ミュンヘン・オリンピックの「黒い九月事件」を扱っています。
この事件は2005年にスティーヴン・スピルバーグが「ミュンヘン」という題名で映画化しており、それなりの評価を受けました。
アメリカの三大ネットワークといえばNBC、CBS、ABCをさしますが、ミュンヘン五輪の放映権を獲得したのはABCでした。映画は一貫してABCの取材に当たる人々の複数の視点を通して事件報道の顛末をセミドキュメンタリ・タッチで描きます。スピルバーグ版がモサド(イスラエルの情報機関)の視点で書かれた原作を下敷きにしていることを頭に置いてこの映画を見ると、見え方が明らかに違ってきます。
「報道とは、マスコミの役割とは何か」を鋭く問うており、とりわけマスメディアで仕事をする人に見てもらいたい作品だと思いました。のみならず、返す刀でマスメディアから情報を享受する立場にあるわれわれに対しても、事実を知りたいのか、スキャンダラスな話題を求めているだけなのか、受け手の倫理をも問いかけているとわかり、背筋が伸びる思いをしました。
ミュンヘン・オリンピックが開催されたのは1972年8月26日からですが、ちょうど10日を過ぎた中盤の9月5日に事件は起きます。明け方に徹夜仕事を終えたスタッフがそのまま当日の準備にかかろうとしたとき、選手村で銃声がして緊急車両が集まりだしたという情報が入る。第二報はイスラエルの選手団がPLOの「黒い九月」と名乗る集団に人質にとられたというのです。押し入った際にコーチら2名を射殺したらしい。要求はパレスチナの政治犯らと人質を交換するというものでした。イスラエル政府は頑として交渉を拒否します。こうして事態は膠着したまま時間だけが過ぎて行きます。西ドイツは第二次大戦のホロコーストの後ろめたい罪科を背負っていて、ミュンヘンの地で再びユダヤ人の血が流されることを恐れています。そのうえでテロリストの要求をどこまで受け容れるのか、難しい選択を迫られていました。
冒頭からラストまで一気呵成に物語は進んで見る者を飽きさせません。
現地に駐在しているのはスポーツ部ですから、「お前らは素人だ。引っ込んでろ」とばかりに本社の報道部が取って代わろうとしますが、現地の責任者は事実を伝えるというスポーツ・ジャーナリストの矜持にかけて報道部との交替を拒みます。
占拠された部屋のバルコニーでテロリストが人質の選手を連れ出し頭に銃を突きつけて警官隊に何か怒鳴っている。アンカー(事件報道の中継を仕切り、取りまとめるリーダー役)がその様子を向かいの建物からキャメラで撮ることを思いつく。同僚のひとりが「自分の息子が殺されるところを見たいと思う親がいるのか」と詰め寄る場面で、報道の在り方を巡る最初の衝突が描かれます。
中継キャメラが、テロリストの立てこもる建物の屋根にライフル銃を手に持った警官が下の様子をうかがう姿を映し出す。アンカーはスクープ映像にご満悦ですが、選手村のテレビが国際放送も視聴できる仕様になっていることに気づいたときはあとの祭り。突然、西ドイツの警官隊が武装したままスタジオになだれ込んできて、クルーに銃を突きつけ「なんということをしてくれたんだ。すぐに放送をとめろ!」と怒鳴りちらす場面は圧巻です。アンカーの指示が警察の作戦を台無しにしてしまい、どこまでが報道の許される範囲なのか、考えさせます。
きわめつけは、膠着状態がとけて現場で動きがあったあと、人質が解放されたという噂を真に受けたアンカーがスクープ欲しさに速報しようとするのを同僚が「裏をとれ」といって阻みますが、これを無視して上司の了解を取り付け速報してしまう。他のメディアも追随しますが、人質全員死亡の公式発表を聞いてクルー一同が悄然となります。世紀の大誤報です。その脱力感がよく出ていました。
客観性の故にスピルバーグ作品を上回る出来だと、ぼくは評価します。(健)
原題:September 5
監督・脚本:ティム・フェールバウム
脚本:モーリッツ・ビンダー、アレックス・デヴィッド
撮影:マルクス・フェーデラー
出演:ピーター・サースガード、ジョン・マガロ、ベン・チャップリン、レオニー・ベネシュ、ジヌディーヌ・スアレム
