ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

アルコール依存症へ辿った道筋(その31)大逆転した他社の戦法とは?

2015-05-29 20:02:52 | 自分史
 それなりに自信をもって提出した回答が「見劣りする」とまで言われてしまいました。この件の発端となった他社の類似薬についてお話しましょう。ずっと後に情報公開となって分かったことです。

  我々のCa拮抗薬Pに追い着き並行審査となった他社の類似薬は、申請時の資料が粗雑な内容でした。そのため審査開始初期に追加治験の指示を受けたようでした。用法・用量設定のデータ構成が経験未熟な者の仕事という印象が強かったのです。

 ところが回答とした追加治験では、1日1回服薬で定評のある同種・同効の市販薬Nを対照薬として比較試験を実施していました。しかもそれが24時間自由行動下の血圧日内変動(ABPM)試験だったのです。対照薬に選んだ市販薬Nは、当時すでにCa拮抗薬としてばかりでなく医療用医薬品としてもトップ・ブランドの地位を占めていました。文句なしの対照薬でした。

 その際の薬剤の入手の仕方がチャッカリしていました。流通市場で購入した商品の錠剤を、そのまま着色カプセルに詰め込んで外から見分けがつかなくし、見た目だけ薬剤を盲検化したやり方だったのです。ダブル・ダミー法(その4、参照)など手間のかかることは一切なしでした。

 対照薬提供に関する製薬業界の協定では、対照薬を入手するには煩雑な手続きが必要で、相当の時間がかかります。その時間のかかる協定を横目で見ながらの、“抜け穴” を使った見事な奇襲戦法でした。

 対照薬製造会社から協定違反の抗議を受けたら、次のような釈明を準備しているものと見て取れました。ABPM用携帯型血圧計には測定データ記憶装置が内蔵されており、人為的なデータ操作はできません。データの盲検化が主張できるのです。データの盲検化が担保されているので薬剤の盲検化までは不要であった、だから市販品を購入して使用したまでと釈明できます。その一方で当局には二重盲検化に精一杯努力したとアピールすることも可能なのです。

 結局、追加治験指示に対する他社の戦略が見事の一言だったのです。第一に、比較に用いる対照薬を最高評価の市販薬Nにすること。第二に、ABPMを使った薬効評価の報告がないためサンプルサイズ(優劣や同等性の根拠となる対象患者数)が算出不能で済むこと。さらに第三に、少数例の比較で両者に見た目だけ差がなければ十分で、それを問題視されることはないこと。以上を読み切った上の一発逆転の発想でした。その戦略性の高さに加え、手間を省いた対照薬入手のやり方も老獪で見事でした。

 他社の担当者は指示事項への対応で百戦錬磨のギャンブラーに一変していました。1日1回服薬の評価が固まっている市販薬Nが対照薬ですから、両者に差がない結果が得られたなら用法・用量の問題は全て解決ということになるのです。このABPM比較試験成績1本だけで承認を勝ち取ったも同然でした。

 このABPM比較試験成績ではT/P比(その28、参照)も算出して回答していましたが、算出方法の詳細な記述はありませんでした。見栄えが良ければそれでいい、駄目で元々イチかバチかの博打そのものでした。敵ながら天晴なゲリラ戦法と感心したものです。

 私が新Ca拮抗薬Pの比較検証試験で対照薬としたのは、1日2回服用のCa拮抗薬ALでした。申請時には辛うじてトップ・ブランドのひとつとしての地位を保ってはいましたが、5回目の指示事項を受けた頃には、1日1回服用のCa拮抗薬Nにあっさり首位を奪われ、その凋落した姿は往時を偲ぶべくもありませんでした。

 承認申請してから徒に(?)過ぎた3年10ヵ月という時間は、ビジネスの世界では主役交代をもたらすぐらいに重いものでした。対照薬同士を譬えで比べると、片や人気絶頂の花形役者、此方(こなた)人気凋落著しい過去の人、こんな感じでしょうか。当局が「見劣りする」と言った表現は言い得て妙でした。
         *   *   *   *   *
 1日1回服薬の根拠が不十分と、名指しでT/P比が出た指示事項の直前に、旧GCP違反を事由として当局から申請取下げの処分が下った別化合物があったことは(その27)で述べました。T/P比の回答で揉めた挙句、家庭血圧による追加治験を実施することで当局と折り合いが着いた年の晩秋に、追い打ちをかけるように新たな不祥事が発覚しました。私が47歳のときでした。

 当時の医薬品事業の主力商品は、血栓を出来にくくする抗血小板薬と、胃粘膜を増強させる抗胃潰瘍薬の二つでした。会社としては主力商品の後継品を急いでいました。そのため名古屋大医学部薬理学教室と抗血小板薬の後継品の共同研究をしていました。当然、共同研究には研究費が伴います。その研究費の受け皿となっていたのが実体のないトンネル会社であったことが発覚したのです。トンネル会社の代表は名古屋大学の担当教授の家族が務めていたそうです。

 この事件は名大贈収賄事件として全国的に報道されました。会社の研究所や私たちのオフィスの一部も家宅捜索され、地元の名古屋では連日の報道で大騒ぎだったようです。捜査の手は、前研究所長だった臨床開発部門トップで常務のYa氏や、さらには社長本人にまで及びました。

