ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

公判概略について

2006年07月28日 | 大野病院事件

周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページより公判の経過(概略)について

 7月21日に本件の公判前整理の話し合いが福島地方裁判所で開催されました (10:30 AM~12:00AM)。この日では話し合いで結論にいたらず、次回8月11日 (金)に持ち越されました。今後の予定は8月11日(金)でも話し合いがつかない場 合は9月15日(金)と10月11日(火)となります。現在の状況判断では10月11日 (火)まで続く可能性があります。その後(話し合い成立した)1ヶ月後から裁判 が開始されるものとみられます。ただし9月15日(金)に結着できれば10月11日 (火)が裁判の1回目が開催される予定です。

公判前整理の話し合いが開催された以前のこれまでの経過(概略)です。

1. 平成18年6月9日

 福島地方検察庁より「証明予定事実記載書」が弁護団に届きました。 これは被 告人の経歴からはじまり、前置胎盤、ゆ着胎盤の説明、本件に至る経過、本件 の手術状況、被害者死亡後の状況等などが記載され、本件を起訴した証拠を提出してきました。

2. 平成18年7月7日

 弁護団はこれを受け、「証明予定事実記載書に対する求釈明事項書」を福島地 方裁判所刑事部に提出しました。また同時に「起訴状に対する求釈明事項書」 を裁判所に提出しました。

「証明予定事実記載書」に対する求釈明事項書」とは、検察官から証拠によって証明しようとする事実が何であるかを明らかにした書面中、弁護団が不明確 な点について説明を求めた書面です。また「起訴状に対する求釈明事項書」と は起訴状に起訴事実として記載されている文言について不明確な点について弁 護団から説明を求めた書面です。

 また同日、裁判所刑事部に弁護団より「証拠に対する意見書」も提出しまし た。これは検察官が裁判所に提出した、取り調べを請求した証拠に対して、弁 護人が取り調べをした「同意書面及び取調べ」に同意するかどうか(証拠とし て取り上げてよいかどうか)について意見を述べ、現段階ではその判断を留保 していることを述べる書面で弁護人が同意しない「同意書面及び取り調べ」の 書面については無条件に証拠となることはないとのことです。(つまり検察側 から提出した証拠のうち、裁判で争う時に証拠として認めるもの認めないもの を選択したことになります)

3. もう一つ弁護団から福島地方検察庁に「類型証拠開示請求書」を提出しま した。これは検察官が証拠として提出していない手持ちの証拠について類型的 に証拠の開示が認められている(刑事訴訟法)ので、証拠として弁護団(人) が証拠の開示を請求した書面です。

4. 平成18年7月14日

 福島地方検察庁は弁護団に対し「証拠開示請求に対する回答書」を送ってきま した。つまり類型証拠開示請求に対する回答です。同日検察庁は福島地方裁判 所に「意見書」を提出しました。類型証拠開示請求に対し、弁護人の請求に理 由不備の請求が含まれていることから弁護人にその不備の是正を求めるよう、 裁判所に求めた書面です。

5. 平成18年7月21日

 弁護団は①「証明予定事実記載書に対する求釈明事項書(2)」、②「証明予定事 実記載書に対する意見書」および③「類型証拠開示請求についての意見書」を 福島地方裁判所刑事部に提出しました。①は前述した如く、検察官から証拠によって証明しようとする事実が何である かを明かにした書面中、弁護人が不明確な点について説明を求めた書面です。 ③は検察官か弁護人の申し立て(要求)に対し、証拠の開示に応じない理由を 述べたことに対する弁護人の意見を述べた書面です。

6. 平成18年7月21日

 前述した如く、第一回目の公判前整理の話し合いが行われました。その後、午 後1時30分より県弁護士会館で記者会見をいたしました(弁護士の先生8名)。 この時記者団に配布した「コメント」をご覧いただきたく存じます。またこの次の日に新聞各紙にとりあげられました。

 裁判所に提出した書面、検察官から提出された各書面をすべて公開すること はできませんが、これまでの経過と今後の予定について、皆様にご報告させて いただきました。

福島県立医大 産婦人科 佐藤 章

Updated on July 28, 2006

****** 「コメント

平成18年7月21日

報道関係者各位

加藤医師業務上過失致死裁判に関するコメント

弁護士一同

 福島県立大野病院の産科医である加藤医師は、本年3月10日業務上過失致死及び医師法違反の罪に問われ、起訴され、本日第1回の公判前整理手続きが行われました。

 起訴事実は、死亡した女性の帝王切開手術に際し、①女性が全前置胎盤患者であり、前回帝王切開創部への胎盤の付着を認めていた上②女児が生まれた後、女性が「胎盤癒着」の患者であることを認識したので③このとき胎盤剥離を継続すれば胎盤剥離面から大量出血して女性の生命の危険があったのだから、④直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行して胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による女性の生命の危険を回避すべき注意義務があるのに⑤胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行せず、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により、⑥胎盤剥離面からの大量出血により女性を失血死させた──というものです。

 本件において、女性が亡くなっていることに関し、その女性、ご家族に対しては心から哀悼の意を表するものです。

 しかしながら、女性に対する加藤医師の処置には、業務上過失致死罪に問われるべき過失はなかったと考えております。

 本件は女性が癒着胎盤という疾患のために、不幸にして亡くなった事例ですが、癒着胎盤は1万分娩に2~3回発生するかどうかというごく稀な疾患です。産科医が一生のうちに1例か2例遭遇するに過ぎない、あるいは遭遇しないこともあり得るような疾患といえます。

 癒着胎盤の事前の診断は、極めて難しく、穿通胎盤(percreta)という極めて高度の癒着は比較的事前診断が容易とされていますが、狭義の癒着胎盤(accreta)、嵌入胎盤(increta)という軽度、中等度の癒着が術前に判明することはまれです。癒着は通常、児の分娩後、胎盤が自然に剥離(いわゆる後産)せず、胎盤を物理的に剥離する過程で初めてわかるのであり、その程度を含めた正確な病名は、事後の病理診断をまたなければ判明しません。

 ただ、癒着胎盤になりやすいタイプの妊娠の類型が存在するので、そのような類型の妊娠においては、医師は癒着胎盤の可能性を考慮し、それに備えますが、胎盤癒着の可能性が低いと診断される場合には格別の準備はしません。

 本件で加藤医師は、子どもを娩出させた後に、胎盤を剥離させるという処置をするまでは、癒着胎盤であることは認識しておりませんでした。

 また、癒着胎盤の症例(特に帝王切開の術中に癒着胎盤と判明した場合)では、癒着判明後直ちに胎盤剥離を中止して子宮全摘出に移行する場合よりも、胎盤を剥離させる作業を継続し、その後の出血等の状況を見た上で、剥離を継続するのか、剥離を中止して子宮動脈の遮断術あるいは子宮全摘出に移行するのか判断することが多いのが臨床の実際です。

 胎盤が剥離できないままでは、子供が娩出された後も子宮の収縮不良は持続します。つまり胎盤を剥離させない限り出血が持続するのです。通常のお産では、子供が娩出された後子宮が収縮し、胎盤に血液を供給している子宮筋層内の血管部分周辺が収縮して出血が止まります。従って、癒着胎盤であっても、胎盤は剥離させるほうが、出血を押さえることができる場合は多いとも言えます。胎盤の剥離によって出血が止まれば、そのまま処置を終えますし、もし出血が止まらなかったり、胎盤を剥離させることができなければ、次に子宮動脈の遮断を試み、最終手段として子宮を摘出するという決断にすすむわけです。

 本件では、事前に子宮摘出に至る可能性があることは説明していましたが、女性は子宮を摘出しないことを希望していたこともあり、加藤医師はできるだけ子宮を温存する方向での処置を選択し、胎盤剥離の処置をしております。

 ただ、胎盤剥離後、出血が止まらず子宮摘出を決断しましたが、子宮摘出手術は、母体の血圧が安定し、輸血が十分できる状態にならなければできないために、加藤医師はペアン(手術器具)による子宮動脈の遮断をおこない、止血の処置をとり、輸血血液が届き、母体の状態が安定してから子宮を摘出しました。子宮摘出後も母体の状態は安定していましたが、最終処置の直前に、女性の容態は急変し、亡くなられたわけです。

 加藤医師の処置は、産科医と外科医、麻酔科医の三人で帝王切開に対応しているいわゆる一人医長の病院でできる限りのものであったと考えております。本件における女性の死は、担当医が加藤医師だからもたらされたものではなく、加藤医師ではない別の産科医が担当していても起こりえたことです。

 このように、加藤医師の処置に関し、一般の水準の産科医として欠けるところはなかった、すなわち過失はなかったと言え、その点は今後の公判で争うことになります。

 しかしながら、本件の問題点は、加藤医師が過失を争わなければならないことだけではありません。

 加藤医師のように、年間200人以上の新生児をとりあげ、年間40人の帝王切開を担当している医師が、明白な過失もなく、患者さんが亡くなったという理由で、逮捕されてしまったということの意味は大きいと思われます。患者さんが医療の途中で死亡するということはどんな治療にも内在する危険です。そもそも医療は身体の侵襲行為であり、危険を伴うものです。患者さんの持つもともとの様々な因子によって、何でもない医療行為で亡くなる可能性も否定しきれないのです。また、その患者さんの住む地域が、僻地であるがために、例えば東京に住むものと同じレベルの医療を受けることができずに亡くなる可能性は常にあるのです。

 このような医療行為の特殊性や地域の特性を考えたとき、患者の死という結果からレトロスペクティブ(後方視野的)に過失を探し、それを業務上過失致死という犯罪、例えば酒気帯び運転による交通事故で人が亡くなったときと同じ罪に問うことに疑問を禁じ得ません。 医療過誤の裁判は年々増え続け、患者さんが亡くなっている事件もかなりの数になっていると言われます。しかし、加藤医師を起訴した論理を貫けば、全ての医療事故によって患者が亡くなれば医師は業務上過失致死罪に問われかねません。しかし、厳しい労働条件の下で、医師としての誇りと良心を支えに医療行為に従事する者に対し、このような結果は酷に過ぎます。全ての医師に神になれとわれわれは要求することはできるのでしょうか。

 そして、国の無策からきた産科医不足という現実の中で、24時間、365日オン・コール態勢の中で、身を粉にして働く地域医療の担い手を逮捕・起訴することに妥当性はあるのでしょうか。現に加藤医師の逮捕により、大野病院の産科は閉鎖されました。住民にこのような犠牲を強いるほどに、加藤医師の逮捕・起訴は価値あるものでしょうか。それにより国民が得るものは何なのでしょうか。

 本件の裁判は、すぐれて今日的な観点を提供するものです。医療の現状、医療の限界、医療の危険とは何なのかという、ややもすれば見過ごされてきた問題点を浮かび上がらせています。地域医療が直面する現実を知らせてくれております。そして我々に、そのような問題に我々がどう対応すべきなのかということを考えさせ、どこまでが刑罰をもって規制されるべき限界なのかというような問題点にも向き合うことを求めています。

