LOHASな感じ!

日頃、仕事やプライベートで感じた事をLOHASな感覚で書いています。

価格支配力:資源メジャー

2010-04-24 | 地政学的備忘録
今朝の日経新聞に、鉄鋼原料で3割の世界シェアを握る資源メジャーの記事が載っていた。
ちなみに、ブラジルのヴァーレ・英豪のリオティント・豪英ビリトンの3社が資源メジャーと言われている。

20年以上鉄鋼石と鉄鋼のチャンピョン企業として鉄鋼石価格を決めてきたヴァーレと新日鉄。
いきなりヴァーレが変貌した。
日本向け鉄鋼石価格を2009年度比98%の値上を通告してきたのだ。
世界経済の成長には鋼鉄価格の安定が不可欠という理念が両者とも共有しており、価格の安定は互いにメリットをもたらすのもであった。
しかしここにきて両者の均衡が崩れたのだ。
そう、中国など新興国の「爆食」により、鉄鋼石が売手市場に変わってしまったのだ。

今後、鉄鋼石は09年度の5倍以上の価格をつけると予想する企業もある。
さすがに中国も今後の情勢を鑑み政府が介入してくる事態だ。
資源メジャーの大幅値上や寡占に関して、中国も警戒感を強めているようだ。

しかし、資源のない国、日本。
原油にしても鉄鋼石にしても、爆食する新興国と価格支配力を増すメジャーとの関係はそう簡単には崩せようにない。
国内で小競り合いをやっている時ではないのは確かだ...。

寿司職人の手

2010-04-21 | 男の料理
そうか、手の温度が関係していたのか!

NHKアインシュタインの目で、「寿司職人」を取り上げていた。
特殊カメラで撮影したその握り寿司は、扇型をし、外側のシャリだけが程よく固まり内部はシャリとシャリの空間が絶妙にある。
寿司の握り方では確かによくそのように言われるが、映像で断面部分まで見てみるとやはり職人技としか言いようがない。
同じネタを使っても、握り方ひとつで味は大きく変わるという。
ネタとシャリの一体感。
うーん、これが難しいのだ。

ところで、寿司職人の掌の温度は、一般人よりもかなり低いとの事。
ネタが温まらないので、手は冷たいほうが当然良いのだ。
全ての寿司職人の手がそうかどうかは定かではないが、
出演した職人は、
「寿司職人は皆、手のひらが冷たいものだと思っている」と表現していたので、恐らくそうなのだろう。
ただ不思議なのは、常時手が冷たい訳ではないというのだ。
実際に寿司を握っている時と団欒している時とでは全く違うのだ。
寿司を握る時だけ冷たくなるのだ。
そんな事があって良いのかと思いつつ、TVでは疑問を解き明かそうとする。
通常、自立神経をコントロールすることはできないが、長年の修行の中で自然と体が反応するようになるそうだ。
ここまで到達するには、小生まだまだ修行が足りないようだ。

職人の手、正に神業なり。




カーネーション : 常陸太田市 

2010-04-20 | lohas的情景
常陸太田市ではハウス花き栽培が盛んだ。
先日、常陸太田市内のカーネーション栽培農家を訪れた。



昨年と比較して、日照の関係から一週間ほど生育が遅れているそうだ。
暖房設備が整っているハウス農家なので、
「暖房温度を上げれば成長が早いのではないか?」と質問した所、
「暖房による開花時期の調整はできなくもないが、日射に頼らない生育方法は花の持ち具合が違う」との返答。



「毎年直接買い求めに来ていただくお客様に、最良の状態でお渡ししたい。」
という思いから、
必要以上の暖房温度は上げたくないとの事だった。
一人ひとりの生産者の方が思いを込めて栽培しているのだ。



切花にしても鉢植物にしても、生産者が分かるというのは愛着が湧く。
そう、昨年ハウス農家から購入したシクラメン(今では花はもうほとんど無いが)、
手入れするたびに購入時の生産者の様子を思い出す。

今年の母の日は5月9日(日)!

ちなみに、カーネーションは常陸太田国道349号沿いの
川崎農園や平和台園芸で直接購入することができる。




2010.4.17 雪

2010-04-17 | その他
この季節にしては雪はめずらしい。
1967年・69年にも4月17日に雪が降り、史上最も遅い降雪記録に並んだそうだ。
昨夜、千鳥足で帰宅した時には確か小雨が降っていたと記憶しているので、
おそらく深夜雪に変わったのだろう。
やはり寒冷化が本流なのかとも感じてしまう今日この頃だ。

時の流れと共に変革する。老舗であっても時代変化には敏感でなくてはならない。
恐らくそこに胡座をかくものは、いつの間にか消え失せていってしまうのだろう。
しかし、変えるというのは難しい。
たとえ大鉈を振るったとしても器だけが変わったのでは何ら意味がない。
根底に流れる思い。
その思いが一つになり進んでいれば、時代の激流に呑み込まれ、自らを見失うことはないのだろう。
また、新たな発見もできるのだろう。

先日、ある方より封書をいただいた。
内容は菜根譚や荀子等の名言を抜粋したものだった。
「人の小過を責めず、人の陰子を発かず
 人の旧悪を念わず」
つまり、思いやる心だ。
時代とともに人間関係が希薄になったと言われるのは、正に相手を思いやる心が薄れたからだろう。
常に相手を思いやる気持ちを持ち進むと、いつの間にかそれが波動となって大きな力となる。
時代が変わっても、人への思いは変わらずに大切にしたい...。
ありがとうございました。








