蜻蛉日記 上巻 (57) 2015.7.29
康保四年(967年)
兼家:三十九歳
作者:三十一歳
道綱:十三歳
「三月つごもりがたに、かりの卵の見ゆるを、『これ十づつ重ぬるわざを、いかでせん』とて、手まさぐりに、生絹の糸を長う結びて、一つ結びては結ひ、一つ結びては結ひしてひき立てたれば、いとよう重なりたり。」
◆◆三月の末ごろのこと、かりの卵を見つけたので、「これを十ずつ重ねることを何とか工夫したい」と、手なぐさみに、生絹の糸を長く結んでは卵を一つ結びつけ、また次の一個を結びつけて、十個結びつけて立ててみると良い具合につながりました。◆◆
「『なほあるよりは』とて、九条殿の女御殿の御方にたてまつる。卯の花にぞつけたる。なにごともなく、ただ例の御文にて、はしに、『この十重なりたるは、かうても侍りぬべかりけり』とのみきこえたる御かへり、
<数しらずおもふ心にくらぶれば十かさぬるもものとやは見る>
とあれば、御かへり、
<思ふほど知らではかひやあらざらんかへすがへすも数をこそ見め>
それより五の宮になんたてまつれ給ふと聞く。」
◆◆「そのまま手元に置いておくよりは」と、九条殿の御方(兼家の御妹)に差し上げます。卯の花を添えて、歌は詠まず、御文の端に、「この十個積み重ねた卵は、このようにでもいられるのでした。(あなたが思ってくださらなくても、私はあなたを思っております。諧謔的な巧みな表現)」とだけ申し上げますと、そのお返事に、
(怤子の歌)「あなたを思う私の心に比べれば、十重ねくらい、ものの数ではありませんよ」
とありました。そこで私からは、
(道綱母の歌)「女御さまが、どのくらい私を思ってくださるのか、是非あなたの思いの数を知りたいものです」
その後、その卵を五の宮さまに差し上げなさったとのことでした。◆◆
■かりの卵(かりのこ)=雁、鴨、軽鴨などの卵など諸説あり不明。十ずつ重ねるのは至難の業で、きわめて難しい比喩であるが、ここではそれを試みようとする。
■生絹の糸(すずしのいと)=生糸で織ったままで、練っていない絹布、ここではその生糸のこと。
■九条殿の女御殿の御方=藤原師輔女(むすめ)怤子(ふし)、冷泉帝の女御となる。兼家の異母妹。
■五の宮=村上天皇の第五皇子、後の円融天皇。
康保四年(967年)
兼家:三十九歳
作者:三十一歳
道綱:十三歳
「三月つごもりがたに、かりの卵の見ゆるを、『これ十づつ重ぬるわざを、いかでせん』とて、手まさぐりに、生絹の糸を長う結びて、一つ結びては結ひ、一つ結びては結ひしてひき立てたれば、いとよう重なりたり。」
◆◆三月の末ごろのこと、かりの卵を見つけたので、「これを十ずつ重ねることを何とか工夫したい」と、手なぐさみに、生絹の糸を長く結んでは卵を一つ結びつけ、また次の一個を結びつけて、十個結びつけて立ててみると良い具合につながりました。◆◆
「『なほあるよりは』とて、九条殿の女御殿の御方にたてまつる。卯の花にぞつけたる。なにごともなく、ただ例の御文にて、はしに、『この十重なりたるは、かうても侍りぬべかりけり』とのみきこえたる御かへり、
<数しらずおもふ心にくらぶれば十かさぬるもものとやは見る>
とあれば、御かへり、
<思ふほど知らではかひやあらざらんかへすがへすも数をこそ見め>
それより五の宮になんたてまつれ給ふと聞く。」
◆◆「そのまま手元に置いておくよりは」と、九条殿の御方(兼家の御妹)に差し上げます。卯の花を添えて、歌は詠まず、御文の端に、「この十個積み重ねた卵は、このようにでもいられるのでした。(あなたが思ってくださらなくても、私はあなたを思っております。諧謔的な巧みな表現)」とだけ申し上げますと、そのお返事に、
(怤子の歌)「あなたを思う私の心に比べれば、十重ねくらい、ものの数ではありませんよ」
とありました。そこで私からは、
(道綱母の歌)「女御さまが、どのくらい私を思ってくださるのか、是非あなたの思いの数を知りたいものです」
その後、その卵を五の宮さまに差し上げなさったとのことでした。◆◆
■かりの卵(かりのこ)=雁、鴨、軽鴨などの卵など諸説あり不明。十ずつ重ねるのは至難の業で、きわめて難しい比喩であるが、ここではそれを試みようとする。
■生絹の糸(すずしのいと)=生糸で織ったままで、練っていない絹布、ここではその生糸のこと。
■九条殿の女御殿の御方=藤原師輔女(むすめ)怤子(ふし)、冷泉帝の女御となる。兼家の異母妹。
■五の宮=村上天皇の第五皇子、後の円融天皇。