最近は事件で犯人が海外逃亡となると、逃亡先は「ドバイ」が多いような気がしますが、昭和の時代に海外逃亡と言えば、フィリピンの「マニラ」でした・・と、個人的には記憶しています。事件の容疑者が出国していると言えば、マニラ。怖い所なんだろうと想像したものですが、アキノ氏が1983年8月にマニラの空港で、衆人環視の中射殺されたことで、マニラのイメージは僕の中で最悪になりました。その何年も後にマニラ出張に行くと、ほぼイメージ通り。更にそこで日本からの駐在員が現地妻を持ったりしているのを見て、自国へのイメージも悪くなりました。
オンライン詐欺は今では普通というか、聞いても驚かない犯罪ですが、最初に聞いた時は驚きましたし、世間でもかなり話題になりました。特に東京での事件ではなく、地元大阪のしかも僕がその前を何度も通る場所で起きた事件でしたから。
この写真は昭和56年(1981年)9月の、その事件「三和銀行オンライン詐欺事件」が起きた、三和銀行茨木支店です。
三和銀行茨木支店の女性預金係(当時32歳)が愛人と共謀し、茨木支店のオンライン端末を使って1億8,000万円を架空入金。現金5,000万円と保証小切手額面8,000万円を引き出しました。
この犯人の2人の名前、今でもフルネームで覚えています。僕と同じような60歳半ば以上の人なら、ほとんどの人が犯人の名前を記憶しているのではないでしょうか。それくらい、昔は大きな犯罪は世間を騒がしただけではなく、その記憶は風化しなかった。今は悪質な犯罪が次々と起こるので、いちいち覚えていられない・・・そんな気がします。
で、この女性が逃亡、潜伏の後、9月8日に警察に拘束されたのがフィリピン・マニラでした。同日、貢がれた男も逮捕されました。マニラのイメージがこの事件だけで、物凄く悪くなりました。
この事件によって僕の周囲の女性たちは一様に親から、「付き合う男には気を付けろ」と言われていました。また、数年前には当時この銀行に勤めていた為に、嫌な思いというか災難を被った関係者の話も聞きました。友人の知り合いが、当時ここに勤めていた2のです。事件から半世紀が過ぎても、まだ話題に上ることがある。何か問題を起こしたら、本当にどれだけの迷惑を周囲に掛けてしまうか。当事者で無くとも被害を被るのが、良くも悪くも日本社会です。