“アルバムを50年近く作り続けてきた。そして今ここ、シェアにいる。ここが建てられた時、13歳くらい。夢がたくさんあった・・・この場所とここで最初に公演を行なったビートルズに感謝するよ!” (ビリー・ジョエル)
ニューヨーク・メッツの本拠地シェア・スタジアムが2009年に取り壊しになる。同スタジアムでは1965年8月にビートルズが史上初の野球場でのコンサートを行なって以来、ローリング・ストーンズやジミ・ヘンドリックス、エリック・クラプトンなど、偉大なアーティスト達が歴史的なライヴを行ってきた。そして、その最後を飾るのが「The Last Play at Shea, From the Beatles to Billy」と題された7月16日と18日の2日間で、11万枚のチケットがたった45分で完売したビリー・ジョエルです。
このコンサートを2日間共に観ることが出来たのは、本当に幸運でした。
2009年に取り壊されることが決定しているシェイ・スタジアム、その最後の公演となるビリー・ジョエルの「Last Play At Shea」。2008年7月16日の初日はトニー・ベネット、ジョン・メイヤー、ドン・ヘンリー、ジョン・メレンキャンプと豪華ゲストが参加しました。初日公演は3時間以上に渡って全34曲もの楽曲を演奏し、歴史的公演にふさわしいスペシャルな内容のライヴになりました。
オープニングは“国歌斉唱”。前日ヤンキースタジアムで行なわれたメジャー・リーグのオールスター・ゲームばりに米国国歌をビリーがピアノ一本で演奏、観客は胸に手をあて、真摯な表情歌っている。そのまま実質上のオープニングトラックは地元ニューヨークの歌でもある「マイアミ2017」へ。バンド以外に10数名のストリングスが配置され、美しい音色は曲調に見事な彩りを与えている。ステージ背景にはニュ―ヨークの摩天楼を模ったような形の大スクリーンが左右とステージ後ろに設置され、まばゆいばかりのライティングとライヴ映像を映し出す。2曲目「プレリュード / 怒れる若者」、3曲目「マイ・ライフ」と続き、既に場内は大興奮状態。
「マイ・ライフ」が終わるとビリーが本日最初の挨拶を”Hello Shea!”と雄たけびをあげる。続いて“メッツ・ファンはいるかー?”と観客に声をかけると“ウォー”と怒号で応え、大盛り上がり。さらに“ヤンキース・ファンはいるかー?”の掛け声とともに “ウォー”という怒号と同じくらいの大きさでブーイングがあがって(さすがメッツの地元!)、さらに一段と盛り上がる(ちなみにビリーは大のヤンキース・ファン)。
最初の驚きは「ニューヨークの想い」でやってくる。ビリーがピアノのイントロを弾いただけで会場中が興奮の坩堝。ビリーが一節歌ったあと一声、“ミスター・トニー・ベネット!“。ビシっとブルーのスーツに身を包んだ御大トニー・ベネットが登場! びっくりするほどの大歓声に迎えられ、トニー・ベネットは70歳を超える年齢を感じさせない力強いヴォーカルでビリーとともにニューヨークのテーマ曲とでも言うべきこの曲を掛け合いで熱唱。「ディス・イズ・ザ・タイム」ではジョン・メイヤーが飛び入り。ジョン・メイヤーはギタリストとして参加。「イノセント・マン」では同じリズムともいえる名曲「スタンド・バイ・ミー」を歌い出し、これまた会場中大合唱。そこから「イノセント・マン」へメドレーで。
この曲が終わるとビリーが次の曲を紹介。“今年はシェア・スタジアムの最後の年。それにぴったりの曲だと思う”と語って更なるゲストを呼び込む。イーグルスのドン・ヘンリーがギターを抱えて登場。彼のヒット曲「ボーイズ・オブ・サマー」をビリー・バンドとともに演奏し、最後にビリーとドン・ヘンリーはがっちりハグ!続く曲はしっとりと「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」。「リバー・オブ・ドリームス」では突如のブレイクの後、いきなり、ビートルズの「ア・ハード・デイズ・ナイト」へなだれ込む。
続いてまたまたゲストの登場。今度はジョン・メレンキャンプ。会場のヴォルテージも最高潮!大ヒット曲の名曲「ピンク・ハウス」を歌い上げる。これまた会場中大合唱の嵐!続く曲は「ハートにファイア」。ビリーはギターに持ち替え、歌詞に出てくる偉人たちの映像がスクリーンに映し出される。ビートルズが映し出されるとこれまた“ウォー”と盛り上がる。ギアが完全に入ったビリーはここからロックン・ロールを連発。全米1位を獲得した「ロックン・ロールは最高さ」ではマイク・スタンドをくるくる回したり、頭上に高く放り投げ、見事にキャッチするなどマイク・パフォーマンスも披露。ピアノの上によじ登り、がんがん観客をあおって、ピアノから飛び降り、再びピアノを奏でると、続けて「ガラスのニューヨーク」。
そして、本編最後の曲に選んだのはビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」!1965年同じ場所で演奏したビートルズに敬意を表して、この曲を感慨深げに歌い上げ、 “Thank You Shea”と一言残しステージを去るビリー。アンコールを要求する観客に応えて、すぐにステージへ戻り、アンコールの一曲目は「イタリアン・レストランで」。続く「若死するのは善人だけ」で場内最高潮に達したところで、さらに追い討ちをかけたのが次の曲。
“彼らの場所を貸してくれてビートルズに感謝するよ!”とコメントして「シー・ラヴズ・ユー」へ。スクリーン映像はモノクロに変わり、会場中興奮の坩堝、そしてまたまた大合唱!ビリーがハーモニカをセットしたので、いよいよ「ピアノ・マン」だ!
ショーの大団円、たぶん最後の曲と誰もが思ったに違いないが、いつものイントロをビリーが弾くと・・・。いきなり曲調が変わって、まさにこの場所にふさわしい「Take Me Out To The Ball Game」。米国の野球ファンの愛唱歌ともいえるこの曲で全員大合唱。温かい雰囲気に包まれたところで「ピアノ・マン」へ。これですべて終わりと思ってたら、最後の最後でプレゼントがまだ待っていた。ビリーのオールド・ファンは間違いなく大号泣の「スーベニア」。その昔、ショーの最後を飾る曲だったが近年はあまり演奏されていなかった。この名曲で約3時間以上にもおよぶ夢のような奇跡の夜は静かに幕を閉じた。最後に“Goodnight Shea・・・”と一言残し、ビリーはステージを後にした。