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順風ESSAYS

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【短編小説】 未来ニュース(1)

2010年06月03日 | 創作
【注意】登場人物の名前等すべてフィクションです。名前被り等で不快な思いをされた方は申し訳ありません。



すべてが順調だった。世界は私を祝福していると思っていた。物心ついたとき、すでに眩しいスポットライトを浴びていた。どこへ行っても特別扱いされ、ちょっとしたわがままも通った。教育番組の人気子役として、その後はティーンファッションのモデルへ。ドラマや映画にも多数出演。この先も何も困難はない、そう思っていた。


とある高層マンションの上層階、地上で繰り広げられている慌しい平日の光景とは無縁なように、ゆったりとした時間が流れている。茶色の艶々した長髪は寝乱れ、オレンジのパステル調のパジャマを着たまま、怜奈(れな)はリビングのソファに寝そべっていた。「はあっ」とため息をつき、大画面テレビの電源を切る。見ていたのは自分が出演したインタビュー番組。「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問に、「小さい頃からお仕事ばかりだったので、特に打ち込むものがありません。」と少し困った笑顔で答える自分。「大変ですものね。」と話を合わせるアナウンサー。ここで嫌になってやめてしまった。つくづく、自分が空っぽな人間なんだと痛感する。

今日は二ヶ月ぶりのオフの日だった。タレント仲間から遊びのお誘いが来たが、ちょっと体調が優れないといって断った。久しぶりの自分だけの時間、前日まで楽しみにしてあれこれやりたいことを考えていたからだ。しかしいざ休みとなると、何もする気がおきない。暇潰しに写メとってブログでも更新しようか、そう思って携帯電話に手を伸ばしたところ、多数の受信メールの表示があった。誘いを断る理由に「体調が優れない」と言ったのが災いして、これをきいた事務所の後輩などから心配やご機嫌伺いのメールが来ていたのだ。

「はあっ」とこの日二度目のため息をつき、怜奈は携帯電話の電源を切った。そして、再びテレビの電源を入れる。今日はひねもすテレビをダラダラ見て終わりになりそうだ。表示されたのは教育系のバラエティ番組、先輩の女優である吉川由梨が出演していた。大学教授のような文化人と対等にトークをこなす。デビューは遅いものの、多芸多才で頭もよく色々な番組や企画に対応することができる。女や性以外の部分で評価がされ、一目置かれる、怜奈が思い描く将来の理想の姿であった。敏腕の中年女性のマネージャーも、「若さと勢いだけで売れるのには限界があるから、今のうちに他のこともできるようにしていなさい。」とことあるごとに言う。自分もああなれるだろうか、とても自信が得られない、と怜奈は気分が暗くなった。

いや、こんなことではいけない、とりあえず何かしなくちゃ。まずはこの格好、寝起きのままのこんな格好だから考えもだらしなくなってしまうんだ。何か小さな用事を作ろう、そうだ、下の郵便受けから手紙をとってくるのがいい。田舎のお母さんから手紙が来てるかもしれないし―こんなことを思って怜奈は重い腰を上げると、そそくさと用意にとりかかった。いざ決心すると手早い。これまで多くの仕事をこなすことができた所以であろう。

淡い桃色のワンピースに身を包んだ怜奈は、部屋を出てエレベーターで下り、ポストへと向かった。平日の昼間であるためか、人とすれ違うことはなかった。ポストには実家からの手紙はなかったが、不動産屋からのチラシが数枚、デパート等利用しているお店からのダイレクトメールが三通。それに加えて、差出人の名前のない白い封筒がひとつ。宛名と住所は綺麗な文字で書かれている。部屋に戻り、何だろう?と怜奈は特に警戒することもなく中を開いた。すると、インターネットのウェブページを印刷した用紙が数枚出てきた。大手ポータルサイトのニュース記事のようだ。その内容を一目見た怜奈は、気味の悪さに顔が引きつることとなった。

人気タレントの怜奈さん(24)死亡=自殺か、自宅マンション前の路上で発見-東京
 20日午前5時30分ごろ、東京都文京区本郷の高層マンション前の路上で、「若い女性が倒れている」と110番があった。警視庁本富士署によると、女性はタレントとして活躍している怜奈さん(24)で、病院に搬送されたが、死亡が確認された。
 同署は現場や怜奈さんの部屋の状況などから飛び降り自殺とみて調べている。(2011/05/20-7:06)

自分の死を知らせる第一報の短いニュース記事。その日付は今から一年くらい先になっている。青ざめた顔で紙を手繰ると、記事に寄せられた読者からのコメントが大量に印刷されていた。「びっくりした…子供のころからファンだったのに。」「好きだったよなんでうわああん」「ブログでは元気そうだったのに」「ご冥福をお祈りしています。」そんな追悼コメントの数々。その中で「そう思う」のポイントが高いコメントがひとつ、「あの薬物疑惑は本当だったのか?」というものがあった。

「何なの…これ?」

怜奈の手から用紙がはらはらと落ちていった。イジメでよくきく机に花を置くという感じなのだろうか。自分が死ぬなんて縁起でもない。自分の命があと一年くらいと脅しているのか。それに、薬物疑惑というのも自分と無関係なことであるし、薬物というのを見たこともない。それにしても、ページのレイアウトから何から何まで本物のニュースページそっくりである。これを作る労力を割いた人がいると思うだけでもゾッとする。

結局この日は、不思議な封筒の中身について思いを巡らすまま終わってしまった。


※次の回を読む→未来ニュース(2)(6月5日掲載予定)


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