暗闇の中に
寝床があった
わたしは何となく
寝床の上に正座をして
暗闇の中に浮かぶ
幻燈のような風景を見ていた
風景はモノクロで
カメラマンが動いているかのように
ゆっくりと流れていた
どこかのアジアの片隅の町のようだ
汚れた金だらいとか
くたびれた人形だとか
何かよくわからない形のゴミだとかが
雑然と道に落ちている
人の気配はするのだが
誰も見えない
どこだろう ここは
ずいぶんと汚い
ああ 鶏が一羽 死んでいる
泥に汚れて 濡れている
誰も片付けないのか
そんなことを考えていると
風景の中に突然 背の高い男の人影が現れた
おや だれだろう
見覚えがあるような気はするが
わたしが人影を見つめていると
人影はそれに気づいたのか
ふと鋭い目をわたしに投げたかと思うと
すぐに向こうを向いて行ってしまった
わたしは衝撃を受けた
恐ろしい怒りを感じたからだ
わたしは突然
今自分が夢を見ていることに気づいた
ああ 誰かが今
わたしの岩戸を訪れてきている
わたしの寝顔をのぞきこんでいる
目を覚まさなければ
だが わたしはどうしても
夢から出ることができない
わたしはひとしきりあがいてみたが
どうしても夢の檻から出られないことがわかると
少し気持ちの向きを変え
また暗闇の中の幻燈に目をやった
モノクロの風景はいつしか緑色を帯びていた
やたらと汚れた町だ
だれも掃除をしないのだろうか
人の気配はたくさんあるのに
この時代
人々のために無私の行動をとったのは
あなただけだったのですね
どこからか声がする
わたしは胸に鋭い針がささるのを感じた
わたしはその声の主に尋ねてみた
どなたでしょう
なにをなしにおいでました
すると 幻燈の風景は一瞬で消えた
しかし 町を歩いていたものの気配は消えない
闇の中に溶けて動き
わたしの背後に回ってささやいた
入って来てはなりません
眠っていらっしゃい
わたしは 直感した
これは獅子の星だ
だがアルギエバではない
レグルスでもない
わたしはもう一度尋ねた
どなたでしょう
なにをなしにおいでました
すると気配が闇の奥で
ふっと笑いをもらすのを感じた
眠っていなさい
そのとき 突然
カーテンをはらうように闇が拭い去られた
世界は明るい光に満ちていた
青い野原が目の前に広がりそれはエメラルドのように美しかった
遠くに涼やかなくすのきが立っている
野原のよほど向こうあたりでは
金色の毛皮をした小鹿のような犬が
うれしそうに走り回っている
ああ わたしは
逃げてしまったわたしの犬を探していたのだった
青い空が笑っていた
野原には花が咲き乱れていた
ああ あの野原だ
なんて広いのだろう
とっくの昔になくなったと思っていたけど
あれは夢だったのだな
わたしは喜んで風景の中に飛びこんだ
そのとき
だれかのほおを涙が一筋流れ
それがわたしの中に落ちて
不思議な波紋を描くのを感じた