ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

報道ギャップ

2012-01-31 12:20:00 | 社会・政治・一般
日頃、TVを観ないと公言している私だが、どこにも旅行しなかった年末年始の冬休み中はTVを観ていた。

もっとも地上波は元旦の天皇杯決勝と、2日3日の大学箱根駅伝だけであった。もっぱらCS放送でのディスカバリーチャンネルとアニマルプラネット、映画、そしてCNNとBBCのニュースを観ていた。

新聞はいつもより丁寧に読んでいたつもりだが、面白かったのは日本のメディアの報道と、海外の映像メディアの報じるギャップであった。

当然ながらCNNの報道の中心は、アメリカ大統領選挙の州予備選となる。海外(アメリカ国外)のニュースだと、イランの核疑惑と、イラクの混乱、アフガニスタンの撤退、北朝鮮の新しい指導者の報道が多かった。

日本に関するニュースでは、圧涛Iに野田首相のインド訪問が取り上げられていた。かなり時間を割き、識者に詳しく解説させるなどして、非常に関心が高いことが伺われた。

日本のメディアでは、あまり紙面を割いていないようだし、もっぱら経済協力面ばかりを報じていたが、欧米のメディアの視点はいささか異なっていた。

特にCNNに登場した識者は、この日本のインド訪問を、対CHINA包囲網の一環として捉えていた。すなわち政治的、軍事的な動きであり、その一環としての経済協力であると解説していたのが興味深い。

日本の新聞、TVでこのような報道をしていた番組、記事がどれだけあったのであろうか。

更に加えるのなら、今月中旬以降になると、ミャンマーに関する報道が増えていた。もちろん、アメリカとミャンマー軍事政権の関係改善の動きがあることは、日本のマスメディアも報じているはずだ。

だが、欧米のメディアの視点は、日本とは異なる。これも対CHINA包囲網の一環である。世界地図をみれば分るが、中国南部とミャンマーは国境を接しており、そのうち一つの河川がインド洋まで続いている。

すなわち中国のインド洋への入り口となるのがミャンマーなのだ。中国にとって幸いなことに、ミャンマーの軍事政権は欧米と長年対立していたため、ミャンマーは中国に頼らざる得なかった。

だが、どんなに中国の支援を受けても、国内を流れる河川の自由航行だけは断固として認めなかった。ミャンマー政府は中国の真の狙いを正確に把握していたからだ。

しかし、ここにきてミャンマーはアメリカとの国交修復に動き出した。アメリカも対CHINA包囲網の重要な部位にあたるミャンマーを取り込むことに前向きだ。

野田首相のインド訪問とあわせて、アメリカが本格的に対CHINA包囲網の実現に動いていることが良く分る報道であったと思う。

すなわち、世界は日本の野田首相のインド訪問を、間接的にアメリカの対CHINA包囲網実現を補完していると見ているわけだ。

で、日本のTV、新聞はこのことを報じているのか?

日本のマスメディアばかり見ていると、物事が見えてこない。つくづく痛感した年末年始でした。
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ウィチャリー家の女 ロス・マクドナルド

2012-01-30 12:11:00 | 

家族ドラマが苦手。

いつの頃からかは分らないが、私は家族のドラマを描いたものが苦手。TVドラマはもちろん、映画だって可能な限り避けてきた。

当然に小説も同様で、私が敬愛する庄野潤三の作品でさえ、若干苦手意識がある。理由ははっきりしないが、おそらくは母子家庭で育ったことが影響していると考えている。

ただし、両親は子供たちの前では決して喧嘩をしなかったと・・・思う。少し弱気なのは、私が嫌なことは簡単に忘れる性分であるからだ。見たくないものは、見なかったことにしている可能性も捨てきれない。

でも、夫婦喧嘩こそ目の当たりに見なかったとはいえ、おかしいのは子供でも分った。夏休みや冬休みの旅行といてば、両親に連れられて行くものだが、私が小学校一年の夏には既に父の姿はなかった。

