風を紡いで

旅の記録と料理、暮らしの中で感じた事などを綴っています。自然の恵みに感謝しながら…。

(19)雪の丘陵地を歩く

2005年07月15日 | 2005年コッツウォルズ母娘旅
今夜の宿は英国コッツウォルズにある丘陵地スノーズヒルのB&B「シープスコーム」。2月下旬のイギリスは寒い。ことにここスノーズヒルは雪に覆われていて、緑地が見当たらないのだ。パブで昼食をすませてから、娘が散歩をしたいというので、B&Bのオーナーから地図を購入し、スノーズヒル周辺を散策することにした。

オーナーがいくつかコースを教えてくれた。30分ほどで周辺を歩くコースやスタントンまで足を延ばす片道1時間ほどのコースなど。夕方まで時間があることだし、少し長めのコースに決めて、スタントンまでのウオーキングを楽しむことにした。

 しかし、思うようにいかないのが人生。このフットパスを使ったウオーキングが、予定にはなかったとんでもない副産物!?をもたらすことになるのだった。とはいうものの、そのおかげ(?)で絵のような素晴らしい風景とイギリス人の心の温かさに触れることになるのだが…。 (つづく…)

(18)英国の味と天使の笑顔

2005年07月14日 | 2005年コッツウォルズ母娘旅
料理を注文しようとしている時、ちょうど私達の席の近くに営繕関係のおじさんが姿を現した。なにかチェックをしている様子だったので、手が空いたのをみてから尋ねた。

「すみません、このお店のおすすめ料理お分かりですか?」
「いや~。この辺の者じゃないのでわからんねぇ~」
 そういうとまた作業に取り掛かった。スノーズヒルの人ではないようだった。

 
「イギリスでは、フイッシュ・アンド・チップスが有名なんだよ」
さっきまで、食欲がなかった娘だったが、目の前に運ばれて来た狐色にこんがりと揚がった、白身魚のフライと拍子切りのジャガイモを見て言った。彼女はすっかり目を奪われたようだった。魚のフライは、外側がサクサクしていて魚肉はしっとり軟らかく…たまらない美味しさなのだ。揚げたてだから、ふうふう言いながら食べた。

「私にもちょっと頂戴!」
そう言って娘が食べ始めた。食欲が出て良かったと思いながら、見ていると、少しと言ったけれど結構食べている。
「美味しいね、お母さん!」


昼時になったからだろう、パブの中が少しずつ賑やかになってきた。お年寄りが増えて、中年の夫婦や女性客もランチに集まって来た。それぞれにビールを飲んだり、食事をしたり、話し声も高くなり、パブに活気が出てきた。厨房も忙しそうだった。

「あのカウンターにいる郵便屋さん、お母さんがさっき道を聞いた人だよ」
「あの白髭をたくわえた人?」
「そうそう。彼もランチタイムなんだね」


波が引くように、パブの賑わいもいつの間にか静まった。厨房で忙しく立ち働いていたお年寄り(女性ばかり)4、5人が仕事を終えて、ちょうど私達の席の反対側の奥の席で休憩を始めたようだった。彼女たちも1人帰り、2人帰り…、それぞれ帰る場所へと散って行った。店内もかなり空いてきた。


料理を食べ終わり、食後にコーヒーを飲みたくなった。
「コーヒー頼もうかなぁ~」
「私はいらないけど、買ってこようか」娘がカウンターに行き注文してきた。

のんびりとした時間を過ごしていると、近くの席に小さな男児を連れた若い母親とその友達らしき女性が座った。ぽっちゃりとしてあまりにも愛らしかったので声をかけてみた。彼はジェームスという名で、誕生前だという。ちょうどハイハイを始めた頃らしい。

天使のようなジェームス君との触れ合いに心なごませたあと、彼らにさよならをして、コッツウォルズの小さな村スノーズヒルのパブを後にした。





英国の丸型ポスト

2005年07月13日 | 2005年コッツウォルズ母娘旅
英国コッツウォルズで見かけた丸型郵便ポスト。日本にもかつては確かに存在していたはずの丸型ポスト。真っ赤な、どことなく愛嬌のあるポストは、どこへいってしまったのだろう…。平成になり、いつの間にか消えてしまったようだ。日本のとは、微妙に違うイギリスのポストだが、なぜか懐かしい思いにかられながらシャッターを切っていた。

