「上野の桜は6~7分咲きでも東博は…」のつづきは、東京国立博物館(東博)で開催中の特別展「栄西と建仁寺」のお話。
「開山・栄西禅師 800年遠忌」を記念したこの展覧会、目玉は、なんといっても、フライヤー
の惹句(キャッチコピー)にある
国宝“風神雷神” 5年ぶりに参上
という、建仁寺所有(京都国立博物館へ寄託)の俵屋宗達筆「風神雷神図屏風」でしょう
私も、初めて拝見することになる「風神雷神図屏風」がお目当てでした。
惹句にあるように、この作品は、2008年秋に東博で開催された「大琳派展-継承と変奏-」で尾形光琳の「風神雷神図屏風」と共に展示されたらしいのですが、この展覧会には私は行っていませんし(当時、琳派への興味が薄かった…
)、同年夏に東博で開催された特別展「対決 巨匠たちの日本美術」でもそろい踏みしていますが、私がこの展覧会に出かけた日がズレていて、結局、宗達の「風神雷神図屏風」には一度もお目にかかれませんでした
光琳の「風神雷神図屏風」は何度か拝見したのですけれど…(下の写真は去年1月に拝見したときのもの。撮影
可
でした)
宗達の「風神雷神図屏風」の話は後ろに廻しまして、展覧会冒頭の「序章 禅院の茶」から。
会場に足を踏み入れて早々に圧倒されました
東博・平成館2階の特別展示室に、建仁寺の方丈の一部が再現されているではありませんか
「1089ブログ『栄西と建仁寺』」から写真を拝借しますと、こんな具合。
栄西の誕生日・4月20日に毎年行われているという四頭茶会(こちらのPDFをご参照方)の会場を再現したもので、調度のほとんどが本物
実際の四頭茶会の様子はビデオで流されていまして、それがまた、面白い
お客さんが掲げ持った茶碗(予め抹茶が入れられている)に、係のお坊さんが立ったまま
左手に持ったポット(浄瓶:じんびん)からお湯を注ぎ入れ、次に、右手に持った茶筅でかき混ぜてくれます
はっきり言って無精
極まりありません
でも、日本に茶をもたらした茶祖・栄西さん所縁の茶会の作法ですから、現在に繋がる茶の作法の原形がこういったものだったのかもしれません。
のっけから盛り上がった特別展「栄西と建仁寺」でしたが、そこからしばらくは、経典や書翰の展示が続いて、私としては退屈…
高僧の頂相
もねぇ…
このまま「風神雷神図屏風」まで行くのか? と不安になった私でしたが、高僧の木像の辺りから状況が変わってきました。
イイじゃありませんか
モデルたる高僧に対する施主・仏師の崇敬の念
が現れていて、心
が伝わってくる気がします。
なかでも中厳円月坐像は、中厳円月禅師が実際に目の前に座っていらっしゃるようで、身も心も引き締まる思いでした。
今、このブログでは、昨年末の名古屋遠征の旅行記「忘れた頃に年末の愛知旅行記を再開」シリーズを書き続けていて、有楽苑訪問記の途中です。
この有楽苑の中心をなす国宝茶室「如庵」は、もともと織田有楽斎が建仁寺の塔頭・正伝院を再興して、その敷地内に建てたものなわけで、建仁寺と織田有楽斎とは強い絆で結ばれています。
明治初年の廃仏毀釈期(また出た…)、正伝院は廃寺となった建仁寺の塔頭・永源院の跡地に移転すると共に、寺号を正伝永源院に改め、現在に至っている由。
「栄西と建仁寺」展では、その正伝永源院所蔵の「織田有楽斎坐像」と「織田有楽斎像(狩野山楽筆)」が展示されていまして、ふと、心が犬山に飛んだ私でありました(旅行記の最新はこちら)。
そうそう、「織田有楽斎坐像」の衣紋が微妙に法隆寺・釈迦三尊像を連想させて、面白かった…
と、ここで一息入れます。
【追記】紙幅の都合でちょっと情報を追加します。
「栄西と建仁寺」展の音声ガイドのナビゲーターは、中谷美紀さん。(私はいつものように借りませんでした
)
ちなみに、ご近所の国立科学博物館で開催中の特別展「医は仁術」の音声ガイド
は、大沢たかおさんがナビゲーター
う~む… であります。(2014/03/30 15:42)
つづき:2014/03/31 予想以上に見応えのあった「栄西と建仁寺」展 (後編)