 この裁判に意義があるとすれば、そのような問題点を認識する機会であるということですが、ただ遺憾なのは、それを加藤医師が、自らの業務上過失致死事件の裁判という、人生を左右するような状況で個人的に担わされていることです。

 私たち弁護団は、可能限り医学的検証を徹底する努力をしたいと考えています。真に問われるべき過失が当該医師にあったと評価できるのかを問いたいと思います。また、刑罰を科さねばならない過失と言うべきなのかを問いたいと思います。

 報道関係者には、加藤医師の裁判が提供する今日的な意味をご理解いただき、どうか、正確な医学知識と事実認識のもとで、事件を見続けながら報道していただきたいと考えております。

以上


県警察医会:福島で定期総会 大野病院医療事故の問題点指摘

2006年06月13日 | 大野病院事件

****** コメント

警察医は、都道府県によって多少制度は異なるが、県内在住の臨床医が任命され、医院もしくは自宅の属する所轄警察署の嘱託を受けて医師免許を必要とする警察業務(被疑者の採血等)を行う。監察医制度のない都道府県においては、異状死体の検案も警察医の嘱託業務であり、その結果事件性があると判断された場合には司法解剖が行われ、それ以外のほとんどの場合は、警察医が外表所見のみから死因を推定し、死体検案書を発行し終わる。

****** 毎日新聞、2006年6月12日

県警察医会:福島で定期総会 大野病院医療事故の問題点指摘/福島

 06年度県警察医会定期総会が11日、福島市杉妻町の杉妻会館で開かれ、県内各署の警察医ら約50人が参加した。総会では元名古屋大学医学部長で警察庁科学警察研究所の勝又義直所長による特別講演も行われた。勝又所長は県立大野病院の医師が逮捕・起訴された医療事故に触れ、患者の安全を第一に考えることや、異状死体届け出基準の明確化が重要であると指摘した。

 勝又所長は今回の事故について、業務上過失致死に当たるか▽異状死体の届け出義務違反に当たるか--の二つが論点であると指摘。業務上過失致死の問題については、原因究明と再発防止のための専門機関がないことや、医療過誤に対する行政責任の対応が弱いなどの問題点を挙げた。

 また異状死体の届出義務については、東京都立広尾病院の点滴ミス隠し事件での04年4月の最高裁判決で「死体検案のみに限定されない」として治療行為も含むと判断したことや欧州連合(EU)などの現状などを紹介し、「広く解釈するのは世界的な流れ」と説明した。そして、「届出基準を法的に定めず、医師の判断に任せていることが問題」と話した。

 参加した警察医からは、「なぜ医療事故専門の裁判所がないのか」「県のマニュアルでは管理者が届け出をすることになっているが、医師自身にも責任が及ぶのか」といった質問が出ていた。【松本惇】

毎日新聞 2006年6月12日


朝日新聞 論座: 事故は避けられなかったのか

2006年06月05日 | 大野病院事件

****** コメント

確かに一人医長などの不十分な体制の公立・公的病院で、多くの分娩を取り扱うというのは非常に無茶な話ではある。私も若い時分に数年間の一人医長勤務を経験したが、もう2度と経験したくない人生で一番辛かった思い出である。加藤医師にしたって、自らの意思で好きこのんで一人医長業務を行っていたのではなく、上司から一人医長勤務を命じられて、仕方なくその命令に従って一人医長の任務についていたわけだ。

「たとえ一人医長であろうとも、万遍なく産科医を配置し、どの地区に住んでいようと近くでお産ができるようにすべき」という住民側、自治体側の利便性を要求する主張を一切無視して、「一人医長などの不十分な体制の産科はすべて廃止し、産科医の集約化を推進すべし」というような方針を住民側に提案することさえ不可能な社会的状況であった。

加藤医師逮捕を契機に、一人医長などの不十分な体制の産科は問答無用でどんどん廃止することが可能な社会的状況となりつつある。それ以前には、いくら一人医長体制の産科業務が危険だからといって、それを廃止することは決して許されないような社会的な状況にあったことは忘れてはならない。

また、癒着胎盤の頻度は非常にまれで、産科医が一生のうちに1回経験するかどうかという非常にまれな疾患である。大野病院では年間分娩件数2百件程度とのことであるから、そのペースだと百年に一度発生するかどうかという非常にまれな発生頻度となる。おそらく、大野病院開設以来初めての症例だったと思われる。結果論だけで、「こうすれば助けられた筈だ」などといろいろ後講釈を言うことは容易だ。しかし、輸血を1000cc準備し、外科医に助手を依頼し、麻酔科医に麻酔を依頼したのであるから、通常よりも相当に周到な準備を行ったことは確かだと思う。

****** 朝日新聞 論座、2006年7月号
http://opendoors.asahi.com/ronza/story/

事故は避けられなかったのか

検証:福島県立大野病院事件

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鳥集 徹
とりだまり・とおる 

1966年、神戸市生まれ。同志社大学大学院文学研究科修士課程修了。出版社勤務等を経て2004年、フリーに。医療・健康分野を中心に記事を執筆。共著に『検証 免疫信仰は危ない!』など。

