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「寝ても覚めても」 (2018年 日本映画)

2019年01月02日 | 映画の感想・批評

 
 朝子は大阪で麦(ばく)という青年と激しい恋に陥るが、ある日麦は忽然と姿を消してしまう。麦への想いを断ち切れぬまま2年が過ぎた頃、朝子は東京で麦と瓜二つの男、亮平と出会う。麦と亮平は容姿はそっくりだが性格はまったく違う。奔放でわがままな麦に対して、亮平は真面目で周囲への気配りができる人。朝子は戸惑いながらも亮平と恋に落ちていく。二人の間に5年の歳月が流れたとき、朝子の前に再び麦が現れる・・・
 朝子は麦と会えば、再び彼を愛してしまうのではないかと恐れている。亮平は麦が現れたときの朝子の心の揺れを心配している。観客はいつのまにか朝子や亮平と同じ目線で見るようになり、二人の関係が長く続くことを望むようになっている。麦が現れるのはないかという不安と、朝子と亮平の絆が壊れてしまうのではないかという恐れが、知らず知らずのうちに作品を覆い尽くしている。不安と恐怖がこの映画をけん引している。胸騒ぎがピークに達したとき、予期したかように麦が現れ、亮平の見ている前で朝子を連れ去ってしまう。まるでサスペンス映画のような展開。
 映画の冒頭で朝子が麦にのめり込んでいく様子がリアルに描かれている。観客も亮平も朝子の一途さをよく知っているので、朝子なら常軌を逸した行動をするかもしれないという危惧をどこかに抱いている。朝子は麦が現れたときに予想に違わず直感的に行動するが、亮平と一緒に行った東北の海を見て自分が誰を一番愛しているかに気づく。
 朝子が亮平のもとに戻ってきたとき、亮平は怒りを露わにするが、心の中ではすでに朝子を赦している。「おまえを一生信用しない」と亮平は罵倒するが、朝子と別れようとはしない。わだかまりを抱きつつも、愛さずにはいられない苦しみを吐露している。
 恋愛を描いた映画には愛し合う二人が何らかの理由(戦争、死、社会の偏見等)によって引き裂かれるというパターンが圧倒的に多い。「ラ・ラ・ランド」のようにアメリカンドリームを夢見て発展的に恋愛を解消するもの、障壁を乗り越えて愛が成就するものやスクリューボールコメディのように喧嘩しながら愛を育んでいくというパターンもある。愛し合っているのに価値観の相違で別れるものや「過去を逃れて」のように愛し合っているのに誤解によって愛が成就しない切ない映画もある。「寝ても覚めても」はそのどれでもなく、愛の不安という本質的な問題に真正面から切り込んだ恋愛映画。
 問題を抱えたままラストを迎えるところは、同じ監督の「ハッピーアワー」とよく似ている。二人の関係性は断たれておらず、絆はかろうじて保たれている。行く手には多くの困難が待ち受けているであろうが、私にはこの作品が<ハッピーエンド>に思えてしかたがない。(KOICHI)

原題:寝ても覚めても
監督:濱口竜介
脚本:田中幸子 濱口竜介
撮影:佐々木靖之
出演:東出昌大 唐田えりか


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