舌切り雀の話を巡る解説で
近頃問題になっている児童虐待のことを考える
人は心の中に誰しも悪魔を飼っていると思うんだが
そんなことはないのだろうか?
心理学的には
シャドウというんだそうだ
舌切り雀のおばあさんはすごいよね
物語にはそういう邪悪なものが必ずといっていいくらいしばしば出てくる
それを
密かに自分の中の邪悪なものとかみ合わせて考えることもあるし
自分とは無縁のものと考えながら
認識していってもいいし
物語はいろいろに読み取れる
でも
テレビで今朝も見ていると
虐待した恐るべき親を
信じがたい普通ではないものとして報道がなされていて
子供をその場からいかに救い出すかという話に終始している
なぜこんなに虐待する親が増えているか
なぜ親が成熟できないのか
こういう親とは無縁な「ちゃんとした」親の目線の中で
「成熟できてない」親はますます密室に閉じこもるんじゃないか?
私は家族というのは子供にとって安住の場
安らぎの場だというのは幻想でしかないという気がする
最初に出会う地獄だし
非力な子供は脱出できない
私なんか
子供といっぱい遊んでやった楽しい子育ての記憶ばかり持って
楽しくいい親をやってきた気もして
老年期になったが
これまた幻想
子供の話を聞くと
かなりの鬼オッカアだったようだし
この親の圧政の元
わが子ら かなり苦労したらしい
え~~~!
そうなの?
と
びっくりするよ
心の闇とか
いう
邪悪な内なるもの
こういうものを
昔から反映して昔語りは出来ているんだなあ
それにしても
昔話では
だいたい邪悪なのは
ばあさんだな