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 「事故に対する見方はいろいろありました。しかし、『逮捕はおかしい』という一点で一致したんです。納得できる理由もないのに、こんなことを許していたら、だれだって逮捕されてしまう」
 「加藤医師を支援するグループ」発起人のひとり、三重大学医学部公衆衛生学教室助手の木田博隆医師(神経内科医)は、署名活動を始めた理由をこう説明する。
 今年2月18日、福島県立大野病院産婦人科の加藤克彦医師(38)が、業務上過失致死と医師法違反の疑いで福島県警富岡署に逮捕された。同県内の女性(当時29)に対し、癒着胎盤で大量出血する可能性を認識していたにもかかわらず、十分な検査や高次の病院への転送をせずに帝王切開を執刀、子宮から胎盤を手術用ハサミで無理に剥がし、大量出血死させたというのがおもな理由だ。
 この逮捕に医師側は猛烈に反発した。逮捕から6日後の24日、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が連名で「逮捕拘留の必要があったのか理解しがたい」とするコメントを発表。これを皮切りに、各地の産婦人科医会や医師グループが相次いで抗議声明を出し、加藤医師を支援する動きが燎原の火のごとく全国の医師に広がった。
 3月17日には加藤医師の出身医局である福島県立医科大学産婦人科の佐藤章教授らを代表とする「周産期医療の崩壊をくい止める会」が、「加藤医師の逮捕・起訴は遺憾。無罪実現に向けて理解と協力を」とする陳情書を、6520人の医師の賛同署名をそえて厚生労働相に提出。5月末現在で声明や要望を出した医師グループは100近くにも及んでいる。
 04年12月17日の事故直後、福島県は県内の産婦人科医3名からなる医療事故調査委員会を組織し、05年3月22日には「報告書」を公表。加藤医師の判断ミスを認め、遺族に謝罪した。加藤医師も減給1カ月の処分を受けた。一方、県の公表で初めて事故を知った県警は、昨年4月に同病院や県病院局を家宅捜索した。
 「検察側は逮捕理由を『証拠隠滅』と『逃亡の恐れ』と説明していますが、すでに証拠は警察が押収している。しかも、加藤医師は事故後も逮捕されるまで大野病院で1年以上も勤務している。患者さんの月命日には必ずお墓にお参りし、ご遺族に補償交渉の働きかけもしてきた。なのに、どこに証拠隠滅や逃亡の恐れがあるのでしょうか」(木田医師)
 木田医師たちが「加藤医師を支援するグループ」を組織し、署名活動を始めたのは、インターネットでの議論がきっかけだった。逮捕直後、医療者限定のある掲示板に書き込みが殺到。それをきっかけに、事件を考えるフォーラムが別につくられ、メーリングリストを活用した情報収集と活発な議論が交わされた。約800人の医師が署名に参加し、声明を出す3月8日までに、2千数百通にも及ぶメールがやりとりされたという。
 「わたしたちは『報告書』だけでなく、あらゆるルートから可能なかぎり情報を集め、大野病院の置かれた環境を想定し、事故の状況をシミュレートしました。その結果、加藤医師の判断は『妥当』で、刑事責任を問われるようなものではなかったと判断したのです」(木田医師)
 同グループをはじめ、多くの医師団体が声明文や陳情書で、この事故は「診療上ある一定の確率で起こり得る不可避な出来事」と主張している。たとえば、「周産期医療の崩壊をくい止める会」の「陳情書」には、次のように書かれている。
 「癒着胎盤は全分娩の0・01%~0・04%という稀有な疾患であり、さらに、前置胎盤のうち、癒着胎盤が合併する頻度は4%程度といわれております。特に癒着胎盤は、現在の医療水準では、事前の確定診断が難しいとされております。 今回の場合、帝王切開中に癒着胎盤による出血が多量となり、子宮動脈血流遮断、子宮全摘などの止血措置を含む救命措置を施したにも関わらず、不幸な転帰を辿られています。執刀医が高度の技術と経験を有している場合ですら、これらの措置は極めて難しいといわざるをえません。今回の事件は、医師個人の問題ではなく、まさに現在の地方僻地医療が抱えている医師不足や輸血血液の確保難等を背景とした医療政策、医療マネジメントの問題であります」
 事故は不測の事態が招いた出来事であり、どんな医師が執刀していても救命は困難だった▽事故の背景には、輸血血液の供給もままならない僻地にもかかわらず、たった1人で地域のお産を担わなければいけない「産婦人科医不足」という問題がある▽これを解決しないかぎり、今後も同様の事態が一定の確率で起こる、というのが医師側の主張だ。
 こうした声が大きくなるにつれ、当初は医師逮捕に厳しい見方をしていたマスコミも論調を変え、産婦人科医が置かた過酷な労働環境や、各地で次々にお産の場所が失われている実態を繰り返し報道するようになった。確かに、24時間365日いつ始まり、いつ危険な状態に陥るか予測もできないお産を、1人や2人の医師で担うのは過酷としかいいようがない。こうした状況を放置したままで、安全を担保することはできないという主張に異論を差し挟む人はいないだろう。
 しかし、「医療政策、医療マネジメントの問題」ばかりがクローズアップされるようになったために、今度は大野病院の事故そのものに関する議論がほとんど見当たらなくなった。医師側が主張するように、「事故は避けられなかった」と結論づけるのは性急すぎると感じているのは筆者だけだろうか。
 この事故で焦点になっている「癒着胎盤」とは、どのようなものか。
 池ノ上克(宮崎大学医学部産婦人科教授)他編著『NEWエッセンシャル産科学・婦人科学(第3版)』(医歯薬出版)によると、癒着胎盤は「胎盤絨毛と子宮筋が脱落膜組織を介さず直接接していて、剥離できない胎盤」と定義されている。
 正常な胎盤は「脱落膜」を介しているので、児の娩出後に子宮が収縮すると子宮筋と胎盤の間にずれが生じ、容易に胎盤が剥がれる。ところが癒着胎盤は「脱落膜」を介さず、胎盤絨毛が直接子宮筋に付着あるいは侵入しているため、出産後に子宮が収縮しても胎盤が剥がれない。
 無理に剥がすと大出血となり、最悪の場合には母体死亡を招くこともありうる。それゆえ、前掲書にも「術中癒着胎盤を確認したら、決して胎盤を剥離することなく(中略)胎児を娩出後、直ちに子宮摘出を行う」と記載されている。癒着の程度や範囲にもよるが、母体死亡を招く恐れのある危険な疾患であることは間違いない。 94年からの11年間に、名古屋大学産婦人科関連の3次医療機関8施設で経験された癒着胎盤23例を検討した学会報告(日本胎盤学会第31回学術集会)によると、全例に帝王切開が施行され、18例は帝王切開と同時に子宮を摘出。残りの5例は、帝王切開と同時に子宮を摘出するのは母体に危険と判断し、胎盤を残していったん閉腹、再手術で子宮を摘出している。23例のうち、子宮を温存できた患者は1例もなかった。
 術中出血量は、胎盤絨毛が子宮筋層を貫通している「穿通胎盤」の場合、平均1万2140g(羊水含む)。胎盤絨毛が子宮筋層に侵入している「嵌入胎盤」でも平均3630gであり、いかに大量出血になるかがうかがえる。とはいえ、母体死亡は1例(死亡率4%)。事前に癒着胎盤を診断または予測し、十分な輸血を準備して計画的に手術に臨めば、かなりの確率で母体を救うことができる。
 ただし問題は、癒着胎盤を事前に診断できるかどうかだ。この症例検討を行ったチームの一員で、現在、埼玉医科大学産婦人科教授の板倉敦夫医師はこう話す。
 「わたしたちは癒着胎盤が疑わしい症例にはほぼ全例、MRIや特殊なエコーなど通常は使用しない装置を駆使して検査していました。超音波検査で癒着胎盤の8割に特徴的な所見が認められますが、事前に完全に診断できたのは約6割。高度な施設でさえその程度ですから、一般の病院で事前に確定診断するのは難しいでしょう」 また、癒着胎盤といってもただ付着しているもの(狭義の癒着胎盤)から、筋層に侵入しているもの(嵌入胎盤)、筋層を貫き子宮の外側に達しているもの(穿通胎盤)まであり、癒着の範囲も狭いものから、広範囲のものまで様々だ。
 「胎盤をつけたまま子宮を摘出するのが一般的ですが、胎盤を剥がしてから子宮を摘出した方がいい場合もある。大野病院のケースのように、手術用ハサミで剥ぎ取ったことが悪かったかどうか、一概に言うことはできません」(板倉医師)
 「現在の医療水準では癒着胎盤を事前に診断することは難しい」というのはその通りのようだ。また、手術中に胎盤を剥がすかどうかは、そのときの状況に左右される面もあり、これを直ちに「過失」と判断するのも難しいようだ。しかし、だから「事故は避けられなかった」と結論づけてしまっていいのだろうか。
癒着胎盤の可能性
 大野病院で亡くなった女性は1人目の子どもを帝王切開で出産。事故が起きたときは、2度目の帝王切開だった。「報告書」によると、女性は事前に「後壁付着の部分前置胎盤」と診断されていた。「前置胎盤」とは、胎盤が正常の位置より低い部位に付着し、内子宮口(子宮の胎児の出口)を覆うもので、内子宮口を覆う程度により、全前置胎盤(胎盤が完全に内子宮口を覆うもの)、部分前置胎盤(内子宮口の一部を覆うもの)、辺縁前置胎盤(内子宮口の縁に達しているもの)に分類される。全分娩数に対する前置胎盤の頻度は200人に1人(0・5%)と言われている。
 実は、前置胎盤に癒着胎盤が合併しやすいことは、どの専門書にも書かれている。全分娩に対する癒着胎盤の頻度は極めて稀だが、前置胎盤を分母にすると20~25人に1人(4~5%)になる。特に、帝王切開の経験がある患者で、前置胎盤が子宮の前壁(腹側)に達している場合、帝王切開の傷跡に胎盤組織が侵入しやすいため、癒着胎盤の頻度が高くなる。帝王切開経験が1回の場合には24%、2回以上だと47%、4回以上では67%にもなるという報告がある。
 ただ、大野病院で事故に遭った女性の場合、前述のように事前の診断で子宮の「前壁」ではなく、「後壁(母体背側)」に付着した前置胎盤と診断されていた。後壁付着の場合の癒着胎盤の頻度について書いている文献を見つけることはできなかったが、「前壁」付着の前置胎盤よりかなり頻度が落ちることは間違いないだろう。「報告書」によると、加藤医師も「後壁」付着の前置胎盤だったので、癒着胎盤を強く疑っていなかったとされている。
 しかし、だからといって、癒着胎盤を疑わなくていいかというとそうではない。佐藤和雄(元日本大学医学部産婦人科教授)・水口弘司(横浜市立大学名誉教授)編著『インフォームド・コンセント ガイダンス―周産期編―』(先端医学社)には、次のように書かれている。
 「前置胎盤では癒着胎盤を合併しやすく、その原因として以下の二つがいわれている。胎盤付着部となる子宮下部は脱落膜の形成が乏しいため、胎盤絨毛が筋肉層に侵入しやすく癒着胎盤となりやすいというものと、前置胎盤が比較的多い帝王切開既往例では子宮下部瘢痕部の循環不全があり癒着胎盤となりやすいというものである」
 つまり、たとえ胎盤が帝王切開の傷跡にかかっていなくても、脱落膜に乏しい子宮下部にかかっているというそれだけで、癒着胎盤になる恐れがあるということだ。その頻度がたとえわずかだったとしても、癒着胎盤の可能性を排除して手術することのほうが、むしろ合理的ではないように思えるがどうだろうか。
1人手術の妥当性
 現に、日本産婦人科医会会長の坂元正一氏(東京大学名誉教授)や日本産科婦人科学会理事長武谷雄二氏(同教授)らが監修した『改訂版 プリンシプル産科婦人科学2』(メジカルビュー社)には、「前置胎盤」の項目にこう書いてある。
 「手術に際しては輸血をあらかじめ準備しておく。前置胎盤ではしばしば癒着胎盤の合併がみられるが、術前にこれを診断することは困難で、その有無は児の娩出後まで不明である。したがって、常にその可能性を念頭において手術に臨む必要がある。また、前置胎盤の胎盤付着部は子宮頚部に近いため、子宮筋が少なく剥離面の収縮が不十分で胎盤剥離後に大出血を起こすことがあるが、この際はカットグット(筆者注・手術用の糸)の縫合によって止血を図る。癒着胎盤や胎盤剥離後の収縮不全のため、母体の生命を脅かすような出血が続く場合には、やむをえず子宮摘出を行わなければならない場合もある」
 まるで、大野病院の事故を予測していたのではないかと思うような記述だ。つまり、大野病院で起こった事態は、このような知識を備えた産婦人科医にとっては、不測の事態ではなかった。確かに、癒着胎盤の術前診断は困難だ。しかし、だから「事故は避けられなかった」のではなく、だからこそ「常にその可能性を念頭において」、用意周到に準備して手術すべきだったのではなかったか。「報告書」には、加藤医師は術前に女性と夫に対して「輸血の可能性、子宮摘出の可能性について説明をしている」とある。加藤医師は癒着胎盤のリスクを事前に認識していた可能性が高い。
 だとすれば、外科医1人の補助があったとはいえ、1人しか産婦人科医がいない僻地の病院で、大量出血や子宮摘出の可能性まである手術を行ったことが、妥当な判断だったと言えるだろうか。事実、ある大学病院の産婦人科医は、次のように話す。
 「子宮摘出は、子宮筋腫や子宮がんなど予定された手術でも難しい。ましてや、血がどんどん噴出する修羅場で、出産直後の大きな子宮を取り出すのは、普通の帝王切開の何倍も難しい。子宮摘出の可能性がある手術を1人でするなんて、わたしなら恐くてできません」
 「報告書」は「(筆者注・『後壁付着の前置胎盤』という)術前診断かつ妊婦の希望もあったため、大野病院で手術を行うとしたことはやむを得ないと思われる」としている。しかし、加藤医師は女性に十分リスクを説明し、より高次の病院へ行くよう説得しなかったのか。あるいは、大学病院に応援を要請しなかったのか。事情に詳しい福島県の産婦人科医はこう証言する。
 「加藤医師には前置胎盤の手術経験が3例ほどありました。大学の医局では事前にこの症例を把握していたようですが、加藤医師からの応援要請はなかったそうです。大学はハイリスク症例ばかりでなく通常のお産も扱っており、一般の病院との役割分担が完全にできているわけではありません。それに、受け入れ側のキャパシティーの問題もあります。加藤医師は前置胎盤の経験もあったので、1人でやれると判断したのでしょう」
 しかし、帝王切開の既往があろうとなかろうと、前置胎盤自体がすでに「母児の生命を危うくすることのあるハイリスクの妊娠・分娩」(前出『プリンシプル産科婦人科学2』)だ。前置胎盤を安易に扱うべきでないという警告は、様々なところで発せられていた。
 たとえば、日本産婦人科医会が産婦人科医向けに放送していた番組「日産婦アワー」(ラジオNIKKEI)で、慈恵医大青戸病院院長(当時)の落合和彦教授は2001年2月19日、「産科医療のインフォームド・コンセント4 前置胎盤」と題して、こんな話をしている。
 「通常は帝王切開を行う施設であっても、癒着胎盤などの大量出血が予想される場合や、2000g未満の低出生体重児などの未熟性が考慮される場合には、新生児医療も含めた高次医療施設へと母体搬送する必要があります。いずれにせよ、時間帯、マンパワーも含めた自施設のキャパシティーを考えておくことが肝要であります」
 また、別の産婦人科医はこう証言する。
 「ある県では10年ほど前まで、前置胎盤の帝王切開を手がける開業医がたくさんありました。しかし、この県では前置胎盤のリスクの高さが広く認知されるようになり、現在ではほとんどが高次医療施設に送られています」
逮捕契機の行動に疑問
 実は、福島県でも2002年4月から周産期医療システムが稼働していた。周産期医療システムとは、母体胎児部門(MFICU)と新生児部門(NICU)を備えた「総合周産期母子医療センター」を中心に、各地の「地域周産期母子医療センター」が連携してハイリスク妊娠・出産に対応する仕組みのことで、福島県では福島県立医大(総合周産期母子医療センター)を中心に、四つの病院が地域周産期母子医療センターに指定されている。
 そのうち、亡くなった女性が住んでいたところから最も近い地域周産期母子医療センターに、「いわき市立総合磐城共立病院」がある(以下、「共立病院」)。現地の役所に聞いたところ、「大野病院までは車で20分ほどだが、共立病院までは車で50分ほどかかる」という。ただし、大野病院には休診中の産婦人科を入れても診療科が七つしかないため、「大野病院にない科の場合は、いわき市の病院まで車で通院している人もいる」そうだ。 車で50分というのは、確かに通院するのには不便だ。しかし、亡くなった女性の場合は、緊急に手術が必要になったわけではない。大野病院と共立病院の医師が連絡を取り合い、大野病院で健診を受けて、手術は共立病院で受ける、という連携も不可能ではなかったはずだ。
 共立病院の関係者によると、同院は救命救急センターに指定されており、「十分な輸血血液の対応はできている」という。だからといって、共立病院であれば患者を救えたかどうかはわからない。同院も医師不足に苦慮しており、4人いた産婦人科医が、今年の4月から3人になった。以前は順調な経過の妊産婦も受け入れていたが、現在はおもに異常経過の妊産婦のみを受け入れているという。
 しかし、たとえ結果が同じであったとしても、「輸血がすぐには届かない過疎地の病院でたった1人の産婦人科医が手術した」結果と、「十分な輸血供給体制がある病院で複数の産婦人科医が手を尽くした」結果とでは、遺族の受け止め方が違うのではないか。事実、亡くなった女性の父親は読売新聞の取材に、「事故は予見できたはずだ。危険性が高い状態で、大きな病院に転送すべきだったのに、なぜ無理に(手術を)行ったのか」と語っている。
 こうして検証してみると、加藤医師の判断には慎重さが欠けていたところがあったと言わざるをえないのではないか。無論、こうした判断を直ちに「過失」と認定し、刑事で裁くのが妥当かどうかとなると話は別だ。医療過誤を患者の立場で多数扱ってきた鈴木篤弁護士(東京弁護士会)も、
 「医療事故に対する刑事の実務の運用は恣意的で、基準がどこにあるかわからない。医療行為に車の運転と同じような業務上過失致死の理屈を当てはめると、重大な結果になった場合にはすべて医師は処罰されてしまうことになる。逮捕、拘留、起訴の動きは必ずしも正当ではないし、そんなことで問題が解決するとは思えない」と話す。しかし一方で、医師側の反応にも疑問を感じるという。
 「この事件を契機に周産期医療が抱える問題に目を向けるようになったこと自体は評価すべきだと思います。しかし、これだけの数の医師の行動が、『一人の患者の死』ではなく、『医師の逮捕』を契機に起こったということに、率直に言って疑問と限界を感じます。なぜ、事故が起きた直後に、『周産期医療がこうであれば、患者は死ななくてすんだはずだ』という声があがらなかったのでしょうか。厳しい言い方になりますが、加藤医師の逮捕がなかったら、これほど多くの医師が声をあげることはなかっただろうと思うのです。だとしたら、周産期医療の欠陥のために、この患者と同じように死亡したり、重大な障害を残す子どもが一定の確率で発生することを知りながら、事実上それに目をつむっていたことになると思うのです。つまり、これまで大野病院のようなケースがあっても、そのまま問題にもされずに終わっていたということを意味するのではないでしょうか」
一般論化する前に
 「報告書」には、加藤医師が事前に女性や家族にどんな説明をして、それを女性や家族がどのように理解していたのか、断片的にしか記載がない。県病院局は「ご遺族からは話は聞いていない。冒頭にも書いているように、あくまでこの事故を検証して、再発防止策を検討することが、この『報告書』の目的だ」という。
 確かに、心に大きな傷を負っている遺族から事情を聴くのは容易ではないだろう。だが、輸血や子宮摘出の可能性だけでなく、大野病院で手術するリスクについて、事前にどんなインフォームド・コンセントがあったか、それが明らかにならないかぎり、事故の再発防止を検討することなどできないはずだ。にもかかわらず、医師側が「事故は不可避だった」と結論づけて、周産期医療の崩壊を象徴する出来事という「一般論」として議論を進めていることに違和感を覚える。
 周産期医療の崩壊という問題自体は、この事故が起こる以前からずっと言われてきたことだ。厚生省(当時)の研究班が96年に出した「周産期センターの適正な配置と内容の基準に関する研究」分担研究報告書には、次のように書かれている。
 「(筆者注・十分な当直体制ができる)医師の確保のためには、総合周産期母子医療センターの産科には14名、新生児科には7名(他に小児科に同数近くの医師)、地域周産期母子医療センターには7名の産科医と同数の小児科医(中に複数の新生児医療に経験を積んだ医師)が必要である。(中略)またこの人数を確保することにより、今後新たに若手医師の志望が増加し、将来のわが国の周産期医療の維持が可能になる」
 すでに10年前にこのような提言がされながら、なぜこれが実現するどころか、より事態が悪化してしまったのか。訴訟リスクの高さや政府・行政・国民の無理解、マスコミの的外れな報道にも責任があるだろう。だが、周産期医療を担う医師(特に、学会で重責を担う医師たち)にも、反省すべき点はなかっただろうか。
 「危険な状態から母子を助けたという充実感はなにものにも代え難いものがあります。産科に魅力を感じているのに、今回の事件でやる気をそがれた医師がいっぱいいる」
 と、ある地方の開業産婦人科医は話す。70年に1008人だった妊産婦死亡は、04年には49人まで減った。悲惨な出来事をここまで減らせたのは、過酷な現場で働く産婦人科医の努力の賜物だろう。それは積極的に評価すべきだ。
 しかし一方で、マスコミに患者寄りのコメントを寄せた医師に対し、匿名のネット掲示板で、感情的な誹謗中傷の書き込みをする医師が少なからずいた。異論があっても自由に発言できない空気が医師の中にあるのではないかと危惧する。
 大野病院の事故を教訓として、このような不幸な出来事を繰り返さないためにどうすればいいか、建設的な議論が喚起されることを望みたい。