 身柄を拘束され連日の取り調べを受けた結果、社長本人が贈賄の罪を認め、裁判で執行猶予付きの実刑が確定しました。拘留中に会社の社長職ばかりでなくグループ会社の役員のほぼ全てを辞任し、急遽社長代行として創業家以外の副社長が当たることになりました。

 創業家によるワンマン経営の悪い面が出てしまった事件でした。経営の全権を一手に握っていた社長に諫言する幹部が一人もいなかったのです。たとえば新薬の臨床開発では次のようなエピソードがありました。

 当局は、新薬の効能・効果として目指す対象疾患ごとに、具体的な治験の進め方を定めた各種臨床ガイドラインを行政指導として公表しています。ガイドラインに即していなくても、ガイドライン以上に発展した科学的根拠のある内容であれば、受け入れ可能とはされていました。その道の専門家が、定説から定めたものがガイドラインです。ガイドライン以外の方法を一製薬企業が簡単に挑戦できるものではありません。

 社長は業界の柵(シガラミ)から自由で独創的な発想を殊の外大切にする人でした。この臨床ガイドラインについて、社長が「ガイドライン通りにしなくてもイケルんじゃないの?」と語ったことがありました。この言葉に対し、実際には不可能であることを誰も諫言できずに黙ったままというのがお決まりのパターンだったのです。

 「法律というものは後から(現状に)追い着くものだ」、これも社長の口癖でした。柵(シガラミ)から自由でありたいという社長の考えに迎合し、法令軽視という空気が社内にありました。その目に見えない空気が、法に触れてはならないという企業コンプライアンスの意識を薄めていったのだと思います。

 名大贈収賄事件の翌年には臨床検査事業で不祥事が発覚し、さらに翌々年には医薬品営業部門が枚方市民病院贈収賄事件の共犯とされるなど不祥事が続きました。’91年の使用成績調査データ捏造事件を発端に枚方市民病院贈収賄事件まで、この間の10年で大々的にマスコミを賑わせた不祥事は4回にのぼりました。

 名大贈収賄事件の翌年、株主総会で創業家以外の社長が初めて就任することに決まりました。これを期に遅まきながら法令順守と企業コンプライアンス教育に初めて全社で取り組むことになったのです。

 当局は、不祥事のオンパレードに呆れ返り、どうもこれは普通の会社ではないと苦々しく思っていたに違いありません。新薬の承認は、新合成抗菌薬の外用薬が’91年の使用成績調査データ捏造事件の翌々年に承認されたのが最後でした。その間、私の担当したCa拮抗薬Pをトップバッターに新有効成分として4成分の申請が続いたのですが、全て申請取下げとなりました。皮肉なことに、申請取下げのシンガリがCa拮抗薬P でした。

 当局が “見劣りがする” としたのは指示事項回答ばかりか会社そのものだったのです。それが承認審査にも影響したと思えて仕方ありません。次の新有効成分が承認されるまで “空白の時間” が13年間も生じてしまいました。


アルコール依存症へ辿った道筋(その32)につづく



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アルコール依存症へ辿った道筋(その30)家庭血圧による世界初(?)の評価方法

2015-05-22 20:01:53 | 自分史
 「1日1回の服薬で十分な降圧薬である」この根拠を立証し当局を満足させる回答には二つの要件を満たさなければなりません。一つは血圧日内変動試験かそれに匹敵する評価方法であること、二つ目は1日1回以外の用法と比べる比較試験であることです。

 24時間自由行動下の血圧日内変動(ABPM)は手に余るので避けるとして、いまさら入院患者を対象とした従来型の血圧日内変動試験の再実施というのでは陳腐な印象を与えるだけです。そこで、家庭血圧で薬効評価をやってみようということになりました。これは全く新しい薬効評価方法を世界で初めて開発することでもありました。

 当時、家庭血圧は高血圧の野外(病院外)研究で評価が定まっていました。住民の集団定期健診の一環として、地方の小規模な町村コミュニティーを舞台に家庭での血圧測定を導入した成果でした。そこで収集した厖大なデータから、精度の高い測定データが得られることが判明していたのです。

 医師の前だと緊張して、見かけ上高血圧を呈してしまう “白衣高血圧” を除外でき、何より日常生活を送っている中での血圧であるということが高い評価を得たのです。現在、家庭で測定した血圧で135/85 mmHg以上を高血圧としているのはこの家庭血圧研究の賜物です。(参考:診察室で測定した血圧では140/90 mmHg以上を高血圧)

 家庭で血圧を測定する上で守るべき条件は、起床後1時間以内、排尿後、摂食・服薬前の三つです。少し慣れれば誰でも出来る方法です。1回目の測定値が血圧の実態をよく反映していること、連続する5日間測定した5点の血圧の平均値の信頼性が高く、降圧効果を評価する基準値に適していることも判明しました。これら測定する際の取り決めも、そのまま治験に採用することにしました。


 (家庭血圧基準値)=(1日1回起床後1時間以内に測定した家庭血圧の
            連続5日分の平均値)


 測定方法の次に降圧効果の評価基準を新たに定める必要がありました。家庭血圧の測定時刻はFDAのT/P比でいうトラフ時に相当します。そこで服薬期間前後の家庭血圧基準値の差から求めた血圧下降度をトラフ(家庭血圧 T)と見做すことにしました。

