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【短編小説】 未来ニュース(4)

2010年06月11日 | 創作
※最初から読む→未来ニュース(1)/前の回を読む→未来ニュース(3)


人はとかく因果を語るのが好きだ。悪い結果には悪い行いがあると言い、よい結果にはよい行いがあると言う。偶然を偶然と認めるよりも、神が機転を利かせて導いた運命だという説明を好む。荒れ狂う現実への恐怖なのか。報いがないと希望が沸かないのか。何でもいいからカタをつけないと前に進めないのか。これから起こる出来事には、どんな因果が被せられることだろう。


「ちょっと!騒ぎを起こさないでよね。この前も奇行がどうのって書かれたでしょ。」

事務所の一室で早矢子の声が響く。しかしその口調はそれほど厳しいものではなかった。清純派から演技派・実力派としてイメージが移ったため、少しの逸脱は許されるようになってきた。最近では、今まで我慢してきたから恋愛でもしたらどうなの、とまで言われるようにもなった。奇行というのは、以前元スーパーアイドルの有明紀子が覚せい剤で逮捕され、芸能界の薬物汚染が話題となったとき、怜奈も奇行をしていそうで怪しいとタブロイド紙が書いたことだ。しかしこれは役柄のせいだろうと誰もが笑い飛ばし、全く相手にされなかった。

こうして和やかな雰囲気での注意だったのだが、怜奈は虚ろな目で下を向いていた。今回の騒ぎというのは、外を歩いていたところ変装を見破ったファンに見つかって追いかけっこになってしまったというものだ。怜奈がいるとの話がインターネットのミニブログで拡散され、多くの人が集まることとなってしまった。怜奈はタクシーを捕まえてほうほうの体で逃げ出した。まあ、これ自体は人気者の宿命で悪いことではない。怜奈が落ち込んでいるのは、この騒ぎでカウンセリングの予約に間に合わなくなってしまったからであった。

由梨の突然の訃報に衝撃を受けた上、自身の相談ができなくなったことで怜奈の精神はいよいよ追い込まれてきた。必死に模索したところ、青山に評判のカウンセリングをする心療内科があることを知ったのだった。安易に薬に頼らず、考え方に新しい道筋を提案することを心がける。秘密厳守。怜奈は自分の問題は薬で解決できるものではないと感じていたので、思い切ってこれにすがることにした。何度も躊躇した上でやっとのことで電話をかけ、予約をとったのだ。他の誰にも内緒。変装をして、辿り着くはずだった。それがフイになってしまった。再び予約をとる勇気は出てこない。

「由梨さん。私が重荷になってしまったのかな。」

怜奈は事務所の窓から景色を眺めながら、由梨のことを慮った。自分が一方的に頼ることで負担をかけてしまったのかもしれない。優しい言葉で自分を救ってくれたお礼もできないままいなくなってしまった。由梨の死からは数週間が経ったが、不自然なほど続報がなかった。葬儀は身内だけでひっそりと行われたらしい。大女優の死で世間的にも大きな衝撃だったのだが、テレビも新聞も雑誌もこれまでの業績を伝えて追悼の意を示すだけで余計な勘繰りを一切しなかった。一目置かれていた人にはこのような送り方がされるのかな、という印象であった。

ふと気がつくと、事務所のビルの前にタクシーが停まり、初老の夫婦が降りてきた。怜奈が自然と目で追うと、事務所に入っていった。普段見慣れないお客に何だろうと不思議がっていると、奥のほうで扉をノックする音が聞こえてきた。早矢子と夫婦が何やら話している声も聞こえてくる。しばらくすると怜奈の元へ早矢子がやってきて、用件を伝えた。

「怜奈ちゃん、吉川由梨さんのご両親よ。」

怜奈がはっと振り向くと、初老の夫婦が歩み寄ってきた。手には大事そうに封書を抱えている。その封書は怜奈に差し出された。封は完全に閉じられ、表には怜奈への宛名がある。由梨の机の奥から見つかったらしい。由梨の両親宛てへの手紙の中には、怜奈と会うことができなければ机の奥から出して渡してほしいと書かれていたそうだ。相談の約束事を果たすための誠実さが感じ取れる。怜奈は涙を浮かべながら、胸に封書を抱えた。そこへ由梨の両親は不思議なことを言ったのだった。

「これを読んで何かわかることがあったら、警察にも連絡してほしい。」

警察とは何だろう。もしかしたら由梨の死には不審な点があるのかもしれない。胸の高鳴りを抑えながら、怜奈は自宅へと戻った。そしてゆっくりと封を開ける。そこには便箋にして十枚はあるだろうか、とても長い手紙が入っていた。彼女の立ち居振る舞いと同じような綺麗な字で紡がれている。怜奈はおそるおそる読み始めた。

