JBPRESSに出ている烏賀陽弘道さんの記事の抜粋(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/29405、5頁まであり)、是非全文をご覧ください。
被災者の一言一言を噛みしめたい。「故郷に子どもと帰れないことは、私にとって最大の屈辱なんです」。
極私的なことかもしれない、でも、現実に、多数の「最大の屈辱」がある。原発・放射能という化け物相手にそれを解消するのは不可能であろうとも、何の誠意も示さず、まともな対応もしようとしない東電やこの国の政府、電力業界。この国は、本当に哀しい、そして哀れだ。
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ウオッチング・メディア
野球を教えられなくなった少年野球の監督
放射能を逃れて避難生活、「故郷に帰れないのは屈辱」
2011.11.17(木)
烏賀陽 弘道
・・・・・・。
そんな渡辺さんにとって、南相馬は何より大切な場所だ。そこは、大好きな子どもたち、教え子たちやその家族が暮らし、美しい思い出が詰まった場所だった。
・・・・・・。子供好きな渡辺さん夫婦にとって、幸せな毎日だった。
「私は故郷を愛しています。何より故郷が大事だ。しかし、それも時と場合によります」
3月12日。最初の水素爆発が起きた日、すべては変わった。ある原発に務める親戚に電話すると「県外に逃げろ。次にどの原子炉が爆発してもおかしくない」と言われた。夕方6時前、自動車を運転して一家で南相馬を後にした。避難所の指定もないまま、山形県東根市の体育館にたどり着いた。借家の自宅は家賃を払い続けたまま帰れない。
一度、南相馬市に戻ったついでに、奥さんと2人で自宅に行ってみた。玄関前で線量を測ったら、毎時2.7マイクロシーベルトもあった。年間に直すと23.65ミリシーベルトだ。小学校のグラウンドでも毎時2.5マイクロシーベルトだった。
内部被曝したら? 万一娘ががんになったら? 放射能を帯びたチリを吸ったら? そう思うと、心が乱れる。そこで子どもを育てる気にとてもなれない。
・・・・・・。「子どもたちが心配です。グラウンドをいくら除染しても、責任が持てません。監督として、ヘッドスライディングしろ、と子供に言えるでしょうか。子供が放射能で汚染された土埃を吸い込んだらどうするのですか。それを考えると、とてもできない」
・・・・・・。「浜通り(福島県太平洋岸)も中通り(同県中部)も、全域が原発の『管理区域』と同じ(放射線量)です。おい、いくら何でもそれはねえだろう。本当にそう思います」
・・・・・・。・・・さんには「今では福島県全体が原発の中と同じになってしまった」「そんなところに子供を帰すことはできない」と思うのだ。
「管理区域の中では、防護服の腕まくりをしたって東電の人に怒られるんです。18歳未満は入れません。それと同じような線量になった福島を、半袖の子供がマスクもしないで歩いているんですよ」
・・・・・・。「管理区域を出入りするには、北朝鮮と韓国の境界ぐらい警戒が厳重なんです。外へ出る時、規定より被曝が多いとブザーが鳴ってゲートが自動的に開かなくなる。除染して線量が下がらないと出してくれません。それくらい厳しいんです」
・・・・・・。「そのC区域と同じ線量になった浜通りをいま自動車が自由に行き来している。自動車から毎時30マイクロシーベルト出た友だちだっています。そんなもの、原発なら帰してくれない線量ですよ」
では、政府が年間被曝許容量を1ミリシーベルトから20に引き上げたことをどう思いますか、と尋ねると、それまでにこやかだった渡辺さんの顔に怒気が走った。
「まったく、とんでもないことです。原発の作業員だって、20ミリなんてめったに被曝しないのに」
そして小4の息子さんを指さした。
「なのに、この小さいのが浴びるっていうんですから」
・・・・・・さんと同じことを言った。避難先から地元に帰ろうとしないと、こちらの方が間違っているかのように言われる、というのだ。もう地元はみんな普通に暮らしているのに。お金がほしくて逃げているのでしょう。ホテルで暮らせるから、いいね。
危険だと思うかどうかは個人によって違うはずじゃないか。10年後に何が起きるか、誰にも分からないじゃないか。子どもの健康を祈って、最悪の事態に備えているだけじゃないか。それのどこがおかしいのか。
・・・・・・。原発事故は、それまで平穏に暮らしていた南相馬の人たちの間に、争いと対立のタネをばらまいた。以前はなかったストレスを持ち込んだ。渡辺さんが長年バレーや野球の監督を務めて築き上げた人の輪も、ズタズタにしてしまったのだ。
・・・さんが言ったことと同じだった。放射能と同じくらい怖いのは「世間」なのだ。
・・・・・・。ひとつ聞いてみたいことがあった。福島県の雇用は原発への依存度が高いという。・・・さんも原発で仕事をしていた1人だ。その原発の事故で故郷が放射能汚染され、住めなくなるという事態に至った今、渡辺さんは原発のことをどう思っているのだろう。
原発の仕事はやはり大きいのですか。私はそう尋ねてみた。
「そうですね」
渡辺さんは運転しながら、じっと考えた。
「原発の仕事をすると月収は27万円くらいでしょうか。ここらへんでは月21万円くらいが普通です」
じゃあ、やはり地元にとって原発は必要なのでしょうか。
「いや」
渡辺さんは大きく首を横に振った。
「原発がなくなったって、私は困りません。電気が足りなくなるぞとか、ウソをついてまでやるようなことじゃない」
とても強い口調だった。青い炎のような静かな怒りが車内を満たしていた。
車は米沢に近づいた。このまままっすぐ走れば、南相馬に帰る方向である。
いつか南相馬に帰れるといいですね。別れの挨拶のような軽い気持ちでそんな言葉が喉元まで出かけたが、やめた。渡辺さんがこう言っていたのを思い出したからだ。
「故郷に子どもと帰れないことは、私にとって最大の屈辱なんです」
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