 (家庭血圧 T)=(服薬期間前の家庭血圧基準値)
                ―(服薬期間後の家庭血圧基準値)


 すでに、わが国の『降圧薬の臨床評価ガイドライン』(ガイドライン)では、外来診察時の血圧で求めた血圧下降度で降圧効果を評価する判定基準(血圧下降度判定基準)がありました。ガイドラインの判定基準では、外来血圧下降度が20/10 mmHg以上を「有効」と定めています。

 そこでガイドラインの外来血圧判定基準を参考に、家庭血圧 T で「有効」の判定基準を外来血圧判定基準値(血圧下降度20/10 mmHg)の50%以上としました。つまり、家庭血圧 T が10/5 mmHg以上であれば「有効」と定めました。仮に外来診察時の血圧下降度をピーク(P)と見做せば、こう定めることで家庭血圧 T の「有効」例はT/P比≧0.5以上に相当するのです。そして、家庭血圧 T で「有効」と判定された患者の有効率が50%以上であれば、1日の服用回数は妥当であると定めました。前回述べたZanchetti流のT/P比算出方法の考え方を準用したものです。

 家庭血圧ではデータのバラツキが少ないので、1群20例未満という少数の患者でも評価可能と統計学的に算出できました。これは治験の実行可能性からみても好ましい点でした。

 評価方法の次の問題は比較する対照群を何にするかでした。当然、二重盲検比較試験法を視野においての議論となりました。この議論で、あの生物統計責任者O女史が、最も評価の高い市販薬Nを対照薬とすべきだと主張しました。Ca拮抗薬Nは製薬業界全体でもトップ・ブランドの一つになっていました。理屈の上では最も理にかなった、まさに正論でした。

 対照薬がすんなり入手出来るものなら、私も諸手を挙げて賛成したでしょう。ところが真っ先に私の頭に浮かんだのは、手続きの煩雑さと、提供依頼先がやるに違いない嫌がらせの時間稼ぎでした。

 対照薬提供に関する業界内の取り決め(協定)では、製造販売会社に治験実施計画書(案)を添えて文書で提供依頼し、その同意を得た上で製造販売会社から製品と共にプラセボを購入します。それでダブル・ダミー法(本シリーズ、その4参照)で盲検化を図るというのが正式な手順を踏んだやり方です。

 当然ながら提供依頼された会社は、将来の商売敵として時間稼ぎをするのが定番です。その嫌がらせで製品入手に相当の時間を要します。高血圧症の比較検証試験の際は、申込から3ヵ月程度の口約束であったものが、実際は6ヵ月以上かかった経験があったのです。

 この経験に懲りていたのなら、まともな入手ルート以外の “けもの道” を探ろうと考えるのが普通です。が、入手するには協定を守った正式なルートしかないという固定観念に私は完璧に囚われていました。呆れるほどに発想の視野が狭まっていたのです。

 盲検化というのは、比較試験の場合に人為的な介入(インチキ)を排して、データの偏りを防ぐことを言います。

 インチキがあり得るからこそ、非盲検による比較データは全く相手にされません。比較する薬剤同士、お互いの外見等を同一にする薬剤の盲検化のことは知っていましたが、データ処理の段階で人為的介入を排して改竄を防ぐデータの盲検化(=匿名化)のことは知りませんでした。測定データを人為的に改竄できなくすれば、データの盲検化を担保でき、薬剤の盲検化を省いてもよくなります。これがここで言う “けもの道” です。

 市販の家庭血圧計には、測定データを記憶チップに保存可能な機種もありました。この仕組みを活用することで匿名化を思い付きさえすれば、信頼性の高いデータの盲検化という立派な “けもの道” となったのです。たとえ対照薬を協定外の流通市場で簡単に入手したとしても、非盲検と非難されることはありません。

 結局治験では、測定データを記憶チップに保存可能なこの機種の家庭血圧計を採用することになったのですが、データの盲検化という奥の手については最後まで気付かないままでした。データの盲検化という知識さえあれば・・・、私は絶好の機会を取り逃がしてしまいました。件の生物統計責任者O女史も、血圧測定の段階でデータの盲検化が図られるところまで頭が回らなかったのでしょう。データの盲検化という奥の手を提案することもなく、対照薬入手がらみの問題になると、“我関せず” の定位置に戻っていました。

 このような社内議論を経て当局との治験相談を7回も重ね、家庭血圧による評価方法を当局に了解してもらうことが出来ました。すなわち追加治験は家庭血圧による評価方法を採用し、自社製の新Ca拮抗薬P同士の1日1回と1日2回の服用法を1日量を同量にして比べることに落ち着いたのです。

 ただし、ABPMによる少数例の検討も要求されました。家庭血圧は早朝の血圧なので、早朝の血圧データだけになり、昼間の時間帯の血圧データがない評価ということを懸念したのだと思います。回答として出来るだけキレイなデータにしようと、ABPM測定日には行動を管理できる検査入院とし、血圧の実測値の他に三角関数を応用した回帰曲線も求め、見栄えのよいものにしました。皮肉にもこれらの追加治験が、患者が対象の治験として新GCPに則った会社初のケースとなりました。