ご意見・ご感想をお寄せ下さい。メールのあて先は、ronza@asahi.comです。

****** 以上、朝日新聞 論座、2006年7月号

参考: とりごろうblog
http://d.hatena.ne.jp/torigoro/


日本医師会ホームページ:茨城県医師会 萎縮医療に陥らないために

2006年05月25日 | 大野病院事件

日医白クマ通信 No.397、2006年5月15日
http://www.med.or.jp/shirokuma/no397.html

茨城県医師会 萎縮医療に陥らないために(概要)

 座談会「萎縮医療に陥らないために―困難な症例には対応しなくなる恐れ」が開催される。(概要)

 帝王切開による出産に際して、大量出血を生じ患者が死亡した責任を問われ福島県立大野病院産婦人科医師が逮捕された事件は医療界ばかりでなく社会的にも大きな波紋を投げかけました。

 医療を担う医師が外来診察中に逮捕されたことは、医療関係者に、最善を尽くしても犯罪者にされる恐れがあるという不安感を抱かせ、リスクを回避するために困難な症例には対応しなくなるという萎縮医療に陥る危険があります。

 茨城県医師会では、座談会「萎縮医療に陥らないために」を、5月10日、茨城県医師会館で開催しました。出席者は、泉 陽子茨城県保健福祉部医監兼次長、野口雅之筑波大学基礎医学系(病理)教授、藤原秀臣土浦協同病院長、小松 満茨城県医師会副会長(司会)、石渡 勇茨城県医師会常任理事、小沢忠彦茨城県医師会常任理事の6名でした。

 以下は、そこでの議論の抜粋です。

「このたび起きた産婦人科医師逮捕のような事態を避けるためには、医師法21 条の解釈を明確にする事はもちろんであるが、診療行為に関する死亡事故については、直ちに警察に届けるのではなく中立的な第3者機関にて検討する仕組みを作る必要がある」

「現在、茨城県でも実施されている『診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業』のような機関が有効ではないか」

「医師が萎縮医療に陥ることを防ぐためには、不可避的であった医療事故の場合、責任を医師個人に負わせるのではなく、病院組織全体として共有し、バックアップしていく体制がもとめられ、医師に責任が無くても、初期の目的に反して患者が不幸な転帰をたどった場合には 、国が補償をする「無過失補償制度」の創設が必要である」等の意見がありました。患者と医療機関との不毛な対立を解消するためには、茨城県医師会が全国に先駆けて創設した「医療問題中立処理委員会」が有効であろう等の意見交換が行われました。

文責:茨城県医師会副会長 小松 満
問い合わせ先:茨城県医師会 TEL:029-241-8446

******

日医白クマ通信 No.401、2006年5月18日
http://www.med.or.jp/shirokuma/no401.html

茨城県医師会◆座談会「萎縮医療に陥らないために」(抜粋)

 5月10日、茨城県医師会で行われた座談会「萎縮医療に陥らないために」の模様(抜粋)をお伝えします。(No.397で、概要は既報)

1.福島県立大野病院産婦人科医逮捕事件について
 福島県立大野病院産婦人科医師の逮捕刑事起訴は医療界に大きな衝撃をもたらした。医療を担う医師が何ら事前の連絡もなく、外来診療中に犯罪者の如く逮捕された。起訴理由は、第1に業務上過失致死(刑法第211条)と、第2に医師法違反(医師法第21条異状死の届出義務)である。

 外科系・産婦人科系諸団体より猛烈な抗議声明と当該医師および支援団体への支援が展開され、マスコミも大きく報道している。大学関連病院で産婦人科が一人しかいない132の施設では、分娩からの撤退を余儀なくされ、分娩医療機関の減少および重症患者・救急患者の受け入れが困難となり、萎縮医療に陥っている。

 問題は医師法21条の解釈である。医師法21条は昭和23年7月に制定されたものである。当初の立法趣旨は「医師が犯罪の発見と公安の維持に協力すること」であった。

 茨城県医師会は「福島事件に対する抗議声明文」を出すと共に、日本医師会に「異状死の定義(警察への届出が必要な症例の特定)と中立的異状死判定機関の創設」を求める要望書を提出した。

<異状死に関する各学会の解釈>
(1)「異状死」ガイドライン:日本法医学会/平成6年5月

 診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの。注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。診療行為の過誤や過失の有無を問わない。

(2)診療に関連した「異状死」:(社)日本外科学会声明/平成13年3月
 日本法医学会のガイドラインに対する抗議声明である。

(3)「診療行為に関連した患者の死亡・障害の報告」についてのガイドライン:外科関連10学会協議会/平成14年7月
 何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、または何らかの医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者の死亡の原因となったと考えられる場合には、診療に従事した医師は、速やかに所轄警察署への報告を行うことが望ましい。

(4)中立的専門機関の設置 19学会/平成16年9月30日
 医療行為に関連した患者死亡の届出を受け、死体解剖を含めた分析と検証を行う中立的専門機関の設置が必要であり、その創設を速やかに実現するため、19学会が結集して努力すると決意。

(5)それを受けて、厚労省で「医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を開始したと受け止められる。

2.医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業について
 厚労省が推進するモデル事業で平成17年9月より開始された。全国(東京・大阪・愛知・兵庫・茨城・新潟)で15件の取り扱いがあった。しかし、従来通り、医師法21条の解釈があいまいなまま警察への届出が本事業よりも優先され、法医・病理・臨床医による解剖と死因の究明さらに事故防止対策というこのモデル事業の役割が生かされていない。