私の記憶に在る父との旅行は、オートレースに連れて行ってもらった時か、八王子の割烹料理の店(たぶん、うかい亭だと思う)に行った時に泊まった会社の宿泊施設が最後だ。

それは幼稚園の時だから、私が6歳前後には夫婦の関係はおかしくなっていたのだろう。だが、私は夫婦喧嘩の場面をまるで覚えていない。

両親が意識して、子供たちの前で争う姿を見せないよう努力していた可能性もある。私はずっと、そう思っていた。だが、近年になって、もしかしたら私がそう思い込んでいただけかもしれないと疑うようになった。

そう考えないと、私が家族ドラマを好まない理由が見つからないからだ。誤解されると困るので断言するが、父母の離婚後であっても、私の家はそんな不幸な雰囲気はなかった。

母と妹2人のお喋りが絶えない家庭であったし、母も休日には可能な限り旅行に連れ出してくれた。叔父さんの家に遊びに行くことが多かったが、海水浴や博物館などにも積極的に連れて行ってくれた。貧しいながらも、明るい家庭であったと思う。

にもかかわらず、私は家族ドラマが苦手だし、今でも親戚付き合いは得意ではない。

やはり幼少時になんらかのトラウマがあったと考えるほうが自然だ。そうなると、それはやはり父と母の争い以外に考えられない。まったく思い出せないので、私の妄想かもしれないとも思っている。

実は思い当たる節はあるのだが、自信がないので今は黙っている。いずれにせよ、家庭での争いやいがみ合いは、子供たちに多大な影響を与えると考えている。

表題の本を読むと、親同士の争いが子供に与える影響について考えざるえません。十代の頃に読んだ時は、純粋にミステリーとして読んでいましたが、あの頃はハードボイルド小説にしてはヌルイと思っていたものです。

でも、この年になって再読すると、安易な同情も憐憫も許されない苛烈な現実に対し、超然としたスタイルを貫く私立探偵リュウ・アーチャーの態度に改めて感銘を受けました。

法による処置よりも、情理を重んじた処分に手を貸したアーチャーの態度は、まさに大人の対応。安易に法理に任せるのでなく、自分の判断で法を捻じ曲げた、その断固たる姿勢こそが、ハードボイルド探偵アーチャーの真価なのでしょうね。

やっぱ、カッコいいです。

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些細な一言

2012-01-27 12:10:00 | 日記

些細な一言が、気持ちを大きく傷つけることがある。

あの時、不安を抱えていた私は、そのことに気がつかずにいた。そして30年以上たってから、偶々そのことを聞かされて、今苦い後悔を味遇う羽目に陥っている。

あいつと知り合ったのは中学2年のクラスであった。健全な野球少年であった彼と、だらだら夜遊び部の落ちこぼれ小僧だった私とは、当初まるで接点はなく、ただのクラスメイトに過ぎなかった。

冬の体育の授業は、柔道であった。受身などの基礎訓練は1年生の時に終わっていたので、2年になると技を覚えて、組み手をやることが増えた。

その最後の授業は試合形式の組み手であった。私と対戦することになった彼は自信満々であった。そりゃそうだと私でも思う。野球部で鍛え上げた体と、優れた運動神経を自負していた彼は、私に負ける可能性など微塵も考えていなかったのだろう。

ところが、私は一年の時に柔道の町道場に通っていたクラスメイトに、かなり鍛えあげられていたので、柔道には少々自信があった。既にそのクラスメイトは転校していなかったが、彼に仕込まれた足技は、未だ十分実戦に使えるものであった。

だから、試合が始まってすぐに私は、彼を出足払いで倒して技有りをとってしまった。一本とならなかったのは、彼の反射神経が優れていて、半身で倒れたからだ。

まさかの思いに驚愕していた彼は本気になった。私よりふた周りは大きく、運動能力に優れる彼との試合は、そこからが本番であった。負けず嫌いの気がある私は、技をかけられまいと逃げる一方、隙をみては足技を繰り出すので、試合はなかなか決まらなかった。

結局、最後は体力に勝る彼に押し倒され寝技勝負に持ち込まれてしまい、押さえ込まれての一本負けであった。試合が終わった時は、周囲からため息がもれるほどの熱戦であり、先生からも褒められた。二人とも体力の消耗が激しく、すぐには立ち上がれないほどの疲労であったが、全力を尽くして戦った心地よい疲労でもあった。

