言い訳がましくて、患者本人の口から言うのも気が引けますが、“臭いもの身知らず” という諺がアルコール依存症という病の特徴を表現するのにピッタリではないかと思っています。“自分の悪臭に当の本人は気付かないもの。臭い同士がかぎあっても臭くはない”、言葉通りの意味です。
自助会AAでの体験談にこんな話がありました。深酒して帰宅した長男が使ったばかりのトイレ個室のクサイ話です。素面のご当人が替わって入ったときのこと、その第一印象は「わぁ~、クサッ」だったというのです。個室の悪臭は酔っ払いの放つ独特の酒臭さで、かつて自身が放った酒臭さもこんな酷いものだったのか、と思い知らされたそうです。そういえば、飲み続けて風呂にも入らず、パート先での仕事中に「クサッ」と言われたことも再三あった、と体験談は続きました。
その話を聞き、私にも思い当たる節がありました。50歳代後半のこと、休日を利用して東京から親友Yが訪ねてきたときのことです。行きつけの立飲み屋 “大安” で、二人とも懐かしさについ深酒してしまいました。帰り道で信号待ちしているとき、Yが急にトイレを捜しに行きました。その時はまだ、私の方は尿意を全く感じていなかったのです。ところが、待っている間に突然催して、立ったまま尿失禁をしてしまいました。立ったまま・・・です。着ていた半ズボンはビショビショです。そのまま何食わぬ顔をして二人でトマト・ラーメンを食べに行き、そのまま何食わぬ顔をして電車に乗って帰ったのです。
Yも大分酔っていたので、気が付いていたのかは分かりません。ラーメンを啜っていたときの彼の顔は普段と何ら変わりませんでした。ただ、電車内で乗り合わせた周りの客はどう思ったのでしょう? 多少不快で迷惑そうな素振りはあっても、私から露骨に遠ざかる人はいなかったように思います。そういう記憶も実は定かではありませんが・・・。私自身はどこ吹く風と、自分の放つ悪臭など全く感じていませんでした。
後になってこのことを思い出し、他人に絡んだりするなど余程のことがなければ、無関心を装うのが世間なのだと思い知りました。雑踏の中で人が突然倒れても、大方の通行人は見て見ぬ振りをして、しばらくの間通り過ぎるだけという場面がよくあります。単に関わりたくないだけなのです。
歩き方や話し方についても自覚ナシのまま、同じように普通と思ってやっていることが多々ありました。
あるとき、立飲み屋 “大安” の店主から焼酎は3杯までと宣告されました。勘定を済ませて店を出た私の後ろ姿をガラス戸越しに見ていると、ハラハラするぐらい千鳥足で歩いて行く場面が多かったそうなのです。ところが当の本人はいつもしっかりと真っ直ぐ歩いていると思っていたものです。かなりの酩酊状態であっても、感覚としては次のような風でした。ひたすら足元の地面だけを見ながら歩いていて、「変なリズムで、変に速く動く地面だなぁ~」というのが実感でした。また、たとえ転んだとしても、なぜ地面に尻を着けているのか直ぐには合点がいきませんでした。傍から見ていて危ないと見えるからこそ、焼酎は3杯までしかダメと店主から宣告されたのです。3杯だけ・・・? これにひどく腹を立ててしまいました。好意からの忠告を逆恨みする、これもアルコールが得意とする魔術です。
阪神淡路大震災の時、ビール漬け状態のまま呼び出されて出社し、会社で素面の人と話してみて、初めて自分が酔っていると気付いたこともありました。(アルコール依存症へ辿った道筋(その17)連続飲酒から脱出・仕事再開! を参照)
極めつきは断酒後の経験です。妻の物言いがとても横柄に思えたのです。私が話し出すと横車を押してくるやら、話の腰を折るやらがよくありました。私の言い分を悉く抑えつけ、小馬鹿にして鼻にも引っ掛けない態度でした。鼻っから私を信用しようとしません。さすがに腹が立って言い方を咎めました。すると、思いがけない答えが帰ってきたのです。酔っ払いの私が始終やっていた、決めつける言い方をそのまましてみただけ、で妻が抗議してもどこ吹く風の態度だった言うのです。多少妻の意地悪が混じっているとも思いましたが、多分それが事実なのだと納得しました。自分ではちっともそのような意図はなかったし、普通に喋っているつもりだったのです。初めて真相を知った思いでした。話し方一つとってみても、酒の巧妙な魔力を思い知らされました。酔った状態では “思い込み” が一層激しくなり、自重するなどの抑えが効かなくなっていたのだと思います。
このように酒に酔った状態では、感覚的にある自分の記憶と事実との間には隔たりがあります。それが恣意的な “思い込み” となって残っている恐れも大いにあるのです。だからこそ、アルコール依存症だと宣告されても、つい否認しがちなのだと思います。
AAの回復のプログラムに12のステップというものがあります。9番目のステップ9にこうあります。
「その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに直接埋め合わせをした。Made direct amends to such people wherever possible, except when to do so would injure them or others.」
ここに書いてあるのは、かつて傷つけた人々に対する埋め合わせのことです。飲酒していた頃に犯した過ちすべてを「棚卸し」すべしとした、ステップ4を済ませた後の段階に行う順番になっています。
酒害についての体験談はあくまでも自分の記憶だけによったものですから、真相とはかけ離れている可能性が大いにあります。自分の心の整理をしっかり済ました後からでないと、酒で迷惑をかけた人々への埋め合わせは見合わせた方がよいと思っています。直接会うのはむしろ有害かもしれません。自身が真相を知って動揺し、事実を否認しかねない危険性を考えておくべきですし、相手を再び不快にさせかねない可能性も考慮すべきです。断酒後の回復期を揺るぎなくするためには、自身のとった行動の客観的事実を正確に把握しておくことこそが大切だと考えています。
