男子グレコローマン130kg級で1988年ソウル五輪から五輪3連覇し、世界選手権9連覇、世界一に12度輝き、2000年シドニー五輪で銀メダルを取って引退した、「人類最強の男」と称されたアレクサンダー・カレリン氏(41=ロシア)が1月29日、東京・ナショナルトレーニングセンター(NTC)でレスリング教室を開講。前日に合宿を終えた全日本チームの選手や自衛隊などの選手が集まり、“人類最強の男”の指導に耳を傾けた。またこの日、カレリン選手の足に合うレスリングシューズが用意できず、黒い靴下のまま講習会を始めるというハプニングもあった。
カレリン氏は、26日に来日。29日にNTCと国立スポーツ科学センター(JISS)を視察し、同日午後、1時間半だけだったが日本選手に技術や練習方法の一端を伝授した。ロシアの国会議員(3期目)として、外務省の交流事業で来日したカレリン氏。必殺の「カレリンズ・リフト」も披露し、グレコ96キロ級の全日本王者・北村克哉(23)=FEG=らを軽々とぶん投げた。北村は「クラッチを組まれたら動かなかった」と規格外のパワーに驚きの声をあげた。
カレリンの超人的な強さの象徴、カレリンズ・リフト。これはパーテレ・ポジションから相手の胴体をクラッチし、後方に反り投げるという俵返し(サイド・スープレックス)に相当する技で、アマチュアレスリングではポピュラーな投げ技の1つである。しかしそれは軽~中量級における話であり、カレリンが出場していた130kg級では前代未聞の大技だった。カレリンがこの技を使うまでは、130kg級において相手を俵返しで投げるという概念自体が存在しなかった。投げられる側は当然ながら頚椎に多大な荷重がかかるため、カレリンにパーテールポジションを奪われた相手がこの技を恐れて、そのままフォール負けを選ぶという場面がしばしば見受けられた。
カレリン氏は99年、日本のリングで格闘家・前田日明と対戦して勝利を収めたが、総合格闘技については「(前田戦)1回で十分。見るのはいいが、やる気はない」と語った。この時の試合は猪木―アリ戦以来の本物同士の一戦で、現役最強の強すぎるカレリン氏に驚いたものだった。現役世界王者がオリンピック前に異種格闘技戦を行ったことにも、本当に驚いたのを覚えています。前田日明はカレリンとの対戦前、カレリンズ・リフトについて、「あれはレスリングのルールだから通用する技。自分は絶対に喰らわない」と自信を持っていたが、実際の試合では見事にカレリンズ・リフトを受けてしまった。カレリンのクラッチはあまりにも人間離れした強固極まるもので、前田曰く「えっ、こんなクラッチあるの?と思った」、全く抵抗することが出来なかったという。なおこの対戦で前田は頚椎を負傷している。
ひざをついたカレリン氏に挑んだ城戸選手だが、そのが城は崩せずフォール負け。
スパーリングを行った全日本王者の斎川選手だったが、一瞬にして体に密着されたり、手首をつかまれて動きを制されたりして何もすることができず、操り人形のように動かされていく。見ていた日本協会の福田富昭会長が「ダンスみたいだ」と声をかけると、カレリン氏は「レスリングは、美しくハーモニーのとれたダンスだ。ただ、2人でやるダンスではない。1人でやる(動きを決める)ダンスでなければならない」と話した。斎川選手は「手が大きく、力が半端じゃなかった。一瞬にして攻められ何もできなかった。本気になってスパーリングやったとして、今のままなら怪我をさせられるでしょう」と、現役選手さながらの強さに舌を巻いた。
このあと、自分より長身のデニス・ロバーツ選手(国士大)相手にテークダウンを奪う技を見せ、リフトのための補強トレーニング法と、1人でもできるチューブを使っての練習を披露し、選手からの質問を受けた。強くなるためのトレーニングを聞かれると、「秘密のトレーニングなどない」ときっぱり。現役時代の平均的な練習時間は、2時間を1日2回、週5回の練習だったという(注=少ないように思えるが、選りすぐられたロシアのトップ選手はこのくらいが普通と言われている。質の高さや集中力がすごい。)選手が驚いたのが、1週間に3度くらい、約10kmのランニングをしていたこと。重量級の選手にとってランニングはあまり必要でないようにも思われるが、カレリン氏は長距離のみならず中短距離もこなしていたそうだ。3000メートルは11分くらいで走ったという。
このあとも選手から「チャンピオンでいた時にプレッシャーは感じていたのか?」「2016年に東京にオリンピックがくるでしょうか?」「ロシアの施設と比べて、NTCはいかがですか?」「1日にどのくらいウォッカを飲むのか?」など質問が相次ぎ、カレリン氏に対する関心の高さがうかがえた。
カレリン氏は最後に「練習で一番大事なことは、できるだけ多くの相手と練習すること。体重は関係ない。体が大きく違うときは、(最初にやったような)ひざをついての練習をやればいい。しっかり練習して上を目指すことは、すばらしいこと。日本にとってレスリングは伝統的な競技。昔に学び、強かったときを再点検すればいい。」とエールを送り、教室を終えた。佐藤強化委員長は「もともと生まれ持った体が違うのに、さらに一生懸命に練習していたのだと思う。強いのは当然ですね」と、持って生まれたすば抜けた体力に努力を重ねてつかんだ栄光であることを強調。「指導してもらったことを、今後に生かしたい」と話した。