 家庭血圧での治験結果は期待通りのものでした。1日1回服用と1日2回服用の両者の血圧下降度には差が無く、どちらも50%以上の有効率が得られました。この結果を回答として当局に提出したのです。

 T/P比についての回答が不十分とされた後、治験実施計画書が当局と合意の上で確定するまで6ヵ月、実際に治験を開始して回答提出までにさらに1年6ヵ月、計2年の歳月がかかっていました。その間に会社の不祥事が発覚し、「(申請中の)Ca拮抗薬Pは絶対に承認させない」という当局の噂も耳にしました。それからさらに2年(正確には1年11ヵ月)、無為のまま徒に過ごした後で当局から相談があると会社の上層部が呼び出しを受けたのです。

 そこで打診されたのが承認申請の取下げです。当局側の承認手続き上、その次の段階では中央薬事審議会の特別部会を通過させる必要がありました。面談した上層部の話によると、次のように言われたそうです。
「(承認の方向で)上の特別部会に上げても、(他社の成績と)比べられると見劣りがするんです。それは避けたい」
同時期に上程品目に上がっていた自社製品の承認が交換条件で、“取り引き” による取下げだったとしか詳細は教えてもらえませんでした。すでに7年という歳月が承認申請から経とうとしていました。

 当局の懸案は、米国やEUに比べ承認審査に要する期間が長いことでした。毎年、承認審査期間を公表し、努力目標を平均で22ヵ月(1年10ヵ月)としていました。そのような場に、承認審査期間が7年というのは、いかにも足を引っ張る “不都合な真実” となります。会社側としても特許期間が切れかかっていたこともあり、承認申請取下げに応じることになりました。

 世界初と自負していた家庭血圧による薬効評価は、論文発表も出来ずに終わりました。公表なしでは世界初とはなりません。承認申請取下げ時、私はいつの間にか52歳になっていました。

 用法の問題で拗れたことの発端が、自分の身から出た錆だったということは自覚しています。開発途中から、用法について問題視されると不安を感じていたものの、進行中の日々の仕事に流されるままでした。形ばかりのABPMデータという弥縫策にしがみつくのみで、勇気をもって比較試験に舵を切れなかったのです。

 これにはアルコールが相当程度影響していたのかもしれません。飲酒以外のことならすべてに対し、最初に浮かんだ言葉が「う~ン、面倒クサ~イ」でしたから・・・。


 新規の降圧薬の用法・用量設定で、T/P比の扱いがその後どのようになったのか分かりません。私自身、今となっては全く知りたくもありません。

アルコール依存症へ辿った道筋(その31)につづく



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アルコール依存症へ辿った道筋(その29)当局が他社申請と見比べる?

2015-05-15 18:14:24 | 自分史
 新Ca拮抗薬P の承認申請から早くも3年10ヵ月が過ぎていました。この間、旧GCP査察に伴う生データ確認作業(5ヵ月)や、大学病院での治験データ捏造・改竄事件とその煽りを受けた生データ確認作業(13ヵ月)という思いも寄らない出来事があり、さらに新GCP に則した追加治験も実施(5ヵ月)となって想定外の時間が経っていました。
 それらの対応に取られた約2年(正確には23ヵ月)という時間は通常の承認審査ならとっくに結論が出ている期間に相当します。ちなみに承認申請から3年10ヵ月の内訳は、申請者側の時計では10ヵ月を費やしたのみで、当局側で経過した期間は3年でした。

 1日1回の服用という用法について、当局は申請当初何ら問題視していなかったのは事実です。恐らく後から申請した他社の類似薬と承認審査が並行することになったのでしょう。他社の申請資料と見比べて、私たちの申請資料には用法の比較試験データがなく、1日1回服薬の根拠資料として欠陥品なことに初めて気付いたのだと思います。このままの状態で承認したら、情報公開で他社の類似薬との違いが歴然とします。それをどうしても避けたかったのだと思います。

 指示事項で回答に含めるよう名指しで要求してきたのはT/P 比でした。T/P 比ならば、比較するもの(対照群)がなくても、24時間自由行動下血圧日内変動(ABPM)試験成績ひとつで算出可能なのです。そう考えるとT/P 比は当局の “助け舟” とも受け取れます。

 私としては、最初の担当官が注意怠慢で見落ししてしまったことを隠蔽するための工作で、むしろカムフラージュだったのではないかと疑っています。当局の本音は「比較試験データが欲しい」だったのです。冷静に考えてみると、T/P 比は思い付きの代案だった、それしか言いようがありません。成功体験の思い込みから、欠陥資料で申請してしまった手前の落度を棚に上げての暴論ではありますが・・・。

 危機的状況に遭遇すると誰でも視野が狭くなりがちです。当時の私も痛い所を突かれて狼狽え、視野が狭まったのだと思います。状況を広く見わたし、当局の最大の関心事は何なのか、彼らの思惑や当方の弱点(1日2回の服薬と比較したデータを欠く申請資料)など、冷静に推量するだけの心のゆとりがありませんでした。既にして相手の思惑を読むべき神経戦に敗北していました。これもアルコールの仕業だったのかと考えさせられました。

 取り敢えず指示事項に回答するには、T/P 比関連の文献情報を精査するしかありません。FDA のガイドライン(案)が内包する問題の中で、最も大きな問題はT/P 比の算出方法でした。FDA のガイドライン(案)の曖昧さから誰もが躊躇していたのでしょうか、実際にT/P 比を算出した臨床報告は数少ないものでした。