3.無過失補償制度について
 脳性麻痺と無過失補償制度創設に関しては日本医師会前執行部が取り組んだ。現執行部もこれを引き継ぎ、国会議員、地方議員などに設立への働きかけをすることになっている。産婦人科医療は脳性麻痺を主とした紛争・医療裁判が多く、臨床研修医及び医学生が産婦人科を志望しない要因となっている。当面、脳性麻痺を先行するが将来は全医療を対象とする。社会保障制度が充実した北欧は既にこの制度を取り入れている。

4.茨城県医療問題中立処理委員会について
 医事紛争の中には患者側の誤解により発生するものもある。現在、医事紛争が発生した場合、会員の要請により医師会内に医事紛争処理委員会が開かれているが、外部から見れば、医療側に偏っているとの誤解を受ける可能性がある。特に、患者側にとっては、医療側に過失ありとの裁定がなされた場合でも満足できず、ましてや過失がないとの裁定の場合は、度重なる要求も起きている。まず、紛争を解決するために、患者側・医療側双方が胸襟を開いて真摯に話し合い、互いの誤解を解くことができる場(中立委員会)を設けることが必要であり、茨城県医師会が中心となり、全国に先駆けて「茨城県医療問題中立処理委員会」を立ち上げた。今後の成果が期待される。

文責:茨城県医師会常任理事 石渡 勇
◆問い合わせ先:茨城県医師会 TEL:029-241-8446


全国医学部長病院長会議声明

2006年05月23日 | 大野病院事件

全国医学部長病院長会議声明(全文掲載)

平成18年5月19日

                                                  全国医学部長病院長会議
                                                              会長 吉村 博邦

                             大学病院の医療事故対策に関する委員会
                                                           委員長 嘉山 孝正

                                   声 明

 平成16年12月に福島県立大野病院で腹式帝王切開術を受けた女性が死亡したことに関し、手術を担当した医師が業務上過失致死および医師法違反の容疑で逮捕起訴された件について。

 はじめに、亡くなられた患者様とそのご遺族に対して謹んで哀悼の意を表します。

 本件に関し、手術を担当した産婦人科医師が業務上過失致死ならびに医師法違反の罪で起訴されたことに対し、医師養成及び教育に責任を有する医育機関およびその教育病院の責任者という立場から、本会議としても重大な関心を寄せております。

 本件は、癒着胎盤という、術前診断がきわめて難しく、治療の難度が最も高い事例であります。そのような症例に対する医療行為に対し、担当医師個人が業務上過失致死という刑事責任を問われるに至ったことはきわめて残念なことであり、今後、献身的に日夜医療に取り組んでいる多くの医師の善意を無にするとともに不安を助長することが強く懸念されます。

 本来、医療には予見できない合併症や、予見できたとしてもそれをはるかに凌駕するような重篤な合併症が起こることは避けがたいことであります。本会議は、今回の事件の事実経過ならびに地域医療の構造的問題の解明と共に、医療行為の結果次第で逮捕起訴されることのないよう、中立的な立場で適正な医学的根拠に基づいた判断の上で医療行為の是非を判定できるシステムの早急な確立が必要と考えます。

****** 

参考:毎日新聞:「医療判断制度を」医学部長会議が声明


全国保険医団体連合会:福島県立大野病院の医療事故に関わる要望書

2006年05月18日 | 大野病院事件

http://hodanren.doc-net.or.jp/news/teigen/060515oono.html

                                                             2006年5月15日

厚生労働大臣
 川崎二郎殿

                                                     全国保険医団体連合会
                                                                会長 住江憲勇

 福島県立大野病院の医療事故に関わる要望書

 貴職の日頃のご活躍に敬意を表します。

 さて、福島県大熊町の県立大野病院で2004年12月、帝王切開した女性が死亡した医療事故で、執刀した産婦人科医が業務上過失致死と医師法違反で逮捕、起訴された事件については、多くの医療関係者が、人権侵害ともいえる不当な逮捕に抗議する声明を発表しております。

 今回の医療事故は、マスコミでも報道されているように、深刻な産婦人科医不足や県立病院全体の医療安全体制の問題に深く根差しており、一産婦人科医の責任に矮小化することは許されません。また、逮捕の理由となった医師法違反についても、「異状死」の定義は、日本法医学会や各学会等で独自に定めるなど極めて不明確で、今回の医療事故による死亡が「異状死」かどうか医療界でも判断が分かれています。

 さらに、厚労省は、医師への聴取やカルテなどの提出、医療機関への立ち入りを任意から強制に切り替える医師法「改正」を強行しようとしていますが、行政処分の強化による医療事故の再発防止策は本末転倒と言わざるを得ません。

 医療事故の対応の基本は被害者救済と再発防止です。医療の質と安全性を確保し医療過誤事件における被害を速やかに救済するために、中立的な専門家等で構成される第三者機関の設立など下記事項の実現を要望致します。

1.医療事故を取り扱う公正中立な第三者機関を設置すること。

2.医療事故による死亡については、第三者機関に届け出る仕組みを整備すること。

3、被害者の迅速な救済のため、無過失補償制度の導入を検討すること。

4.産婦人科医、小児科医の過酷な労働条件を改善すること。

日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会:県立大野病院事件に対する考え

2006年05月17日 | 大野病院事件

****** コメント

例えば、放置すれば100%患者は死亡するが、外科的治療により救命の可能性があるような場合に、担当医師が適切な外科的治療をしないで患者を放置し死亡に至らしめれば刑事責任を問われるし、外科的治療を実施したとしても結果が不良であれば刑事責任を問われるというような社会状況になってしまえば、医師がそもそもそのような患者を担当したこと自体で刑事責任を問われていることになってしまう。極端なことを言えば、そのような疾患を扱う診療科で診療に携わること自体で刑事責任が発生することになってしまう。

要するに、正当な医療行為でも、その結果が不良であれば刑事責任が問われるような社会では、救命率の低い疾患に罹患した場合は、どこにもその患者を担当する医師がみつからなくなってしまい、まともな治療は一切受けられなくなってしまう可能性がある。

******

http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_17MAY2006.html

          県立大野病院事件に対する考え

 福島県立大野病院で平成16年12月に腹式帝王切開術を受けた女性が死亡したことに関し、手術を担当した医師が、平成18年3月10日、業務上過失致死、および医師法21条違反の罪で起訴された件について、日本産科婦人科学会、および日本産婦人科医会は、すでに「お知らせ」、「声明」を公表し、さらに「声明」を補足するために厚生労働省にて記者会見の場をもち、両会の考え方を示してまいりました。
 このたび両会は、本件の重要性に鑑み、ここにあらためて「県立大野病院事件に対する考え」を発表いたします。

 はじめに、本件の手術で亡くなられた方、およびご遺族の方々に対して謹んで哀悼の意を表します。

 このたび、産婦人科の医療行為について、個人が刑事責任を問われるに至ったことはきわめて残念であります。

 本件は、癒着胎盤という、術前診断がきわめて難しく、治療の難度が最も高く、対応がきわめて困難な事例であります。
 起訴状によれば、本件における手術中、児娩出後に用手的に胎盤の剥離を試みて胎盤が子宮に癒着していることを術者である被告人が認識した時に、「(被告人には)直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行し、胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による同女の生命の危険を未然に回避すべき業務上の注意義務があるのに、(被告人は)これを怠り、直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行せず、同日午後2時50分ころまでの間、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により、」とあり、被告人が直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行しなかったことと、胎盤の癒着部分の剥離に用いた手段に過失がある、とされています。
 癒着胎盤の予見のきわめて困難である本件において、癒着胎盤であることの診断は、胎盤を剥離せしめる操作をある程度進めた時点で初めて可能となるものであります。したがって、結果的には癒着胎盤であった本例において、胎盤を剥離せしめる操作を中止して子宮摘出術を行うべきか、胎盤の剥離除去を完遂せしめた後に子宮摘出術の要否を判断するのが適切かについては、“個々の症例の状況”に応じた現場での判断をする外なく、それはひとえに当該医師の裁量に属する事項であります。
 また、本件のような帝王切開例における胎盤の癒着部を剥離せしめる手段としては、用手的に行うことだけが適切ということはなく、クーパーをはじめ器械を用いることにも相当の必然性があり、この手技の選択も当該医師の状況に応じた裁量に委ねられなければ、治療手段としての手術は成立し得ません。

 本件の転帰に関してはたいへん心を痛め、真摯に受け止めておりますが、外科的治療が施行された後に、結果の重大性のみに基づいて刑事責任が問われることになるのであれば、今後、外科系医療の場において必要な外科的治療を回避する動きを招来しかねないことを強く危惧するものであります。

平成18年5月17日
                  

                  社団法人 日本産科婦人科学会
                        理事長  武谷 雄二

                  社団法人  日本産婦人科医会
                        会 長  坂元 正一

****** 共同通信、2006年5月17日

「手術判断は医師の裁量」 産科医起訴を2学会批判

 福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡し、産婦人科の執刀医が逮捕、起訴された医療事故で、日本産科婦人科学会(武谷雄二理事長)と日本産婦人科医会(坂元正一会長)は17日、「(手術は)個々の症例の状況に応じ現場で判断するほかはなく、医師の裁量」などとして、あらためて逮捕と起訴を批判する見解を連名で発表した。
 起訴状では、執刀医が胎盤の癒着を認識した際、すぐに子宮摘出などに移るべきだったのに怠ったなどと医師の過失を指摘している。
 これに対し両学会は、手術の手法の選択が状況に応じた医師の裁量に委ねられなければ、治療手段としての手術は成立し得ないと指摘。結果の重大性のみに基づいて刑事責任が問われると、必要な外科的治療を回避する動きを医療現場に招きかねないとしている。
(共同通信) - 5月17日23時46分更新

****** 毎日新聞、2006年5月17日

産婦人科医逮捕:日産婦などが批判…「手術は医師の裁量」

 福島県立大野病院で帝王切開手術中に患者が死亡し、産婦人科医が業務上過失致死容疑などで逮捕、起訴された事件で、日本産科婦人科学会(武谷雄二理事長)と日本産婦人科医会(坂元正一会長)は17日、医師に過失があったとする起訴状を批判する見解を連名で発表した。「手術は医師の裁量に委ねられるべきで、結果の重大性のみで刑事責任が問われると、必要な外科的治療を回避する動きを招来しかねない」と訴えている。

 起訴状によると、産婦人科医は、癒着した胎盤を無理にはがして大量出血を招いた過失により、患者を死亡させた。

 両会は、胎盤の癒着状態を事前に診断するのは困難▽手術方法は症例に応じて現場で判断するしかなく、その選択は医師の裁量だ--などと反論した。【永山悦子】

毎日新聞 2006年5月17日 19時37分


医療事故 教訓を生かしてこそ

2006年05月15日 | 大野病院事件

朝日新聞  2006年5月15日

医療事故 教訓を生かしてこそ

 「医療ミスの疑いで医師逮捕」。今年初めに駆けめぐったニュースが、いまもなお波紋を広げている。

 逮捕された福島県立病院の産科医は、お産の際の帝王切開手術に失敗して母親を死なせたとして、業務上過失致死などで起訴された。

 医療界からは、逮捕や起訴に反発する声が上がった。一生懸命やっても結果が悪ければ逮捕されるのでは、医師は危険を伴う治療をやれなくなる。医師不足、とりわけ産科医不足にいっそう拍車をかける。こんな心配も、現実のものになりつつある。

