永子の窓

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蜻蛉日記を読んできて(147)その8

2016年11月07日 | Weblog
蜻蛉日記  下巻 (147)その8 2016.11.7


「見て、『あはれ、いとらうたげなめり。誰が子ぞ、なほ言へ、言へ』とあれば、恥なかめるを、さはれ、あらはしてむと思ひて、『さは、らうたしと見給まふや、きこえてん』と言へば、まして責めらる。」

◆◆あの人が見て、「ああ、ほんとうに可愛らしいね。いったい誰の子か。言いなさい、言いなさい」と言うので、この子の素性を話しても恥にはならないだろうと、それでははっきりと打ち明けてしまおうと、「では、この子をいとおしいとお思いですか。それでは申し上げましょう」と言うと、ますます責められる。◆◆


「『あなかしがまし、御子ぞかし』と言ふにおどろきて、『いかにいかに、いづれぞ』とあれど、とみに言はねば、『もしささの所にありと聞きしか』とあれば、『さなめり』とものするに、『いといみじきことかな。今ははふれ失せにけんとこそ見しか。かうなるまで見ざりけることよ』とてうち泣かれぬ。」

◆◆私が、「まあうるさこと、あなたの御子さんですよ」と言うのにびっくりして、「なに、何だって。どちらのだ」と言うけれど、わたしがすぐには答えないでいると、「もしかしたら、これこれのところに生まれたと聞いたその子か」と言うので、「そのとおりです」と言いますと、「ああ、なんと意外なことか。今は落ちぶれてどこに居るのか分らなくなってしまっていると思っていたのに。こんなに大きくなるまで見なかったことよ」と言って、思わず涙を落としました。◆◆



「この子もいかに思ふにかあらん、うちうつぶして泣きゐたり。みる人もあはれに、昔物語のやうなれば、みな泣きぬ。単衣の袖あまたたび引きいでつつ泣かるれば、『いとうちつけにも、ありきには今は来じとするところに、かくていましたること。我ゐていなん』などたはぶれ言ひつつ、夜ふくるまで泣きみ笑ひみして、みな寝ぬ。」

◆◆この子もどう思ったのでしょう。打つ臥して泣いていました。側の侍女たちも胸打たれて、全く昔物語のような話にみな泣いてしまったのでした。私も単衣の袖を引っ張り出しては泣けていると、あの人は、「まったく寝耳に水で、こちらにはもう来るまいと思っているところに、こんな可愛い子が来られたとは。私が連れて行こう」などと、冗談を言いつつ、夜が更けるまで泣いたり笑ったりして、みな寝ました。◆◆



「つとめて、帰らんとして呼び出だして、見て、いとらうたがりけり。『今ゐていなん、車よせばふと乗れよ』とうち笑ひて出でられぬ。それよりのち、文などあるには、かならず、『小さき人はいかにぞ』など、しばしばあり。」

◆◆翌朝、あの人が帰ろうとして、あの子を呼んで、見ては、かわいがっていました。「そのうちに連れて行こう。車を寄せたら、さっとお乗りなさい」と笑いながら行って出て行かれました。それから後は、お手紙などあるときは決まって、「あの小さい人はどうしているかね」などと、しばしば書いて寄こしていました。◆◆