 ABPM に関する数少ない臨床文献の中に、当時の欧州高血圧学会会長Zanchetti が著者に名を連ねる降圧薬の臨床研究報告がありました。

 Zanchetti の報告では患者個々のT/P 比を算出した後、それらのT/P 比を用いて患者集団全体のT/P 比の平均値を求める方法を採っていました。こうして求めた患者集団全体のT/P 比の平均値が0.5 以上であったとし、FDA のガイドライン(案)が推奨する水準を満たしたとしていました。患者の立場に即した正統的な算出方法です。

 著者のネイムバリューからしてもお手本とせざるを得ない報告でしたが、ピークを服薬前と服薬後の血圧最大格差(最大血圧下降度)としたと述べているだけで、どの時点であるか明記してないことが不満でした。また、データ解析の背後に製薬企業がついているらしいことに胡散臭さを感じました。

 早速、Zanchetti 流を手持ちの試験データでためしてみると、やはりピークの採り方が曲者と分かりました。

 Zanchetti の報告では、ピークを最大血圧下降度の1点だけで求めます。服薬前後の血圧の折れ線グラフ(縦軸:血圧、横軸:時間)が交叉していなければ、ピークを求めるのは簡単な話です。多くの患者は、期待通りトラフもピークもはっきりしていて、服薬2~8時間後にピークを迎えた症例でした。ところが、患者によっては服薬前後の血圧が激しく変動して折れ線が交叉した症例もあったのです。これらの症例ではピークばかりかトラフも求まらないものもありました。これではT/P 比の平均値≧0.5 なぞ望むべくもありません。改めてT/P 比なるものはとてもマトモなシロモノではないと気付かされました。

 そこで前回述べたように、新薬調査会の新任専門委員に一席を設けて、これら生データの実際を見てもらい、落としどころを探ってみました。が、ABPM の生データを見たことがなかったのか、あったとしても実際は患者の病態を診断する観点でしか見たことがなかったのでしょう。
「作用の持続時間が短いとしか言いようがない」と、けんもほろろに言われるだけでした。結局、この筋からの解決策を見出すことは出来ませんでした。

 このような状況に困り果て、新Ca 拮抗薬P 研究会の代表世話人をはじめ主な幹部医師に相談を持ちかけました。やはりどなたもT/P 比算出の経験がないことから、上手く捌く妙案をもらえませんでした。“外れ値” や “移動平均” など統計学上よくやるデータ処理で解決を勧めてくれる方もいました。

 ところが、このような議論の場に備えて同行させた生物統計部署の責任者O 女史が、医者が相手となると “借りてきた猫” 状態となってさっぱり役に立たないのです。社内では何かにつけ舌鋒鋭い批判をするのが得意の人物がこれです。まさしく「一緒に仕事をしてみないと人物というのは分からない」、この時も実感しました。

 それでも医者と相談している内に、家庭で測定した血圧(家庭血圧)で評価する別の手段があるとの提案をもらうことが出来ました。この助言が後になって貴重なヒントになりました。

 結局、Zanchetti 流のT/P 比の算出が不可能な理由を述べ、元々の申請内容に患者集団全体の平均値から算出した仮のT/P 比を加えて回答としました。T/P 比の理不尽に憤る私では感情的で偏った回答にしかならないからと、元部下のM 君が正規の責任者PL (PM)として簡潔で抑えた論調の回答執筆者となりました。

 「比較試験データが欲しい」というのが本音の当局が、この回答に納得するわけがありません。T/P 比では埒が開かないと思った当局は、やっと用法の根拠データの欠落を指摘し、追加比較試験立案の治験相談に乗ると言って来ました。当局が治験相談に乗るということは、立案した治験計画自体が十分に評価できること、得られた成績が目的通りの結果であれば承認すること、その両方を意味します。

 私たちも厄介なT/P 比を求めることを諦め、家庭血圧で用法を比較するという新しい評価方法に方針を変更することにしました。家庭血圧が薬効評価に用いられたことは未だなかったものの、高血圧の野外(院外の町村コミュニティ)研究でその評価は定まっていたのです。全世界を見回しても例のない、全く新しい薬効評価方法を新たに開発することになりました。


アルコール依存症へ辿った道筋(その30)につづく



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アルコール依存症へ辿った道筋(その28)急所攻撃の神経戦・・・

2015-05-08 21:45:02 | 自分史
 「本薬は血中消失半減期が短い。本薬は1日1回の服用で十分なのか、用法の妥当性を血圧日内変動試験などの成績をもとにT/P 比を算出するなどして回答すること」
 
 当局からの5回目の指示事項(照会事項)で、ついに私が一番恐れていた急所を突かれてしまいました。吸収された新Ca拮抗薬Pは短時間しか血液中を循環しないので作用の持続時間が短いと推定され、一定の間隔で頻回に測定した血圧のデータ(血圧日内変動)から、1日1回の服用で十分血圧をコントロールできていることを説明せよという指示内容でした。

 血中薬物動態学的にみると、新Ca拮抗薬Pは2相性の血中消失半減期を持ち、前半(α相)の急激な消失半減期は2時間強、後半(β相)の緩やかな消失半減期が約30時間でした。

