(原題:Casino Royale )まず、シリーズお馴染みの凝ったタイトルバックが“お色気皆無”であることに驚いた。それを裏付けるように、若い頃のジェームズ・ボンドを描く本作は内容はハードボイルドに徹し、“甘い”部分は極力おさえられている。それどころか、初めて人を殺したときの狼狽ぶりや惨劇を目の当たりにしてショックを受けたボンドガールを真摯にいたわる場面など、従来のシリーズ諸作ではほとんどなかったリアルな描写が散見される。
話が荒唐無稽になるほどマンネリ度が増していった本シリーズの打開策として製作側が取った作戦は、スパイ映画の本分に立ち返ったシリアス路線なのだと合点した。
主役のダニエル・クレイグは正統派のハンサムとは言い難いが(笑)、マッチョな体つきで活劇シーンも難なくこなす。その白眉が前半の工事現場でのチェイス場面だ。「YAMAKASI」でお馴染みの“バルクール”の一員セバスチャン・フォーカン演じる悪者と共に、まるで人間技とは思えない身のこなしを披露。“凄い”というより“美しい”と表現したくなる出色のシークエンスだ。これを観るだけでも入場料のモトを取れる。
ただし、残念ながら脚本の練り上げは不足している。後半からの話の分かりにくさもさることながら、無駄な場面が多すぎる。上映時間をあと30分削ってタイトに仕上げるべきだったろう。監督が凡才のマーティン・キャンベルだけに、各シークエンスの繋ぎもギクシャクしている。いつも思うのだが、どうしてこのシリーズは手練れの職人監督を使わないのだろうか。誰でも知っている定評のある演出家を起用すればもっと面白いものが出来るだろう。
クレイグ以外のキャスティングもパッとせず、敵役のマッツ・ミケルセン、ボンドガールのエヴァ・グリーン共々小粒だ。とはいえ、原点回帰とも言える本作の製作意図は評価できる。次作以降も期待したい。