日本の郵便切手に、子供が描いた真っ赤な郵便ポストがあったなぁ~、と今思い出した。可愛い絵で、大好きな切手だった。1シート購入して、大事に使っていたのだが、今では手元に1枚も残っていない。1枚ぐらいは記念に保存していたと思ったのだが…。

英国の真っ赤な通信手段

2005年07月13日 | 2005年コッツウォルズ母娘旅
英国中央部に位置するコッツウォルズの田舎を旅している時、目に飛び込んでくるのが真っ赤な電話ボックスと郵便ポスト。蜂蜜色の石壁に緑がからまり、そこに赤色がみごとに調和している。高山鉄道の真っ赤な電車のように、なんとも愛らしいのだ。緑と赤―補色の関係だから、強烈な印象が残るのだろうか…。

また、雪景色のスノーズヒルで見た真っ赤な電話ボックスも美しかった。これはまた、日本の正月を思わせた。雪の朝に真っ赤な実をつけた南天を見た時の印象に近かった。白と赤のコンビネーションが、清々しく心地よいのだ。

日本の円筒形の丸い郵便ポストはどこにいってしまったのだろう…。鄙びた田舎に行けば、ひっそりと残っているのだろうか。イギリスの「真っ赤な郵便ポスト」が、遠い昔の郷愁を運んで来るのだった。

(17)スノーズヒルのパブ

2005年07月12日 | 2005年コッツウォルズ母娘旅
パブの中は、暖炉の火で心地よい暖かさだった。コートを脱ぎ、奥の席に陣取った。雪道を歩いてきた者にとっては、ここはまさに別天地。身も心も解きほぐされるようだった。昼前ということもあってか、客はカウンター周りと暖炉近くに数人いるだけだった。奥の席は私達のほか誰もいない。

何か注文しようと、しばらく待っていたがなかなか来ない。カウンターが見える席だったので、観察してみることにした。

「カウンターでお金を払うみたいだよ。カウンターにメニューが書いてあるかもね」と娘が言った。

どうやらセルフサービスらしい。その都度、お金を払ってはビールを飲んだり、つまみを食べたり、おしゃべりする姿が目に入った。

「何食べようか」私が言う。
「私あまり食べたくない」と娘。
「でも何か食べないとね。お母さん、ちょっと見てくるね」

カウンターまで行ってメニューをチェック。
「いろいろあるけど、お母さんはフイッシュ&チップスにしよう。同じのにする?肉もあるよ」
「私は飲み物だけでいいや」

娘にはオレンジジュース、私はフイッシュ&チップスとコーヒーをたのむことにした。注文し、お金を払うと、
「出来たら持って行きます」と若いウエートレス。


「ちょっと遅いね。まだかなぁ~」
などと言いながら、待っていると、しばらくして厨房係らしき年配の女性が料理を運んできた。

「えぇ~!魚のフライ大きいねぇ~」
大皿からはみ出さんばかりの大きさで、ただただ驚く。
「うわぁ~。すっごい大きいねぇ!お母さん!」
「美味しそう~。少し食べてみる?」
「うん!少し頂戴!」

さっきは食欲ない、なんて言ってた娘が身を乗り出した。 (つづく…)



花托☆かたく 

2005年07月09日 | 自然(花 虫 樹etc)
蓮の花には
花托(かたく)があり…

花の中心部の
蜂の巣のようなもの
それが花托…
蜂巣(はちす)が略されて
ハスになりました


※睡蓮の葉は切れ目があり水に浮いていますが、蓮の葉は円形か楕円形で水面より上に立ち上がります。蓮の根は蓮根(れんこん)とし食用になります。

こころ真っ直ぐに生きる!