以来、急速に仲良くなった。3年に進級した時も、偶然同じクラスであったことも大きい。私が落ちこぼれ小僧から、真面目に勉強する小僧に転進した時も、変わらずに接してくれた数少ない友人であった。貴重な友人であったと思う。

やがて高校受験の季節を迎えた。学業もそこそこ優秀であった彼は本命の某大学附属高校に早々に合格しており、気楽なものだった。一方、学費の問題から都立高が第一志望であった私は、同じ某大学附属の合格をとってはあった。しかし、あくまで都立が第一志望であることには変わりは無かった。

正直、私は焦っていた。なにせ二年生の冬までは、学年で下から数えて一ケタ台の落ちこぼれ君であった私だ。3学期から必死で勉強するようになり、3年の冬には偏差値60台まで成績を急上昇させてはいたが、いかんせん内申の成績が悪い。

致し方なく志望する都立もワンランク落としての受験であったが、やっぱり不安であった。そんな私の不安を知ってか、知らずか余裕の彼は「俺も同じ都立受けちゃおうかな~」などと軽口叩く。

ムっとした私はつい、お前受けなくていいよと無雑作に言い返した。

その時は気がつかなかったが、私の科白に相当傷ついたらしい。今にして思うと、同じ学校に通いたかったのかもしれない。金銭的な問題で都立しか念頭になかった私は、余裕がなくそのことに気がつかなかった。

私は念願の都立に合格し、彼は私立の附属高校に進学することになった。鈍感な私はこのまま別の高校に行くことになっても、友達付き合いは続くものだと思い込んでいた。

しかし、気がついたら疎遠になっていた。落ちこぼれの悪ガキから真面目な学生に転進した私は、周囲から裏切り者と疑念の目線で見られていたから、中学時代の友達はそう多くない。その数少ない一人を、自らの失言から失くしてしまった。

しかも、呆れたことに、事の真相に気がつくのに30年以上かかった大馬鹿者である。たかが一言、されど一言。言葉の重みを痛感させられた。

いつか、自然なかたちで謝ることが出来たらいいのだがなァ。

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御役所仕事

2012-01-26 17:14:00 | 経済・金融・税制
国税庁のHPを見ていたら、あまりの杜撰さに吹き出してしまった。

昨年は東日本大震災を始めとして、日本各地で洪水や震災にあった方が少なくない。このような被災に対して、所得税法は雑損控除と災害免除法を設けて納税者の不利益を考慮している。ただし、対象は生活に必要なものだけで、別荘などの贅沢品は、総合譲渡所得からの控除しか認めていない。

ところで被災されたといっても、その評価額がいくらになるかが問題だ。

例えば建物が被災した場合だと、その建物の取得価額から減耗相当分(減価償却)を経過年数分控除した数字が評価額とされる。

ただ、建物が全壊したり、津波で流されているような場合、その建物の取得価額さえ分らないケースは少なくない。そんな時は、標準的な建築単価を用いて推算する方法がある。

もっとも、この建築単価も木造、鉄骨、コンクリにより違うし、寒冷地と温暖な地域でも違ってくる。そこで各都道府県別に標準建築単価が算定されて公表されている。

今回も国税庁は、この標準建築単価の表を活用してもらって被災金額を算出して、雑損控除などの税法の特典を活かしてもらいたいと考えているようだ。

で、さっそくに国税庁のHPから、その地域別・構造別の工事費用表を探し出してみたら、思わず吹き出してしまった。

木造建築の宮城県の場合、一平米当たりの工事費用は145千円だという。なるほどなるほど、でも全国平均の158千円を活用したほうが有利だな。

こんな感じで表をみていたら、思わず目が点になり、吹き出してしまった。岐阜県の鉄筋鉄骨コンクリート造の一平米当たりの工事費用は、なんと44千円!ちなみに全国平均では214千円である。

なんだ、この数値は。岐阜県で鉄筋鉄骨コンクリートの家を建てると、こんなに安いのか?そんなわきゃない。この数値は国土交通省総合政策局から出ているはず。いったいぜんたい、どうゆうこった。

更に表をみてみたら、三重、鳥取、島根、岡山、山口ではデーターなし。どうやら、これらの県では、鉄筋鉄骨コンクリート造の家は建設されていないらしい。

そんな訳ない!

