LOHASな感じ!

日頃、仕事やプライベートで感じた事をLOHASな感覚で書いています。

エクストリームアイロニング

2008-10-27 | lohas的情景
本当にこんなスポーツがあるのだろうか?と思いネット検索をした。
うーん、やはり存在するようだ。

山ケイの記事に「エクストリームアイロニング」を極める男と見出しが載っていた。

山の頂上で、岩壁をよじりながら、ダイビングをしながら、
シャッツにアイロンをかける。
そんなスポーツをエクストリームアイロニングというそうだ。

10年程前にイギリスで発祥し、極限的な自然環境の中でアイロン掛けをするスポーツ?なんやら世界大会もあるらしい。

ちなみに筑波山がオフィシャルマウンテンになっており、山ケイには、その筑波山の頂上でアイロン台を用いアイロン掛けをしている写真が掲載されていた。

様々な価値観があるという事は理解しているつもりだが、なかなかその境地には入り込むことが出来ないでいる。

「どんな極限状態においても、アイロンを手にして目をつぶれば、そこにリビングルームが広がり、心が落ち着き平常心が保てます。
しわを伸ばす事による癒し効果もあります。
山の頂上でアイロン掛けをすれば、登頂の達成感に加え、アイロン掛けでの達成感も加わって、より大きな感動を得られます。」とあった。

アイロン用の電源は気になる所だが、熟達者になると、電気は無くてもアイロン掛けはできるそうだ...。


孤高のクライマー

2008-10-26 | lohas的情景
何がここまでさせるのか?
信じられない。

孤高のクライマー、山野井夫妻。
先日のNHKスペシャル再放送番組「白夜の大岩壁に挑む」で、山野井夫妻の存在を初めて知った。

中国とネパールの国境にある難峰ギャチュンカンでの壮絶な出来事。
二人は8,000m級の氷壁の登頂後、下山途中の7200m付近でビバークした時に雪崩に襲われる。
妻、妙子が50mほど落下し、7mmのロープで中刷りになった。
数々の修羅場を潜り抜けていても、その時はさすがに「今度こそ死ぬ」と感じたそうだ。

夫、泰史は落下はしなかったものの、雪崩で視力を失ってしまっていた。
妻を助けに行くにも、ハーケンを打つ場所が見えないのだ。
そこで泰史は一つの決断をする。
極寒の中、手袋を脱ぎ、素手で岩の割れ目を擦るようしてハーケンを打つ場所を探していったのだ。
その時、「比較的使わない指はどれだろう」と考え、左手の小指、次に右手の小指、次に左手の中指という順に次々と指を当てていった。
妙子の所にたどり着くのに4時間。
二人は奇跡的な生還をした。
しかし、重度の凍傷により、泰史は両手の指を合わせて5本失う。
さらに妙子は、両足手合わせて18本の指を失った。

そんな経験やハンデを背負いながらも、前人未到のグリーンランドの大岩壁に二人は挑んだのだ。

自分にはロッククライミングの経験は無いが、その情景はヒシヒシと伝わってくる。
ここで多くの事は語らないが、人それぞれの持つ価値観は多種多様であり、人はそれを非常に大切にして生きている。
改めて感じさせられた。

物事を成し遂げる強いモチベーションの必要性を山野井泰史は発言しているが、
やはりそうなのかも知れない。

そんな事をTV視聴後、
「白夜の大岩壁に挑む」クライマー山野井夫妻 NHK出版
を手にし感じていた...。


弁当箱

2008-10-25 | 男の料理
昨夜は、美の壺で弁当箱を取り上げていた。
なるほど、ここまで来ると弁当箱も工芸品の域に入ってくるのかぁ、という作品も数多く、美に対する視点をまじまじと感じさせられていた。

小生、普段は日中外食ばかりだが、ごく稀に弁当を持参する場合がある。
年に3~4回といった所か。
但し、小生の弁当を作る事を目的としているのではない、という事は言うまでもない。
余りものの最大限活用といった視点からのみだ。
しかも、ついでに作っているといったのが現状のようだ...。

まあ、このような家庭内事情は別としても、弁当は良い。
程よいつめ具合のご飯におかず類。
多少ぬくもりも残り、なぜかホッとできる瞬間だ。

しかし、弁当は良いと言いながらも、年に数回というのはいかがなものか。
もう少しアプローチしてみるか?