 2相性の血中消失半減期を持つ薬物の場合は、体内への分布に要する時間を示唆するβ相の消失半減期の方を重視するのが普通です。私たち会社側としてはβ相の消失半減期の約30時間を長時間作用持続のひとつの根拠としていましたが、当局はα相の短い消失半減期を問題としてきたのです。α相の短い消失半減期を重視するのは邪道で言いがかりとも受け取れました。

 血圧日内変動については、このシリーズ(その15)で述べた血圧日内変動試験に関連する部分をチョット長いですが再掲します。


「・・・私は、気に掛るのは『血圧日内変動の試験データだ』と答えました。
 血圧日内変動の試験というのは、入院患者を対象として降圧薬の作用が1日中安定して持続するか否かを調べる試験のことです。降圧薬を服用開始前と継続服用終了時の2回、所定の時刻に1日10回(午後10時~午前6時の就寝時を除く)血圧を測定し、降圧薬の用法を立証するための試験で、・・・
 新Ca拮抗薬Pの申請資料では、朝食(服薬)前の午前7時と就寝前の午後9時のデータについてだけ、血圧の下がり方が不十分に見えていました。
 私自身、問題視される可能性に備え、念のために治験を特別に2本組んでおきました。・・・睡眠中も含め、30分毎に24時間血圧を測定できる携帯型血圧計を用いた自由行動下の血圧日内変動(ABPM)試験が一つ。・・・ ABPM試験には次のような問題が内包されていました。
 心臓は1日約10万回拍動します。・・・血圧(=血管の拍動)も1日約10万回変動するのです。自由行動下の血圧であればなおさらです。本来なら動脈内にカテーテルを留置し、血圧を直接連続測定するのが理想的なのですが、現実問題としてほぼ実行不可能でした。
 ・・・ABPM試験成績では、患者全体の血圧の平均値で見ると(縦軸に血圧、横軸に時間をとった折れ線グラフを想像して下さい)、服薬前後の曲線は平行して推移し、昼間に高く夜間睡眠時には低い典型的な血圧変動曲線を示していました。ところが個々の患者の血圧の推移をみると、自由行動下の血圧は思わぬ数字を示すことが多々ありました。想像通り服薬前後の線が至る所で交叉した折れ線グラフそのもの、つまりグジャグジャした変動だったのです。・・・」


 血圧は重要なバイタル・サイン(vital sign:生きている証)です。生きて活動しているからこそ上述したような複雑な問題を内包しています。これに加えて照会事項にT/P 比という新しい概念の問題が出て来ました。

 T/P 比というのは、米国食品医薬品局(FDA)が降圧薬の用法を血中薬物動態と同様のイメージに沿って決めるべきである、とガイドライン(案)として提起したものです。血中薬物動態と同様に、血中濃度が底値となる次回服薬直前をTrough (トラフ)とし、服薬後の最高血中濃度到達時点をPeak (ピーク)として、それぞれの時点に対応する血圧下降度(服薬ナシの状態と比べた血圧の差)の比(Trough / Peak )のことです。

 FDA はT/P 比が0.5以上の場合のみ、その用法が適切であると推奨したのです。つまり、1日1回の服用を謳うためには、最も降圧薬の作用が弱まる時間(トラフ)の降圧作用は、最大の降圧作用となる時間(ピーク)の50%以上(T/P 比≧0.5)でなければならないということです。これは理想論ではあるものの、絵に描いた餅のような現実離れした架空の概念です。

 降圧薬の作用の発現はその血中濃度と完全に一致するわけではありません。血圧は行動や心理的ストレスにより常時変動していて、一定の値を示すものではありません。さらに、同一患者でも測定日が異なれば行動も当然異なるので、血圧の日内変動パターンが全く同じわけがありません。当たり前のことですが、最大血圧下降度を示す時刻も患者毎に異なり、一様ではありません。

 トラフをどの時点に求めるかに異論はないものの、ピークをどこ(最高血中濃度到達時点か、それとも最大血圧下降度を示す時点か)に求めるかについても決まりがありませんでした。必然的に、T/P 比を個々の患者から求めるのか、それとも患者集団の平均値から求めるのかが重大な問題となりますが、そのことについても何も決まっていませんでした。すべてが無いない尽くしだったのです。

 T/P 比は、このように合理性を装った概念ですが、算出方法のルールのない空想物語でした。治験当時もそのように考えていましたし、今でもその考えに変わりありません。ただし、T/P 比の概念そのものは、血圧の生データを知らない当局には受けのよいもののはずで、その対策を講じておくべきでした。

 患者集団から得られた平均値によるABPM のデータは、24時間にわたる血圧の変動パターンが目に見える形で提示されるので、降圧薬の薬効をアピールするのにとても重宝です。当時、夜間の血圧が患者の予後にも影響するということで関心を呼び、ABPM のデータを降圧薬の宣伝に使うことが流行り始めていました。しかし、ABPM のデータを新薬の薬効評価に用いた例はまだありませんでした。

 私もまさかの場合に備え、T/P 比も視野に入れてABPM のデータを治験で採ったつもりでした。が、初めて生のABPM データを見てからというもの、T/P 比が架空の概念であると確信を持ってしまい、よもや算出を求められることはないものと思い込んでいました。目に見える形のデータとして、患者集団の平均値を備えてさえいれば審査の対応には十分で、承認後の宣伝に使えればよいぐらいの気持ちの方が強かったと思います。