湖畔の桜

2010-04-11 | lohas的情景
久しぶりに千波湖までサイクリング。
思った以上に、湖畔道路は車でいっぱいだ。
湖畔沿いに満開に咲くのソメイソシノは、この時期千波湖を最大限に盛り上げている。
車窓からでも十分に楽しめるが、やはり湖畔の風を受けてぐるり一周するのが良い。




湖畔沿いのシダレザクラ、ソメイヨシノとヤナギ、そして青空...。


嵐山吉兆 「春の食卓」

2010-04-08 | 男の料理
勿論、嵐山吉兆に行ったことはない。
正式には京都吉兆嵐山本店と言うらしいが。
いつかはこのような所で感動を味わいたいと思うが当分先の事になりそうだ。

嵐山吉兆総料理長、徳岡邦夫の著書「春の食卓」を手にした。
お世話になったある方の記念に拙宅で食事を振舞おうとしての事だ。
著書の中で総料理長は、料理についてこう語っている。
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料理は「愛する人のために」つくるものだ。
美味しく食べるために何をしたら良いのか。
その日の気持ちや健康状態によって、献立や味付けも変えていく。
どんな料理でも味の決めはないと思っている。常に適応させていく。

また、料理の手順は実にお茶のお点前と同じだと思っている。
複雑に見える点前の手順には無駄な動きはない。
お席のお客様に自分の気持ちを伝えるための究極の手順。
これを愛の証だと感じている。
料理の手順も、食材を最高に生かして食べるための愛の作法なのだ。

味には幅がある。それをきちんと意識することが肝要だ。
そして食材を大切にし、そのために手順という技術を身につける事。

料理って愛そのものだと思う。
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そうだよなぁ、感動する料理には必ず愛が込められていると小生も感じる。
完全なレシピ通りの料理が美味いわけではない。
仮にレシピ通りであっても、作り手が愛する人のために、
どうやったら美味しくできるのか?などと常に疑問を抱きながら料理をするか否かによって
受けて側も自然と反応が変わってくる気がする。
別に美味しいことを褒められるために料理をするのではない。
無償の愛であって構わないのだ。
勿論、小生のような素人と本格的料理人では明らかに技術や経験の差はある。
でも、愛する人のためにと思う気持ちは決して引けを取らないだろう。

もっともっと追求していきたい。
愛する人のために...。







ひまわり 【宮本文昭】

2010-04-06 | 音楽の調べ?
夕食後MJQを聞いていた。
家内がもっと軽い感じの曲にしてと言うので、Take the A Trainを聞き終えたところで
CDを宮本文昭のアルバム「リラクシングベスト」に交換した。

久々に全曲通して聞いてみた。
小生、全曲落ち着いて聴くという事があまりない。
しかし、今日は多少なりとも疲れていたのか、音楽に癒されるとはこのような事かと漠然と感じつつ聞き入っていた。

宮本文昭は今さら言うまでもないが、オーボエ奏者としてあまりにも有名だ。
演奏も勿論良いのだが、ジャンルも幅広い事から、小生のようなクラシック不器用でも
十分感動する事ができる。
しかし、そんな宮本文昭も3年前に引退してしまった。
現在、指揮者や指導者として活躍しているらしいが残念だ。

アルバム曲全てが良いが、中でも「ひまわり」はいつ聞いても本当に良い。
いつまでも余韻が残っている。
それは決してメロディの美しさだけではない。
オーボエの醸し出す音が絶妙な感動を与えてくれるのだ。
いつまでも聞いていたいと思ってしまう程だ。

以前ある方から頂いたブランデーを傾けながら...。






オコゼ 5品

2010-04-04 | 男の料理
五木寛之の「大河の一滴」でも読もうかと手にしたが、
様々な事が交錯し、どうも気分が乗らない。
こんな日は小生、料理に限る。

今日手にしたのはオコゼ。
オコゼの薄作りに挑戦してみようと手にしたオコゼだが、果たして刺身でいけるかどうか暫く悩んでいた。
から揚げは普段作っているのでなんら問題はないが、薄作りや肝和えはさすがにこの様相、抵抗がある。

まずは、部位ごとに切り分け、身を3枚卸に。




なんとかこのような状態に。
オレンジ色の肝、白身、グロテクスな顔、カマ・ヒレ、皮、とこんな感じだ。

肝は、さすがに生では抵抗があった。
そこで肝煮にする事にした。
醤油・味醂・酒で暫く煮込む。


次に、オコゼの皮が美味との事だったので、湯引きポン酢和えに。

恐る恐る味見を...。
うーん、食感はいいなぁ。しかし、表面のブツブツ感が気になる。
そこで、表面の凹凸を極力とり再度湯引きしてみた。
金糸生姜をあえて見たが、少し揚げすぎたようだ。

オコゼの味噌汁はこんな感じに。


そして、肝心の薄作りへと調理は進む。
ダイコンのケンを中央に添え、オコゼを盛り付ける。
ポン酢も用意した。


さて、オコゼ5品の味は?
薄作りは食感も良く、ポン酢にとても良く合う。
あのグロテスクな様相からは信じらないほど繊細な味だ。
皮湯引きは、独特の食感が口の中に残り、つまみとしてはすこぶる良いが、
あまり多くを食べるものではないような気がする。
肝煮は比較的淡白なコク?があり、まずまずな出来だ。
オコゼのから揚げは、今回下味をつけてみた。
醤油と味醂で下味を暫くつけ、その後水分をふき取り小麦粉につけから揚げにする。
うーん、さすがに安心して食べられる。
下味をつけたせいか、甘みが程よく効いていて食べやすい。
味噌汁はアラで出しを取った。
この深み、何とも言えない。

工程ごとに写真を撮ってみたが、カメラが生臭いには気のせいか...?