「怜奈ちゃん、これを読んでいるということは私が相談の約束を破ってしまったことになるのでしょう。ごめんなさい。でも私には貴女の悩みがどんなものか想像がついています。Uテレビのプロデューサー、悪沢繁、あの悪魔が絡んでいるのでしょう。彼の口から貴女の名前を幾度となく聞きました。そう、私も悪沢と関係をもち、仕事をしてきたのです。そして、今回貴女との約束を破る原因も彼によるものだと断言できます。どういうことなのか、まずは私と彼の因縁の始まりからお話します。」

「私には妹がいました。由香という名前です。妹はタレントとして活動をしていました。といっても貴女のように華々しい活躍はできず、小さい雑誌に載るといった程度のものでした。そこへある仕事をきっかけに悪沢と知り合いになりました。悪沢は由香に目をつけ、テレビの仕事を与えました。そのかわり妹は彼に奉仕を続けました。しかしある夜、何の事故かわかりませんが、妹のアパートで彼は妹を死に至らしめてしまったのです。警察や医師の判断で妹は病死であると扱われました。両親もその事実を受け入れました。それでも私は妹との普段の電話から不審な点を抱いて悪沢に問い詰めました。すると彼は妹の死に関わっていることを認めたのです。」

「その頃彼はドラマでヒットを連発して上り調子でした。自らの有望なキャリアが失われるのをひどく怖れていました。そして、妹の死を追及する私に対し、交換条件を出したのです。その頃私は大学を出たもののよい就職口がなく途方に暮れる状態でした。その事情を知ってか知らずか、私を女優としてデビューさせ必ず成功させると言い出しました。私は妹を踏み台にして自らの仕事を得ることに躊躇し、数日間悩みましたが、結局彼の提案を受け入れました。このことは彼と私以外知らない、墓場まで持っていかなければならない秘密です。」

「私は女優の才があったのか、仕事は順調に進みました。必ず成功させると言った手前、悪沢が環境を整えるのに苦心したのかもしれません。大学で勉強していたおかげで、質のいい仕事も多く得ることができました。そんな中、悪沢は貴女と出会いました。彼は貴女に大きな魅力を感じていました。今後数十年不傑出の女優になれると私に語ることもありました。そして彼の希望は叶い、貴女と多くの仕事を一緒に行い、大成功を収めました。」

「悪沢は野心家です。ゆくゆくは世界で認められる映像作品を作ることを夢見ていました。怜奈ちゃん、貴女と世界に打って出たいと夢を具体的に語るようになりました。これに専念したい。そこで私に仕事の世話をするのが邪魔になったのです。彼は私に、もう一人で十分仕事をとることができるから関係を終わりにしようと持ちかけました。私は今まで彼の成功を見てきましたが、最初の経緯の通り、彼が世界的な成功を収めるに値する人間とは思えませんでした。彼がそこまでの人物になってはいけない、そう確信していました。でももしかしたら自分が捨てられることが嫌だっただけなのかもしれません。」

「私は彼の近くにいて、彼の弱点を多く知っていました。妹の死に対する良心の呵責があったのか、薬物を使用して気を紛らわせていました。私は警察に妹の死と薬物の使用を告発すると脅しました。彼は私の攻撃に戸惑いました。そして、有形無形の圧力をかけはじめました。他人を雇ってストーキングをさせました。テレビ局のトイレに見知らぬ男が無理やり入ってきてナイフを突きつけられ脅されることもありました。しかし私は対抗して告発の準備を続けました。それに応じて身の危険も強く感じるようになりました。もういつ自分が何らかの形で消されるかはわかりません。」

「もし私が彼と刺し違えて悪沢を失脚させることに成功したら、貴女の仕事に支障が出てくるのは確実です。しかし貴女は悪沢がいなくても十分立派に活躍ができると確信しています。一時期落ち込んでも、悪沢の魔の手から離れて、真の成功を収めることができます。私から見ても貴方は輝くスター性を有し、後世語り継がれる女優になれるだろうと思います。もしトラブルがおきても、しっかりと自分をもって進んでください。絶対大丈夫です。貴女の輝く姿を想い浮かべながら、この手紙を終わりにします。」

怜奈の手は震えていた。あまりに衝撃的な事実の数々に思考がまとまらなかった。悪沢の真の姿、由梨が抱えていた闇の部分、全てが彼女にとって信じられなかった。由梨が怜奈に特別優しい言葉をかけたのにも、事情があったのだ。由梨は正義のため、そして怜奈のために自らの命を投げ打ったのだ。しかし由梨には怜奈のことについて知らなかったことがある。怜奈自身も薬物に溺れ、問題が露見すれば自分も一緒に地位を失い二度と戻ることができないということである。

呆然と立ち尽くしていたところ、怜奈の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。放心状態のまま電話をとると、マネージャーの早矢子からであった。いつになく落ち着かない様子だ。

