新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

犬山で江戸時代にタイムスリップ(その2)

2014-03-18 23:28:21 | 旅行記

3月12日の記事「犬山で江戸時代にタイムスリップ(その1)」のつづきです。

今回、犬山で泊まったホテルの敷地内に国宝がありました

ホテルの宿泊客用の割引があるということで、拝見してきました(Suicaが使えました)。

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三つあるという「国宝の茶室」のひとつ、如庵(じょあん)です。

織田信長の弟・織田有楽斎(東京・有楽町の町名の由来になったとかならなかったとか…)が、京都・建仁寺の塔頭「正伝院」に建てた茶室です。

もともと京都にあった茶室がなぜ犬山に?

三井記念美術館サイトによれば、

「如庵」は、明治41年(1908)に三井家の所有となり東京・麻布今井町の三井邸内に移築、昭和3年、北家十代の三井高棟が如庵披きの茶会を行いました。昭和11年には旧国宝に指定され、昭和12年(1937)から5年の歳月をかけ大磯の三井家別荘に移築され、昭和26年(1951)に国宝に再指定されました。
その後、昭和40年に名古屋鉄道に売却され、現在は、
愛知県犬山市に移築されています。

だそうで、東奔西走って感じですナ
東京・麻布今井町の三井邸」って、これまた移築されたこちら(@江戸東京たてもの園こちらの記事に登場)が立っていたところでしょうか?

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と、思ったら、如庵があったという「麻布今井町」と、上に載せた「三井八郎右衛門邸」があった「麻布笄町」とは、全然違う場所でした

   

話を如庵に戻しまして、今、如庵犬山市にある「有楽苑(うらくえん)」の中に佇んでいます。

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この「有楽苑」、リーフレットによりますと、

如庵は、その(正伝院)境内に元和4年(1618)ころ建てた茶室であり、現存する国宝茶席三名席の一つとして茶道史上貴重な遺構である。旧正伝院書院は如庵に連なる隠居所であり重要文化財に指定されている。明治以降、これらの遺構は各地を転々としたが、ようやく有楽の生まれ故郷に帰りつき、安住の地を犬山に得て、「有楽苑」と名づけ後世に残すことになった。

だそうです。
これらの建物が、明治~大正期のものだったら、同じ名鉄グループ「博物館 明治村」に移築されていたでしょうけれど、いかんせん、江戸時代初期のものです。

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やはり「博物館 明治村」とは別の場所が必要だったのでしょう。

「茶道系に弱い私ではありますが、かなり楽しめた「有楽苑」のお話は「その3」に続きます、、、、というか、「本編」はこれから です

つづき:2014/03/19 犬山で江戸時代にタイムスリップ(その3)

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