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自助会AAでの体験談にこんな話がありました。深酒して帰宅した長男が使ったばかりのトイレ個室のクサイ話です。素面のご当人が替わって入ったときのこと、その第一印象は「わぁ~、クサッ」だったというのです。個室の悪臭は酔っ払いの放つ独特の酒臭さで、かつて自身が放った酒臭さもこんな酷いものだったのか、と思い知らされたそうです。そういえば、飲み続けて風呂にも入らず、パート先での仕事中に「クサッ」と言われたことも再三あった、と体験談は続きました。
その話を聞き、私にも思い当たる節がありました。50歳代後半のこと、休日を利用して東京から親友Yが訪ねてきたときのことです。行きつけの立飲み屋 “大安” で、二人とも懐かしさについ深酒してしまいました。帰り道で信号待ちしているとき、Yが急にトイレを捜しに行きました。その時はまだ、私の方は尿意を全く感じていなかったのです。ところが、待っている間に突然催して、立ったまま尿失禁をしてしまいました。立ったまま・・・です。着ていた半ズボンはビショビショです。そのまま何食わぬ顔をして二人でトマト・ラーメンを食べに行き、そのまま何食わぬ顔をして電車に乗って帰ったのです。
Yも大分酔っていたので、気が付いていたのかは分かりません。ラーメンを啜っていたときの彼の顔は普段と何ら変わりませんでした。ただ、電車内で乗り合わせた周りの客はどう思ったのでしょう? 多少不快で迷惑そうな素振りはあっても、私から露骨に遠ざかる人はいなかったように思います。そういう記憶も実は定かではありませんが・・・。私自身はどこ吹く風と、自分の放つ悪臭など全く感じていませんでした。
後になってこのことを思い出し、他人に絡んだりするなど余程のことがなければ、無関心を装うのが世間なのだと思い知りました。雑踏の中で人が突然倒れても、大方の通行人は見て見ぬ振りをして、しばらくの間通り過ぎるだけという場面がよくあります。単に関わりたくないだけなのです。
歩き方や話し方についても自覚ナシのまま、同じように普通と思ってやっていることが多々ありました。
あるとき、立飲み屋 “大安” の店主から焼酎は3杯までと宣告されました。勘定を済ませて店を出た私の後ろ姿をガラス戸越しに見ていると、ハラハラするぐらい千鳥足で歩いて行く場面が多かったそうなのです。ところが当の本人はいつもしっかりと真っ直ぐ歩いていると思っていたものです。かなりの酩酊状態であっても、感覚としては次のような風でした。ひたすら足元の地面だけを見ながら歩いていて、「変なリズムで、変に速く動く地面だなぁ~」というのが実感でした。また、たとえ転んだとしても、なぜ地面に尻を着けているのか直ぐには合点がいきませんでした。傍から見ていて危ないと見えるからこそ、焼酎は3杯までしかダメと店主から宣告されたのです。3杯だけ・・・? これにひどく腹を立ててしまいました。好意からの忠告を逆恨みする、これもアルコールが得意とする魔術です。
阪神淡路大震災の時、ビール漬け状態のまま呼び出されて出社し、会社で素面の人と話してみて、初めて自分が酔っていると気付いたこともありました。(アルコール依存症へ辿った道筋(その17)連続飲酒から脱出・仕事再開! を参照)
極めつきは断酒後の経験です。妻の物言いがとても横柄に思えたのです。私が話し出すと横車を押してくるやら、話の腰を折るやらがよくありました。私の言い分を悉く抑えつけ、小馬鹿にして鼻にも引っ掛けない態度でした。鼻っから私を信用しようとしません。さすがに腹が立って言い方を咎めました。すると、思いがけない答えが帰ってきたのです。酔っ払いの私が始終やっていた、決めつける言い方をそのまましてみただけ、で妻が抗議してもどこ吹く風の態度だった言うのです。多少妻の意地悪が混じっているとも思いましたが、多分それが事実なのだと納得しました。自分ではちっともそのような意図はなかったし、普通に喋っているつもりだったのです。初めて真相を知った思いでした。話し方一つとってみても、酒の巧妙な魔力を思い知らされました。酔った状態では “思い込み” が一層激しくなり、自重するなどの抑えが効かなくなっていたのだと思います。
このように酒に酔った状態では、感覚的にある自分の記憶と事実との間には隔たりがあります。それが恣意的な “思い込み” となって残っている恐れも大いにあるのです。だからこそ、アルコール依存症だと宣告されても、つい否認しがちなのだと思います。
AAの回復のプログラムに12のステップというものがあります。9番目のステップ9にこうあります。
「その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに直接埋め合わせをした。Made direct amends to such people wherever possible, except when to do so would injure them or others.」
ここに書いてあるのは、かつて傷つけた人々に対する埋め合わせのことです。飲酒していた頃に犯した過ちすべてを「棚卸し」すべしとした、ステップ4を済ませた後の段階に行う順番になっています。
酒害についての体験談はあくまでも自分の記憶だけによったものですから、真相とはかけ離れている可能性が大いにあります。自分の心の整理をしっかり済ました後からでないと、酒で迷惑をかけた人々への埋め合わせは見合わせた方がよいと思っています。直接会うのはむしろ有害かもしれません。自身が真相を知って動揺し、事実を否認しかねない危険性を考えておくべきですし、相手を再び不快にさせかねない可能性も考慮すべきです。断酒後の回復期を揺るぎなくするためには、自身のとった行動の客観的事実を正確に把握しておくことこそが大切だと考えています。
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