「怜奈ちゃん、今すぐテレビをつけなさい!」

怜奈は言われるがままテレビの電源を入れた。深夜時間帯で何があるのだろう。ぼんやりと画面が映るまで待っていると、目に飛び込んできたのは、緊急ニュースであった。

「Uテレビのプロデューサー・悪沢繁氏が覚せい剤所持の現行犯で逮捕。警察は先日亡くなった女優・吉川由梨さんの殺人容疑でも立件を検討。」

何というタイミング、由梨の執念が実を結んだのだ。警察署前で記者が盛んに事態を説明している。繁華街での職務質問で覚せい剤が見つかったのことだ。この報道体制の準備のよさ、事前に用意されていたのだろう。由梨の死の報道が異常に少なかったのも捜査のため自粛が申し合わされていたのだと説明がつく。

「あなた悪沢さんに何をされていたの!?」

早矢子の問いかけに怜奈は答えることができない。

「あなたが帰ったあと、青山の心療内科から電話があったのよ。本当は守秘義務に反するから言えないのだけれど、あまりにあなたの電話での様子が深刻だったから事務所として把握しているのか確認があったの。」

怜奈は気が遠くなりそうだった。全てが音を立てて崩れていく感覚になった。

「ばかね、一人で抱え込んで。どうして言ってくれなかったのよ!・・・いや、ごめんなさい。見抜けなかった私がだめなんだわ。これだけあなたが苦しんでいるのに、何も気付かず、呑気によくやったとほめてばかり。あなたを悪沢に近づけたのも私。なんてこと!あなたを全然理解してあげられなかった。地方から出てきて一人でいるあなたに一番近くいながら…!ごめんなさい、ごめんなさい…。」

早矢子は涙声になりながらまくし立てる。怜奈も何も言うことができないまま涙が溢れ出てきた。

「とりあえず落ち着くのよ!今すぐあなたの家に行くから!」

早矢子からの電話が切れた。怜奈のマンションまでは三十分といったところだろうか。怜奈はテレビを消した。深夜の静寂が再び訪れる。悪沢が警察で自分のことを喋らない理由はない。もう命運は尽きた、そう感じた。こんなことなら清純派のまま静かに業界から消えていったほうがよかったのかもしれない。自嘲気味の笑いが出てくる。ふと手にした携帯電話に目をやると、実家の電話番号が目に入った。何かの拍子で短縮ダイヤルのボタンを押してしまったのだろう。怜奈はそのまま通話のボタンを押した。しばらくのベル音が続いたあと、電話がつながった。

「あら、怜奈ちゃん、どうしたの、こんな遅くに。」

懐かしい母親の声に、それだけで感情が爆発しそうになる。

「えっと…。ちょっと、眠れなくてね。」

怜奈は本当のことを告げることはできなかった。この暖かさを裏切ることはできない。

「仕事でつらいこと、あったの?」
「うん、まあね。でもお母さんの声をきいたら大丈夫になったよ。」
「まあ。うふふ。」
「そう、今度のお母さんのお誕生日のプレゼント、宅配便で送ったから。もうすぐ届くと思うから誕生日になったときに開けてね。」
「いつも本当にありがとう。でもわたしにとっては怜奈ちゃんの声をきけることがいちばんのプレゼントよ。」
「うん・・・。」
「わたしもね、怜奈ちゃんに送ったよ。グレープフルーツの詰め合わせ。怜奈ちゃん子どものころ大好きだったでしょう?半分に割ったグレープフルーツをスプーンで食べるんだけど、不器用で少ししかとれないの。それでも頑張って頑張ってスプーンを動かして全部食べ切って。とってもかわいかったわ。」
「やめてよ、そんなはなし…。」
「食事はきちんととって、元気にがんばるのよ。お母さんはいつだって怜奈ちゃんのこと応援してるからね。」
「うん…。」

電話は終わった。怜奈の顔は涙でくしゃくしゃになった。将来を憂いもせず、目の前のグレープフルーツと格闘していた子供の頃。あの頃が自分の人生で最も幸せなときであった。どれだけ名声を得ても、どれだけ賞賛を得ても、どれだけ特別扱いを享受しても、あの頃の幸せに勝るものはない。

怜奈はベランダへと向かった。外は雨が降ってきていた。見下ろすと漆黒の闇の中に水の粒が際限なく落ちていく。落ちた雨は川へと流れ込み、海から蒸発して再び雲を作り、落ちてくる。私もあの頃に戻れるだろうか。無邪気な一人の人間から空っぽの人形になり、操り人形になり、操り師がいなくなった。操り師がいない操り人形は空っぽの人形より惨めだ。糸が見苦しく散乱し、自ら立つこともできない。終わったのだ。全ては終わったのだ。

怜奈は身体を小刻みに震わせながら手すりの上に立ち、静かに目を閉じた。

この後、早矢子が間に合ったのか、電話を不審に思った怜奈の親が手を打つのが間に合ったのかはわからない。ひとつだけはっきりとしているのは、これが2011年5月20日に日付が変わって数時間経った頃の出来事だということである。



※あとがきを読む→「未来ニュース」あとがき(6月13日掲載予定)


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