打越通信

日記ふういろいろ

1Q93

2009-08-01 07:04:08 | 日記ふう
20世紀だった1993年と書くと、かなり昔のようであるが、平成5年の事なのだ。
上の子が8歳で下の子が5歳、子育ての真っ最中だった。






流行り歌でいうとチャゲアスの「YAH YAH YAH」や、ZARDの「揺れる想い」や「負けないで」 が流行った年である。
また、ベストセラーではロバート・ジェームズ ウォラーの『マディソン郡の橋』が出版され話題となったのだ。

1993年、九州地方は梅雨の末期に記録的な大雨に見舞われ土砂災害で多くの犠牲者を出している。
そしてその年、九州地方はついに梅雨明け宣言が出されなかったのだ。
その冷夏の影響で米不足になり、あの細長いタイ米が輸入された。
今年も今日から8月、まだ梅雨明け宣言は出ていない。

そしてもう一つ、この年、宮沢内閣に対して内閣不信任案が可決され解散をしている。
総選挙の結果、自民党は過半数を取れず、日本新党、新生党、新党さきがけが連立を組んで、我が熊本県知事だった細川護熙が総理大臣になった。
いわゆる55年体制が崩壊し、政権交代があった年なのだ。
米騒動で米の一部自由化などの発表についても、深夜遅くに細川総理が記者会見を開き、「夜中に騒ぐ男じゃのう」と村山さんに言われたっけ。

しかし細川内閣は翌年4月に辞任、6月にはあの社会党と自民党、新生さきがけが連立を組んで社会党の委員長だった村山さんが首相になるといった前代未聞の出来事がおきたのだ。

はてさて、2009年は、1993年と同じ運命を突き進んでしまうのだろうか。