(原題:Copying Beethoven )晩年近くの楽聖ベートーヴェンと写譜師の若い女性との関係を描いたアニエスカ・ホランド監督作品。
これはダメだ。何より、映画が音楽に乗り切れていない。冒頭、危篤状態のベートーヴェンの元に急ぐヒロインの“心象風景”みたいなものが描かれるが、小手先のカメラのギミックに音楽が被さるだけの見ていて鬱陶しいだけのもの。このシーンをもって“二人は音楽によって固く結ばれていた”なんていう歯の浮くようなモチーフをスクリーン上で表現できたと思っているらしいところが、どうにも痛々しい。
交響曲第九番の初演で、彼女が“影の指揮者”になって耳の聞こえないベートーヴェンを補佐するという、本作のハイライトたる場面も、音楽に対するパッションも何も感じられない。ただ漫然と演奏シーンが流れるだけだ。さらにベートーヴェンの“(当時の)問題作”とされる後期の弦楽四重奏曲の初演場面も、この曲の素晴らしさは微塵も出ておらず、単に“うるさい曲”としか表現できていない。作者はいったい何のためにベートーヴェンを取り上げたのか、さっぱりわからない出来映えである。
それでも楽聖とヒロインとがどういう経緯で互いを信用するに至ったのかが的確に描かれていればいいのだが、これもまた全然なってない。単に“変わった(だけど凄い才能を持つ)オジサンに気まぐれに興味を抱いた若いねーちゃん”という構図が差し出されるのみ(笑)。ヒロインの恋人の扱いも尻切れトンボである。
主人公役のダイアン・クルーガー、ベートーヴェン役のエド・ハリス、共に熱演だが印象は薄い。さらに、この「敬愛なるベートーヴェン」という、まともな日本語にも気の利いたシャレにもなっていない邦題にも気勢がそがれる。いったい配給会社は何を考えていたのやら(暗然)。