Feb.7 2006 チタニウムとステンレス

2006年02月07日 | 風の旅人日乗
2月7日 火曜日 メルボルン。

メルボルンは、今日も風が強い。だけど、いい天気で気持ちがいい。

シドニーホバート・レースで一緒だったアールとジャスティン、ハミルトン・レース・ウイークで一緒だったクレイグ、ニッポンチャレンジ2000で一緒だったロドニーが乗っている『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』が、セールテストのために、早朝から出港していった。

朝、チームABN AMROのメディア担当、キャミラと、チームのカメラマンのジョン・ナッシュと打ち合せ。
明日のクルーの朝トレ取材と撮影、明日の昼御飯を食べながらのスキッパーのムースとのインタビュー、明後日の2ボート・テスティングの同乗、などについて、時間・場所の確認をする。

このチームのメディア担当のキャミラ・グリーンは、若いがとても気持ちよく仕事をサクサクとこなす。まず、仕事がリズミカルに進んでいくのが嬉しい。そして、とても明るいのがいい。彼女も、今後この道のプロとして、どんどんキャリアを積み重ねていくんだろうな。
日本でも、自分の力に自信を持って、プロとしてその道に精進していく、本当の意味でのキャリア・ウーマンが増えてくると、それに続く世代の女性がもっと生きやすい国になるんだろうな。

さて、ボルボ・オーシャンレースのほうの今日のニュースは2つあって、2つともエリクソンに関してです。

まずは、エリクソンが、次のレグからカンティング・キールを駆動する油圧のラムを、チタン製のものからステンレス製のものに変えることになりそうだ、というニュース。
第1レグ、第2レグともにこのラムのトラブルに泣いたエリクソンの苦渋の決断なのだろう。

ステンレス製のほうがチタン製のものよりも信頼性が高いのだが、事はそう簡単ではない。
この二つの金属の重さの問題だ。
5トン前後あるキールバルブを風上側に持ち上げる油圧ラムに掛る荷重を支えるために、ラムのシリンダー径は50センチくらいになる。これだけの容積の金属だから、素材による重さの差も非常に大きくなる。

ちなみに、ボルボ・オープン70クラスの場合の、チタンとステンレスのラム全体の重さの差は、100キロにもなる。もちろん、ステンレスのほうが100キロ重い。
船が100キロ重くなるだけなら、人間1.5人分に過ぎないのだから、そんなに嘆くほどのものでもないだろうと、思うだろうが、そうではない。

キールバルブの重さは、ほとんどそのまま、クローズホールドとリーチングにおけるヨットの性能に直結しているから、各艇は共に出来得る限りキールバルブに重さを詰め込んでいる。
その結果、艇全体の重さはクラス・ルールで許される最大限の重さになっている。
その状態で計測をクリアした艇のカンティングキール駆動ラムをチタン製からステンレス製に変えるとどうなるか。
そうです、艇の重さがクラス・ルールで許されている最大を100キロ越えることになるのです。

すなわち、ステンレス製のラムに変えることを決定したエリクソンは、第3レグにスタートする前に、キールバルブを100キロ軽くして、艇の計測を受け直さなければならないわけだ。
前にも書いたように、キールバルブを100キロ軽くすると、1レグを走り切るのに、半日から1日分に相当するスピードを失う、とコンピュータが「I’m sure!」と言っている。
つまり、油圧ラムをチタン製からステンレス製に変えることは、信頼性と引き替えに、確実にスピードを失う、ということなのである。

どんな世界でも、何かを得ようとすれば、何かを捨てなければならないのだねえ。
一挙両得という言葉も、あるのはあるけど・・・。

もう一つのエリクソンのニュースは、先週土曜日に行なわれたメルボルンでのイン-ポートレースでのリコール(フライング)について。
「自分たちがリコールしていない確定的な証拠があるので、インターナショナル・ジュリーに救済の要求を提出した」、というもの。

ぼくはそのスタートを運良くスタートライン左端のアウター・ブイのすぐ外側で停止していた取材艇のフライング・ブリッジ(2階席。高い位置から俯瞰で見える)から見る幸運(取材艇のドライバーは、コース・マーシャルから後でどえらく怒られていたよ)に恵まれたんだけど、まず、『ABN AMRO2』がスタート時間より3秒前くらいにスタートラインから出た後、続いて、その向こう(右側)から『エリクソン』もバウスプリット+船本体が3、4m出たように思う。時間にして1.5秒は早かったように見えた。

それと、思うに、エリクソンのバウマンからは、自分たちよりも先にスタートラインを出てしまった『ABN AMRO2』のオーバーラップ・ジブに隠されてしまって、アウターマークが見えないわけだから、トランジットを富士山のような高い山で取っていたのならともかく(スタートラインの向こう側に高い物標はなかったと思うな)、自分がスタートラインを出たかどうかは確認できなかったはずだと思うけどね。

今日の写真は、2月5日に掲載した写真とは反対側、スタートラインの左側上空から、スタート10~15秒前に撮った写真だけど、他艇がまだ船を止めている状態のときに、『ABN AMRO2』(写真で一番手前の船)と『エリクソン』(その向こう隣)の2隻がすでに加速を始めているのが分ります。2隻とも、自分の行動を自分で起こせる、自由な位置を確保していたわけだから、この加速をもう2、3秒ほど遅らせれば、いいスタートになっていたことになるね。

それにしても、『ABN AMRO2』のオーバーラップジブは大きいなあ。『ABN AMRO1』も同じ大きさのジブを揚げていたけど、LP(マストからフォアステイの付け根までの距離を100%とした、ジブの横方向の大きさ)は、150%以上はありそうだね。
よほど、スタビリティーに余裕があるのだろう。

明日は、朝6時半から、そのABN AMROチームの朝のトレーニングを取材し、そのあと、昼飯を食いながら『ABN AMRO1』のスキッパーであるムースにインタビュー取材をする予定です。
なので、今日は早めに寝なきゃ。