ようこそ里山へ 茨城笠間・青葉って永遠

茨城県笠間市。観光と陶芸の町の知られざる宝。穏やかな里山と田園は心の原風景。庭と山川草木、体感する旬の言の葉たち。

旧道の木陰で時を思います

2011-08-17 06:29:34 | 里山を歩く
 昨日は、道をいろいろ歩きました。
忘れ去さられそうな古い道には、シバグリが転がっていました。

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 このほど新道が開通し、誰も通らなくなった道を歩いています。
曲がりくねっていた昔の道が、広くまっすぐな新しい道に、とって代られました。
時代とともに、便利になるというのは、ありがたいことです。

しかしながら、昔ながらの曲がった道の味というものは、捨てがたい魅力を感じます。
道というものには、人の思いがしみこんでいるものです。
昔は、歩いたり馬と一緒だったり、とにかくゆっくりでしたから、思いもゆっくりたっぷりしみこんでいます。

 特に、笠間の地におきましては、起伏の多い、穏やかだけれども複雑な地形に囲まれています。
その、地形に沿うように、昔の人は道をつくりました。
自然に道になったのかもしれません。
里山と畑の間、畑と田んぼの間、そういう水平方向の境目に、昔からの道というものがありました。
そして、その道の管理は、道普請といって、地元の人が簡単な修理まで自分たちでやっていました。

ですから、学校帰りの道草というものも、豊かで意味のある、小さな歴史の時間の追体験でもありました。
それは、町でも同じでしょう。
川を暗渠にして、お地蔵さんを移動して、道をつくることもしばしば。
道ができて、町が新たに区切られ、町名までもが新しい何丁目何番地何号に統一される。

 話がわき道にそれました。
わき道の話に戻します。
この古いわき道は、石狩川の三日月湖のように、新道の脇にひっそりと忘れ去られています。
忘れ去られた道は、やがて草や落ち葉に埋もれていくことでしょう。

写真の道は、我が家から田んぼと山を経て国道50号に抜ける、いわゆる抜け道でした。
しかし、大昔には、この地の一宮・大井神社のいくつもあった鳥居のひとつがあったとも言われています。
実は、何気ない道に、歴史が埋もれているかも知れないと思うと、もったいないです。

 この古い道の縁には、シバグリが何本もあります。
連日の猛暑の影響で、自然の栗も落果が多いようです。
車も人も通りませんから、下の写真のように、そのままに放置されています。

日本の道100選とか、世の中には、いろいろな企画があります。
せっかくですから、こういう埋もれつつある道も、何かに生かせないものかと思います。
我が家の裏の里山の道も、既にいくつも埋もれています。
自分の足元からという思いがあらたになりました。

 下の画像二枚目は、笠間から山越えで土浦に至る朝日峠からの眺望です。
ハンググライダーのジャンプ台から筑波学園都市方面を眺めています。
この道もまた、トンネルが近々開通して、環境が変わるようです。





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