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順風ESSAYS

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【短編小説】 未来ニュース(3)

2010年06月08日 | 創作
※最初から読む→未来ニュース(1)/前の回を読む→未来ニュース(2)


【注意!】今回の内容は読む人によっては不快に思うおそれがあります。合わないと感じたら戻ってください。


自分が苦労しているとき、あの人たちは気楽でいいな、と思うときがあるかもしれない。しかしこれは当人たちの労苦を見ていないから言えることだ。楽しそうに見えても、目標に届かない喪失感を紛らわす気晴らしであることもある。期待があれば不安があり、賞賛があれば批判があり、希望があれば叶わぬときの絶望がある。安楽があれば刺激を欲し、注目があれば逃げ場を欲する。生きるというのは表裏を抱えて進むことだ。


数ヶ月経ったある日の夜、怜奈は所属事務所にいた。社長とマネージャーの早矢子を目前にしてる。張りつめた空気。このままでは次々クールのテレビドラマでの出演がゼロという事態になったのである。配役が決まっていない数少ない残りの枠について営業をかけることとなった。社長によれば、どうやらUテレビでは怜奈のことがリストアップされているが、役柄が今までと違うため内部で慎重論があるらしい。そこで最終決定権を持つプロデューサーと話をして不安を脱ぎ去ってもらおう、ということであった。

話し合いの場所は都内の高級ホテル。事務所の車で移動する。隣に座る早矢子は険しい顔をして何も話さない。「役柄が今までと違う」というのなら予備知識を得てアピールのための準備をしたいところだ。しかしそういう話が全く出てこないところ、怜奈は話し合いがどういうものか薄々感じていた。上層階の部屋の前に着くと、早矢子は「不愉快な思いはさせないようにね」とだけ言った。ノックをし、「どうぞ」という声に応じてドアを開けると、窓側に向いたソファにどっしりと座ったプロデューサー・悪沢の後姿が見えた。マネージャーはそそくさと挨拶を済ませて出て行き、怜奈と二人だけになった。

「お久しぶり。『A氏の憂鬱』以来だね。2年くらい経つかな。」

悪沢はゆっくりと振り返った。怜奈はぎこちなく「はい」と答えた。不自然な間があく。悪沢はフッと笑い、手にしていた冊子を振りかざし、口火を切った。

「いま件のドラマの企画書を確認していたんだ。君にもどういうものか説明するよ。」

企画は次のようなものだった。いまは社会が閉塞感で一杯だ。しかも長期にわたっている。不景気の始めは空元気に頑張れというメッセージが受ける。でも暫くすると頑張っても報われない、成功できないという事態に疲れてくる。現に必死に働いても賃金も上がらないし会社の業績も上がらない状態だ。すると「楽しくできればいいじゃない」という成功への努力を放棄する作品が受ける。ほんわかとした日常を描くものだ。しかしこれはアニメの専売特許で、ドラマでは再現しにくい。しかも段々とゆるゆるの日常では刺激が足りなくなってくる。そこで求められるのは、現実を忘れられるような奇天烈で底抜けに明るい作品だ。これはドラマでも十分戦える。すでに不条理コメディで人気のある雌野九官鳥氏が脚本につくことが決まっている。

「そこで、だ。」

悪沢は勢いに乗って話を続ける。怜奈は意外に真面目な話であることに驚くとともに、警戒していた自分に少し反省をした。

「怜奈ちゃん、君はまだ若い世代の女性の興味を引くネームバリューがある。そして今まで清純派で爽やかな青春モノばかり出ていた君が大きく役柄を変えるということはインパクトがある。それに、ちょうど君を熱烈に支持してきた世代も暗い社会に未来を阻まれ喪失感を抱いている頃だ。社会現象をつくることが期待できる。」

怜奈は小さく頷く。

「僕らは再び社会の流れをリードできるものを作りたいんだ。インターネット等の発達で影響力は目に見えて下がっている。時代の先端を提案してテレビの復権を狙っている。Uテレビとしても大きな期待がかかっている。」

ここで悪沢は一息入れた。立ち尽くしたままの怜奈に気がつき、椅子に座るように促した。怜奈は言われるまま鏡台の椅子に腰を下ろした。悪沢は怜奈が落ち着くのを確認すると、声のトーンを落として話を続けた。

「しかし、社内では君以外の人を推す声も強い。繭香(まゆか)は知ってるだろう?」

「はい」と怜奈は答えた。繭香は怜奈よりも下の世代で、屈託なく底抜けに明るいキャラクターが売りのタレントだ。大人しく少し影のある怜奈とは対照的で、今やティーンに大きな支持があり、飛ぶ鳥を落とす勢いがある。それにドラマに出演したことはまだない。

「彼女はいまとても勢いがあるし、ドラマ初主演というのも話題性十分だ。役柄もちょうど合っている。それに事務所の力も強くて、売込みが激しい。新星がこの企画を担うことも十分に考えられる、というわけだ。」

悪沢は怜奈の反応を見るように顔を覗き込んだ。怜奈は塞ぎがちに視線を落とす。悪沢はニッと口角を上げて歩み寄り、後ろから怜奈の肩に手を置いた。

「どちらも甲乙つけがたい。社内の意見はまとまらなかった。そこで僕に最終判断が任されたんだ。明日の午後の会合で決まることになる。僕としてもこうしてホテルに篭って考えているんだが、どうにも決心できない。最後の一押しが必要なんだよ。」