 こうした状態は患者にとっても好ましいことではない。医療に100%の安全がありえないことを考えれば、不幸にして事故が起きた場合に備え、患者も含めて、解決方法を考える必要がある。

 何よりも大切なのは、医療側がまず、非があれば率直に認めて被害者に謝罪することだ。なぜ事故が起きたのか、原因を明らかにして、同じような事故が二度と起きないよう教訓を今後に生かさなければならない。

 医療事故は、だれか一人、あるいは一つの要因だけで起きることは少ない。再発防止には、絡み合う要因を解きほぐす必要がある。その調査は本来、専門家である医療側の責任のはずだ。

 ところが、医師は仲間をかばいがちなうえ、ひどい場合にはカルテを改ざんすることもあった。警察の捜査に期待する人が少なくないのも無理はない。警察が介入する背景には、医師に対する患者の根深い不信があるのだ。

 しかし、捜査は特定の個人の刑事責任を追及するのが目的で、再発を防ぐには必ずしも役に立たない。患者はそのことも知っておく必要がある。

 医療側が事故を調査する場合、患者に信頼してもらうためには、外部の第三者を入れることが欠かせない。

 厚生労働省は昨年から、診療中に起きた予期しない死亡例について、関係学会の専門家が調べるモデル事業を始めた。先月まとまった1例目の評価報告は、病院の措置に問題があったと認め、病院による内部調査は原因究明の努力が不十分とした。外部の専門家が加わることが不可欠だとも指摘した。

 医療機関はそれぞれ事故調査の態勢を見直し、信頼を得るための手だてをすぐに講じてほしい。

 割りばしがのどに刺さって子供が亡くなった事故で3月末、医師に無罪の判決が言い渡された。無罪にもかかわらず、裁判長は異例の長文の付言を添え、悲劇を二度と繰り返さないよう教訓を生かすことが何よりの供養だとして、病院側に診療態勢の見直しを強く求めた。

 ここで医療界が事故対策に真剣に取り組まなければ、警察や司法に期待する声がいっそう高まりかねない。

 患者は不信を募らせ、医師は萎縮(いしゅく)する。そんな悪循環は一刻も早く断ち切らなければならない。


朝日新聞社 論座:中立の強み

2006年05月14日 | 大野病院事件

****** コメント

癒着胎盤で母体死亡となった事例http://blog.goo.ne.jp/comment_allez-vous_madame/d/20060219

 癒着胎盤は、一般に、術前診断が困難(ほとんど不可能)で、治療の難易度が非常に高いことが、最初の頃の報道では全く触れられてなかった。当時の報道では、『経験不足の医師が初歩的な医療ミスで患者を死亡させた』というようなニュアンスの記事が多かった。

>「癒着胎盤」は熟練した医師であっても対処が難しい。生死の境界で救命に携わる医師はしばしば、誠実な対応をもってしても死亡が避けられないケースに直面する。そこに刑事罰が適用されるのならば、リスクの高い医療行為自体を回避せざるを得ないという。

 今回の論座の論説「中立の強み」(戸谷理衣奈)の癒着胎盤に関する記述は、我々産科医の立場から読んでも十分に納得できる。加藤医師逮捕から3ヶ月が経過し、マスコミのこの事件に対する報道の論調にも大きな変化が認められる。しかし、裁判となると、今後、何が主要な論点となるのかもよくわからないし、医学の常識が全く通じないのかもしれない。今後、裁判の動向をみんなで注視してゆく必要があると思う。

 産科医の勤務状況についても、最近、毎日のように特集で報道され、多くの一般人の知るところとなった。当科や近隣の病院の産科医の勤務状況についても、地元の新聞やテレビで何度も取り上げられた。最近は、町を歩いていても、全く知らない人から、「先生、お仕事大変ですね~。過労死しないように気をつけてください。」などとよく声をかけられる。産科医療の集約化にしても、一般の人の理解が得られなければ進められない。その点で、繰り返し繰り返し産科医の激務ぶりについて報道してもらえることは非常に有難いことだと思っている。

******

朝日新聞社 論座、2006年6月、p22~23
http://opendoors.asahi.com/data/detail/7361.shtml

中立の強み

戸矢理衣奈 イリス経済研究所代表取締役
とや・りいな 1973年、大阪府生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程、英サセックス大学を経て独立行政法人経済産業研究所へ。05年4月から現職。著書に『エルメス』など。

 今年2月の福島県立大野病院の産婦人科医逮捕事件が、医療関係者の間で論争の的となっている。

 本件は、通常は出産とともに自然に剥離する胎盤が母体に残る「癒着胎盤」の処置に起因する。ここに医療過誤があり、母親が死亡したとして、担当医が業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮捕・起訴された。産科医、さらには高度先端医療を担う外科医らを中心に抗議の声があがり、インターネットを通して5日間で6千人を超える陳情の署名が寄せられた。

 医師たちの抗議は、主に次の2点である。第一に、「癒着胎盤」は熟練した医師であっても対処が難しい。生死の境界で救命に携わる医師はしばしば、誠実な対応をもってしても死亡が避けられないケースに直面する。そこに刑事罰が適用されるのならば、リスクの高い医療行為自体を回避せざるを得ないという。

 第二に、現行のシステムに対する抗議である。産科は時間の予測ができず、実質365日の拘束を強いられる。しかも本件を含めその多くが、地方の病院で産科を医師1人で担当する「1人医長」状態だ。突発的な事態への対応は不十分にならざるを得ない。医師個人の責任を問う以前に、過酷な勤務の現状や、少子化による収益減を背景にした産科医療全体が抱える問題の抜本的解決こそ必要だという。事件後、実際に産科の閉鎖や医師の離職が相次ぎ、周産期医療の崩壊が加速化しているとの危惧が深まっている。

 事件個別の問題については、裁判所の審理が待たれる。しかし本件は、民事訴訟も含めて医療訴訟を一般化してその解決過程を再検討する好機でもあるだろう。納得できる医療、さらには司法制度を考えるうえで重要な論点がいくつも含まれる。

 法曹関係者によれば、そもそも原告側が訴訟を起こす最大の目的は、納得感を得るところにある。ところが医療を筆頭に審理に専門知識が必要な場合、訴訟の妥当性が問われるケースも起こりがちだ。そうなると、訴訟は双方にとって不利益にしかならない。専門性が高い領域ほど、訴訟以前の第三者による調査機能に重点を置いたほうが合理的だろう。

 実際に、現行の裁判制度を補完するシステムとして「裁判外紛争解決手続き」(ADR)、すなわち「訴訟手続きによらず、民事の紛争を解決したい当事者のため、公正な第三者が関与して解決を図る手続き」が推進されている。これには裁判所の調停以外に、専門仲介機関による調停・仲介も含まれる。業界団体が、業界全体の信頼性を向上させるために出資して第三者機関を設置するケースもあり、訴訟前の紛争処理や相談窓口として、さらなる機能が期待されている。当事者の時間的・費用的負担、さらには精神的負担も訴訟に比べてずっと少ない。

 ところが、医療分野ではこうした中立的な第三者機関はほとんど機能していない。そのため、原告側は裁判所に頼らざるを得ず、結果的に原告・被告ともに多大なコストを払ううえに、納得感も得られないという事態が起こりうる。

「納得医療」に必要な自浄作用

 裁判所の審理においても、医師の中立性確保が大きな課題だ。例えば大阪地裁医療集中部では、04年4月から医療裁判の迅速かつ的確な処理のため、医師が「専門委員」に選任され裁判手続きに関与している。制度導入によるメリットは大きいものの、地域内の医師は「ほとんど顔見知り」で、相互にかばいあう傾向があり、より厳密な第三者機関が必要だという。

 同じ専門職とはいえ、法曹関係者は執務のすべてが厳しく監視される。医師は身内の審査体制が整っておらず、その「壁」は厚い、と彼らは苦言を呈する。あるベテラン産科医も、この事件を「医療の世界が自浄作用を欠いてきた結果」と明言する。

 情報の非対称性の最たる領域である医療分野においてこそ、情報の公開と中立性は信頼獲得のために不可欠だ。身内への審査体制の甘さが、結果的に体内へのガーゼ放置などの明確な医療過誤と、対応を尽くした結果の死亡との判別が不明瞭になるほどの医療不信や混乱をもたらしたおもいえるだろう。それが医師のインセンティブを喪失させ、ひいては患者の負担が増加するという悪循環をも招いている。

 本件を契機に、超党派の国会議員らにより第三者機関の設置や、医師の過失に関係なく医療事故に保険を適用する無過失補償制度の導入といった建設的な提議も進みつつある。しかし少なくとも厳しい自浄作用システムの構築が、一方で不当だと思われる訴訟などから医師を守り、かつ患者が医療に対する納得感を得る近道になることは間違いないだろう。

 医療分野で顕在化する問題は同時に、そこに関連する諸システムの欠損をも明瞭にする。本件は医療と法という生活の根幹にかかわる問題だけに、より幅広く系統的に世論を喚起するにふさわしい問題である。

以上、朝日新聞社 論座 2006.6 p22~23


県立大野病院事件の産科医療への影響

2006年05月05日 | 大野病院事件

****** 私見

私自身の場合も、事件がその後の診療内容に大きく影響しました。

帝王切開の手術説明の内容は以前より格段に厳しくなりました。外来診察中でも、入院してからでも、「死亡もありうる」は決まり文句となりました。特に、前置胎盤、前回帝王切開の患者さんの場合は、外来診察や回診のたびに、毎回、県立大野病院事件の状況を詳しくお話して、「手術前の条件は全く同じですから、もしかしたら同じ結果となるかもしれません。癒着胎盤の場合は、即、子宮を摘出する必要があります。」と耳にタコができるくらいに同じ説明を繰り返してます。

(以下、新聞記事からの引用)

****** 河北新報、2006年5月5日

産科アンケート 大野病院医師逮捕 8割「影響ある」

 福島県立大野病院(大熊町)の医療事故に伴う産婦人科医逮捕をめぐり、河北新報社の産科医療アンケートで8割の病院が「影響が出ている」と答え、医療現場に波紋を広げていることが明らかになった。小規模病院が難しい症例の患者受け入れをためらったり、医師派遣を中止したりする動きが出ているほか、産科医志望者の減少傾向の拡大を懸念する声も上がっている。

(中略)

