ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

木靴の樹

2016-03-23 23:43:42 | か行

これも187分!
でも、これも見たかったんだ。


「木靴の樹」76点★★★★


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19世紀末の北イタリアの寒村。

大地主の土地を耕す4軒の農家が
隣り合って、つつましやかに暮らしている。

その中の一軒、バチスティ家のミネク少年は
神父のすすめで、学校に通わせてもらえることになる。

だが、ある日、彼の木靴が
壊れてしまい――?


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「ポー川のひかり」(07年)
エルマンノ・オルミ監督、1978年の伝説作品です。

大地主の土地で共同体として暮らす
4家族のお話で
ものすごい大事件が起こるわけじゃない。

つつましやかな
農民の暮らしが訥々と描かれるのみで
装飾もなく、素朴。
ドキュメンタリーのようでもある。

なのに
これもするするすると見入ってしまうんですねえ。

4家族はアパートのような建物に
それぞれ部屋をもらって借り暮らしをしている。

貧しくも、信仰を持ち、
日々の糧に感謝する彼らは

適度な距離を置きながら、しかし
互いに助け合う大きな家族そのもの。

この場所で、誠実に積み重ねられる一日一日、
その静かなる強さが
こちらの心をキシキシと揺さぶり
登場人物たちに、心を寄せさせるのです。


神父のすすめで学校に通うことになった
幼いミネク少年。
その初登校の日、無口な父親は心配で
でもそんなそぶりをせず
気づかれないように、そっと後ろ姿を見送る。

やがて少年の木靴をめぐって起こる騒動が
この父のまなざしを思い出すと、より切ない。


夫を失った未亡人の一家では
15歳の長男が家族7人を養っている。
しかし無常にも、彼らの大事な牛が病気になってしまう。

すると未亡人は神にすがる思いで、
礼拝堂の前の小川の水を飲ませるのです。
「その祈りよ、通じろ!」と、思わず拳を握らずにいられなかった。

全てものの原理を見るような思いで
見入ってしまう187分。

新作「緑はよみがえる」も4/23から公開されるので
このタイミング、この機会にぜひ!


★3/26(土)から岩波ホールほか全国順次公開。

「木靴の樹」公式サイト
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リップヴァンウィンクルの花嫁

2016-03-21 16:51:06 | ら行

180分!と、さすがに構えたけど
これは観てよかった。


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「リップヴァンウィンクルの花嫁」73点★★★★


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七海(黒木華)は派遣教員として働く23歳。

声が小さく、おとなしいタイプだが
SNSの世界では誰とでもつながれる、いまどきの女性だ。

そして七海は
SNSであっさり彼氏を見つけ、
結婚することになった。

だが結婚式に呼ぶ親族が足りず、
七海は何でも屋の安室(綾野剛)に
「結婚式の代理出席」を依頼する。

なんとか無事に式を終えた七海だったが
新婚早々、夫の浮気が発覚し――?!


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岩井俊二監督、長編実写の日本映画としては
「花とアリス」(04年)以来、12年ぶりとなる最新作。


ぼんやりと社会に出て、ぼんやりと結婚し、
しかし裏切られ
奇妙なアルバイトをし、漂流していく23歳の主人公・七海。

それでも、心底汚れることはなく
真っ白なまま、すこしずつ、成長していく――。

そんな七海を演じる
黒木華氏を見ている間に、
180分は、本当にするするとあっと言う間でした。



印象は「花とアリス」大人版、かな。

岩井節のよき要素が
裏切りなく詰まっていて、

白く飛んだやさしい映像に、ピアノ曲。
文字でいえば、細明朝体の世界。

二人の対照的なタイプの女の子が登場し、
(くっきりしたエキゾチックな顔立ちの陽タイプに、
和顔で控えめな陰タイプの二人)

