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「花束みたいな恋をした」(2021年 日本映画)

2021年02月10日 | 映画の感想・批評
 花束みたいな恋をした。このタイトルを目にしたとき、人は一生のうちに何度花束を受けとるだろうと考えてみた。花束を受けとったときの胸の衝撃、その後に感じる心地よい一体感、そして花の香につつまれる幸福感。それを何度味わえるだろうか・・・。
 大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)は、東京の京王線明大前駅で、終電を逃したことから偶然に出会う。好きな本や音楽、映画がことごとく一緒で、あっという間に恋に落ちる。卒業後に、それぞれの親の反対がありながらも同棲を始め、就職活動を続ける。簿記の資格を取った絹が先に就職を決め、麦も好きなイラストを諦め営業の仕事に就く。こうして二人の共同生活は続いていく。
 麦と絹。一文字で男女の区別がつきにくい平成の名前の特徴だが、ジェンダーレスなのはいい。菅田将暉主演の前作「糸」でも、主演の二人は漣と葵だった。物語はそれぞれのモノローグで始まり進んでいく。臨場感があり効果的だ。二人でミイラ展に行き、アキ・カウリスマキ監督の「希望のかなた」を観る。近所にお気に入りのパン屋をみつけ、拾った黒猫に二人で名前をつける。いさかいもなく、キラキラした日々は続く。
 脚本は坂元裕二。19才で第1回フジテレビシナリオ大賞を受賞してデビュー。数々のヒット作を生みだしてきた、今の日本を代表する脚本家の一人だ。ちなみに関西出身。今回は特定のSNSを脚本に織りこんだと聞く。土井裕泰監督とはドラマ「カルテット」で組み、映画では初タッグとなる。
 この作品には、恋愛ものにありがちな恋のライバルも、難病も事故も、家族関係のしがらみも、相談と称して口を挟む友人も出てこない。それなのに、二人のキラキラはゆっくりと確実に失われていく。その過程が静かに丁寧に描かれている。
海辺で二人が戯れるシーンに麦のモノローグが重なる。「はじまりは、おわりのはじまり」。このシーンは印象的で心に残る。
 麦が絹にむかって言う「僕の人生の目標は絹ちゃんとの現状維持です」の言葉は、二人の未来を象徴的に語っている。やがて結婚を口にすることで、麦は従来の男と女の関係性に搦めとられてしまう。別れ話に修羅場はなく、二人はファミレスのテーブルをはさんで静かに思いを語り、別れていく。出会いから5年が経過していた。
 エンドロールで流れる大友良英の軽快な音楽が、座席に沈みこんでいた気分を、ほんの少し和らげてくれる。
 花束がやがてドライフラワーとなり、部屋の一角に慎ましやかに置かれている、そんな風景を心の内に秘めている人におすすめの作品である。 (春雷)

監督:土井裕泰
脚本:坂元裕二
撮影:鎌苅洋一
出演:菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、オダギリジョー、戸田恵子、岩松了、小林薫


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