 アンケートには東北6県の病院91カ所が回答。医師の逮捕に発展した医療事故の影響について、63カ所が「出ている」と答え、産婦人科・産科が休診中の12カ所を除くと8割に上った。「出ていない」は12カ所、「分からない・無回答」は4カ所だった。

 具体的な影響は、診療面が23カ所と最も多い。「大量出血が予想される症例は扱わない方向」(秋田・公立病院)、「訴訟を起こされるようなリスクを伴う患者の診察が怖い」(福島・公立病院)など、地域医療の現場に微妙な影を落としている。

 「大学による医師派遣中止・引き揚げ」は13カ所で、派遣を受ける側は「1人体制の病院には大学が派遣しない」(秋田・民間病院)、「中規模の病院からも引き揚げるといううわさがある。妊婦が通院に時間がかかるようになると、社会問題化する」(岩手・公立病院)などと指摘。一方の大学病院は「1人体制は医療事故のリスクが高く、撤退するしかない」との意見を寄せた。

 産科医を志す若手の減少を危惧(きぐ)する声も強く、「産婦人科を選ぶ研修医は激減する」(宮城・公立病院)、「産科を辞める医師がいる」(大学病院)などが10カ所に上った。
 「影響は出ていない」と答えた病院も、「同様のこと(逮捕)が続けば、医療の委縮につながる」(山形・公立病院)と将来的なマイナス面を不安視する。

 逮捕については「不当」とする声が圧倒的に多く、9割を超えたが、「医師の準備不足など複合的な要因があり、何とも言えない」(青森・公立病院)と慎重な見方を示す回答もあった。

(中略)

大野病院医療事故の主な影響

【診療面】
○ハイリスク症例のたらい回し(岩手・公立病院)
○医師の診療意欲が喪失(宮城・公立病院ほか)
○医師がリスクの高い手術を拒否(秋田・民間病院)
○医療過誤防止のため帝王切開手術が増加(秋田・公立病院)
○帝王切開の手術説明に「死亡もあり得る」などと追加(秋田・公立病院)
○危険が予想される患者はあらかじめ大病院へ搬送(福島・公立病院)

【医師派遣】
○大学による1人体制病院からの医師引き揚げ・応援打ち切り(宮城・公立病院、福島・公立病院ほか)
○医療事故のリスクが大きい1人体制病院から撤退(複数の大学病院)

【産科医志望者の減少】
○産婦人科の研修医が激減(山形・公立病院ほか)
○医師が産科を辞めた(大学病院、宮城・民間病院)

【その他】
○大野病院と同じ体制のため患者が過剰・過敏に反応(福島・公立病院)
○警察への「異状死」の報告件数が増加(秋田・公立病院)

(河北新報、5月5日)


福島市で地方公聴会(衆議院厚生労働委員会)

2006年05月01日 | 大野病院事件

山井和則議員のメールマガジンの記事より引用
http://blog.mag2.com/m/log/0000027832

やまのい和則の「軽老の国」から「敬老の国」へ
- Yamanoi Kazunori Mail Magazine -第810号(2006/04/28)

◆地方公聴会

さて、5月8日月曜日には、
午後1時から地方公聴会を開きます。

福岡と福島にて。
民主党は、福島での開催を主張し、与党は福岡を主張。
結果的に2ヶ所で開催。

民主党が、福島を主張した理由は、
福島の大野県立病院で、産婦人科医が業務上過失、
医師法違反で逮捕されるという事件が先日起こったからです。

詳しくは書きませんが、衝撃的な事件であり、
衆議院厚生労働委員会の国会議員は、
このような日本の医療の危機的な状況において、
福島に足を運ぶ必要があると判断しました。

福島の地方公聴会の出席議員は、
私と仙谷議員、自民党の鴨下議員、公明党の福島議員などが。
民主党の推薦で、産婦人科医師、小児救急に携わる医師が
参考人として発言します。

産婦人科や、小児医療の今の日本の危機的な医療の問題が
凝縮されています。実りある地方公聴会にしたいと思います。


大阪府保険医協会: 福島県警本部の産婦人科医師逮捕に関する不当な「表彰」の撤回求め要求書提出

2006年04月20日 | 大野病院事件

http://osaka-hk.org/cgi/topics/s_news.cgi?action=show_detail&txtnumber=log&mynum=159

☆大阪府保険医協会は2006年3月9日、福島県大野病院産婦人科医師の逮捕に関し、「理事会抗議声明」を発表し、関係方面から大きな反響をえました。

☆しかし4月14日、産婦人科医師を逮捕した富岡署を県警本部が表彰したとの驚くべき報道がされました。

☆保険医協会は4月19日付で、福島県警察本部 綿貫茂本部長に対し「表彰」の撤回を求め、また富岡警察署 警察署長に対し「表彰」の辞退を求める以下の「要求書」を送付しました。
 

福島県警本部 綿貫茂本部長 殿

                                                  大阪府保険医協会
                                                     闘争本部委員会
                                                        産婦人科部会
                                                外科・整形外科部会
                                                           皮膚科部会

福島県警本部の不当な「表彰」の撤回を要求する

■日頃は凶悪犯の逮捕や難事件の解決など、福島県民の安心と安全のためにご尽力いただいていることに敬意を表します。

■私たちは、全国10万人余の医師が加入する全国保険医団体連合会に所属し、大阪府下の開業医や勤務医6,300人が加入する医師団体です。国民の医療を守り改善すること、そして安心してよい医療を行えることを願って、さまざまな取り組みを進めているところです。

■さて、平成18年4月14日、福島県警本部は福島県立大野病院の医師を逮捕した事件で、富岡署に本部長賞を授与し栄誉を称えたことが報道されました。

■しかし今回の逮捕は、既に我々大阪府保険医協会や医師会、日本産婦人科学会、産婦人科医会、周産期医療の崩壊をくい止める会など全国の多くの医師団体からの抗議声明で指摘されたごとく、現代医科学の学問的水準においても日本の産科医療水準においても不当なものであり、多くの関係有識者が疑問を表明しているとおり極めて不透明なものです。

■またご承知のように、国会の審議でも、逮捕に疑問の声が上がっているところの現在係争中の事案であり、まだ有罪が確定したわけではない国民注視の問題です。

■しかるに、今後医療崩壊を招く一里塚になりかねないこの事案に対して、いち早く警察内部で表彰を行うことは、この「逮捕」の“正当性”を強弁・誇示しようとするものであり、抗議声明を出した全国の医師団体をはじめとする関係世論に対する恫喝と挑戦に他なりません。

■私たちは、本部長賞をただちに撤回することを要求します。

■あわせて、貴殿のご見解をいただきたく申し入れるものです。


富岡警察署 警察署長殿

                                                  大阪府保険医協会
                                                     闘争本部委員会
                                                        産婦人科部会
                                                外科・整形外科部会
                                                           皮膚科部会

福島県警本部の不当な「表彰」の辞退を要求する

■日頃は凶悪犯の逮捕や難事件の解決など、福島県民の安心と安全のためにご尽力いただいていることに敬意を表します。

■私たちは、全国10万人余の医師が加入する全国保険医団体連合会に所属し、大阪府下の開業医や勤務医6,300人が加入する医師団体です。国民の医療を守り改善すること、そして安心してよい医療を行えることを願って、さまざまな取り組みを進めているところです。

■さて、平成18年4月14日、福島県警本部は福島県立大野病院の医師を逮捕した事件で、富岡署に本部長賞を授与し栄誉を称えたことが報道されました。

■しかし今回の逮捕は、既に我々大阪府保険医協会や医師会、日本産婦人科学会、産婦人科医会、周産期医療の崩壊をくい止める会など全国の多くの医師団体からの抗議声明で指摘されたごとく、現代医科学の学問的水準においても日本の産科医療水準においても不当なものであり、多くの関係有識者が疑問を表明しているとおり極めて不透明なものです。

■またご承知のように、国会の審議でも、逮捕に疑問の声が上がっているところの現在係争中の事案であり、まだ有罪が確定したわけではない国民注視の問題です。
 
■しかるに、今後医療崩壊を招く一里塚になりかねないこの事案に対して、いち早く警察内部で表彰を行うことは、この「逮捕」の“正当性”を強弁・誇示しようとするものであり、抗議声明を出した全国の医師団体をはじめとする関係世論に対する恫喝と挑戦に他なりません。

■私たちは、本部長賞をただちに辞退することを要求します。

■あわせて、貴殿のご見解をいただきたく申し入れるものです。

                                                  Date: 2006/04/20

****** 参考

大阪府保険医協会の抗議声明

朝日新聞:医師逮捕事件 富岡署を表彰


日本医師会:唐澤会長、木下常任理事記者会見

2006年04月20日 | 大野病院事件

**** 日医白クマ通信、No.371、2006年4月19日(水)
http://www.med.or.jp/shirokuma/no371.html

唐澤会長、木下常任理事記者会見
産婦人科医の逮捕・起訴による医療現場への影響を懸念

 福島県立大野病院の産婦人科医が、医師法第21条違反と業務上過失致死の疑いで逮捕・起訴された問題で、唐澤祥人会長は、4月18日、木下勝之常任理事とともに日医会館で記者会見を行い、この問題に対する日医の考えを改めて説明した。

 唐澤会長は、まず、医師が逮捕・起訴されてしまったことについて、「類似した事例と比較しても、大きな疑問を感じざるを得ない」と捜査当局の対応を疑問視。そのうえで、今回のように医師法第21条が拡大解釈され、捜査機関がいきなり捜査権を行使するような事態が全国各地で起きれば、医療現場に混乱が生じ、国民にも悪影響を及ぼしかねないとその問題点を指摘した。

 また、今回のように医療の経過中に不幸な出来事が起きてしまった場合には、単に責任追及するのではなく、その原因を医療関係者自らが究明していくことが大事になると強調。加えて、どのような場合に届出を行うべきかについて議論を行い、国民の合意を得たうえで、新たな医療事故の届出制度を構築することを求めた。

 今後の日医の具体的な対応については、木下常任理事が、(1)早いうちに会内に委員会を立ち上げ、医師法第21条の問題についての議論を開始すること、(2)委員会のメンバーには医療関係者だけではなく、司法の関係者にも加わってもらうこと―などを説明した。

◆問い合わせ先:日本医師会広報課 TEL:03-3946-2121(代)


福島県警察本部長のスピーチ

2006年04月19日 | 大野病院事件

福島県警察本部長のスピーチ(平成18年3月9日)
http://www.fukushima.mmd.ntt-east.co.jp/rotary/katsudo/05-06/kiji/03_09/