前川國男邸

2008-10-22 | 建築と文化
SUNDAY日経 美の美で前川國男自邸を取り上げていた。
コルビュジェに師事し、日本にモダニズム建築をもたらした。
前川國男自邸は、戦時下の資材統制の中でさえモダニズムを継承し見事実現する。

記事にはこう記されてあった。
「前川は柱と切妻屋根で伊勢神宮の壮麗さや民家の暖かみを意識しつつ、
コルビュジェが提唱したピロティなどの軽やかでシャープな印象を強調した。」

なるほど外部中央の柱や、煌々と室内に入り込む光はとても印象的だ。
室内に居ながら建物そのものの躍動感さえ感じさせる。
木造建築のためコルビュジェの近代建築5原則という訳には行かないが、
どことなくコルビュジェを彷彿させるような建築になっている。

藤森照信は、前川國男、板倉準三、レーモンドらの残した木造建築群を「木造モダニズム」と命名している。

路地の記憶

2008-10-19 | lohas的情景
「路地の英雄」

人生豊かな路地裏にも不良少年は誕生する
産湯をひっくり返して母の乳房に噛みつき
父の脛をかじり尽くし
そして ある日 プイと
松田優作の声色で
捨て台詞をのこしてでていった
だれも追わなかった
バンザイと叫んだ
一年過ぎて
人のうわさはあいつのことばかり
本当はいい奴で
ロマンチストで
ここが少々
奴には狭すぎたんだね
  と話し合った
懐かしがった
ある日 不良少年はスターになった
ぼくの故郷は路地裏でと
奴がテレビで話すと
みんな大喝采したのだ
いい奴だなあって
不良は味があるねえって

 ~「路地裏の記憶」 阿久 悠詞 佐藤秀明写真・エッセイ
  小学館より

うーん、こんな奴って本当にいるんだよね。
路地の写真ばかりが掲載されている所々に、阿久悠の詞が添えられていた。
なぜか懐かしい記憶が蘇ってきた...。

そう言えば、偶然といえば偶然なのだけれども、先日の朝日新聞be on Saturday 歌の旅人で阿久悠が取り上げられていた。
それで阿久悠が淡路島出身と知ったのだけれど、淡路島を意識した歌は一つもなかったらしい。
故郷礼賛をしなかった阿久悠が残した詞、今となっては絶筆となってしまった詞、なぜか新聞記事とラップしながら思いをはせた。

「路地の記憶」では、佐藤秀明の撮影した淡路島の写真が数点掲載されている。





オール電化に変えますか? ~日経プラス1

2008-10-18 | 建築と文化
日経プラス1にオール電化の記事が掲載されていた。
現在、全体の約10%がオール電化住宅となっている。
エコキュートの登場と共にあっという間にシェアを拡大してきた。
今さらオール電化という言葉を知らない方は恐らくいないのではないか、と思えるぐらい浸透してきた。

これからますますオール電化の波は押し寄せるだろう。

光熱費、安全性などガスより圧倒的な優位性を持つ。
ただし、記事ではオール電化のデメリットも述べている。
・貯湯式のため、大勢の来客時にお湯が足りなくなることがある
・使える調理器具が限定される。
・子供に火の怖さを教えられない
・床暖房の微妙な温度調節が難しい。

これらの問題も、火の怖さを教えられないという項目は別としても、かなり改善されているのだ。

記事下には「ガスもサービス強化」とあった。
熱効率を高めた給湯器エコジョーズ・ガス発電機能をつけたエコウィル。
いずれもエコキュートと同じように統一ブランドで展開している。
点検・修理が長期的に無償で受けられるケースも設けられてきた。

うーん、どちらにするかは、もちろん消費者が決める事だ。
オール電化の初期費用は100万円前後なり。


地形図と方位磁針

2008-10-17 | lohas的情景
地形図を用意したら無くてはならない物がある。
そう、方位磁針だ。

方位磁針のNの指す方向は、当然「北」だろう。
と認識していたが、なんと!実は磁気偏角といって微妙に異なるそうだ。
知らなかった!

地図上の「北」は北極星の方向を北としているが、地磁気の関係で方位磁針の指すN極は関東付近で7度西よりになっているそうだ。
そのため、地形図と方位磁針を照らし合わせるには角度修正が必要になってくるのだ。
確かに、地形図の右下に西偏約7度と書いてあるではないか。

偏角をその場で修正する事も可能だが、わずらわしさを解消するために、前もって地形図に磁気偏角に合わせラインを引いておくのが通らしい。
そうすれば、地形図上の偏角ラインに方位磁針N極を合わせるだけで正確な角度が出るわけだ。
なるほど...。

さっそく地形図に偏角ラインを加えたのは言うまでもないが、
うーん、この地形図、実際に使うのはいつの事になるのやら...。


箱の家

2008-10-16 | 建築と文化
いわき事務所に行くとデスクの上に新日軽の小冊子が置いてあった。
難波和彦の「箱の家」の特集記事が掲載されていた。
最近発刊された「建築家は住宅で何を考えているのか」PHP新書
の中でも取り上げられていたので、基礎知識としては持っていたつもりだ。