 血圧日内変動試験については、私には1日1回の服薬成績だけで承認を得た新剤型薬LA の成功体験がありました。新剤型薬の場合は、血中薬物動態でのバイオアベイラビリティー(血中濃度曲線下面積:AUC)が承認済の普通剤型と同等であればそれで十分なのです。両製剤の薬理作用を血圧日内変動試験で比べる必要はありません。

 新薬の有効成分は、薬理作用の持続時間自体が未承認のため、この点で全く条件が違います。有効成分の置かれていた条件の違いを列挙し、承認取得に必要な項目を科学的な目で整理してみれば簡単に分かることです。作用の長時間持続性を実証するには、1日1回の服薬と1日2回の服薬とを血圧日内変動試験で比較した成績が必要だったのです。なまじ成功体験があったために、1日1回服薬という外見上の共通項だけに目がくらみ、そこを勘違いしていました。

 成功体験には必ず甘い陥穽があります。その落とし穴にまんまと嵌ってしまったのです。前年秋に受けたヒアリングの際、当局が漏らした用法に関する懸念は当局の本音でした。
         *   *   *   *   *
 当局側では前年夏に全く新しい体制になっていました。国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センターという新たな組織が出来、新薬の承認審査を当局主導で行うことになりました。日米欧三極のICH 協議の影響によるものと思われました。それまでの当局は事務方で、新薬調査会という外部の専門委員が審査の主導権を握っていたのですが、これからは当局主導で外部の専門委員は助言するという立場になったのです。当然のことながら、当局の意向が前面に強く出るようになるだろうと誰もが思いました。

 一方、新薬調査会の専門委員メンバーの臨床医にも入れ替わりがありました。新任専門委員の臨床医は、業界内では治験に関して風評のある人物でした。△X◇の治験で御殿を建てたというよからぬ噂が流れていました。

 当初、専らこの新任医師が問題提起したものと考えていました。何か思惑があってのことと勘繰ってしまい、何とか助言をもらおうと一席を設ける機会を作ってもみました。しかし結局のところ、用法の妥当性を問う照会事項は、当局自身の強い意向から出たものと受け取らざるを得なくなったのです。

 当局が最も恐れるのは情報公開による国民の目です。誰がみても分かりやすいデータに基づいて新医薬品が承認されたと、国民に納得してもらうことが最大の関心事なのです。比較データの成績ほど誰が見ても納得できる成績は他にありません。

 新Ca 拮抗薬P の血圧日内変動試験成績は1日1回服薬の場合のみのデータであり、1日1回服薬と1日2回服薬を比較したデータ、あるいは対照薬として1日1回服薬の市販の類似薬を立て、それと比較したデータではなかったのです。市販の類似薬では例外なく、血圧日内変動試験の比較データで申請し承認されています。

 医薬品の使用方法である用法・用量は承認事項の根幹事項です。これほどの重要な案件が承認審査5回目の審議で初めて俎上に上がってきたことに今でも納得がいきません。最初の議案として取り上げて、1回目の指示事項として出されるべきでした。申請当初、当局は何ら問題視していなかったことは事実なのです。


アルコール依存症へ辿った道筋(その29)につづく



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アルコール依存症へ辿った道筋(その27)酒害がジワジワ・・・

2015-05-01 19:47:48 | 自分史
 アルコール依存症と初めて診断された後、短い禁酒期間を経て再飲酒が始まったことはお話しました。当然のことですが、何かにつけ酒ばかり意識する生活に変わりました。

 休日には何の引け目も感じずに、当たり前のように昼間から飲み始めることが多くなり、そのまま深酒になることが普通になっていました。振戦も自覚せざるを得なくなり、その原因が深酒からではないかと見当をつけ、深酒にはならないよう休日の昼間は出来るだけ外出を心掛けるようにはしました。

 一方、週日の会社が引けた後の過ごし方にも変化がありました。新Ca拮抗薬Pの申請後、深夜までの残業が全くない内勤業務となり、やっと就業規則(時間)通りの普通のサラリーマン生活に変わっていました。残業していた時間がヒマになり、禁酒期間中に見つけた会社近くの居酒屋にほぼ毎晩通うようになったのです。

 その店は “旬香” といい、昼飯時の魚料理のメニューが良かったので、禁酒期間中にちょくちょく昼に利用していました。それで、再飲酒が始まった初夏の頃からは、会社が引けると夜にも直行で顔を出すようになったのです。もちろん夕食も兼ねてのことです。

 カウンターに8席、小上がり(狭い座敷)にテーブル2つというこじんまりした店でした。私より5歳ほど年下の夫婦でやっていて、亭主はすし職人上がりとのことでした。阪神大震災では同じ被災者だったことから話のウマが合ったのです。何のことはない、会社以外に自分の居場所を見つけたかったのかもしれません。

 程なくして “旬香” には昼も夜もの入り浸りとなり、一晩で3~4千円ほどの出費が毎日続くことになりました。酒の量はビールに始まり、焼酎のソーダ割りを3~4杯が普通だったと思います。客が他にいないときは、次の客が現れるまでと称して長居するようになるのは自然の流れです。会社に電話して客がいないからと同僚を呼び寄せたことも再三ありました。当然ながら、その分焼酎の量が増え、酩酊状態になることもしばしばありました。