どぎつい描写もなく、リリカルなのに
現代の空気や、病理を切り取っている。


後半、ウェディングドレスからのシーンが
やや長い気はしますが

ただ全体欠かさず登場する
何でも屋役の綾野剛氏も非常に目を引き、
彼を見ていても、またするすると時間が過ぎていく感じだったなー。

主人公の変化を
シンプルに表したラストのシーンにも
嬉しくなった。


あと
「ドリーム・ホーム 99%を操る男たち」の取材でお会いした
経済評論家の門倉貴史さんから聞いて
「これはネタになりそうだ!」と思っていた

結婚式の代理出席という仕事が
しっかりど真ん中にネタになっていて
「うわー!やられた!」と身悶えしました(遅いって。笑)


★3/26(土)から全国で公開。

「リップヴァンウィンクルの花嫁」公式サイト
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最高の花婿

2016-03-19 01:31:52 | さ行

ピリリと辛いジョークが効く
フレンチコメディ。


「最高の花婿」70点★★★★


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フランス・ロワール地方に暮らす
ヴェルヌイユ夫妻は
4人の美人姉妹が自慢の、裕福な家柄。

しかし
三女の結婚式に出席している夫妻は
浮かない顔だ。

実は長女がアラブ人と、次女がユダヤ人と結婚。
そして三女が選んだのは中国人のダンナなのだ。

別段、差別主義者ではないと自覚している夫妻だが
一族で集まると、発言に気を遣うわ、
少しのことから民族問題に発展するわで
クタクタ。

「四女にはフランス人と結婚してほしい」――
そう願っていた夫妻だったが――?!

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自慢の娘たちがそれぞれ
アラブ人、ユダヤ人、中国人と結婚した中年夫妻の
困惑と受容の過程を追ったドタバタコメディ。

監督自身がアフリカ系の女性と結婚した経験に
基づいているそうで

いやはや、次から次へとたたみかけてくる会話もジョークも
リアルでおもしろいんだけど、かなーりパンチがキツい。
ナイーブな日本人としては
ハラハラしどおしというか(笑)。

特に一族が揃うランチの席で
あわや、国際紛争勃発――?!というシーンは怖かった(笑)。

そこが笑えるんですけどね。
ある程度の品があるのも許容できる点で。


フランスでは5人に1人が観た大ヒットになったそうですが
彼らのとっても
日ごろ「いろいろ気を遣ってる」問題を
パコーンと笑い飛ばしたい!という思いがあって
そこに届いたんでしょうかね。

ただ
前半のバトルがかなりおもしろかったので、
後半、四女の結婚式までのドタバタはちょっと長く感じたかな。


舞台がロワール地方のシノン市で、
ワインの産地でもあり、美しい景観もあり。
それに主人公夫妻のお屋敷がすごいし!
四人姉妹がスレンダーな美人揃いなのも、目に楽しい。

なんでこんなに両親がブルジョア家庭の設定なんだろう?と
ちょっと疑問に思ったんですが
監督、代々続く貴族の家柄なんだそう。

なーるほどね。

あと
川での釣りのシーンがあったけど、
ロワールには川かますの地方料理があり、ミュスカデと合うらしいですね。
映画ではカルヴァドスと、梨のお酒も出てきました。


★3/19(土)からYEBIS GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

「最高の花婿」公式サイト
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風の波紋

2016-03-18 22:15:35 | か行

99分の、山暮らし体験。

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「風の波紋」72点★★★★


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小林茂監督をはじめ
名作「阿賀に生きる」のスタッフが集結し
新潟県の豪雪地帯「越後妻有(えちごつまり)」に5年間、カメラを向けたドキュメンタリー。