怜奈の小さな肩は震えた。やはりこうなるのか。自然と目を瞑った。売れない後輩たちはこういうことをやらされているのだろう。ほどほどの活躍は気楽で羨ましいなんて間違いだ。これまでの自分の悩みは贅沢であったと身に染みて感じていた。

「最後の一押し。わかるよね?」

耳元で囁く声に対して、怜奈は微かに頷いた。


(ブログ規約遵守のため削除)


「楽しくないかな?」

悪沢の声に怜奈はうつむく。楽しいわけないじゃないかと食って掛かりたいところであるが、そういうわけにはいかない。次の役では今までの自分と180度違うことをやるのだから、このくらいは演じることができないと話が反故になってしまう。

「こういうこともあろうかと思ってね、魔法を用意したんだよ。ちょっと待ってて。」


(ブログ規約遵守のため削除)


朝の陽光のような眩しいスポットライトに照らされて、怜奈はインタビュー番組のスタジオに入っていった。待ちに待ったかのように湧き上がる拍手に歓声に驚くアナウンサー。そう、新しいドラマは大成功となったのだ。時に奇抜な衣装を着て、時に奇声をあげて、ドタバタ走り回る。怜奈の変わり様に世間は度肝を抜かれ、大きな話題となった。特に電車の網棚で横になって眠るシーンは真似する人が現れ、ワイドショーに取り上げられた。脚本がよかったおかげで作品の文学的評価も高く、怜奈は演技の幅が広い実力派として認められるようになった。既存のファンが離れることも心配されたが、歓迎する声が多数であった。

「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問がされる。怜奈はにこやかに笑って新進の美術や映画を観に行くと答える。その理由は、繊細な感性をもつ人たちの作品に触れ、時代が求めているものは何か考えたいから。「いつも時代をリードしていきたいんです。」と自信をもった発言。自然と湧き上がる会場の拍手。アナウンサーは前回から大きく成長しましたねと驚嘆する。作品との出会いが成長させてくれましたとの返し。続いて、脚本の雌野九官鳥氏からのコメンタリ「彼女はとても勉強熱心で私も大変刺激になっている」と誉め言葉。

テレビを消す気力もなく、怜奈は自宅のソファの上で仰向けに寝そべっていた。久しぶりのオフの日である。栗色の髪は乱れに乱れ、目の焦点は定まらず、天井がぼやけたりはっきりみえたりを繰り返した。インタビューを振り返る。「時代をリードする」とは悪沢がいつも言っていたことだ。空っぽの人形は操り人形になった。大人になったとは嘘をつけるようになったことだ。自分を裏切る罪悪感が高まり、反省と思考の影が近づくと悪沢に連絡をし「魔法」をかけてもらう。

逃避に逃避に逃避を重ねて自分の心身はボロボロになってるのに、周囲は賞賛の嵐で、皆は「成長した」と言葉を投げかける。マネージャーの早矢子はドラマの撮影で「ふっきれたようね。皆こうして成長していくの。あなたは私が扱った中で一番だわ。誇りに思う。」と最上級の賛辞を送った。プロデューサーの悪沢は「僕も楽しいし、君も精神的に成長した。お互い仕事では大成功だ。いいことばかりだな。」と会う度に得意そうに話す。

しかし本当に成長なのだろうか。彼らの話を思い出すたび涙が溢れそうになる。詳しいことは知らなくても「魔法」が身体に悪いものであることは素人的にも意味を認識している。このままの生活が長続きするとは到底思えない。この日は悪沢に会えないから、内省的な性格が戻ってきてしまった。反動で激しい後悔がこみ上げてくる。ソファの上で怜奈はのた打ち回った。

その拍子にソファから落ちた怜奈だったが、一緒にテレビのリモコンにさわったらしく番組が切り替わった。そこには、吉川由梨が相変わらず文化人相手にトークをしている姿が映った。以前辛くて階段で泣いているときに優しい声をかけてくれた人。今でも安定した活躍をして、公私充実している人。この人なら私の問題を解決してくれるかもしれない。相談するのは今しかない。とにかく洗いざらい話してしまいたい。そう思って、携帯電話をまさぐり通話のボタンを押した。

「はいっ、怜奈ちゃん、お久しぶりね。」

電話の向こう側の声は相変わらず暖かいもので、怜奈はそれだけで心のつかえが取れるような気がした。涙が溢れ、言葉にならなくなった。「はい」という受け答えさえも十分にできない。

「どうしたの、怜奈ちゃん。大丈夫?辛いの?」

心配そうに由梨の声が響く。怜奈は肯定の意思を伝えるだけで精一杯だった。結局話にならないので、由梨のスケジュールが空く月末に由梨の自宅で会う約束となった。

「それまで我慢していられる?めげちゃだめよ。」

怜奈は何度も何度も頷いた。これでもう少しやっていける希望が出てきた。電話をしてよかったと心から思う。由梨に一方的に依存しているのは申し訳ないが、今はそうでもしないと壊れてしまいそうなのだ。いつか落ち着くことができたら、最大限のお礼をしよう。そう心に誓うのだった。

しかし、約束の日の前々日、とんでもないニュースが飛び込んできた。

「女優・タレントの吉川由梨さん、自宅で遺体で発見。自殺か。」


※次の回を読む→未来ニュース(4)(6月11日掲載予定)


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