 酩酊状態を見かねてのことでしょう、勧められるままに店主夫婦の自宅に泊めてもらったこともありました。それが契機で、寝ている間中、大きな鼾で始終息が止まっていたと言われました。睡眠時無呼吸症候群になっていたのです。当時独居の身でしたから、一人でいては決して分からなかったと思います。全くの偶然でした。

 通い始めて1年後の秋には、夫婦の自家用ワゴン車に乗せてもらい、大台ケ原~川湯温泉~熊野本宮大社~熊野速玉大社~熊野那智大社~串本・潮岬という紀伊半島を真っ直ぐ南下するコースを車中2泊で一緒に旅するようにもなっていました(雨で大台ケ原は急遽パス)。

 キャンプをした熊野川の河川敷ではブラックアウト事件もありました。飲んだ挙句に大の方の用足しに立って、川岸まで向かったところまでは覚えていますが、その後の記憶が消えてブラックアウトになってしまいました。用は足せたようですが、店主夫婦が一緒でなければ、危うく尻ポケットの財布を無くすところでした。予め財布を預かっていてくれたのです。自宅では飲んだら止まらなくなるのが普通でしたが、自宅外でも歯止めがきかず、飲み始めたら止まらなくなっていました。

 贔屓の店を一つに決め、毎晩ほぼ同一時刻にその店の暖簾をくぐる。居酒屋が潰れると、今度は立飲み屋へと、通う店は変わっても同じ時刻・同じ店に通い続けることが習い性となっていました。その後も長く続く私の典型的な飲酒パターンの始まりでした。依存の度合いが強く、すぐ習慣化してしまう性格がよく出ています。

 晩秋に受けた人間ドックで胃が荒れていると指摘され、年の瀬に初めて胃の内視鏡検査も受けました。毎日の酒が祟ってのことでしょう、胃潰瘍の瘢痕が見つかりましたが、幸いそれだけで放免となりました。血圧が高めで血糖値は基準値上限を超えるまでになっていました。

 新しい年になって、誕生日が来ると私は47歳、息子たちはそれぞれ長男が21歳、二男が17歳を迎えようとしていました。正月恒例の “十日戎” のお参りに二男と出掛けた際、ためしに進学先と将来就きたい職業を聞いてみました。二男は高校一年でした。

 「京大の法を狙ってみようと思う。」
 「目標を高く持つのは良いことだ。ただ、京大は現国が記述式で
  難しぃんじゃなかったかなぁ? そんな記憶があるが・・・。」
 「そうかぁ、数学は得意だけど、現国はなぁ・・・。」
 「自分の考えをいつでもメモする癖をつけるといいよ。
  まず書く癖をつけて、それを読み返すことから始めることだ。
  そうすると文章力が着く。要約してみるのがいいんだが・・・、
  時間はまだ十分ある。それで、仕事は何に?」
 「他人に使われるのはイヤだから、自営業に成りたいなぁ。
  国家資格の司法書士や公認会計士なんかどうかなぁ?」
 「国家試験は何とかなるだろうが・・・。自分だけの力でお客を
  呼び込むんだぞ、会社からの月給のように毎月の収入の保証は
  ないんだよ。お前に自営業が出来るかなぁ?」

 ある意味鷹揚(ホラ吹き)で他人付き合いの上手い性格の長男と違い、二男は他人付き合いが悪くはないものの、生真面目な性格です。ホラを吹いて煙に巻くことなど出来ません。公務員向きのところがあると思っていたので自営業志望には驚きました。

 二男は私と同じで営業的センスが乏しいのです。毎日夜の遅い帰宅で休日はほぼごろ寝の父親を見ていたので、会社勤めに魅力を感じなかったとしても不思議ではありませんが・・・。社長というたった一人の人物評価だけの、個人的な “好き嫌い” 人事をいつも気にしなければならないよりはマシかとも思いました。


 “十日戎” から少し経って、申請中の別化合物に対し、当局から旧GCP違反を事由として申請取下げの処分が下りました。治験実施計画書の立案時に、先行する治験中に発生した重大な安全性情報を加味しなかったため、患者の安全が確保されていなかったことが重大な違反とされました。これは安全性に対する会社の基本姿勢が問われた警告でした。新Ca拮抗薬Pも含め、他の申請中の化合物へ良からぬ影響が及ぶかもしれないと嫌な感じがしたものです。

 その処分から間もなく、新Ca拮抗薬Pへの照会事項(5回目の指示事項)がありました。

 「本薬は血中消失半減期が短い。本薬は1日1回の服用で十分なのか、用法の妥当性を血圧日内変動試験などの成績をもとにT/P比を算出するなどして回答すること」

 これがその内容です。吸収された新Ca拮抗薬Pは短時間しか血液中を循環しないので、作用の持続時間が短いと考えられる。一定の間隔で頻回に測定した血圧のデータ(血圧日内変動)から、1日1回の服用で十分血圧をコントロールできていることを説明せよということです。ついに私が一番恐れていた急所を突いてきたのです。


アルコール依存症へ辿った道筋(その28)につづく



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