山林を 乞い・したいながら、
俗世に生きる 道をえらんだ
国木田どっぽ(独歩)
かれは、
37さいで
その 生がいを とじました
が、
若き日の
捨て去れなかった・思い出を かみしめる、
しじん(詩人)が います
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へ
しずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼く
たとえようもなくきびしく
私はいま 老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを
千万遍恋うている
その時私は 家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも 自分でわからず
恋している自分の 心だけがたよりで
若さ、
それは苦しさだった
その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っているか
道べりの柳の木に 云えばよかったのか
吹く風の小さな渦に 頼めばよかったのか
あなたの耳は あまりに遠く
茜色の向こうで
汽車が 汽笛をあげるように
通りすぎていってしまった
もう過ぎてしまった
いま来ても つぐなえぬ
一生は 過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の方へ
しずかにしずかにくる人よ
涙流させにだけ くる人よ
・・・・・・・
『どんなに待っているか』
ってところ。
『どんなに待っていたか』
じゃないのが、
長い想いを感じさせるね。」
と
チットが言いました
「
・・・・・・・クリン、
あんた、恋心以前に
『ててっぽっぽう』が、何のことだか
わかってるの?」 (チット)