多分、お役人様が仕事を手抜きしただけだと思うが、まったくもって不親切というか怠慢な話である。こんないい加減な表をHPにアップする国税庁もどうかと思うが、まァ、全国平均の数字を使えばいいので実務上問題は無いということだろう。

こんないい加減な仕事で給料もらえるのだから、お役人様はお気楽な仕事だと言われても仕方あるまいて。困ったもんだよ。
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エトナの閉店

2012-01-25 12:25:00 | 日記
もう食べられないと思うと、余計に侘しさがつのる。

事務所の近くにあるスパゲッティ屋が閉店した。カウンター席が中心で、机席は3っつしかない小さなお店だ。正直言って、あまり美味しい店ではない。

間違ってもパスタ屋とは云えない。茹で上げた麺を中華なべで炒め、ミートソースなどをぶっかけただけのスパゲッティ。お皿の上に油がギトギト浮くような、炒めスパゲッティとしか言いようがない。

だがボリュームが凄い。私がいつも頼むのは日替わりの中盛り。これでラーメンの丼をひっくり返したぐらいのスパゲッティが山盛りで出される。

さらにその盛り具合が巨大な大盛りは、ついに頼めなかった。割と大食いの私でも、あのサイズは大きすぎる。いや、もしかしたら食べられたかもしれないが、問題はあの単調な味と、腰のかけらもない、うどん並みにクタクタの麺を胃袋に詰め込む勇気がない。

私がパスタ屋と呼ばずに、スパゲッティ屋だと云うもの、あの麺の腰の無さがある。喩えて云うなら、昔の学校給食で出されたスパゲッティが一番近い。こんなパスタ、今どきのイタリアン料理店では、絶対出されることはないはずだ。

しかし、常連客はけっこういた。男性ばかりだが、あの味、あのボリューム、あの懐かしい味付けは、銀座ひろしといえでも、この店でしか味わえなかった。

それだけに、平成23年12月末で閉店したと知った時は、嘆きを禁じえなかった。実のところ、昨年は飲食店には大逆風の年でもあった。まず震災と余震が人々の出足を鈍らせた。

おまけに計画停電と節電により営業時間を縮小したり、休日を増やしたりと、売上を減少させる要因には事欠かなかった。その傷口に塩を塗りつけたのが、政府による自粛ムードの慫慂であった。

これでは飲食店はたまったものではない。予想とおり閉店が相次いだ。銀座地区だけでも三桁の店舗閉鎖があったと聞いている。

だからエトナの閉店も致し方ないと思う。思うが、それにつけても腹が立つのは、政府の無為無策だ。はっきり断言できるが、民主党政権は国民の生活の実情に目がいっていない。

まず第一は、民主党内の権力闘争であり、そのためのバランス人事が失言続きの閣僚であり、実務型内閣が聞いて呆れる。声を聞くのは、従来の少数派の意見ばかりで、大多数の国民の声なぞ聞く耳持たぬことは明らかだ。

そして、歳入が減っても歳出は減らしたくない財務省の増税案を丸呑みした結果が、断固たる決意の消費税増税だ。不況の風が吹き荒れる時に、平然と増税を口にできるその無神経さは、自分たちの考えだけが正しいと信じ込んだ役人の傲慢さそのものだ。

一応云っておくと、私は消費税増税には賛成だが、前提として国会議員の大幅削減と、一票の格差是正が必要不可欠だと考えている。その私だって、こんな不況時に増税をやるなんて馬鹿な判断はしない。

政府と大企業、そして投資ファンドだけが栄える国なんて、長続きするわけがない。それを黙認するばかりか、政府の広報誌と化しているマスコミも又同罪だと思うぞ。

あァ、次の選挙が待ち遠しい。棄権はしないつもりだが、問題はどこに投票するかだな。それが悩ましいのが、今の日本の政治の貧困さを示していると思う。
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