まず、田舎の村といえば
限界集落や災害など暗い話が多いんですが

この映画は
東京から移住してきた木暮さんを中心人物に据えて、

とにかく
全体に気負わず、ユーモアもたっぷり。


登場する人々のバックグラウンドなどはあえて紹介せず
常に人との輪がある、集落の暮らしの豊かさが
カメラに捉えられています。

途中、やはり移住組らしき女性と小さな娘さんが
集落のおばあさん二人に守られて暮らしているシーンがあって
うわ!リアル「おおかみこどもの雨と雪」じゃん!と思った。

そして、その女性が
この映画の音楽を担当している天野季子さんだと
ラストで知って驚きました。
すごくいい音楽なんですよ。

そしてこの映画が見せるのは、人の「つながり」。

雪深いこの集落では人間は一人では生きらないから
みんなが相互に気遣い、助け合っている。

もちろん、大変なこともたくさんあるだろうけど
なんだか、明るく、おおらかな気持ちになるんです。


しかし
「そういうの、いいなあ」と安易に思っていると
「うちの人はそういうの(つながり)が、ずっと嫌いだった」と
夫のことを回想するおばあさんの言葉が出てきたりする。

そうか、やはりそういう人もいるのかと
「ハッ」としました。
そうだよね、それがいやで
若者は出ていき、いまの状況になっているわけで。

山里暮らしに憧れさせる一方で
その難儀さもリアルに考えさせてもらいました。


★3/19(土)からユーロスペースほか全国順次公開。

「風の波紋」公式サイト
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Mr.ホームズ 名探偵最後の事件

2016-03-17 23:54:28 | ま行

これは・・・予想以上に深かった。


「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」77点★★★★


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数々の難事件を解決した
名探偵シャーロック・ホームズ(イアン・マッケラン)も
御年93歳。

人里離れた田舎の家で
養蜂を趣味としながらひっそり暮らしている。

だが彼にはある未解決事件があった。

その事件を記録すべく、自身の記憶と格闘するホームズは
住み込みの家政婦(ローラ・リニー)の
幼い息子ロジャー(マイロ・パーカー)に
優れた推理能力があることに気づく――。


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これはいろんな意味で予想外でした。

まずガッツリのミステリーではなくて
すっごく渋い。

ホームズが暮らすイギリスの田舎の風景が
ものすごく美しい。

しかも
「老い」がテーマ。

そう、どちらかというと、しっとり&じっくり味わう系の
趣きある作品でした。


イアン・マッケランが93歳(!)のホームズ役で
彼が30年前の
過去の未解決事件を振り返る――という流れ。

当時の回想シーンが挟まり、
ミステリー要素ももちろんあるんですが

そこに老人ゆえの記憶の混乱を
うまーく編み込んでいるんですねえ。

老いを自覚し、なんとかそれに抗おうとするホームズが
見ていて切ないんです。


現在76歳のイアン・マッケランも相当に化けていて
ベッドの脇にポツンと立つ、パジャマ姿の彼が
ものすっごく小さく、老人に見える瞬間に
心臓「ドキッ」としました(苦笑)



でも老境の哀しさばかりじゃない。

ホームズの新たな助手となる
聡明なロジャー少年の存在感が
希望の光のように映画を照らしてくれています。

それにこうして見ると、
シャーロック・ホームズのおもしろさって
「問い」に即、「それはね」と
明快な答えが返ってくる爽快さだなあと思いました。


日本に行っていた、というエピソードも嬉しくて
そこに登場する
真田広之氏の流ちょうな英語と演技も見ごたえあり。
彼にはジェームズ・アイヴォリー監督の
「最終目的地」で感服したもんなあ。

おなじみ『週刊朝日』「ツウの一見」で
日本シャーロック・ホームズ・クラブ設立者で作家・翻訳家の
東山あかねさんにお話を伺いましたが

この映画はまさに
ホームズを主人公にほかの人が書いた
「パスティーシュ」の傑作だそう。

出てくる事件は全てオリジナルですが
老齢のホームズが暮らす田舎の描写や
養蜂をやっている、という設定は元のコナン・ドイルの原作にあるそうです。

ああ、図書館でたっぷり借りて、どっぷり読んだ子ども時代が懐かしい。
もう一回、読みたくなりました。


★3/18(土)からTOHOシネマズ・シャンテほか全国順次公開。

「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」公式サイト
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