2005年07月07日 | 暮らし
毎日同じパターンで流れるように過ごすというのは、ある意味で安定しているけれど、なんだか心が凝り固まってしまいそう。へんに慣れてしまって眼も曇っていくようだ。
こころに深呼吸を。
一瞬でもまっしろになる必要がある。
日々蓄えた、または溜め込んだすべてから一瞬、手を離してまっしろに。
立ち止まって、眼を閉じる。そうしてやっと見えてくるものがある。
じぶんはなにがしたいのか。
じぶんを支えている揺るぎないあの大きな岩。

わたしはただ、まっすぐに生きればいい。
じぶんの足で一歩一歩、力強く歩めばいいだけだ。
なにを迷う必要があるだろう?
幸いなことにわたしには、どんなわたしをも受け入れてくれる場所がある。
だからわたしはこわがらずに歩いてゆける。
ふりかえらなくても、うしろでずっと見守ってくれているのが背中のぬくもりで分かるから。

なにもむずかしいことじゃない。
わたしはただ、こころまっすぐに生きればいい。

   ―7月1日 パン職人めざし修業中の末娘記―

雨の日はやっぱり紫陽花…

2005年07月06日 | 自然(花 虫 樹etc)
雨の日はことのほか紫陽花がきれいです。
ピンク系、ブルー系、パープル系、ホワイト系…
いろんな色の紫陽花があちこちに咲き乱れています。

土が酸性かアルカリかで、花色が違うといいますが…
場所によって咲き方が異なるのを見ていると
植物も人も同じように環境が大事なんだなー、としみじみ思います。

ひとつひとつの紫陽花でさえ、刻々と変化して…
少しずつ変わりながら、七色以上の花色を見せてくれます。
私たち人間のこころ模様は、一日に数万回変わるということを聞きました。

きれいな色模様でいられる時を少しでも多く持つ事が、
“しあわせ”に繋がるのでしょうね~。

“我が家に勝る、家はなし”

2005年07月06日 | 暮らし
家に帰ると、こころの部屋の掃除ができます。
忙しい日々を駆けるように過ごしていくあいだに、いつのまにか部屋は埃をかぶって曇ってくる。なにやら荷物も増えてゆき、片付ける暇もなくどんどん積み重なって雑多に散らかってしまったり…。どこになにがあるのか、自分でも把握できなくなって“だいじなもの”の存在さえ忘れかけてしまう。

そんな部屋を抱えたまま、息を切らして列車に乗る。
夜の闇をまっすぐ、家路にたどるとき。
やっと部屋にやわらかな風が通り、しろい光に満ちてゆくのを感じます。散らかって重なった荷物がほどけて、ひとつひとつがちゃんとおさまるべき場所におさまると、部屋はこんなにもひろびろとするのです。
狭くて窮屈だった部屋が、ほぅ~と深呼吸するよう。
とても心地よい、やさしいきもちになれます。
すべてがいとおしく感じます。
こころの部屋いっぱいに、しあわせが満ちてゆきます。
ふしぎなことに、ただ、家に帰るというだけで、わたしのこころは満たされてしまうのです。

わたしの帰る場所は、ただひとつ。
“我が家に勝る、家はなし”

       ―6月27日 パン職人めざし修業中の末娘記―

ここから始まり、ここに帰る

2005年07月05日 | 暮らし
小学生のわたしは漫画家になりたかった。
鉛筆と紙があれば生きていけると思うほどだった。
右のくすりゆびのペンだこ。
夜なべして漫画を描き続けていた。

中学生のわたしは小説を書きはじめた。
絵ではなく、言葉だけで表現するむずかしさにぶち当たった。
あたまのなかは空想世界。
夜なべして世界を作りあげようとした。

高校生のわたしは詩を書いた。
浮き雲のようにこころに浮かんだことを、なにも考えずに表していた。
なんの障害もなく一直線に出てきたことば。
やっぱり夜なべして机に向かっていた。

いつからか、書きたくても無意識に上手く書こうと考えてしまって、つまづいてしまった。
そんなとき、あるきっかけでまっしろな紙を前にして、自然に、こころに感じるものがすんなりと右手を伝わってことばに表れる、あの感覚がよみがえった。
ああ、帰ってきた。
わたしはここからはじまり、ここに帰る。
窓の向こうの、暗くなってゆく空の蒼い静寂を見上げながら、そう思った。

あのきもちを失いたくない。


大人になったわたしは、なにを書こう。

    ―パン職人めざし修業中の末娘記―