この展覧会に出品している人と知り合いで、その関係で来たとのこと。彼女がどこか「憤然」とした感じで(ぼくにはどうしてもそう思えた。当然だろう。スマネエ。)会場を去った後、その知り合いの男性と話をしていたら、なんと、その人は、ぼくのよく知っている人の親戚だった、なんてオチまでつく始末で、人の世の、不思議さを実感したのであった。

 というより、このたった3日間に、「とんでもない勘違いをする」「誰だかすぐに忘れてしまう」というぼくという人間の、「不思議さ・バカさ」に、改めて愕然としたのであった。そういう意味では、ぼくも立派な「レジェンド(崩壊寸前円熟人間)」である。

 




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