上記のインターネットの記事より一部引用

 『さて、私共がお話する場合、大きく分けて犯罪の話と、交通の話があるのですが、今、県内の犯罪は非常に危ない状況にあることをご理解頂く趣旨で、今日は犯罪のお話をさせて頂きたいと思います。その前に、会員の皆さんにはお医者さんが多いと伺いましたので一言申し上げたいと思います。
 最近ご心配をおかけしている事案(医療ミスにより医師が逮捕)がございますが、医師とは非常に難しいお仕事であり、結果だけをとらえて云々するということは問題ではないか、と考えております。そうでないと難しい手術などが出来なくなってしまうのではないかと思います。医師の医療行為の結果を犯罪としてとらえる場合には、非常に慎重な検討が必要ではないかと考えております。
 もう一つは、今回の事案について県内外からご意見などを頂くのですが、そのほとんどが事実関係をよくご存じなくて意見を言われるというケースで、大変残念に思うということと、もう一つは医学的なアドバイスをされる方が多いのですが、私共警察は医療上の知識がありませんので、なにかあった場合にはそれを専門の方に鑑定して頂いた上で判断をさせて頂いております。
 例えば橋が落ちたとか、爆弾が爆発したなど警察官がいくら勉強しても限度がありますから、専門家に伺うわけです。ですからご意見がおありの場合は、今後公判廷の場で述べて頂ければ幸いかと思います。今回は大変残念な事案ですが、私共は法律に基づいて捜査を致しておりますことをご理解賜りたいと思います。』

******* 参考

朝日新聞:医師逮捕事件 富岡署を表彰

福島県警表彰に対する反応


神戸市中央区医師会の声明

2006年04月14日 | 大野病院事件

http://www.kobe-med.or.jp/chuou/index.htm

福島県立大野病院産婦人科医師逮捕起訴に対する声明文

神戸市中央区医師会 会長 置塩 隆
神戸市中央区医師会    理事一同

 先ずは、ご逝去された患者様とご家族ご親族の皆様に対し哀悼の意をささげたいと思います。
 さて、平成18年2月18日、福島県立大野病院産婦人科医師、加藤克彦医師が業務上過失致死および医師法違反の被疑により逮捕拘留、3月10日福島地裁に起訴された件に関し、神戸市中央区医師会は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、遺憾の意を表明すると共に強く抗議します。

1.逮捕起訴理由となる医学的過失の有無に関して

 子宮全摘出が必要な癒着胎盤は全分娩の0.01%であり、今回の症例において、特別な危険因子が存在していたわけではありません。超音波検査やMRIを用いて癒着胎盤を診断する試みはありますが、日常診療の中で標準的な取り扱いになる程、信頼性は高くありません。従って、今回の症例では、子宮全摘出となる程の癒着した前置胎盤を予知することは困難であり、逮捕の理由となるような明白な医学的過失は存在しないと考えます。

2.逮捕起訴理由とされた「異状死」の届出義務について

 医師法21条の「異状死」の概念や定義には曖昧な点が多く、外科関連学会協議会は、「何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、また何らかの医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者の死亡の原因になった場合、所轄警察に届出を要する」としています。今回の件は、結果的には医学的に合併症として合理的に説明できる死亡であり、異状死とは認めにくく、しかもこの届出義務は逮捕された主治医ではなく、病院の開設者が責任を負うべきであり、これを逮捕理由とするのは不可解です。

3.逮捕起訴の契機・手段について

 逮捕のきっかけとなったとされている医療事故調査委員会報告とは、鉄道事故・航空機事故と同様に、単に個人の責に収束するのではなく、事故の再発予防のために原因背景を調査するために作られた委員会報告書です。その報告を元に、個人の刑事責任を追及することは本末転倒と思われます。また、通常逮捕監禁する場合は、よほどの重大事件か、逃亡証拠隠滅の恐れがある場合に限られます。あの、耐震疑惑でさえ誰も逮捕されていません。

 今回の場合、1年以上前に、すでに家宅捜索もされ、証拠隠滅の恐れがなく、病院の産科一人医長で継続診療中であった加藤医師に逃亡の恐れなど全く考えられません。もっと任意で事情聴取できたはずなのに、突然の逮捕には合理的説明が不可能です。

4. 逮捕起訴による地域医療への影響について

 国民医療費、医師数がG7国家で最低であるにもかかわらず、世界有数の周産期死亡率の低値を維持できていたのは、産科医が医師不足を補ってありあまるほどの、重労働をして支えてきたからです。労働基準法違反の勤務体系である日本の多くの産科医にとり、気概となっていたのは、地域を背負っているという自負と、赤ちゃんに対する愛情です。今回も、加藤医師は、県立大野病院の一人医長として、昼夜の区別なく全ての分娩を一人で対応してきていました。しかし、個人の逮捕という出来事により、一瞬で地域の産科医が消失する事態に陥りました。したがって、今回の事件は、医師個人の問題ではなく、現在の地方僻地医療が抱えている医師不足や、輸血血液の確保難を背景とした医療政策、医療マネージメントの問題と考えられ、刑事事件として個人の責任に帰することは筋違いと考えます。

 以上のように、神戸市中央区医師会は、純粋に医学的見地から検討した結果、今回の検察当局による加藤医師の逮捕は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、強く抗議するとともに、加藤医師への全面的な支援を表明します。
   
福島県立大野病院産婦人科医師逮捕起訴に対する抗議文

神戸市中央区医師会 会長 置塩 隆
神戸市中央区医師会 理事 一同

 先ずは、ご逝去された患者様とご家族ご親族の皆様に対し哀悼の意をささげたいと思います。
 さて、平成18年2月18日、福島県立大野病院産婦人科医師、加藤克彦医師が業務上過失致死および医師法違反の被疑により逮捕、富岡警察署に拘留、3月10日福島地裁に起訴された件に関し、神戸市中央区医師会は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、遺憾の意を表明すると共に強く抗議します。

1.逮捕起訴理由となる医学的過失の有無に関して

 前置胎盤症例は全分娩の0.5%に見られ、多くは帝王切開となります。この場合留意すべきものは癒着胎盤ですが、癒着胎盤を伴う前置胎盤の頻度は0.1%未満です。また、子宮全摘出が必要な癒着胎盤は全分娩の0.01%と考えらています。一般にこの頻度は経産回数、高年齢、帝王切開術等手術既往と相関するとされています。本症例においては、前回帝王切開がなされていますが、その創部と胎盤付着部位は離れており、前置胎盤症例の中で特別な危険因子が存在していたわけではありません。また、超音波検査やMRIを用いて癒着胎盤を診断する試みはありますが、日常診療の中で標準的な取り扱いになる程、診断の信頼性は高くありません。従って、本症例では、子宮全摘出となる程の癒着した前置胎盤を予知することは困難であり、ここには明白な医学的過失は存在しないと考えます。

2.逮捕起訴理由とされた「異状死」の届出義務について

 医師法21条では「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と規定されていますが、「異状死」の概念や定義には曖昧な点が多く、外科関連学会協議会は、「何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、また何らかの医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者の死亡の原因になった場合、所轄警察に届出を要する」としています。本件は、結果的には医学的に合併症として合理的に説明できる死亡であり、異状死とは認めがたいと思われます。もし、万一、本例のようなケースを「異状死」として届ける義務があるとするならば、疾病加療中であっても非常に希な合併症での全ての死亡に関して警察に届けなければならないし、しかもこの義務は逮捕された主治医ではなく、病院の開設者が責任を負うべきであり、これを逮捕理由とするのは不可解です。

3. 逮捕起訴の契機・手法について

 当初の新聞報道によれば、県の医療事故調査委員会報告が、逮捕のきっかけとなったとされています。本来医療事故調査委員会とは、鉄道事故・航空機事故と同様に、単に個人の責に収束するのではなく、事故の再発予防のために原因背景を調査するために設けられた委員会です。その報告を下に、個人の刑事責任を追及する事は、委員会報告に正確な申告が行われなくなる可能性があるばかりでなく、防衛医療(責任逃れの為の不必要な検査)や、委縮診療(逆に必要であってもリスクがある医療行為が行われなること)といった、医療費上昇、患者のためにならない医療の横行につながります。そのため、欧米では、医療事故に関して、事故調査委員会とともに無過失保障制度という制度が導入されています。無過失補償制度とは、「無過失あるいは過失の証明が困難な事例を含め、医療に伴い患者が受けたすべての障害に対して、迅速・公平な補償が可能になる公的な制度」で、スウェーデンやフィンランドではすでに制度として確立しており、日本医師会も、この制度の創設を訴えています。本ケースのように、医学的過失が明白ではない場合にも、事故調査委員会報告から個人の逮捕に至るのであれば、事故再発どころか発生の素因すらつかめず、日本の医療の荒廃を招きかねないと危惧し、今回の検察の行動には理不尽さをぬぐえません。

 また、検察が手段として用いた逮捕という行為についても、大きな疑問点が残ります。通常逮捕監禁する場合は、よほどの重大事件か、逃亡証拠隠滅の恐れがある場合に限られます。あの、耐震疑惑でさえ誰も逮捕されていません。今回の場合、1年以上前に、すでに家宅捜索もされ、証拠隠滅の恐れがなく、病院の産科一人医長で継続診療中であった加藤医師に逃亡の恐れなど全く考えられません。もっ と任意で事情聴取できたはずであるのに、いきなりの逮捕という手法は疑念が生じます。

4. 逮捕起訴による地域医療への影響について

 対GDP比の国民医療費、医師数がG7国家で最低であるにもかかわらず、世界有数の周産期死亡率の低値を維持できていたのは、産科医が医師不足を補ってありあまるほどの、重労働をして支えてきたからです。労働基準法違反の勤務体系である、日本の多くの産科医にとって、気概となっていたのは、地域を背負っているという自負と、赤ちゃんに対する愛情でした。今回の場合でも、加藤医師は、県立大野病院の一人医長として、昼夜の区別なく全ての分娩を一人で対応してきていました。その責務は非常に重く、実際逮捕後には県立大野病院は代替産科医を用意できず、地域の産科医が消失する事態に陥いりました。今回の場合、帝王切開中に癒着胎盤による大出血で、子宮動脈血流遮断、 子宮全摘などの止血措置を施したにも関わらず、母体は不幸な転帰をたどられておりますが、赤ちゃんは帝王切開で無事に救えています。相当な名医だったとしても、この措置を1人で行うことは極めて困難と思われます。したがって、今回の事件は、医師個人の問題ではなく、現在の地方僻地医療が抱えている医師不足や、輸血血液の確保難を背景とした医療政策、医療マネージメントの問題と考えられ、刑事事件として個人の責任に帰することは本末転倒と思われます。

 以上のように、今回の件における検察当局による医師逮捕は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、強く抗議します。今後もこのようなケースが出てくるようならば医療側は過剰診療・防衛医療、消極的医療(リスクが高い医療を拒否)にならざるを得ず、アメリカのように産科医療からの撤退、産科医の減少、分娩機関は減少し、周産期医療は崩壊、国民は分娩する場所を失い、少子化に拍車をかけるようになることが危惧されます。患者にとっては安全・安心な医療が受けられるよう、また医師にとっても安全・安心な医療が提供できるよう速やかな善処をお願いします。

 神戸市中央区医師会は、ここに加藤医師の逮捕起訴に対し強く抗議するとともに、加藤医師への全面的な支援を表明します。また、診療行為に関連した患者死亡事故の真相解明、再発防止について協議する無過失補償制度が早急に創設されることを切に望みます。