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デイリリーを育てる90歳のアール(クリント・イーストウッド)は仕事の成功を追い求めるあまり、長い間家族をないがしろにしてきた。妻や娘から罵声を浴びせられ、ネット販売にシェアを奪われて仕事を失い、失意のどん底にいたアールは孫の結婚式で男から声を掛けられ、ひょんなことからコカインの運び屋をするようになる。アールは何を運んでいるのかを知らされず、寄り道を楽しみながら気楽に車を走らせる。特にむずかしい仕事ではないのに、報酬はたんまりもらえる。何度目かの仕事の際に運んでいるものが大量のコカインであることがわかるが、アールの態度に変化はなく、相変わらず旅行気分で仕事を続けていた。稼いだ金で孫の学費を出したり、退役軍人の会に寄付したり、希望をなくしていたアールに華やかな生活が戻ってくる。
麻薬組織のフリオはDEA(アメリカ麻薬取締局)の動きを警戒し、アールに寄り道をするなと命令するが、アールは食堂で大好きなポークサンドを頬張ったり、黒人家族のパンク修理を手伝ったり、モーテルで若い女性と遊んだり・・・やりたい放題。フリオの怒りは爆発寸前までいくが、アールの不規則な行動がDEAの捜査を攪乱し、張り巡らされた捜査網をすり抜けてしまうという皮肉。まるでコメディのような展開だ。ついには麻薬組織のボスに招かれ大歓待まで受けてしまうアール。生真面目に生きていることがばかばかしく思えてくるような脱力感を覚える。勝手気ままな行動をすることで意図せず危機をかわしてしまうという逆説に、イーストウッド監督の人生哲学を垣間見る思いがする。麻薬調査官のベイツ(ブラッドリー・クーパー)はまさか食堂で隣に座った老人が運び屋だとは思わず、アールの助言に神妙に耳を傾けるというシチュエーションもハラハラドキドキのサスペンスを楽しめる。
アールはメールの打ち方もわからない時代遅れの老人だが、若い者に「人生を楽しめ」「家族を大事にしろ」とアドバイスし、人生を謳歌することを忘れない。非合法な薬物を運んでいるという罪悪感もなく、黒人やヒスパニックに差別用語を使っても悪びれることがない自由人。これまでの人生で家庭を顧みなかったことだけが心残りであったが、後半、麻薬組織に殺されるかもしれない危険を冒して病床の妻に会いに行く。この時に初めてお金では買えなかった家族の絆が結ばれる。幸せな人・・・
映画で人生哲学を語ることは必ずしも容易ではない。具体的なエピソードの中でしか人生論は展開できないからだ。この作品はコミカルなシチュエーションに人生論を織り込んで、巧みに観客の心に入っていく。家族、老い、犯罪、孤独、人生というむずかしいテーマをユーモアとサスペンスを盛り込みながら、絶妙な語り口で描いている。天真爛漫で道徳や倫理に縛られない老人を、飄々と演じるイーストウッド。まるで昨今のアカデミー賞受賞作に対するアンチテーゼのような生き方が楽しい。(KOICHI)
原題:The Mule
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ニック・シェンク
撮影:イヴ・ベランジェ
出演:クリント・イーストウッド ブラッドリー・クーパー アンディ・ガルシア アリソン・イーストウッド
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