箱の家は、「家とはいったい何なんだろう」と改めて考えさせられてしまうほど斬新的な家だ。
1995年竣工の箱の家1から進化を続け、現在130棟を超えるという。
外観も一度見たら誰でも記憶に残るようなデザインだが、それ以上に内部の間取りに驚かされる。
小冊子の中で難波和彦は、一室空間と箱の家との関係についてこのように発言している。

「昔の住まいもある意味では一室空間で、生活に暗黙のルールがあった。
それが崩れて、家族の新しいルールができる前に、住宅の中身を固めてしまっていた。
それを無に戻して、お互いに話し合うという家族のあり方を提案したのが箱の家である。」


難波和彦は、箱の家をデザイン・工法の標準化から多様化へと進み、現在ではサスティナブル化を課題として取り組む。

そして、建築の4層構造との調整を解いているのだ。
「すべての建築が、4つの層を備えている。4層はそれぞれ独立しているが、何らかの関係で結びついている。
ある層を変化させると、必ず他の層も変化する。しかし、その変化は一義的ではない。
デザインはどの層からスタートしてもかまわないが、必ずすべての層をチェックしなければならない。4層を調整して、一定の関係に結び付けることが建築のデザインである。」と。

建築の4層構造とは、
第1層・・物理的なもの・・・・・・・・・・・材料・構造
第2層・・エネルギーの制御装置・・・環境・エネルギー
第3層・・社会的な機能を持つ・・・・・用途
第4層・・記号としての意味を持つ・・形態・空間

ここで興味深いのは、過去建築がたどってきた経緯をそれぞれの層との関係を次のように述べている点だ。

機能主義は第3層を優先、技術主義は第1層を優先するデザイン。
モダニズムは、機能主義と技術主義を組み合わせたデザイン。
これに対するポストモダニズムが、第4層を優先したデザイン。
そして最近よく耳にするサスティナブル主義は、第2層を最優先している。
しかし、難波和彦は、ここで本来のサスティナブルデザインは、4層すべてに関わるはずであると述べ、建築を4つの層の重なりとしてとらえる提案をしているのだ。

これからも、「箱の家」は、さらなる展開を見せるに違いない...。










憧れのDE ROSA

2008-10-15 | その他
まさか、こんな所で出会うとは...。

あるお客様宅の玄関先の廊下にDe Rosaが専用スタンドの上に載せられていた。
スポーク、ギヤに至るまで手入れは完璧だ。
De Rosa(デ・ローザ)は、イタリアの名車なのだ。

その昔、小生が自転車小僧だった頃、まさに憧れていたものだ。
当時、サイクルスポーツ誌に必ずと言っていいほどロードレーサーDe Rosaが掲載されていた。
とてもとても学生身分の自分には手が出ない代物だった。
勿論、今でも高価なのは言うまでもない。
あのロゴを見た瞬間、自転車小僧だった頃を強烈に思い出した。

風を感じて走るというより、原付バイクを追い越したりとやたら無謀な走り方もしていた。
そんな思い出のある自転車も、社会人になって暫くしてから実家の親に処分されていた。

今は気の向いた時にMTBに乗ってはいるが、やはりロードレーサーには憧れる。
千波湖畔をロードレーサーで颯爽と走っている人を見ると、いいなぁとつくづく感じる。

このDe Rosaの持ち主も、同じような思いで手にしたのかも知れない。
そんな事を感じながら現場を後にした。








地形図

2008-10-11 | lohas的情景
行きつけの本屋に頼んでおいた1/25000の地形図が届いたと連絡があり、早速引き取りに行った。
自宅でガサゴソと慣れない手つきで地図を広げる。
何も、明日・明後日に山に出かけるという分けではない。
セッカチな性格は相変わらずで、地図を開きながら登山気分に浸る。
もう既に、その中で登山をしている自分をイメージしているのだ。

実は、数週間前より北アルプスの登山DVDを見たり、「山と渓谷」「岳人」、そして地形図に関する著書を読んだりとセッセと基礎を作っていた。

瞬間的に熱くなる自分には家内の目は冷ややかだ。
また何が始まるんだろうという疑念を抱きながらこちらを見ているではないか...。

ところで小生、残念ながら「登山」と言えるような登山の経験はない。
せいぜい筑波山にゼイゼイ言いながら登って行き、下りは足ガガタガタになって降りてきた、そんな経験だけだ。

今さらなぜに目覚めたのか?
それはこの投稿写真が物語る。
今年の夏、とある所に行ったときのワンショットだ。
その時は確かに歩いた。しかし、やはりあの頂きを征服しなくては...。
あの頂きを征服したい。
そんな欲求に駆られてからの事だった。

これからどんな波乱が待っているのか。
まずは乞うご期待!