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「朝が来る」 (2020年 日本映画)

2021年02月03日 | 映画の感想・批評


 少子化の問題が、コロナ禍で一層深刻さを増していると聞く。思ってもいなかった世界が現実となり、これから先、命を授かり育てることに不安を覚え、躊躇する若者が増えているそうで、生涯未婚率も上がる一方。何と20パーセントを超えたという。しかし、やっぱり子どもは宝。家族にとっても、地域にとっても、その未来を担うかけがえのない存在であることにかわりない。そして、子どもがほしくても叶わない親もまた、多数存在するのだ。
 カンヌ映画祭など海外でも輝かしい受賞歴を誇る河瀬直美監督が今回取り組んだのは、直木賞作家・辻村深月さんの小説「朝が来る」の映画化。特別養子縁組を通じて運命が交錯する育ての両親と生みの母親、そして生まれた子どもを通し、それぞれの苦悩とその先の希望を紡いだ、ミステリーを超えた感動作が誕生した。
 主人公の栗原佐都子は、夫・清和と来年から小学生となる息子・朝斗との3人暮らし。湾岸のタワーマンションの上階に住み、誰もがうらやむ生活ぶりなのだが、朝斗は実の子ではない。清和が無精子症で何度か顕微授精を行ったのだがうまくいかず、もう夫婦だけで生きていこうと決めた矢先、旅行先の宿で偶然NPO法人「ベビーバトン」のドキュメンタリー番組を見ることに。そこで「特別養子縁組」という制度があることを知り、「これは親が子どもを探すためではなく、子どもが親を探すための制度」という言葉に動かされ、説明会に参加。血の繋がりに関係なく、上手く家族を築いている人たちに接して、それでは自分たちも役に立てればと養子を迎える決意をする。あれから6年。幼稚園でのトラブルが落ち着き、平穏な日々が戻ったと思ったところに一本の電話がかかってくる。「・・・子どもを返してください」と。朝斗の生みの母親、片倉ひかりからだった。
 河瀬監督といえば自ら8ミリカメラを手に周囲の人や物事を撮ることから映画を始めたドキュメンタリスト。その「らしさ」はこの作品でも随所に見られる。まず、キャストに「役を積む」ことを要求すること。それは登場人物が経験してきたことやこれからするであろうことを、そのままリアルに体験して幾度となく積み重ね、その人物になりきるということらしい。栗原家の永作博美、井浦新、そして子役の佐藤令旺君も、有明のタワマンで日常生活と同じことをして、親子の関係を作り上げたそうだし、ひかりの家族が住んでいるのは河瀬監督の故郷、奈良。そこでも一軒家を借りて共同生活をし、ひかり役の蒔田彩珠は地元の中学校に通って授業を受けたり、部活にも参加したそうだ。役を積み上げ、それぞれの人物になりきった俳優たちの演技が極めて自然で素晴らしいのはここから来ているのだ。極めつけはベビー・バトン。実際にNPO法人の手を借り、劇中の説明会や実母の独白シーンにはすべてリアルな人たちが登場している。リアルだからこそ、その言葉や涙に心を打たれる。これ以上強いものはない。
 ロケーションにもこだわった。河瀬組ではセットを使っての撮影ということはまずない。すべて実際にある場所や建物が使われている。そして美しい自然も最大限に生かした。ひかりが向かったベビーバトンの寮がある広島の似島には、奈良にはない広々とした海があった。そこで見つけた太陽と雲が織りなす圧倒的な光景が、ひかりに新たな決意を生み出す。主題歌がうまく使われているのにも注目したい。「アサトヒカリ」というタイトルには母子3人の名前が入り、劇中で幾度となく母親たちが口ずさむ。何とエンドロールでは朝斗の歌声が聞こえ、そして・・・。河瀬監督流の見事な夜明けは、ここに極まれり!! 
 (HIRO)

監督:河瀬直美
脚本:河瀬直美、高橋泉
原作:辻村深月
撮影:河瀬直美、月永雄太、榊原直記
出演:永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、佐藤令旺、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、田中炊偉登、利重剛


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