なかにし礼が「天上の音楽」の中で、fadoについて語っていた。
fadoかぁ。そう言えば久しく聞いていないなぁと思いながら読んでいた。
fadoは、ポルトガルの首都リスボンの下町にうまれた哀愁漂う歌だ。
19世紀に入り、ポルトガルやスペインの植民地支配による栄光の日々は陰りを見せ、
ブラジルやアフリカの植民地を手放したポルトガルは暗い困窮した時代に入る。
リスボンの石畳を敷いた裏町の安宿から、黒いショールをまっとた女が歌い出だす。そういった音楽だ。
なかにし礼は、ファド歌手のアマリアロドリゲスに、リスボンのfadoは何ゆえにかくも哀しいのかと質問をしている。
「それは昔から問われ続けている質問です。ファドはとても古い。
ファドは運命と言われています。
運命は人生です。多分人生が哀しいからファドも哀しいのでしょう。
ファドは私たちの人生。
遠いところへ新しい世界を発見するために、海へ行った人たちの人生なのです。
彼らは家族から離れ、愛から離れ、そして哀しさに懊悩する。
それがファドになった。
だからファドは哀しいのです。」
とアマリアロドリゲスは答えていた。
私がファドを知ったのは、ある方との出会いからだった。
20年程前にその方と知り合った。
戦時中はインパール作戦等を経験した方で、その方は通信が主な任務だった。
戦後は商船会社に勤務して、人生の1/3は海外と海上で生活していた方だ。
ある時そのお宅に伺うと、スコッチを片手に一人ソファーに座りfadoを聞いていたのだ。
あまりにも哀愁を帯びた歌が印象的だった。
その方は私に、海外の話、政治経済の話、戦時中の話など数々語ってくれた。
自分自身を支えてくれた心の糧として、
今はもう思い出としてしかないのがまさに哀しいが、やはりこれも運命なのだろう...。
fadoかぁ。そう言えば久しく聞いていないなぁと思いながら読んでいた。
fadoは、ポルトガルの首都リスボンの下町にうまれた哀愁漂う歌だ。
19世紀に入り、ポルトガルやスペインの植民地支配による栄光の日々は陰りを見せ、
ブラジルやアフリカの植民地を手放したポルトガルは暗い困窮した時代に入る。
リスボンの石畳を敷いた裏町の安宿から、黒いショールをまっとた女が歌い出だす。そういった音楽だ。
なかにし礼は、ファド歌手のアマリアロドリゲスに、リスボンのfadoは何ゆえにかくも哀しいのかと質問をしている。
「それは昔から問われ続けている質問です。ファドはとても古い。
ファドは運命と言われています。
運命は人生です。多分人生が哀しいからファドも哀しいのでしょう。
ファドは私たちの人生。
遠いところへ新しい世界を発見するために、海へ行った人たちの人生なのです。
彼らは家族から離れ、愛から離れ、そして哀しさに懊悩する。
それがファドになった。
だからファドは哀しいのです。」
とアマリアロドリゲスは答えていた。
私がファドを知ったのは、ある方との出会いからだった。
20年程前にその方と知り合った。
戦時中はインパール作戦等を経験した方で、その方は通信が主な任務だった。
戦後は商船会社に勤務して、人生の1/3は海外と海上で生活していた方だ。
ある時そのお宅に伺うと、スコッチを片手に一人ソファーに座りfadoを聞いていたのだ。
あまりにも哀愁を帯びた歌が印象的だった。
その方は私に、海外の話、政治経済の話、戦時中の話など数々語ってくれた。
自分自身を支えてくれた心の糧として、
今はもう思い出としてしかないのがまさに哀しいが、やはりこれも運命なのだろう...。