人気作詞家・直木賞作家であった「なかにし礼」氏の壮絶な生きざまを綴った同氏最後の小説。「サンデー毎日」2015年6月~16年10月連載。2段組み459頁の大作。
物語の大半は、先に出た「赤い月」や「兄弟」の内容をそのまま用いたもので新味に欠けるが、こと作詞家としてデビューするに当たって創作者として苦悩する姿には共感を覚えた。
特に、次のような記述は、同氏でなければ切り開くことが出来なかった境地と言えるであろう。
「私には武器がある。その武器とは、私の言葉だ。戦争によって色濃く染め上げられた言葉である。
私がどんなに逆らおうと、私がどんなに否定しようと、その言葉たちは厳然として私の中に存在しているのだ。
戦争を見て、そこにうごめく人間たちの愚劣さと醜悪さにあきれ、絶望のあげく、戦争という記憶を開かずの間に閉じ込めて、二度と開けまいとしていたけれど、私は自分という人間の歴史にたいして、なんという無駄な抵抗をしてきたことだろう・・・。
もう、迷うことなく言える。
ぽくの人生における最大の経験は、戦争だった。あの戦争の中には、ぽくの人生で味わった喜怒哀楽の最大最高最低最悪のものがあった」