あじさい物語

七色の紫陽花のような日々の心模様
       

鹿児島女子師範学校時代の同窓会に寄せて~母の歌~

2014-03-21 22:23:58 | Weblog
母の歌です。

還暦に若芽出したる葉桜よ暑き交りいついつまでも

城山の学びの窓の友しのび葉桜のぞむ指宿の里

集りし友の笑顔がうつし出て笑いさいめくひびきつたわる

一またぎとんで行きたしさくらそう少しむりだと波がよびかく

すこやかにやさしくのびる葉桜よ十重八重に枝もたわわに

いつとせをのぼりくだりししさくらじま今は火をはく青春の(わかき)日のごと

十七里や歩いてみたし加治木みち思いでつきぬはざくらのとも

めぐるくる集いのたより胸にだき友のなさけになみだあふるゝ




確か「葉桜」という同窓会誌があった気がします。
それに寄稿したのでしょう。
最後になると平仮名が多いため原稿と思われます。
たぶん漢字に直して投稿したと思います。

指宿にいて、鹿児島市内で行われる同窓会へ出席できない気持ちはどうだったのでしょうか。
母は、でも、気高く、知的な女性でした。
優しく、心広く…。
桜島に登り(当時は登れました)17里を歩いたことも教えてくれました。
数学が得意で、テニス、バレーボール、卓球、水泳何でもござれだったようです。

ある夏の日に磯浜での「梅園」での同窓会に連れて行ってもらったのを覚えています。
私が小学校5年生か6年生でした。
磯浜にいくと思い出します。ちなみに向田邦子さんも磯浜には思い出がありますね。

母ちゃん、素敵な歌をありがとう。
せめて、皆様、味わってくださいね。

大正4年(1915年)鹿児島市常磐町で生まれた母の短歌です。

2001年10月17日に86歳でお別れしました。

母ちゃん、ありがとう。

母は、偉大です。
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母の短歌と「牛肉と牛蒡の煮つけ」を~お彼岸です~

2014-03-21 21:52:55 | Weblog
今日はお彼岸。

先日、井嶋さんとはやみずさんのお祝い会に行く前に、洋服箪笥を開けたら、箪笥の上においてあった母の箱が落ちてきた。
中を開けると紙に書かれた母の短歌が出てくる。
うわぁ~とびっくりする。
そういえば…母は歌を詠んでいたっけと思い出した。
その歌を箱に載せて、写しておいたのがこれです。



母の女子師範学校時代の同窓会へ出席できない気持ちを歌に詠んでいる。

あの日、出かける前に見せてくれた句の第一首めは「還暦の…」とある。
私は今年、還暦だ。
母の心情を推し量り、母の私へのプレゼントだと思った。
親子だなあと思う。
私が短歌を始めたのは最近だけど、母の血が流れているのを感じる。

短歌なんて興味なかったのに、昨年、札幌でIさんに会って、引き込まれるように始めた。
やるのが当たり前のように…。

母の短歌は大事にしたい。

今日、400字詰めの原稿用紙に母の短歌を書いて、お供えした。

「母ちゃんの歌だね」と。

出かけて帰りが遅かったので、今日は「ぼたもち」は作れず、買ってきたものをお供えした。
室蘭の長女は作ると言っていた。

そして、夕食のおかずのひとつに牛肉と牛蒡の煮つけを作る。
これまた偶然だけど、父が宴会から帰り「お土産だよ」と折り詰めに入れた{牛肉と牛蒡の煮つけ」を持ってきてくれていた。

その宴会はお肉屋さんであったからその献立だったのでしょう。今から考えると贅沢なお料理です。

それがおいしかったこと、おいしかったこと。
この味は忘れられない。
ご飯と一緒がおいしい。

今日出かけていて、この献立を作ろうと思ったことも自然の成り行きだった。

お彼岸の今日、母の歌と「牛肉と牛蒡の煮付け」をお供えした。

お墓参りには遠くて行けなかったけど、父と母、お義父様、お義母様、ご先祖様に感謝しながら手を合わせました。
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