蜻蛉日記 上巻 (50)の3 2015.7.11
「少し引き出でて牛かくるほどに見通せば、ありつる所にかへりて、見おこせて、つくづくとあるを見つつ引き出づれば、心にもあらでかへりみのみぞせらるるかし。さて、昼つかた、文あり。なにくれと書きて、
<限りかとおもひつつ来しほどよりもなかなかなるはわびしかりけり>
◆◆乗車のために建物につけた車を、中門の外に引き出して、轅(ながえ)を牛に付けている間、その中門越しに遠く見ていますと、あの人は元のところに帰って、こちらをご覧になってしょんぼりなさっている様子です。その様子を見ながら車を引き出して進めていきますと、無意識のうちに自然とあの人のいる邸の方ばかり振り返っているのでした。さて、昼のころ、手紙を寄こされて、そこに何やかやと書かれていましたが、
(兼家の歌)「最後かと思ってわが家に戻ってきたときよりも、なまじ昨日逢って今日別れることの方が余程辛いことだ」◆◆
「返りごと、『なほいと苦しげにおぼしたりつれば、今もいとおぼつかなくなん。なかなかは、
<われもさぞのどけきとこのうらならでかへる波路はあやしかりけり>』
さてなほ苦しげなれど、念じて、二三日のほどに見えたり。やうやう例のやうになりもてゆけば、例のほどにかよふ。」
◆◆お返事に、「まだたいへん苦しそうでいらっしゃったので、今も心配でなりません。なまじ昨日逢って今日別れることの方が余程辛いのは、
(道綱母の歌)「私も同じで、そちらでゆっくり出来ずに帰る道すがら、不思議なほど切ない思いがいたしました」
そうしているうちに、まだ病後が辛そうながら、我慢して、二、三日して見えました。段々にいつものようになって、こちらに訪れる日も例のような間隔で来られるのでした。◆◆
■例のほどにかよふ=いつものような間隔を置いて。三日に一度位か。作者は「三十日三十夜はわがもとに」と願っていた。美貌と歌才に優れた作者は勝気で気位が高く、兼家を独占したかったが、好色で浮気な夫を終生、引き寄せることが出来なかった。一つには子供が一人だけで、子沢山の時姫に及ばなかった。
「少し引き出でて牛かくるほどに見通せば、ありつる所にかへりて、見おこせて、つくづくとあるを見つつ引き出づれば、心にもあらでかへりみのみぞせらるるかし。さて、昼つかた、文あり。なにくれと書きて、
<限りかとおもひつつ来しほどよりもなかなかなるはわびしかりけり>
◆◆乗車のために建物につけた車を、中門の外に引き出して、轅(ながえ)を牛に付けている間、その中門越しに遠く見ていますと、あの人は元のところに帰って、こちらをご覧になってしょんぼりなさっている様子です。その様子を見ながら車を引き出して進めていきますと、無意識のうちに自然とあの人のいる邸の方ばかり振り返っているのでした。さて、昼のころ、手紙を寄こされて、そこに何やかやと書かれていましたが、
(兼家の歌)「最後かと思ってわが家に戻ってきたときよりも、なまじ昨日逢って今日別れることの方が余程辛いことだ」◆◆
「返りごと、『なほいと苦しげにおぼしたりつれば、今もいとおぼつかなくなん。なかなかは、
<われもさぞのどけきとこのうらならでかへる波路はあやしかりけり>』
さてなほ苦しげなれど、念じて、二三日のほどに見えたり。やうやう例のやうになりもてゆけば、例のほどにかよふ。」
◆◆お返事に、「まだたいへん苦しそうでいらっしゃったので、今も心配でなりません。なまじ昨日逢って今日別れることの方が余程辛いのは、
(道綱母の歌)「私も同じで、そちらでゆっくり出来ずに帰る道すがら、不思議なほど切ない思いがいたしました」
そうしているうちに、まだ病後が辛そうながら、我慢して、二、三日して見えました。段々にいつものようになって、こちらに訪れる日も例のような間隔で来られるのでした。◆◆
■例のほどにかよふ=いつものような間隔を置いて。三日に一度位か。作者は「三十日三十夜はわがもとに」と願っていた。美貌と歌才に優れた作者は勝気で気位が高く、兼家を独占したかったが、好色で浮気な夫を終生、引き寄せることが出来なかった。一つには子供が一人だけで、子沢山の時姫に及ばなかった。