この事件は2005年にスティーヴン・スピルバーグが「ミュンヘン」という題名で映画化しており、それなりの評価を受けました。
アメリカの三大ネットワークといえばNBC、CBS、ABCをさしますが、ミュンヘン五輪の放映権を獲得したのはABCでした。映画は一貫してABCの取材に当たる人々の複数の視点を通して事件報道の顛末をセミドキュメンタリ・タッチで描きます。スピルバーグ版がモサド(イスラエルの情報機関)の視点で書かれた原作を下敷きにしていることを頭に置いてこの映画を見ると、見え方が明らかに違ってきます。
「報道とは、マスコミの役割とは何か」を鋭く問うており、とりわけマスメディアで仕事をする人に見てもらいたい作品だと思いました。のみならず、返す刀でマスメディアから情報を享受する立場にあるわれわれに対しても、事実を知りたいのか、スキャンダラスな話題を求めているだけなのか、受け手の倫理をも問いかけているとわかり、背筋が伸びる思いをしました。
ミュンヘン・オリンピックが開催されたのは1972年8月26日からですが、ちょうど10日を過ぎた中盤の9月5日に事件は起きます。明け方に徹夜仕事を終えたスタッフがそのまま当日の準備にかかろうとしたとき、選手村で銃声がして緊急車両が集まりだしたという情報が入る。第二報はイスラエルの選手団がPLOの「黒い九月」と名乗る集団に人質にとられたというのです。押し入った際にコーチら2名を射殺したらしい。要求はパレスチナの政治犯らと人質を交換するというものでした。イスラエル政府は頑として交渉を拒否します。こうして事態は膠着したまま時間だけが過ぎて行きます。西ドイツは第二次大戦のホロコーストの後ろめたい罪科を背負っていて、ミュンヘンの地で再びユダヤ人の血が流されることを恐れています。そのうえでテロリストの要求をどこまで受け容れるのか、難しい選択を迫られていました。
冒頭からラストまで一気呵成に物語は進んで見る者を飽きさせません。
現地に駐在しているのはスポーツ部ですから、「お前らは素人だ。引っ込んでろ」とばかりに本社の報道部が取って代わろうとしますが、現地の責任者は事実を伝えるというスポーツ・ジャーナリストの矜持にかけて報道部との交替を拒みます。
占拠された部屋のバルコニーでテロリストが人質の選手を連れ出し頭に銃を突きつけて警官隊に何か怒鳴っている。アンカー(事件報道の中継を仕切り、取りまとめるリーダー役)がその様子を向かいの建物からキャメラで撮ることを思いつく。同僚のひとりが「自分の息子が殺されるところを見たいと思う親がいるのか」と詰め寄る場面で、報道の在り方を巡る最初の衝突が描かれます。
中継キャメラが、テロリストの立てこもる建物の屋根にライフル銃を手に持った警官が下の様子をうかがう姿を映し出す。アンカーはスクープ映像にご満悦ですが、選手村のテレビが国際放送も視聴できる仕様になっていることに気づいたときはあとの祭り。突然、西ドイツの警官隊が武装したままスタジオになだれ込んできて、クルーに銃を突きつけ「なんということをしてくれたんだ。すぐに放送をとめろ!」と怒鳴りちらす場面は圧巻です。アンカーの指示が警察の作戦を台無しにしてしまい、どこまでが報道の許される範囲なのか、考えさせます。
きわめつけは、膠着状態がとけて現場で動きがあったあと、人質が解放されたという噂を真に受けたアンカーがスクープ欲しさに速報しようとするのを同僚が「裏をとれ」といって阻みますが、これを無視して上司の了解を取り付け速報してしまう。他のメディアも追随しますが、人質全員死亡の公式発表を聞いてクルー一同が悄然となります。世紀の大誤報です。その脱力感がよく出ていました。
客観性の故にスピルバーグ作品を上回る出来だと、ぼくは評価します。(健)
原題:September 5
監督・脚本:ティム・フェールバウム
脚本:モーリッツ・ビンダー、アレックス・デヴィッド
撮影:マルクス・フェーデラー
出演:ピーター・サースガード、ジョン・マガロ、ベン・チャップリン、レオニー・ベネシュ、ジヌディーヌ・スアレム
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